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「ミミとトトが居なくなっているのなら、ノヴァ殿下が気づかないはずありません。それにさっきノヴァ殿下は二匹をケージに入れたとおっしゃっていました」
「そうなんだよね……でも、さっきのノヴァの様子は普通じゃなかったし……うん、とにかく今はリュカを追おう。それが一番早そうだ」
「わ、分かりました……!」
重いドレスを着て走るのはしんどかったが、置いて行かれる方が嫌だったので、根性で走った。
息が切れる。どんどん速度が落ちる私を、リュカは根気よく待ってくれた。
私たちが近くに行くまで、焦れた様子で待ち、近づくとまた走り出す。その繰り返しだ。
「はあ、はあ、はあ……」
廊下を走り、階段を下り、パーティーの為に開放されていたのとは別の庭に出る。ここまで来ると、さすがにリュカが逃げようとしているのではなく、どこかへ私たちを案内しようとしているのだと確信することができていた。
リュカはふんふんと鼻を動かし、「なーん!」と高らかに鳴いた。そうして辿りついたのは、庭の端の方にある小さな納屋だった。
小綺麗な納屋だけれども、人気はない。
納屋の入り口の前でリュカが止まる。お座りの体勢になり、私たちを見た。
「……納屋?」
足を止め、アステール様を見る。アステール様も首を傾げていた。
「城の庭師が使っている納屋だね。ここに何があるんだろう」
私たちが近づいてもリュカは逃げなかった。その代わり、扉をカリカリと引っ掻き、「にゃあ、にゃあ(開けて、開けて)」と鳴いている。そのリュカをひょいと後ろから抱き上げた。
「にゃあ!」
「ごめんね。でも、まずはキャリーケースに入って」
アステール様がさっとキャリーケースを開けてくれたので、その中に急いで放り込む。リュカは少し抵抗したが、私たちを目的地に案内できたので多少は満足したのか、やがて素直に中に入っていった。
それでも鳴き止みはしない。ずっと、『助けて、助けて』と鳴いている。
「アステール様……その、中を開けてみても?」
さすがにこの状態で、部屋に戻りましょうと言おうとは思わない。
アステール様に聞くと、彼も頷いた。
「そう、だね。……ん? あれ、何か鳴き声らしきものが聞こえてくるけど」
「えっ……?」
アステール様に言われ、納屋の扉に耳を当てる。確かに中からは、小さな猫の声が聞こえていた。
リュカのように何を言っているのかは分からないけれど、確かに聞こえるし、鳴いている。
納屋に猫が閉じ込められているのだ。
状況を把握した私は、慌てて言った。
「アステール様」
「分かってる。あ、扉に鍵が掛かっているな……いや、緊急事態だから仕方ないか。……ハマル」
『呼んだか、アステール』
アステール様の声に応えて現れたのは男性体の炎の精霊だった。
アステール様の契約精霊。
ハマルという名の彼にアステール様は命じた。
『その鍵を焼き切ってくれ。くれぐれも納屋を焼かないように。中に猫がいるみたいだから』
『猫? ああ、確かに一匹いるな。分かった。待っていろ』
ハマルが手を翳す。
入り口には大きな錠前が掛かっていたが、それが形を変えていった。ぐにぐにと解け、やがてがらんと音を立てて、鍵が落ちる。
『助かった。そういえば、中には猫しかいないのかい? 人間の姿は?』
『ない。猫が一匹だけだ。アステール、また何かあれば呼べ。――我はお前と共に在る』
言葉と共にハマルの姿が消える。
アステール様が振り返り、私に言った。
「鍵は壊したから、中に入ろう。誰もいないみたいだし、必要以上に警戒しなくていいと思う」
「は、はい……」
頷きつつも、落ちた鍵が少しだけ気になった。大きな錠前は完全に融けている。あとでアステール様が怒られないだろうか。
「ああ、大丈夫だよ。猫を助けるためと事情を話せば分かってくれる」
私の視線に気づいたのか、アステール様が笑って言った。そうして扉をゆっくりと開ける。
キィという軋むような音がして、扉は開いた。
中は薄暗かったが、何も見えないというほどではない。
庭の手入れに必要な道具がそこらかしこに置いてあった。紙の箱――段ボール箱のようなものがたくさん積み重なっている。箱の側面には、肥料や除草剤という文字が入っていたが、猫らしき姿はどこにもない。
先ほどまで鳴いていたようだが、今は声も聞こえなかった。誰かが来たことに気づいて、警戒しているのだろうか。どこにいるのか分からず困っていると、アステール様の持つキャリーケースに入ったリュカが大きく鳴いた。
「なーん!!(どこ! 返事をして!)」
どこか必死なその声に反応するように、積み重なった箱、その中のひとつから声が聞こえてきた。
「にゃあ! にゃあ!」
「アステール様っ! 今!」
「うん! 声がしたね!」
鳴き声の元を探す。アステール様もキャリーケースを床に置き、紙箱を探し始めた。
猫は警戒を止めたのか、今度はずっと鳴き続けている。
助けを求める声だというのは、聞けばすぐに分かった。
この子は私たちに助けて欲しいと待っているのだ。
「なーん!! んなーん!」
「待ってて……今、助けるから……」
積み上がった紙箱をひとつずつ確かめていく。時間が掛かる作業だったが、猫に何かあってからでは遅い。やがて、奥にあった箱の一番上から猫の声がしていることに気づいた私たちは、その箱を自分たち側に引き寄せることに成功した。
箱はまるで適当に投げ置かれたかのような置き方で、下手をすれば、積み重なった他の箱と一緒に崩れて落ちてしまいかねない状態だった。
なんとか崩さないように該当の箱を持ち、安定した場所に置く。箱はしっかりと封がされていた。だが、中からはしっかりと猫の声がしている。
犯人が、猫を入れてから封をしたのは間違いない。
「ひどい……誰がこんなことを……」
どれだけ怖い思いをしたことだろう。
こんなところに放置されては、誰にも気づかれないまま死んでしまった可能性だってある。
アステール様が封を剥がす。箱を開けると、中には見覚えのある猫が入っていた。
グレーの体色に縞模様の子猫。青色の目が可愛い。目の色と同じ青いリボンの首輪が目に入る。この子を私は、それこそ今日、見ていたはずだ。
これは、トトではないのか。
「……トト?」
「にゃあ」
信じたくない気持ちでその名前を呼ぶと、自分が呼ばれたのが分かったのか、トトが可愛い声で返事をした。
「どうして、トトが……?」
意味が分からない。トトはノヴァ王子の部屋のケージにいるはず。それなのにここにいるのは間違いなくトトで。
「アステール様……この子、トト、ですよね?」




