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「えっ……」
予想しなかった言葉を聞いたという顔をするアステール様。そんな彼に私は言い訳するように言った。
「べ、別に私とデートすることがプレゼントになるとか思っているわけではなくて、そうではなくて、デートで一緒にアステール様のプレゼントを選びたいなって……」
「スピカ……」
「一緒に買い物したら、それ自体も思い出になるでしょう? そ、それとも駄目、ですか? そういうのはアステール様の中ではプレゼントになりません、か?」
説明しているうちに自信がなくなってきた。
思いついた時はとても良い案だと思ったのに、今はなんでこんなことを言ったんだ、私という気持ちである。
だけど口に出した言葉は取り消せない。
両手を膝に乗せ、恥ずかしさにふるふると震えていると、ややあってアステール様が言った。
「スピカ、私とデートしてくれるの?」
「ア、アステール様がお嫌ではなければ」
おそるおそる答える。アステール様の顔を見ると、彼はパアッと顔を輝かせていた。
「良いの? 本当に? え、まさかこんなに嬉しいプレゼントを貰えるとは思ってもみなかったんだけど」
「え、え、え……きゃっ」
アステール様が勢いよく私を抱きしめる。腕の中に閉じ込められ、一瞬呼吸ができなくなった。
喜びが伝わってくるような声音でアステール様が言う。
「嬉しい。すごく嬉しいよ。まさかスピカからデートに誘って貰えるなんて思わなかったから。え、しかも買い物デート? 一緒にプレゼントを選んでくれるの?」
「は、はい……。想像したら、すごく楽しいなって思いまして。その……私が、ですけど」
アステール様がどう思うかまでは分からないのでそう言ったのだが、彼は勢いよく言った。
「私だって楽しいに決まってる!」
「は、はい……」
「ねえ、今のって、スピカと一緒に町に行って、あれやこれやと店を回りながらデートをするって、そういう話だよね? 途中でカフェに寄ったりとかも可能?」
「か、可能、です。というか、嬉しいです……」
私が喜んではプレゼントにならないのだろうが、アステール様は満足そうだ。
私をギュウギュウに抱きしめながら、喜びを隠しきれない声で言う。
「うわ……今からすでに楽しみ過ぎるんだけど。ええと、日程は? いつ頃を予定しているの?」
具体的な日付を聞かれ、慌てて言った。
「そ、それはまだ何も。アステール様のご予定を聞いてからと思いましたので」
第一王子であるアステール様は忙しい人だ。合わせるのなら私の方が合わせやすい。
そう言うと、アステール様も悩むような声になった。
「確かに、一度確認してみないと丸一日空けられる日は分からないな。……あ、スピカ。もちろん朝から夕方まで一緒にいてくれるんだよね? 午前中で解散、とかそういうオチはないよね?」
「は、はい」
そんなこと考えてもいなかったので少し吃驚した。
午前中だけとか、そんなの時間が全然足りないし……そう思ったところで、以前の私なら、デートしたという事実が大事だから、皆にアピールだけしたら解散で良いのでは? と平気で言っていただろうなと気がついた。
「……すみません」
実際にその言葉を言ったわけではないが、実に私が言いそうな言葉なので謝るしかない。
謝ったことで、午前中解散の意味に私が気づいたことを理解したアステール様が慌てて言った。
「い、いや、スピカが謝る必要はないよ。違うというのならそれでいいんだから」
「違います。私もずっとアステール様と一緒にいたいと思ってます」
「え、ずっと?」
「はい、ずっと……あっ……」
思わず『ずっと』と言ってしまい、口元を押さえた。アステール様が私の身体を離し、代わりに顔を覗き込んでくる。
「スピカ。ずっと私と一緒にいたいと思ってくれているの?」
「えっ、あの……」
「嬉しいな。私もずっと君と一緒にいたいと思ってるから。スピカ、君が学園を卒業する日が待ち遠しいよ。そうしたら君は私の花嫁になって、あとはずっと一緒に居られるんだから」
「……はい」
花嫁という言葉がどうにも恥ずかしくて俯いた。相変わらずアステール様は甘さ全開で、私はその攻撃力の高さに耐えられない。
言葉だけでなく表情も甘いから、余計にだ。
「スピカ、顔を上げて。恥ずかしがっているのは分かるけど、私は君の顔が見たいんだ」
「……はい」
そうっと顔を上げる。目の前にアステール様の顔のアップがあった。
驚く間もなく、唇が重なる。
「っ……」
触れたのはほんの一瞬。だけど私は恥ずかし過ぎて、叫び出したくなってしまった。
どうしてアステール様はこういうことを素でできるのか。
彼には一生勝てる気がしない。
これ以上ないくらい顔を赤くする私に、アステール様は言った。
「スピカのプレゼント、すごく嬉しいよ。有り難く受け取らせて貰うね。でも、ひとつだけ私からの条件があるんだけど、良いかな?」
「条件、ですか?」
「うん。デートのプランは私が考えたものにすること。誘って貰えたのは嬉しいけどね、少しだけ情けないなという気持ちもあるんだ。どうせなら男の私から誘いたかったなって。だからさ、せめて、当日のプランは私に任せてくれないかな。私の顔を立てると思って」
「え、私……その、すみませんっ!」
立ち上がって、頭を下げた。
アステール様の面目を潰すつもりなんてなかったのだ。慌てる私をアステール様がもう一度座らせる。
「落ち着いて。謝る必要なんてないから。嬉しいって言ったでしょう。これはただの気持ちの問題だからスピカは気にする必要ないんだよ」
「でも……」
「私は君が勇気を出してくれたことが本当に嬉しいよ。何よりのプレゼントだと思ってる」




