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第二章 ごはんを買いに行こう




 夢の中、ごはーん、ごはーんという声が聞こえた気がした。


「みゃー、みゃー、みゃー!」

「うう……何?」


 ぐっすりと眠っていた私は、元気なリュカの声で目を覚ました。

 眠い。目を開けると辺りはまだ真っ暗で、時間だって早朝というより夜中に近かった。


「なんでこんな時間に?」


 目を擦る。

 リュカは元気にミャーミャーと啼き続けている。力強い声。何かを求めるような鳴き声だ。

 そう思ったところで、つい先ほど見ていた夢を思い出した。

 ごはん、そう、ごはんだ。


「……まさか、朝ご飯?」


 こんな夜中に?

 いや待て、でも、と思い出した。

 前世の友人が行っていた。彼女によれば、猫というものは朝が早く、真夜中に起こされて朝食を強請られることも多くあったという。

 リュカの場合もそれではないのだろうかと察した私は、ベッドから身体を起こした。主室へ続く扉を開ける。そこには段ボールの中で寝ていたはずのリュカがいて、じっと私を見上げていた。


「リュカ?」

「にゃー!!」


 どうやら私がでてくるのを扉の前で待っていたらしい。その可愛らしさにはぎゅんとときめくが、彼の目は確実に怒っている……というか。


「段ボールからでてきちゃったの……」


 蓋をしていたわけではないから仕方ないが、ひやりとした。もし誰かが部屋の扉を開けていたら、廊下に出て行った可能性だってあったのだ。

 公爵家というだけあり、屋敷内は広い。子猫を探し出すのも一苦労のはず。


「……入り口に柵でもしておけば少しは違うかしら」


 とりあえず、みーみーと主張するリュカを抱き上げる。特に抵抗することなく、リュカは私の腕の中に収まった。

 昨日も思ったが、ずいぶんと人懐っこい子だ。シャーというような威嚇する声を未だ聞いたことがない。


「人間に対して嫌な思いをしたことがないのかも」


 そうだとしたら素晴らしいことだ。

 野良猫は、人見知りが激しい場合も多く、警戒心を無くすまで数ヶ月、下手をすれば年単位で掛かる場合もあると聞く。

 この子は今も尻尾を振ってご機嫌だ。警戒心……うん、どこにあるんだろう。


「リュカ、少しくらい警戒しなきゃ駄目よ」

「なー!」


 タイミング良くリュカが鳴く。だけど絶対に分かっていないだろう。お猫様なんてそんなものだからだ。

 まあいいけど。この子が警戒しないで済むよう、これから私が全力でお世話をしていくのだから。

 リュカを抱きかかえたまま、段ボールを置いた場所に行く。段ボールは見事にひっくり返っており、リュカが暴れた形跡があった。敷いていた毛布もくしゃくしゃだ。

 リュカを降ろし、段ボールを元の位置に戻す。毛布を畳み直していると、リュカが足下に擦り寄っていた。


「なーん、なーん」


 額を足首辺りに擦りつけている。グリグリと押しつけてくる姿は可愛いの一言だ。

 ゴロゴロという低い音が聞こえ、気持ちがほっこりした。


「……ゴロゴロ言ってる。可愛い……」


 保護されたばかりだというのに、すっかり心を開いてくれているようである。いや、ご飯が欲しいだけかもしれないけれど。


「あっと……そうだ、ご飯」


 朝ご飯には早すぎる時間だったが、リュカは我慢できないようだし仕方ない。キャビネットの中にしまっておいた最後の餌を取り出す。そこで気がついた。


「あ、お湯」


 お湯でマルルをふやかさなければならないのだった。


「……どうしよう」


 ちょっと考えた。

 何せ今はまだ早朝と呼ぶにも早すぎるくらいの時間。皆、寝静まっているだろう。お湯を手に入れるには、屋敷の地下にある厨房に行かなければならない。

 チラリと足下に目を向ける。そこには期待に満ちた目をして私を見上げているリュカが。


「……わかったから。もらってくるわね」


 行かないという選択肢はなさそうだ。

 そうそうに白旗を揚げた私は、寝室に戻ってショールを羽織り、リュカを出さないよう気をつけながら扉を開けた。


「……暗い」


 まだ夜中だからか、廊下は薄暗い灯りしかついていない。

 その明かりだけを頼りに下へ降り、厨房に向かった。

 地下の厨房に辿り着くと、ありがたいことに灯りがついている。中を覗くと、料理長が仕込みらしきものをしていた。まだ寝ていないのかそれとももう起きたのか分からないが、ずいぶんと熱心なことだ。


「……ちょっと、いい?」

「お嬢様? こんな時間にどうしたんです?」


 ギョッとしたように料理長が振り向く。そんな彼に私は申し訳なく思いつつも尋ねた。


「その……お湯をもらいたいの。子猫に餌をあげようと思って」

「餌? こんな時間にですか?」

「……私もそう思うんだけど、お腹が減ったってずっと鳴いていて……」

「空腹は辛いですからね、わかりました」


 事情を説明すると、料理長はポットにお湯を入れて渡してくれた。


「どうぞ」

「ありがとう。あなたはまだ眠らないの?」

「もうすぐ寝ますよ。というか、今日はなかなか寝付けなくて、それで厨房で仕込みをしていただけです」

「そう」


 一瞬、いつもこんな時間まで起きているのかと気になったが、そうではないようだ。

 もう一度お礼を言って、部屋に戻る。リュカが出てこないように気をつけながら扉を開ける。リュカがいない。


「リュカ? リュカ? どこにいったの?」

「みあーん」

「……寝室?」


 寝室の方から鳴き声が聞こえる。扉が開いていた。多分、閉め損ねていたのだろう。


「あ……」


 リュカが枕の上で横向きに転がっていた。まるで自分の場所であるかのような顔をしている。

 ちょいちょいと短い前足が動いているのが死ぬほど可愛い。


 ――なんだこれ、ものすごく癒やされるんだけど。


 悶絶するほどの可愛さに震えながらも、私はなんとかリュカに言った。


「き、気に入ったの?」

「あーん」


 まるで返事をしてくれているみたいだ。ますます可愛い。


「そう、でもとりあえずは食事にしましょうね。待っていたんでしょう?」

「にゃあ!」


 餌皿を取りあげ、リュカに見せると、彼は目の色を変えて私の足下まで走ってきた。

 私の足に必死に擦り寄ってくる。尻尾がまっすぐ立っており、目はキラキラと輝いていた。

 期待されているのが分かる。


「くっ、可愛い……」


 最初に餌をやった時と同じようにお湯でマルルをふやかし、餌皿をリュカの前に置く。

 リュカはすぐに餌皿に顔を突っ込み、ガツガツと食べ始めた。一瞬も、食べるのを止めない。

 まるで犬みたいだ。


「ゆっくり食べてね。よく噛んで……」


 言っても分からないだろうが、声を掛ける。背中をそっと撫でると、一瞬食べるのを止めたが、すぐにまた再開した。尻尾が上がったままなのが、また可愛くて、口元が緩んで仕方ない。


 ――猫、可愛い……! 最高。


 この子を拾うと決めた私、天才か。

 私が全身で萌えを感じている間に、リュカはご飯を食べ終わってしまったようで、悲しそうな顔をしながらお皿を舐めていた。


 お腹減ってるのにー、足りないー。


「ん?」


 今、何か聞こえなかったか。

 なんとなくリュカを見る。子猫はまだお皿を舐めていて、私の視線には気づいていない様子だ。


「……気のせいよね」


 きっと寝ぼけていたのだろう。

 私は気を取り直し、リュカに話し掛けた。


「ごめんね。それでおしまいなの」


 絶対に、明日はこの子のご飯を買ってこなければ。

 改めて決意していると、リュカはお皿を舐めるのを諦め、今度はペロペロと自身の毛繕いを始めた。それもまた愛らしい。


「はあああ……」


 もう、リュカのどんな動きにもキュンキュンする。

 プルプルと震えつつ、毛繕いを終えたリュカを抱き上げ、段ボールの中へと戻す。

 無理だろうなと思いながらも、一応言い聞かせてみた。


「リュカ、あなたは小さいんだから、外へ出ないでね。見つからなくなっては困るから」

「にゃあ?」


 まるで分かっていない様子のリュカにそうだろうなと思いつつ苦笑する。クリクリとした目で見上げてこられると、ずっと側についていてやりたくなってしまうから困ったものだ。


「ごめんね。まだ夜中だから、眠らせてね」


 頭を撫でる。気持ち良いのか、リュカは耳を横に広げ、おでこの面積を広くした。もっと撫でて欲しいという分かりやすいアピールに口元が綻ぶ。


「はあ……可愛い……」

「にゃあん」

「う……」


 少し高めの甘えるような声が、心臓にヒットしたような気がした。これ以上は駄目だ。癖になる。

 私は後ろ髪を引かれる思いでリュカに「おやすみ」と言い、寝室へ戻った。寝室の扉は開けたままにしておいた。閉めてしまうとリュカが寂しがるのではないかと思ったからだ。ベッドの中に潜り込む。


「はあ……猫可愛い……」


 ベッドの中で悶えながらも目を瞑る。まだまだ朝には遠い時間帯。眠らなければ明日困るのは私なのだ。


「……」


 眠れないと思ったが、気づけば眠りの世界に落ちていた。






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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
i663823
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