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間章 婚約者がにぶすぎる



「はあ……」


 馬車に乗り、溜息を吐いた。

 車内は私ひとりで、誰に取り繕う必要もない。それをいいことに、私は王子としては少々だらしない格好で壁にもたれ、婚約者のことを思い出していた。


「スピカ……」


 スピカ・プラリエ公爵令嬢。

 青い瞳と星の輝きのように美しい銀色の髪を持つ、ひとつ年下の私の婚約者だ。

 彼女と初めて王城で会ったとき、まだ子供だったにもかかわらず、私は一目で恋に落ちた。

 綺麗な少女だった。勝ち気な瞳。美しい銀の髪は真っ直ぐで、腰の辺りまで流れていた。

 どこに惚れたのかと聞かれれば、うまくは答えられない。

 彼女は美しいが、美しい女性というだけならいくらでもいるし、では何がそんなにと言われても自分でも分からないからだ。

 ただ、彼女を見た瞬間、全身が震えた。彼女だと思った。他は考えられないと思ったのだ。

 だから私はその衝動のままに、彼女を婚約者にしたいと両親に訴えた。


 私はずっと、両親と周囲の期待に応えるべく努力してきた。

 我が儘なんて言ったこともない。皆に公平であるよう、感情を乱さぬよう、国を継ぐ王子として相応しくあれるよう、いつだって全力を尽くしてきた。

 感情を乱さぬよう努力し続けた結果、特別好きなものも嫌いなものもなくなった。だけどそれでいいと思っていた。国を継ぐのはきれい事ではできない。

 冷徹になる必要もある。そういった時に好き嫌いといったくだらない感情に左右されるわけにはいかないのだから。

 国の利益を最大限に出すためには、個人の感情など不要。いや、不要とまでは言わないが、少なくとも『特別』を作る必要はない。そう思っていたし、そのとおり、実行してきた。

 そんな私を両親はとても心配していた。

 私の笑顔には熱がないと嘆き、何でも良いから『特別』を作れと諭してきた。

 何を言っているのだろうと思った。最初に『国を継ぐ者は、感情に左右されてはならない』と教えてくれたのは他ならぬ父だと言うのに。

 訝しく思いながらも日々を過ごし、そして出会ったスピカという少女。


 私が彼女を欲しいと言うと、両親は殊の外それを喜んだ。

 ようやく息子に欲しいものができたと、すぐに私の望みを叶えてくれた。

 幸運なことに、父たちにとっても、私の選んだ相手は都合が良かった。

 公爵家の令嬢。そしてその父は議会でかなりの発言力を持つという。私の後ろ盾としては最高の相手だ。

 ただ、スピカは公爵が年を取ってからできた娘ということで、彼は非常に娘を溺愛していた。蔑ろになどすれば、それこそ手痛い報復が待っているだろう。それでも構わないのかと父に問われたとき、私は一も二もなく頷いた。

 報復なんて起こるはずがない。

 だって私はスピカが欲しいのだ。彼女と共に人生を歩めることは、私にとって幸せでしかない。

 そうして無事、婚約者となったスピカと、残念なことに私はなかなか会うことができなかった。

 何せ王太子というのは忙しい。

 学園に入るまでは毎日ぎっしり家庭教師がついていたし、年を重ねるに連れ、少しずつ仕事を割り振られるようになったからだ。はっきりいって自由な時間なんてない。

 それでも必死に時間を作り、ひと月に一回ではあったが彼女と会った。

 たった一時間ほどのお茶会。私が忙しいため、いつも場所は城内だったが、彼女と会えるだけで幸せだった。

 彼女と話したあとは、また一ヶ月、頑張ろうと思うことができた。

 本当は一緒に町に出かけたり、彼女の部屋に遊びに行ったりもしたかった。だけどそれをするには私は多忙すぎて不可能だったのだ。


 ――スピカに近づきたいのに。


 ひと月に一度ていどのお茶会では、彼女が何を考えているかも分からない。

 焦れながらも私は十六歳になり、国の法律に従い、魔法学園に入学することになった。

 魔法学園に入学すると同時に、家庭教師がつくことはなくなり、私には多少ではあるが自由な時間が増えた。腹立たしいことにスピカとの時間は増やせなくて、歯がみする思いだったが。

 そしてそれから一年後。

 スピカも同じ学園に入学し、私はこれ幸いと、一緒に登下校することを提案した。

 いくら忙しくても、登下校を一緒にすれば、馬車に乗っている間、二人きりで過ごすことができる。しかも、学園がある日は毎日会うことができるのだ。

 こんなに素晴らしい話はないだろう。

 私の案をスピカは笑顔で受け入れてくれた。嬉しかった。彼女も喜んでくれたと信じていた。

 それから毎日彼女と一緒に過ごし、しばらくは幸せな日々が続いていたのだが、ある時、私は唐突に気がついてしまったのだ。

 彼女が私に対し、恋情を抱いていないということに。

 気づいた時には相当なショックを受けた。

 当然、好かれているものとばかり思っていたのだ。だって折に触れ、私は彼女に好意を伝えてきたし、彼女も同じように好意を返してくれていたのだから。

 だがまさか、その好意が恋情を孕んでいないなんて考えもしなかった。そして何より驚いたのが、彼女は私の好意を、『婚約者への義理』としてしか受け取っていなかったという事実だった。

 私の『好き』の言葉に彼女が微笑んでくれるとき、彼女はそれを『愛想』だと、『義理』だと思い受け取っていたのだ。

 彼女は私たちの間には、恋愛感情は存在しないと思い込んでいる。

 そんなわけないのに。

 最初から私はスピカしか欲しくなくて、生涯唯一の相手だと認識しているというのに、気づいた時は裏切られた気持ちになった。

 しばらくはショックに打ちひしがれ、だけど普段の私の態度を思い出せば、彼女がそんな勘違いをするのも無理はないのかもしれないと思い直した。

 私はその育ちのせいもあり、滅多に感情を露わにすることがない。だから淡々としている私を見て、スピカは『愛されていない』と判断したのかもしれない。

 それならそれでやりようはある。

 私がどれだけ彼女のことが好きなのか、彼女にも分かるよう態度に出す努力をすればいいだけだ。

 ようやくそう結論を出し、長期休みが終わり、挑んだ今日の入学式。

 我ながら頑張ったと思うのだが、彼女には見事にスルーされてしまった。

 何を言っても、軽く受け流されてしまう。どうにか、打開策を見つけたかった。

 そんな時だ。彼女が子猫を見つけたのは。

 彼女が子猫を抱き上げあるのを見て、ピンと来たのだ。これを理由にすれば、彼女とより親しくなれるのではないだろうかと。

 責任があるからとやや強引に彼女の合意を取り付け、屋敷の中へと入った。

 初めて入る彼女の部屋は、なんだかとても良い匂いがしてドキドキした。頑張って粘ってよかったと心から思った。

 そして何より一生懸命子猫の世話をする彼女の様子は猫などより余程可愛らしくて、応援したくなるようないじらしいものだった。

 こんなに長い時間、スピカと一緒にいたのはもしかしなくても初めてではないだろうか。

 私はうっとりしながら彼女との時間を噛みしめていた。

 帰り際、明日の約束も取り付けた。

 猫の餌を買いにいく。それだって見ようによってはデートだと思ったからだ。

 それなのに、彼女は全く分かってくれない。

 私の思いになど気づこうともしてくれないのだ。

 猫が好きなのかと真面目に問われた時は、分かってくれない彼女にひどくガッカリしたのだが――気を取り直した。

 落ち込むのはまだ早い。

 まだ始まったばかり。これから努力して、分かってもらえればいいだけの話だ。

 一緒にいる時間を増やし、共通の思い出を作り、少しずつでも私を意識してもらう。

 そしていずれは私のことを好きになってもらうのだ。

 そのためなら、猫好きにでもなんでもなってやる。


「我ながら、涙ぐましいことだな……」


 好きな女性ひとり振り向かせることもなかなかできない。王子だと言ったって、所詮はそのていどのもの。

 動物は嫌いではないが、猫が特別好きというわけでもない。

 それなのに彼女の言葉に頷いたのは、そうとでも言わなければ同行させてもらえないと危ぶんだからだ。

 少しでも彼女の側にいるために。

 好きだと伝えても分かってくれないつれない彼女に、私の気持ちを知ってもらうために。


「帰ったら、明日の予習でもしておくかな……」


 スピカに頼りになる男だと思われたい。

 残念なことに今日の私は殆ど良いところがなかった。猫なんて飼ったことがなかったから適切な助言ができなかったのだ。それを顔には出さなかったし、スピカも気にした様子はなかったが、私自身、とても悔しく思っていた。


「まずは、猫の餌を売っているという店を調べて……あとは、何が必要なのかも事前に調べなければ……」


 今度こそ、頼りになる男だと思われたい。

 私は身体を起こし、さっさと仕事を終わらせ、愛する彼女のために猫について調べることを決めるのだった。






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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
i663823
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