92.列車上の決闘 -駆け込み乗車にご用心-
「着られてる感がヤバいっす。」
「やぁね、身長高いから似合うわよ!」
「お前改めて見ると身長伸びたな。」
ネクタイを結ぶケイの傍らでヤンとハーマンがケイを見る。出会った頃の彼はハーマンとどっこいどっこいであったが、ハーマンは明らかに視線を上にしておりヤンと並んでいた。
「190くらいある?」
「あと2cmっす。」
「驚いた。あたしずっと見上げてるからあんまり気にしてなかったわ。」
同じくスーツに着替えたエルナは感心したようにケイを見上げると彼は少しばかり照れたように笑う。
「ますます離れちゃって寂しいわね。」
「そうすか?」
「お前ほどの身体能力なら小回り利かねぇとかよりパワーも出るし良いことづくしだな!」
「脳筋……。」
笑いながら言うリーンハルトにヒロタダは呆れたように言う。えー、と不服そうにリーンハルトは呟く。
その様子を遠目でじっと見つめるのはルイホァだった。
「そんなに気になるなら近くに行ってみれば良いじゃない?」
「……オリヴィアは何歳まで背が伸びた?」
「えっ?」
唐突な彼女の質問にオリヴィアはううん、と悩んだ様子で答えた。
「私は18歳くらいまでは伸びてたわ。」
「なら私ももう少し伸びるかなぁ。」
少女の純粋な質問にオリヴィアはぐっと押し黙る。見識者としてはあまり期待できないとしか言いようがないが仲間としては肯定してあげたいという複雑な気持ちがあった。
困惑する彼女の横に着替え終えたらしいシュウゴがひょっこりと顔を出した。
「ルイホァは身長高くなりたいの?」
「えっ、うーん……。あった方がパワーもあって強いだろうし。」
「せっかく速さも小回りもあって強いのに。でも、あっても困らないだろうから。伸びると良いね。」
「うん……?」
ルイホァは煮え切らないような、しかしシュウゴの言葉にとりあえずは言いくるめられたようであり、ルイホァは首を捻っている。
「ナイスよシュウゴくん。」
「はい?」
彼もまたオリヴィアの言葉に不思議そうな顔をした。
8人は列車の所定の車両に乗り込んだ。リーンハルト班は後方車両に配属され、万一先頭となれば対応するように命じられていた。
「すげぇなぁ。ジパングとかドイツとかのリニモとはまた違うんだな。」
「うん、チャイナとも景色が違う。……テロリストとかが姿を隠すのは今のところ難しそうだね。明るいし。」
「……そうだな。」
ケイの微妙な間が何を意味するかはルイホァは知らない。
そこへハーマンとシュウゴが戻り、設備や備品の報告を改めてリーンハルトに行う。
「こういったセレモニーの時は大概何かが起こるが、基本的にはVIPには悟らせるな。大事にせず仕留めろよ。」
「そのためのあたしでしょ。」
「ああ、ああ頼りにしてるぜ。」
「でも何で悟らせないんすか?」
ケイの素朴な疑問にエルナも思っていたことなのか、リーンハルトに視線を送った。
「VIP席にはメディアも入ってる。それが平和に終われば特務隊の能力も評価されるし、何よりパニックも起こさずに済むからこっちがやりやすい。」
「なるほどね。」
エルナが頷くと物品の確認にいったシュウゴがリーンハルトの肩を叩く。
「どうした?」
「少し気になることがありまして。」
「シュウゴが発見したことなんだがな。」
ハーマンの言葉にリーンハルトは報告を促す。
「備品の中にバールがあったんです。」
「別におかしくはないわよね?」
エルナが尋ねたが、ハーマンはゆるりと首を横に振る。
「オリヴィアが連結部の外し方を聞いてたろ。基本的に戦闘員は連結部の外し方を知ってる。他に設備のことを踏まえるとバールなんて出番はない。だが、いくつか強いて挙げることもできる。」
「武器、にしてはちゃっちいですよね。」
ヒロタダの言葉にシュウゴは頷く。
「……例えば、エルナみたいな女性が力づくで連結部を外すとか、はたまたこれは蒸気機関車型。前車両でモーターやお遊び用のボイラー、何から何まで壊す助けにもなる。それに会議で言ってた備品リストにはないものです。」
「ほんっとお前はいい働きするな。」
彼は小さく礼を述べた。
「バールがあったのは5両目倉庫です。それより前の車両にはありませんでしたが、後方車両の確認に行った方がいいですか?」
「ああ、ルイホァとハーマンも頼む。」
「「了解。」」
3人は残りの6両目から10両目までを確認しに行くため、席を立つ。
「なぁ、ケイ。ちょっと頼みたいことあるんだが。」
「何すか?」
「まぁまぁ。」
リーンハルトの言葉尻が愉快そうに上がるのをオリヴィアとヒロタダが不審げに見つめる。
「え、そんなんやっていいんすか?」
「おおよ。ケイならできんだろ?」
「もちろんすよ。」
「ちょっと、リーンハルト。妙なことしないでね。」
「……ああ。」
オリヴィアは笑顔で青筋を浮かせながら彼の頬を抓る。呆れた顔をしたヒロタダは前方車両のヤンに報告をする。
ついでにリーンハルトの悪巧みの件も伝えると、よく知っていると苦笑しながら彼は連絡を切った。
「どう? やっぱり備品おかしい?」
「うん。バールもそうだけど工具の数が合わない。」
「どれ、オレが持っておくぞ。」
「いえ、オレが持ちます。万一の時は2人が戦う方が速く静かに済みますから。」
シュウゴは先ほどのバールに加え細々とした工具や道具を鞄に詰め込んでいた。ルイホァもいくつか預かっていたが軽いものばかりだ。
「シュウゴ的には敵はどこにいそうだ?」
「……特務隊にスパイはいないと信じて。リニモの製作や操作に関わる乗組員には敵はいないでしょう。なら接客担当の方にいるかもしれません。あとはベタに車両の上とか最後尾にいるかもしれませんね。」
「なら、オレが最後尾に行く。ルイホァは上を頼む。シュウゴはルイホァの援護をしながら確認作業の継続だ。」
「分かりました。」
8両目の備品をシュウゴが確認終えると、ハーマンは後部車両へ向かう。ルイホァは壁際にある簡易梯子から慣れた様子で上り、車両上に繋がる扉に手をかける。
「シュウゴは備品の回収をお願い。敵を発見次第通信機ですぐに連絡する。」
「うん。気をつけてね。」
ルイホァは僅かに扉を開き、開閉に伴う罠がないか確認をする。
どうやらトラップは特にないようだ。備品のミス、にしては多すぎる不備が勘違いで済む可能性は低い。ルイホァは勢いよく屋根に飛び出る。
思ったより強い風圧にグラリとバランスを崩しかけるが、能力を発動して体勢を保つ。
扉を閉めると同時だった。
背後から殺気を感じ、身を捩り目で捉えられなかった攻撃を避けた。
「誰?!」
「チッ、避けやがったかガキめが。」
見たところ男はカエルのような手で車体に貼り付いているようだった。
しかし、ルイホァは動じることなく【鎌鼬】を次々と放っていく。男は器用に避けていくと舌を手のように自由自在に伸ばしてルイホァの足元を掬う。彼女は身軽に避けると、シュウゴから預かっていた工具を鋭く投げつけた。
「そんなもの!」
「避けられる、そんなこと知ってるよ。」
男が避けるのと同時に車体が傾く。
ちょうど男が軸足に体重を移したのと同時、すなわち男の身体が大きく傾いた。
ルイホァはそれを見逃さない。風を纏い、一気に踏み込んだ。
「【暴風】!」
「ぐっ!」
男は吹き飛ばされた衝撃で、頭部を9両目の角に強くぶつけ、そのまま連結部の足踏み場に墜落した。
「よ……、っと!」
再びカーブに差し掛かり、ルイホァは着地で足を滑らせる。
全身から汗が吹き出た。まずいと思った瞬間には身体は車外に放られていた。
しかし全身に痛みは走らない。
窓から出てきた手に服を掴まれ、強く引き込まれたのだ。
「ちょっと、落ちてくるなんて聞いてない。」
「えへへ……ごめん。」
「肝が冷えた。」
その手の正体はシュウゴだった。
上での物音に気づき窓から顔を出したところでちょうどルイホァが降ってきたらしい。
彼の額にはじんわり汗が滲んでいた。
「上は今さっき連結部に落ちてきた人だけ?」
「うん。ハーマンの方からは?」
「2人の不審者を確保、って。結構潜り込んでるものだね。」
さすがはハーマン。こういった隠密的な仕事は手早い。
ルイホァが内心で褒め称えているとそれを知ってから知らずかシュウゴは予期せぬ言葉を口にした。
「やっぱりルイホァは今くらいの身軽さでいいんじゃない?」
「何さ、突然?」
彼女が怪訝な表情を浮かべると彼は悪びれなく答えた。
「だって今落ちてきたのがルイホァかエルナじゃなかったらオレたぶん助けられなかったよ。」
「……そっか。」
「そう。今のいいところ捨ててまで大きくなる必要はないと思うけど。」
彼はどうやら想像以上に現状の自分を評価してくれているらしい。
任務中にも関わらず口角が上がりそうになったルイホァは頬を抑えながら、男の回収に向かおうとする彼の背中に軽く頭突きした。
【こぼれ話】
リーンハルト達の世界の公共交通機関は地下鉄も普通車もリニモが採用されています。その中でエピソードにも出てくるような車体の型番や速度の違いなどがあります。




