89.蕾は胸に
「ファンです!」
「えぇと、ありがとう?」
「サイン貰ってもいいですか?」
シュウゴの家を訪れたエルナは、彼によく似た可愛らしい女の子に涙ながらに手を握られ戸惑っていた。
先日バレンタインの誘いを受け、シュカとルイホァは連絡をとっていた。そして、バレンタインの近い休みの日にエルナとミホを加えた4人で集まることになったのだ。
ルイホァは、シュカがエルナのファンであることをシュウゴから事前に聞いていたため敢えて伝えず連れて行ったところ、玄関で泣きながら握手を始めた次第である。
エルナは苦笑いしつつも、サインを書き渡したり写真を一緒に撮ってあげたりした。今日の講師代はそれだけでいいと彼女が言っていたからだ。
ルイホァとミホは先にエプロンをつけて準備をしていた。
「あんな美人さんも知り合いだったのね……。焦っちゃうなぁ……。」
「焦るんですか?」
「うん、だってシュウゴくんと見た目も釣り合うもの……。」
ここでルイホァは現状に気づく。
あの裁判所の時の彼と現在の彼女の様子、これは自分らがうまくアシストすれば2人に感謝され、ご飯を奢ってもらえたりお菓子のおこぼれを貰えるのでは、と。
やや的外れであるも、彼女のやる気はぐっと上がった。
「大丈夫ですよ! エルナには好きな人いるし、シュウゴもエルナには絶対惚れてないです! 絶対ミホさんの方がお似合いです!」
「全部事実だけど、ちょっと傷つく!」
「好きな人いるんですか……?!」
シュカが明らかにショックを受けた顔をした。
それから自己紹介を始める。その中で自然と敬語が取れていき、4人はすぐに和やかな空気になった。
「はい、ではここで作る量について確認してからお菓子を考えます。ルイホァは?」
「はい! 私は仕事の同僚にあげます! 本命はいません!」
「元気でよろしい。」
妙なところを褒めるのもシュウゴに似てるかもしれない、とルイホァは頭の片隅で考える。
「そしてエルナは?」
「あっあたしは……その、す、あたしも同僚によ!」
「「「……。」」」
顔を真っ赤にして言うエルナに言及するか3人は無言で協議するが、その相手を知っているルイホァがジェスチャーでスルーで、と伝える。
「もっ、もう何よ! 渡せるわけないでしょあんなにぶちんに!」
「でもいいんじゃない? 1人だけちょっと特別にするとか。」
「……。そんな勇気はないし、それに今伝えても、」
確かにリーンハルトは今そんなことに横目を振る場合ではないだろう。そして、そんな彼をよく見ている彼女もまた。
「気にしなくてもいいんじゃないかな? ジパングのバレンタインは感謝を伝えるって日でもあるし。特別な意味がなくても、喜んでくれる人よね? リーンハルトさんは。」
「なっ、何でわかるのよ!」
文化祭での戦いの後のやりとりを見ただけでバレてしまうとは、ミホの察しがいいのかエルナが分かりやすいのか。
「……そういうミホは。」
「わっ、私?! その……。」
彼女はシュカをチラリとみる。そして顔を真っ赤にして呟く。
「……シュカちゃんがいる前で言うのもアレなんだけど、シュウゴくんに。今年はチュウジロウくんには先に渡して、本命1本でいきます!」
「「おおっ!」」
「むしろミホさんにお願いできれば色々と安心です。お兄ちゃんも大概鈍いから。」
ルイホァは先日のオリヴィア宅での会話を知っているためもどかしそうにしていたが、我慢だと口をギュッと結ぶ。
「じゃあベタにクッキーと、あと兄が好きなフォンダンショコラを作りましょう。」
「そういえばシュウゴは帰ってこないの?」
「お兄ちゃんはヴィリさんに足止めしてもらってる。用もあるって言ってたのでたぶん大丈夫だよ。」
彼女は兄にそっくりな無表情で親指を立てる。
「じゃあ時間もないし早速作っていきましょう!」
「「「おー!」」」
それからすぐに準備に取り掛かった。
時間は少々巻き戻って本部。
ヴィリの元にどことなく疲れ切った顔をしたシュウゴが訪ねてきた。その場にはたまたまリーンハルトとヒロタダもいた。
「どうした、そんな疲れ切って。」
「いや……実はここに来る途中花屋に寄ったんですよ。」
「季節じゃねーだろ。何でまた? いだっ!」
リーンハルトは両サイドの2人にそれぞれ足を踏まれ脇腹を抓られた。シュウゴは気にせず話を続ける。
黙るように言外で言われていることに気づいた彼は口を閉ざす。
「花を買おうとしたら、本数を聞かれたんです。知らなかったので聞いたらもう恥ずかしくなってしまって……飛び出てきてしまいました。」
「シュウゴも照れるんだね。」
「ちょっと。」
ヴィリのことをジト目で睨みつける。
「確かに花束はハードル高いもんな。」
「お前、エルナの店行く時買ってたじゃねーか。」
「意味合いが違うんだよ。な。」
「……あぁ、なるほど。シュウゴ可愛いところあるんだな。」
ここでやっと意味を察したらしいリーンハルトがにやりと笑いながら頭をワシワシと撫でる。
不貞腐れたような顔をしながらやんわりとその手を外す。
「リーンハルトさんも誰かに贈った方がいいんじゃないですか?」
「……そうだなぁ、ならみんなで花屋行くか! オレも色々聞いてみたいし!」
苦し紛れに言った言葉を真正面から受け止められ、シュウゴは目を見開き、その横の2人も驚いたようにぽかんとしていた。
「なら、ちょうど昼だし休憩がてら行こうぜ。それなら、待機のオレらもデスク中のヴィリも抜けられるだろ?」
「……そうですね。」
「何ちょっとにやにやしてるの。」
「別に、僕何も言ってないじゃん痛い。」
「顔が物語ってる。言わなくても気づいてるらしいね。」
照れのあまり、珍しく立場を忘れて普通に接している。ヴィリは楽しそうに笑っているが、シュウゴは相変わらず無表情だ。
「じゃあ僕が車出すから玄関まで出てて。」
「了解〜。」
ヒロタダが声をかけると3人も荷物を纏めたり、すぐに出動できるようインナーを着替えたりしていた。
さすがに男4人だと準備は早い。
シュウゴが知っているらしい花屋への道案内のために助手席に乗った。ヒロタダはその横顔を見て微笑んだ。
「シュウゴは結構行動派なんだな。意外。」
「そうですか? でも、その人の特別になりたいって思ったら何か理由がない限り待つ意味はないじゃないですか。」
「そりゃそうだけど……ほら、気持ちの準備とか。」
ヒロタダは全員がシートベルトをつけたことを確認し、出発した。道路はそんなに混んでおらず意外とスムーズだ。
「それは個人によると思いますが。ただオレは後悔がない方を、と思うと行動してしまいますし、割と決断は早い方かもしれませんね。」
「……それはぽいな。」
「どっちですか。」
シュウゴはふふ、と小さく微笑んだ。
案内されてついた花屋は質素であるが、種類がたくさん揃っており、店員も女性2人で丁寧に仕事をしている印象だった。
「いらっしゃいませ〜。」
「すんませーん。若い女の子、あ、部下なんですけどその辺にあげる花くださ〜い。こっちは本命であんまりドーンって派手じゃないけど気持ちが伝わるやつ!」
「いやテキトーすぎだろ。」
リーンハルトの大雑把な依頼にも店員さんは笑いながらも、これはどうですか、と勧めてくれる。リーンハルトに呼ばれてシュウゴも控えめにヒョコヒョコとそちらに向かう。
その様子を見てヒロタダとヴィリはほっと胸を撫で下ろす。
「リーンを連れてきた時はどうなるかと思ったけど。」
「そうですね。僕にはあんな風にシュウゴの手を引けないから良かったです。花屋も初めて来ました。」
ヴィリも嬉しそうに微笑んだ。
だが、その安寧はそう長く続かなかった。バレンタイン、イベントにトラブルがつきものであることはまだヴィリは知らなかったのだ。
【こぼれ話】
シュウゴとミホ、チュウジロウの出会いは入学式後の新入生オリエンテーリングです。
ミホとチュウジロウは入学式でたまたま席が隣になり友人に。内向的なミホに女の子の友達をと思いチュウジロウが連れてきたのがシュウゴでしたが、ミホはすぐに気づき土下座する勢いだったそうです。




