88.医者の不養生
「ケホ……。」
オリヴィアは布団の中でもそりと寝返りを打った。
発熱なんていつぶりだろうか。自身の情けない姿にため息しか出ない。
先日のモニカの見合い事件の際、同僚に緊急で当直を代わってもらった。そのため後日当直に入ったのだが、その日に限って急変やら救急やらが多く全く寝ることができなかった。
そのせいか、内科で流行っていた風邪をもらってしまったらしい。
幸いインフルエンザではなかったが、上司から休むように言われてしまった。
のそのそと起き上がり熱を測ると39.5℃。
これじゃ元気な方がおかしいくらいだ。
食事をとって薬も飲みたいがそんな気力もない、と思いながら過ごすこと数時間。もう少しで昼食時である。
「医者の不養生、ってまさにこのことね。」
寝過ぎて眠れない、暇だと思っているとチャイムが鳴った。
独り身の自分を訪ねてくるなど誰だろうか。
のそのそと玄関に向かい、扉を開けるとオリヴィアは驚いた。
「「「お邪魔しまーす。」」」
「あら、いらっしゃい。」
扉の前にはリーンハルト班の若者4人組が大きな袋を抱えて立っていたのだ。
オリヴィアの様子を見たエルナとルイホァは慌ててオリヴィアを寝室のベッドに押し込んだ。
当の本人はみんなマスクして偉い、などと全く関係ないことを考えていた。
最初はキッチンの方で何やら揉めていたが、すぐにルイホァとシュウゴが戻ってきた。
「……2人は?」
「一応ご飯作ってるよ。私たちは料理全くできないからって追い出されちゃった。私も覚えた方がいいのかなぁ。」
「覚えるに越したことはないよ。」
「できないシュウゴが言ってもあまり説得力ないよ……。」
目元から不服そうな様子が分かり、オリヴィアは笑った。
「オリヴィアさんは寝なくて大丈夫ですか?」
「寝過ぎて逆にしんどいくらいよ……。ケホ、ねぇ、2人とも何か面白い話ないかしら?」
2人とも根は真面目なため、腕を組んで面白い話、と頭を悩ませている。その様子を微笑ましげに見守っているとルイホァは手を叩いた。
「そういえばね、この前エルナが出てるラジオの公開録音にリーンハルトと行ったんだけど。途中でこっちに気付いてね、嬉しくなっちゃったリーンハルトが大きく手を振ったら緊張して声裏返っちゃったんだよ?
可愛いよね、エルナ。それとシュカさんにも会ったんだよ?」
「妹に?」
そう言えばまるで同じこと話してた、とシュウゴは思い出したように言う。
「妹さんはエルナちゃんのファンなの?」
「俺はよく分かりませんけど……妹が好きなアニメの声がエルナなんですって。今更知り合いだとも言えずそのままですけど。」
知られればまた怒られてしまうのだろう、シュウゴはため息をつく。
「私達は文化祭のドタバタで一応顔見知りだったんだけどシュカさんが見つけてくれてね。それで今度バレンタインのお菓子作りを一緒にやらないかって誘ってくれたんだ〜。」
「いいわねぇ、色々と経験なさいな。」
「うん! 作ったらオリヴィアにもシュウゴにもあげるね!」
「楽しみにしてるわ。」
「ありがと。」
渡し先が明確になっていると気合が入るのだろう、ルイホァは上機嫌に話す。
「そういえばバレンタインといえば女性が菓子を渡すのがジパング流ですけど、オリヴィアさん達のエリアの方では男性が女性にプレゼントを贈るんですよね。」
「そうよ。」
「そうなんだ! 私バレンタインの習慣も最近初めて知ったくらいだよ〜。」
ルイホァはあははと愉快そうに笑っているが、熱でぼんやりしているオリヴィアのかわりにふと気づく。
「それを聞くってことはシュウゴも誰かに渡すの?」
「そうなの?!」
「……そんなことで起きないでくださいよ。」
勢いよく起きたオリヴィアを宥めながら横にさせる。
「もう付き合ってるのかしら?」
「いいえ。」
「男の人からだと、お花とか装飾品とか?」
「そうねぇ、薔薇の花束とかお食事かしら? お菓子とかお酒をあげる人もいるけれど。装飾品は付き合ってる場合はあるけど付き合ってないなら、ケホ、ちょっと重いかもね。」
「……咳き込むまで話さなくていいです。」
シュウゴはいつもの無表情で呆れたように言う。
しかし、思わぬ話に退屈していたオリヴィアと聞き慣れない話に興奮するルイホァはどんどん盛り上がっていった。
しかも一言も渡すなどと言っていないのだが、と彼は遠い目をしながらも一応は耳に入れていた。最終的にこれがいいんじゃないかと画像を押し付けられ始めたあたりでケイとエルナが戻ってきた。
「お待たせしました〜。初めて粥っつーもん作ったけどうまくできたぜ! エルナのせいで危うく大変なことになるところだったけど。」
「ちょっと! アンタ黙っとくって言ったでしょ!」
「砂糖と塩間違えそうになってよー。」
「黙ってってば!」
さっとルイホァに器を渡すとケイは甘んじてグラグラされていた。
「そういえばシュウゴさんは妹さんが作ってくれてるんすよね。2人も料理習ったらどうっすか!」
「アンタ喧嘩売ってる?」
「エルナもシュウゴの妹さんにバレンタインのお菓子教えてもらおうよ! 料理すっごく上手なんだって!」
「行く!」
「伝えとく!」
その話を聞いているのかいないのか、手際良く小分けした皿をシュウゴはオリヴィアに渡した。
口に運ぶとネギの風味が香るふんわりとしたたまご粥の味が広がる。和風出汁がきいており、添えられた漬物や鮭とよく合う。
「美味しいわね。」
「コーチに教えてもらったんす! お口に合うようで良かった。」
「いい旦那さんになるね。」
シュウゴの言葉にケイは照れている。
「あとヨーグルトとかゼリーとか冷蔵庫に入れておいたから。飲み物はオリヴィアがコーヒーとか飲んでるイメージだから適当に買って入れておいたわ。
今何か飲みたい?」
「あったかいお茶がいいわ。」
「分かったわ!」
ふん、と気合を入れたエルナがキッチンに戻る。
それからオリヴィアのリクエスト通り4人は好き勝手話し、片づけをすると帰宅して行った。
まるで4人の元気を分けてもらったようでオリヴィアはホクホクしていた。やはり食事は大切、薬も効いてきたようでゆっくり休めそうだ。
しばらく寝ると窓の外は暗闇に包まれていた。
汗もかいてスッキリした。熱も下がっていたため手早く身体を拭いて、洗濯物も回してしまう。
キッチンを見ると綺麗に片付けられており、確かにケイはいい旦那さんになりそうだと笑ってしまう。むしろ他3人は大丈夫だろうか、と考えていると再びチャイムが鳴った。
モニターを見てみると、モニカが先頭で後ろにはリーンハルト、ヒロタダ、ハーマンがいた。
リーンハルトとヒロタダは荷物をたくさん持っている一方、ハーマンは何やら小さいものを持っている。
「はーい。」
「大丈夫ですか、オリヴィアさん! 私のせいですよね、ごめんなさい!」
「コラ、病人に飛びつくな。思ったより顔色いいな。良かった。」
ハーマンが中に入るのを促すと、モニカはすぐに洗濯に気づき、私がやると浴室の方へ行ってしまった。
ベッドにかけるとハーマンが土産を渡す。
「昨日発売日だったろ。いつもありがとうな。」
「あら、ハーマンは私が読んでいるの知ってたのね。」
「ああ、休憩室であれだけ読んでればな。」
横の方で27歳の2人が知らなかったと呟いているのは聞かなかったことにした。
モニカが仕事を終えたようでパタパタと戻ってくる。
「オリヴィアさん、もしかして誰かお見舞いに来ました?」
「ええ、うちの班の若い子達が。」
「えっ、じゃあ見舞品絶対被ってんじゃねーか!」
袋を持ったリーンハルトはバタバタと遠慮なくキッチンに向かっていく。相変わらず騒がしい男だ。
ハーマンは呆れたように呟く。
「だから言ったろ、あまり買い込まなくていいって。足りなきゃ家についてから考えようってよ。」
「一人暮らしだからいくらあってもいいかなって……。」
「男と一人暮らしと一緒にするな。エンゲル係数だって違うんだぞ。」
「なぁ、オリヴィア、夕飯はうどんなんてどうだ?」
「僕作りますよ!」
「いいわねぇ。私ケイくんのお粥でハードル上がってるからがんばってね。」
ヒロタダが少しばかり嫌そうな顔をした。
彼は心配するような腕ではないようで。むしろ傍らで任せとけと騒いでいるピンク頭の方が心配だ。
「でも、オレはいつもオリヴィアに身体を大事にしろ安静にしろって怒られる側だから新鮮だわ。たまにはこうやって休んでもらわねーとな。」
「そのままそっくりお返しするわ。」
「オレは怪我して嫌でも休んでるからいいんだよ。」
「それ僕らの心労は全く改善されないけど。」
ヒロタダがジト目を向けながらキッチンに向かうため、リーンハルトは言い訳をしながら彼の背中を追っていく。
その様子を見たモニカはふふ、と笑った。
「仲良いですねぇ、リーンハルト班は。ウチの班も仲は悪くないですけど私生活でここまではしませんよ。」
「それみんな言うよな。」
「何か気のおけない仲間って感じで羨ましいです。……昔のウルツ班みたい、いえそれ以上です。」
「まぁ、あれだけの絆の強さ見せつけられた後に言われてもねぇ。」
「違いねぇな。」
2人は後から聞いたお見合い騒動の話を指しながら言う。
とは言いつつも、会話のテンポが息ピッタリのハーマンとオリヴィアにモニカは笑ってしまう。
キッチンの方からはヒロタダの怒号が飛んできており、リーンハルトの悲鳴が聞こえたためモニカはすっと立ち上がった。
「選手交代ですね。行ってきます。」
「悪いな、うちの若いのが。」
そんな会話をしている横で、オリヴィアも通信機を見てみると同僚から沢山のメッセージが届いていた。
騒がしい同僚の言葉に苦笑しつつ、1通ずつ返事をしていく。その間、ハーマンは持ってきたらしい本をパラパラと読んでいる。
数分もすればキッチンから追い出されたリーンハルトが文句を言いながら部屋に戻ってくるだろう。
時々はこんな日でもいいかな、とオリヴィアは心の内で思いながらまもなくできるであろう夕食を想像し、笑みを漏らした。
6章スタートです。
この章で概ね折り返しとなりますがよろしくお願いします!




