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8.初演習

 ジパングにはゴールデンウィークというお祭りのような連休があるらしい。

 この多様化する社会の中で珍しくも仕事に振り回されているこの地域の人間にとっては、実際お祭りのようなものなのだろう。


「こんにちぐっ!」

「こんにちは、ケイ! 今日はどのトレーニングする? マシン? ランニング? それとも私との組手?」


 鳩尾に飛び込んできたルイホァをよろめきながらも何とか受け止めた。

 ちなみにこの場にいた幾名かは、新婚みたいなやりとりをトレーニングで言わないでくれと内心で笑っていた。


「お前、軽々しく抱きつくなってんだろ!」

「えー? いいじゃん。」


 ケイは、いわゆる普通の青年の感性を持っているらしく照れたように彼女を引き剥がした。


「仲良いんだね。」

「いやまぁいいっすけど。生温かい目で見ないでもらっていいっすか。」

「生温かい目? そう?」


 幾名かに含まれなかったシュウゴにはピンと来なかったらしく、不思議そうに自身の眉間を揉んでいた。


 今日は初めて全員が集合する日。

 というのも、先日起きた体育館襲撃事件を受け、リーンハルトが集合をかけたのだ。


「はー、でもやっとだね。全員集合!」

「まぁ何やかんやと予定も合わなかったからな。リーンハルト自身も無理に集合かけることはなかったし。」


 ハーマンはどうやら煙草が吸いたいのか、先程からずっとライターを弄っている。リーンハルトを除いた7人で雑談していると、不在にしていた班長が機嫌よく現れた。


「おー、集合してくれてサンキュな! やっぱり全員いるといいな。」


 慌ただしく来たリーンハルトは、腕時計型の通信機へとデータを送る。

 それぞれ通信機から画面を起動して内容を確認し始めた。そこには演習の内容が簡単ではあるが、要点を抑えた文章が記載されていた。


「チーム演習……?」

「何で改めてまた。」


 エルナが首をひねる。

 確かにチーム結成歴が短いとはいえど、要請は全て最短時間でこなせているため、必要もないように思えたのだ。

 リーンハルトは乗り気でなさそうな一部の者に向けて苦笑いしつつも諭すように答えた。


「年一の査定みたいな感じだよ。それに、な。1つ懸念事項もあるんだよ。」

「『Dirty』のことか?」

「ああ、前にあのゾンビのおっさんが言ってたやつか。訓練室で講師の先生に聞いたらめっちゃビビられた。」

「そりゃな。」


 案外彼は隙間時間に顔は出しているらしく、大方このチームが作られた経緯も察しているのだろう。リーンハルトは改めて、と皆を見回す。


「話を戻すぞ。オレらは『Dirty』の中でも精鋭部隊を相手にすることになる。中には電気系統を無効にする人間、シンプルに能力の強い人間とか厄介な奴が多い。だから、オレは向こうに能力がバレていないメンバーを積極的に入れながら今回の召集を行った。」


 辺りを見回しながらリーンハルトは真っ直ぐそれぞれのメンバーに顔を見回す。


「特務隊員として、戦闘力、地の身体機能、作戦理解、経験も申し分ないハーマンとオリヴィア、ルイホァ。ランクは低くとも汎用性の高い能力を持つエルナとシュウゴ、圧倒的な能力と戦闘センスを持つケイ、んでもって隊の運営に必要な法に関する知識を持ち、強力な能力を打ち消すことができるヒロタダ。

 個々の力は申し分ない。だが、強い力は使い方によっては諸刃の剣だ。」


「確かに、後方支援のエルナやオリヴィアが戦闘に面することは避けたいよね。」

「それに僕が使い方を誤って、リーンハルトやケイ、ルイホァの能力を打ち消したらシャレにならないもんな。」


 リーンハルトは頷く。

 能力の使い方を一歩間違えば命の危機にも関わる。つまりは互いのコミュニケーション、協力が必須となるのだ。


「特にウチは参加できるメンバーが常に変わるからどんな相手と組んだ場合も、迅速に役割分担を行い、処理にあたる必要がある。基本的に戦闘にあたってはオレがハーマンが指示を出すが、出せない場合もある。」

「それこそ、通信系統が落とされた時やあたしの能力が使えない場合ね。」


 なるほど、ならば実戦演習も必須となるであろう。

 首を傾げていた班員も納得した。


「査定の日は平日。学生の3人には悪いが予定は抑えさせてもらってる。」

「大会が被らなきゃいいぜ。」

「講義は確認する。」

「仕事がなければいいわ。」


 3人は一応了承の意を告げる。


「それと現在の問題を明らかにしておきたいから、この後簡易演習をやりてーんだわ。チーム分けは適当。一応分析員にも依頼はしたから。」


 これについては全員すでに耳に入れていたことだった。




 話を終え、すぐに演習室に向かうと、生真面目そうな、長髪を団子にまとめきっちりと七三にした前髪を固めた女性が待ち構えていた。


「お待ちしていました、リーンハルト班長。」

「おう、こちらこそ急な召集で申し訳ない。」

「いえ、構いません。」


 リーンハルトに挨拶をすると、彼女は他のメンバーに向き合う。


「私は分析官ミツコ・スドウと申します。

 今回の模擬演習の分析をさせていただきます。動画および最新動作解析装置、そして私の能力、【数値化】を用いて。」


 【数値化】、とは運動の速度や角度、能力の出力率などが彼女の目には数字で映る、という能力らしい。


 班分けはリーンハルト、ヒロタダ、エルナ、ハーマンの4人とルイホァ、シュウゴ、オリヴィア、ケイの4人に分けられた。

 作戦会議の時間は5分、ステージは本部地下に設けられた模擬廃ビル。ルールは全員が1つずつインク玉を持つ。誰かを王様とし、その人のインク玉を破裂させたら勝ち、ということだ。演習中に限り、常用の通信機器の使用は禁止だ。


 そしてさらに加えられた指示では、作戦立案はヒロタダとシュウゴが行うように、と告げられたのだ。シュウゴもヒロタダも、自信がないと謙遜したが決して受け入れられなかった。


 ヒロタダを囲んで3人は作戦会議に入る。


「さて、向こうの作戦について、だが。」

「恐らく戦闘員のケイとルイホァでリーンハルトを抑え込みに来ると思います。そして、シュウゴとオリヴィアさんで来るでしょう。」

「……まぁ妥当だな。」

「能力の相性も、戦闘力も、2人がかりで来てもリーンハルトは対応できるだろう?」

「まぁな。」


 リーンハルトは肯定した。

 そこから全体への連絡をエルナが、エルナの護衛をハーマン、ヒロタダが行うことになった。

 そして問題の王様については、話し合う時間が足りずエルナが持つことになってしまった部分だけは痛いところであった。




 制限時間を迎えるとそれぞれが待機場所に移動させられた。

 ミツコがそれを確認すると無機質な音が流れ始めた。


『開始、5秒前、4、3、2、1、スタート。』


「さて。」


 リーンハルトは何も意識せずに単独で建物内を闊歩する。不自然にならない程度に、初動の偵察班と同じ動きをする。


「……きたな。」


 リーンハルトは背後からやってきた唐突な殺気に氷の壁を張る。しかし、咄嗟に張った薄い氷は拳によりヒビが入る。

 僅かに違和感を感じつつも、リーンハルトは通路の正面に駆け出す。案の定、といったところだろう、正面からは鋭い風が吹き荒れる。


「リーンハルトは私と戦ってもらうよ! それと、ケイとね。」


 背後の氷が炎で溶ける気配がする。


「へぇ。」


 リーンハルトは全てを悟り、エルナのテレパスに応答しようとする。しかし、それをすぐに察したルイホァは間髪入れずに襲いかかってくる。そして、背後のマントを羽織った人間も、同様であった。


 ヒロタダとハーマンはエルナを囲って廃屋の奥まった部屋にいる。後方に窓は1つ、出入口も1つだ。出入口にはハーマンの糸によるトラップもかけた。後方の窓はあえてかけずにハーマン自身が見張りをしている。

 待ち伏せは基本的に待つ方が有利であるが多少の消耗を生じる。特にこういった環境に慣れないエルナは緊張していた。彼女は部屋壁面に能力を使い、探知を行なっている。


「2人、接近。」


 ハーマンとヒロタダは構える。

 しかし、エルナははっと何かに気づき、焦りの表情を浮かべた。


「まずい、2人がいる場所は、地下よ!」

「「!!」」


 部屋中を爆音と光が包む。

 どうやら爆薬に加えてフラッシュバンを合わせたらしい。ヒロタダは完全に目を瞑ってしまう。その視界の端で黒い炎が見える。それは明らかに自分に向かってきており、咄嗟に無効化を使う。


「バカ!」

「えっ!」


 すでに正面にいたのはシュウゴであり、彼はヒロタダのインク玉を潰した。そして、なんとか開けた目で見たのはハーマンと交戦するケイであった。

 ハーマンが糸で応戦しようとするが、ケイの炎によりすぐに燃やされてしまう。


 ヒロタダを倒したシュウゴはその足でエルナに向かう。一応で応戦するものの予想外の崩れた足場で勝つのは難しい。


「きゃっ!」

「……エルナでしょ、持ってるの。」


 エルナの表情が歪む。

 しかし、ハーマンがケイの足元の瓦礫を崩し、咄嗟に糸をシュウゴの足にかける。彼は小さな悲鳴とともに、顔面を地面に打ち付ける。額につけたインク玉の破裂は避けたらしいが、顔に擦り傷ができていた。


 状況は劣勢、ケイが一気に炎を噴出し、ハーマンもさすがに焦りを浮かべたところであった。



『演習、そこまで!』



 全員の動きが止まる。

 ケイは早すぎる決着に驚きつつも噴出した炎を収めた。


『ヒロタダ班の勝利です。今すぐ最初のフロアに集合してください。』


「やっぱリーンハルトさんの方2人じゃ厳しかったっすかね。」

「……その前にオレがエルナのインク玉潰せれば問題はなかったよ。ごめん。」

「そんなことないっすよ、だって作戦も読みも完璧だったじゃないっすか!」


 落胆したようなケイの言葉を聞いてハーマンはやはり、と呟く。

 そしてエルナは目を白黒させたまま、ヒロタダはやっと作戦に気づいた。




「もー、やっぱりリーンハルトの存在が反則だよ! 悔しい!」

「いやぁ、最初はケイが来たと思ったからびっくりしたぜ。つい本気出しちまったからな。」

「……にしてもあの狭い部屋で水浸し、氷漬けって鬼だと思うわ。」


 びしょ濡れの3人はすでにタオルを巻いてフロアに集まっていた。着替えも早々に終わらせたらしく服は綺麗になっていた。


「お疲れ様でした。まずは状況について整理しましょう。シュウゴさん、貴方の推測も交えて話してみてください。」


 オレが? と不思議そうに呟いたが、ルイホァとケイの期待の眼差しに早々に観念したらしく口を開く。


「……リーンハルトさんはたぶん囮だろうなって思いました。経験値や彼が暴れることを考えると1対3に分かれることも作戦通りでした。

 それでオレの、“文字を事象に変える” 能力でサーモグラフィ、ダイナマイト、フラッシュバン、オリヴィアさんが持つための火炎放射器を作っておいたんです。他の人の能力だとヒロタダさんに防がれるから。」


「そうそう! それで作ってる間にリーンハルトと衝突するチーム、他を襲撃するチームに分かれようってなって始めは私とケイで行こうってなったんだけど……。」

「これもまたシュウゴくんに止められたのよね。ケイくんの能力はリーンハルトと相性悪いし、それに自分たちは襲撃する側だから実戦に慣れた私が行く方がいいって。」


 チームを組んで日が浅いにも関わらず、シュウゴはメンバーの経験や能力を踏まえて作戦を練っていたらしい。

 ただただ感心してしまう。


「それもあったけど、ケイがこっちに欲しかった。爆弾なんて初めて作ったし、不発だったら壁破壊する力ないし。あと、ヒロタダさんに能力を誤作動してほしかったんです。」

「……僕?」


 確かにあの時ケイの炎から身を守るために、視界を奪われた状態で能力を使った。


「まず、リーンハルトさんとルイホァ・オリヴィアさんの交戦が始まる。そうすれば音でヒロタダさん達は警戒する。でもそこでリーンハルトさんからケイがそっちに向かってるってことを言われるとハーマンさんがトラップをもっと厄介なものにすると思ったんです。

 だから、始まった時点でこちらも襲撃、ヒロタダさんの無効化を利用してエルナのテレパスを妨害。これが作戦です。」


 完全にヒロタダは手玉に取られた、ということだ。


「しかもコイツ、エルナが王様ってことを確認するために、『エルナでしょ、持ってるの』って聞いたな。あんな不測の事態で実戦に慣れてない人間が聞かれたらそりゃ顔に出る。ケイも何かしら合図を決めてて、そのままオレの足止めに、いや倒しにかかったんだろ?」

「当たりっす。でも、リーンハルトさんがうちの王様、ルイホァを倒しちまったんすよ。」


 彼は残念そうに肩を竦めた。


「彼女は1番の機動力を持ってるのでいざって時には逃げられると思いました。」

「……まぁ囮の人間からすれば通常は引きつけ役に本命がいるとは思わねーし、エルナの救出を優先すべきだろう。でも、立地的にお前はそういうことしねーと思ったよ、シュウゴ。」

「……何で?」


 シュウゴはリーンハルトが言わんとしていることを理解しているらしい。少しばかり不満そうに鼻を鳴らした。一方でエルナは分からないらしく首をかしげる。

 彼女への説明を請け負ったのは肩を落としたヒロタダだった。


「リーンが言いたいことは、数的不利な状況で閉鎖された空間を襲撃するシュウゴやケイより、オープンスペースで数的有利を持つ2人が王様である可能性が高いってことだろ?」


 アタリ、と彼は笑う。


「まぁさすがに手こずったけど、炎使わないってことは氷で距離とって、先に遠隔攻撃をするルイホァを潰した方が速い。」

「まさか廊下いっぱい氷漬けにされるとは思わなかったけどね。」


 オリヴィアが恨みがましく呟く。


「しかしながら、客観的に見ても実践経験の少ないにも関わらず、これだけの立案、立地把握、武器準備をこなしたシュウゴさんはなかなかのものです。今から個別フィードバックを行いますので、お聞きください。」


 はーい、と幾人かが返事をする。

 完全にしてやられたヒロタダは、試合に勝って勝負に負けたという事実に打ちのめされ、ため息をついた。

【キャラクター紹介】

ハーマン・フォースター

180cm 34歳 O型

好きなもの:コーヒー、煙草、格闘技

嫌いなもの:甘い物

体格のいい、茶髪で少し色黒。切長であるがタレ目。少し猫背気味。愛煙家であるが、必ず喫煙所に行く律儀な人。

警視庁総務課に所属しており、かつては刑事課にも所属していた経験を持つ。基本はポーカーフェイスであるが面倒見も良く年下や後輩に慕われている。一方でかなり現実主義であり若い隊員が多いリーンハルト隊の支えにもなっている。隊唯一の既婚者である。

リーンハルト隊の副隊長。


個別回はもう少し先……。



【こぼれ話:能力について】


 シュウゴの能力は【文字を事象に変える】、ある種の創造能力。基本的には物量法則を凌駕するが、想像するものと同等の質量が必要となる。大概土を使っていることが多い。文字は自分で書いたものに限り、自身が文字と認識すれば問題ない。速筆であり、綺麗とは言っていない。


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