86.選択は君の中に -戦友達よ-
※戦闘シーンあり!
「……やべぇな。」
「やべぇのはリーンハルトの頭よ。」
額に青筋を浮かべながらリーンハルトに笑顔を向けるのはオリヴィアだった。リーンハルトは横目でチラリと彼女を見たが一切変わる気配のない表情に肩を竦めた。
なぜ彼女の逆鱗に触れてしまったのか。
そこから説明をせねばなるまい。
遡ること数十分前。
他の参加者たちと別れ、オリヴィアとともに敷地の中を歩いていたところだった。2人はすぐにボールを持っていない者たちが2人を狙って襲いかかってきたことに気づき、迎撃を開始した。
リーンハルトは言わずもがな、オリヴィアについても身体強化を対して使わずとも肉弾戦には自信があった。そのため、大した苦労もなく敵を次々と倒した。
しかし、ここでリーンハルトがやらかした。
基本的に彼は自分の実力試しや戦闘訓練、実技試験といったものが好きだった。そのため、きっかけは腹が立つものでも、この取り合い自体は彼にとって楽しめるものなのだ。
そう、楽しくなってきてしまったのだ。
恐らく今回の参加者の中で最も腕っぷしの強いリーンハルトは自身の腕試しに夢中になってしまった。元来、身体も丈夫でありなおかつ相手の急所を狙うことに長けていた彼は敵の殲滅とともに戦場の破壊も行なってしまった。
つまり、建物も壊してしまったのだ。竹林の中にある簡素な武家造の建物だった。
リーンハルトとともに行動していたのが歳下または部下であれば良かっただろうが生憎長年の戦友であるオリヴィアだ。
彼女はストッパーにはなれない。
敵を倒した彼は見事に屋敷の床の急所をつき、一部住居を崩落させたのだ。それに巻き込まれた2人は抜けた床から地下室に墜落し、冒頭の会話に至ったわけである。
「……ほんと悪い。オリヴィアだと気が緩んでつい。」
「それは気を許されていることを喜ぶべきなのかしら、それとも止められなかった自分を悔いるべきかしら?」
「……ごめんなさい。」
青筋が額に浮き上がっていてはせっかくの笑顔でも怒りは誤魔化せまい。
「とにかく身体強化が使えない今、瓦礫を跳んで地上に行くことはできないわ。階段を探しに行くわよ。」
「はい……。」
肩を落とし、自分に従う彼はかつての戦で見た幼い頃の彼の姿と重なりつい笑ってしまう。
リーンハルトは不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「いいえ、昔から変わらないなって。今もだけど、貴方が怪我をした時や座学ができなかった時、いつもそうやって肩を竦めてたなって思ったのよ。」
「そうかぁ?」
どうも居心地が悪かったのか、リーンハルトは雑に頭を掻いた。
「さすがにモニカさんを騙した憎き家とはいえ、無駄な破壊活動を今すべきでは無いわね。ちゃんとした階段を探すわよ。」
「了解。」
どちらが隊長なのか、他人が見れば首を傾げるかもしれない。
2人は素直に廊下に沿って歩いていく。人と全く会わないあたり、あまり公にされていない通路なのだろうか。しかし、掃除は行き届いている。
「まるで研究施設のようね。」
「えっ。」
「……リーンハルトもそう思ってるんでしょ? 顔に書いてあるわ。」
オリヴィアも同じことを考えていたらしく呟いた。
「まるで隠れたような、最低限の人間しか入れない割に行き届いた整備。怪しくないわけがないわ。それに妙に暖かい、地熱による温室のような空気に必要以上の土の臭い。
間違いなく植物を育てているわ。」
「やっぱりか。」
「ええ。寄り道していいわね?」
「もちろんだ。」
オリヴィアは慣れた様子で施設を進んでいく。やはりこういった施設は彼女がいること方が円滑に探索が進む。
ただ、自分たちはまだ参加者であるから早めに戻らねばなるまい。
「ここね。」
オリヴィアが開いた扉の先には植物が整然と並んでいた。ただの植物であれば和んだかもしれないが、2人にとってはただの植物でない。
オリヴィアの表情が明らかに強張る。
「これって……戦争の時に見たゼンジュソウだよな?」
「ええ、そうよ。何でここにこんな危険な植物が……。」
彼女は目を見開く。
「これって確か新人類の身体能力を異常に上げたり、精神機能に作用して不眠不休の活動を可能にさせるとかそういうやつだよな?」
「ええ。近年では依存性の強さや作用後の細胞死が問題になって使用禁止にされてるわ。AAも早々に危険ドラッグに登録した……けど。」
「けど?」
オリヴィアの額に脂汗が滲んでいる。
あまり見られない光景にリーンハルトも怪訝な表情を浮かべた。
「イチヨウさんに聞いたのよ。ここ最近、アドルフをはじめ『Dirty』の研究員たちがこの植物を使った研究をしているってね。」
「何のだよ?」
「……貴方には心当たりがあるのではないかしら?」
「もしかして、能力の覚醒か?」
リーンハルトの言葉にオリヴィアは頷いた。
「この前ハーマンさんが紋付と戦った研究施設でこれの粉末が見つかったわ。そこのデータにあったのよ。薬効のデータがね。……まさか特務隊でも利用しようとしている人間がいるのか、はたまた裏切り者なのかしらね?」
「……。」
リーンハルトはこの植物を研究していた元仲間の姿を思い出す。オリヴィアも同様なのか目を細めた。
その瞬間だった。
2人の背に怖気が走る。
「オリヴィア!」
リーンハルトの声に彼女は咄嗟に反応して避けた。
壁が轟音を立てて破壊されたのだ。
土煙から飛び出した影にリーンハルトは回避行動をとった上でカウンター攻撃を放つ。
しかし、相手も彼の攻撃に遅れをとらない。オリヴィアはすぐにその影の手を掴み、1本背負いをする。影はドンと足をついて着地したがその腹にリーンハルトは躊躇わずエルボーを入れた。
相手の口から嗚咽が漏れた瞬間を逃さずオリヴィアはボールを潰す。
「もう2人!」
「おうよ!」
リーンハルトはすぐ近くにあったスプリンクラーのパイプを蹴りでへし折ると人影が見えた方に投げつけた。
「ぐあああ!」
「消すぞ!」
消す、つまりこの地下を潰すということだろう。
「させないわ!」
「こんのクソアマ!」
攻撃が当たる、リーンハルトは助けようとしたがすぐにやめた。
彼女がわざと攻撃に当たりに行っているのだ。
掠る程度の当たりでわざとボールを割った彼女の背を蹴ってリーンハルトは男の顔面に膝蹴りを入れる。倒れるがままに相手のボールを踏みつけた。
「待てコラ!」
リーンハルトは逃げようとしていた男の首根っこを捕らえて地面に叩きつけた。
「クッソ、離せ!」
「能力使う気か? 残念だがオレとお前には能力を使う権利はねーよ。使えるのはそこで伸びてる2人とオリヴィアだけだ。」
「……チッ。」
「答えてもらうわよ。どうしてこんな代物を持っているのか。」
男は組み伏せられていたがにやりと笑った。
「お前らが1番分かっているんじゃないか? 『Dirty』を捕らえられず、任務も後手後手に回ってしまっていること。」
「何を言っているのかしら? ハーマンさんのこと、聞いていないの?」
「アレだって聞けばあの男の元同僚らしいじゃねぇか? 情で勝って嬉しいのか?」
卑下た笑みにオリヴィアは青筋を浮かべる。
リーンハルトが一言で制し、男を掴む力を強める。この握力で身体強化を行なっていないのか、と疑わしくなったがリーンハルトのボールは割れる気配がない。
「……化け物め。」
「何とでも言えよ。ならお前らはこのブツを使えば正々堂々と紋付にも勝てるっていうのか? 舐めるのも大概にしろよ。」
リーンハルトの鋭い言葉と視線に男が竦む。
「例え同じ特務隊の人間でもオレの班員をバカにする奴を許すわけねぇだろ。ただ、お前らみたいな奴を仲間とは思ってねぇがな。」
「……言ってろ。いつかオレ達が正しいと分かる日が来る。」
男の言葉と同時に地面が揺れる。
「崩れる、瓦礫の中でな。」
自信満々に言い放つ彼を見下ろしながら2人は顔を見合わせた。そしてふっと鼻で笑う。
あまりにも余裕のある態度に男は不審がるように表情を歪めた。
「だとよオリヴィア。」
「あら残念だわ。」
「なんだと?」
「「だって。」」
崩れてくるはずの瓦礫は宙に浮いて一向に落ちてこないのだ。まるで海に浮かぶ魚のような。
「ちょっと、何で2人してこんな中核に突撃してるのよ! 探すのに時間かかったじゃない!」
「そんなにかかってないよエルナさん。さすがだった。」
そこに入ってきたのは汗を垂らすエルナと涼しげな顔をしながら重力を操るヴィリだった。
「リーンハルトさん、その人のボール潰したら地上に送ります。さっき放送で試合終了5分前のアナウンスが流れましたよ。僕の能力で送るんで。」
「ああ、助かる。エルナも見つけてくれてありがとな。」
「べっ別に、2人ならどこにいたって見つけるし……。」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。」
先程まで緊張感を纏っていたオリヴィアは微笑ましいエルナの様子に表情を柔らかくした。
一方で、朗らかに笑いながらリーンハルトは男のボールをあっさりと割った。隙を見て逃げようとしていた男はがっくりと項垂れた。
そしてリーンハルトと入れ替わりでヴィリが男の背に乗った。
「オリヴィアさんもボール割れてるなら装置の確認をお願いしていいですか。僕はこの人から搾り取るんで。」
「そう簡単に話すとでも?」
「……話さずに済むと思ってるの?」
酷く冷たい声にエルナは身震いした。
リーンハルトは頼むと言うとさっさと地上に出た。
そこではパウルが待っていた。
「おう、お前も残ってたか。」
「パウルもか。モニカは?」
「とりあえず今から会えるだろ。そこで説得するしかねぇよ。」
「……ただ薬盛られてるかもな。」
「地下に何かあったのか?」
「ああ、戦争でよく見たアレだよ。」
パウルの表情が固くなる。
そしてため息を漏らすと続けた。
「オレ大人しく対面できる気しねぇわ〜。」
「あー、オレも。」
ドロシーとヤンが止めてくれること、もしくは相手が早々に降伏してくれることを祈りながら2人は本家の方に向かった。
一方で、地下にいるエルナは大人しくオリヴィアについて温室を見ていた。見たことのない植物をまじまじと見つつも不用意に触れないよう気をつけながら辺りを見回す。
「エルナはこういう研究施設見たことないわよね。」
「ええ、任務の時も殆ど調査からは外れてるし。特務隊のも見たことないもん。オリヴィアはこういうところで働いてたんでしょ?」
「……そうよ。フェベの娘さんのゾエとも、結婚を約束していたシモンとも。リーンハルト達と初めて会ったのも研究施設だったわ。」
オリヴィアの言葉にエルナは傷ついた顔をする。
どうしてこの子はこんなにも感受性が高いのだろう、オリヴィアは苦笑しながらも素直な彼女に救われていた。
「オリヴィアも、ちゃんと好きな人いたんだ。」
「ちゃんと、って失礼ね。」
「ごめん……。」
「いいのよ、謝らなくて。」
既に手袋越しであったが植物に触れていたためオリヴィアは決してエルナに優しく触れることはできなかった。
「オリヴィアも、約束して。」
「何をかしら?」
オリヴィアは唐突に突きつけられた言葉に作業の手を止めて目を見開く。
しかし、エルナの表情を見る限り、断じて徒に言っているわけではなく、真剣であることは容易に分かったためそれ以上の問いかけはしなかった。
「オリヴィア、時々、本当に時々だけどリーンハルトみたいになる時があるから。私たちは心配なのよ。だから、無茶しないであたし達を頼ってほしい。」
「……そう。でもそれは無理なお願いだわ。」
「え?」
涙を溜める彼女は不思議そうに首を傾げた。
「だって、私の生きる理由の1つは婚約者と友人の仇をとることだもの。そのためなら私、死んだっていいの。」
「そんなこと……。」
「ない、なんて言えないわ。彼らが生きていることが私の生きる理由だったの。でもね、」
貴女達が新しい、今の私の生きる理由よ。
その言葉はすんでで飲み込む。
言葉にしてしまえばとっくにできていたはずの覚悟が壊れてしまいそうだから。
「……なんでもないわ。もちろん、生きて勝てれば問題ないもの!」
「そう、ね。」
エルナはそれからその話題に触れることなく淡々と作業を進めた。
時折目に入るオリヴィアの背中は異様に丸く小さく見えたのは気のせいだと願いながら。
【こぼれ話】
オリヴィアとゾエ、モニカはかつては仲良く3人で時折食事に行くような仲だったそうです。




