84.選択は君の中に -理性と本能-
※戦闘シーンあり!
「くぁあ……。」
「欠伸なんて呑気ですね。はい、どうぞ。」
トイレから出て手を洗い終えたパウルにヴィリが渡す。それは懐刀であった。よくよく見ると暗器をしっかり仕込んでいるあたり、こういった催し物が開かれるのは予想できていたのだろう。
末恐ろしいガキだ、とパウルは礼を述べながら内心で思う。
「お前が好きな長刀は?」
「さすがに持ってこれるわけないでしょう。棒術でいいかなと。」
「ほぉ。」
ヴィリはいつの間にか組み立て式の棒を構えていた。それを見たパウルは少々そわついた様子でヴィリを覗き込んだ。
「……何ですか?」
「ちょっとオレにも回させてくれよ。」
「……。」
「そんな露骨にバカじゃねぇのみたいな顔しないでもらえっかね。」
しぶしぶ、といった様子で棒を貸すと軽やかに回す。パウル自身は【針】の使い手であるためそんな物珍しいものではないだろうに、それとも慣れているからこそ振り回したかったのだろうか。
ヴィリがそんなことを考えている一方、調子が出てきたらしいパウルはどんどん動きが大きくなっていく。
「見てみろ、ホレ!」
「ちょっと、こんな狭いところで……。」
彼の心配は見事に的中する。
棒がパリンと小気味よい音を立てて窓ガラスを割った。
「やべぇ!」
「いい歳して何してーー。」
2人はすぐに空気が変わったのに気づいた。
ガラス戸が不自然に揺れ始めたのだ。パウルもヴィリも、すぐに襖を蹴破り外に脱出した。それは正解だった。
2人の背後の離れは連鎖的に爆発していく。そして脆くなった離れを潰すように巨大な男が降ってきた。目測2m、これは身体強化など不要だろう。
「まだ時間始まってねぇよな?」
「ちょうど今です。」
「ならよ、」
パウルは遊んでいた棒を巨大な男に突き刺すようにして向かう。
「もうやっちまってもいいよなぁ?!」
「どうぞ。」
ヴィリは己の背後に現れた気配にすぐに気づいた。
ナイフを避け、バックルをその影に向ける。外すような動作をとるとバックルから弾丸が放たれる。
黒い影は見事に避け、ヴィリに襲いかかってくる。影は足元に小さな玉を叩きつける。そこからはみるみる煙が湧き、ヴィリは咄嗟に息を止めて屋根に上がった。
「死ねぇ!」
「!」
3人目、確実に己に殺意を向けている。
「ヴィリ!」
「はい!」
パウルの合図に彼は体勢を低くし、避けたところパウルがいるであろう土煙の中から先ほど蹴り外した襖が2枚飛んできた。
ヴィリに暴言吐いた男は襖がぶつかったらしくよろめいた。その男に間髪入れずヴィリは外したバックルを頭部に向けて投げた。
「人に死ね、って言ったんだから相当の報いは覚悟してるよね?」
「監査局長が調子に乗ってんじゃ……! ウッ、」
身体強化を使っていないにもかかわらず、彼はすでに男の頸部を絞めている。気道が狭められ、肺が悲鳴を上げる。
唐突にその力が緩んだと思えばすでにボールは潰れていた。
「はい、君は脱落ね。」
「んな……、能力も、強化も使ってないのに……。」
ヴィリは一瞥をくれてやったが、興味はさほどないのだろう。キメラであり元より身体能力の高いヴィリからすれば造作もないことだ。
いまだ暴れているらしいパウルと巨大男の方に向かう。
先程、煙玉を投げてきた影はどこへいったのだろう。先ほどから気配が消えた。
にしても男の暴言、そしてあの巨大男の様子、加えて影のことがあれば証拠も十分なように思えた。しかし、ヴィリとしては確実にスギハラ家を潰したい思いが湧き上がってきたため、確固たる証拠を得たいところである。
「……パウルさんなら1人でもいいよね。」
「ヴィリ無事、っと!」
パウルの影は大きく跳んで避けた。
巨大男はまるで理性なく、獣のように暴れながら拳を振るう。
「何なんだよあの化け物!」
「見たところ、ボールありませんよね?」
「ああ、つまりはアレだろ? ボールが無けりゃ参加者じゃないから幾ら参加しても関係ないってこった。ついでにオレ達のことをここから出すつもりも無いんだろうよ!」
「……パウルさん。」
「おう、お前の言う通りでいいと思うぜ。」
パウルの同意を得たところでヴィリは頷く。
「あともう1つ。」
「ああ、ヴィリを襲った奴だろ? たぶんそこらへんにいる。」
「……気配がないんですけどっ!」
避けて巨大男の腕に踵落としを放つがやはり唯の攻撃では意味がないらしい。ヴィリは舌打ちをする。
そのまま2人は巨大男から距離を取る。
「身体強化なしでいけそうか?」
「……僕をあまり舐めないでもらえますかね? 貴方からすれば子どもかもしれませんけど、もう監査局長ですから。」
「そりゃ悪かったな。」
パウルからあるものを受け取り、その言葉を合図にヴィリは一直線に巨大男に突っ込む。
もちろん巨大男は威嚇をしながら腕を振るった。
何度かの拳は避けた。しかし、唐突に足を何者かに絡め取られ、体勢を崩した。視界に入ったのは先ほどの影だ。
その隙を巨大男が見逃すわけはない。
ヴィリの鳩尾に男の巨大な拳が入る。
「……ッ、」
破られたボールからインクが滴る。
「やったぜ! キメラ、コイツをやっちまえ!」
影の男が嬉々として巨大男に指示を出す。
しかし、影の男が悠々と見ていられるのもそれまでだった。いつの間にか手首に絡まった紐がクン、と緊縛し、物凄い勢いで影の男は宙を舞う。
男はずっと息を潜めて軒下に隠れていたのだが、あっさりと光の元に体が曝け出される。
「派手な1本釣りだぜ!」
「筋肉バカかよ……!」
紐を引いたのはパウルだった。
どうやら先程パウルが返却した懐刀にヴィリが紐を結び、それを何処かに投擲したらしい。それをパウルが即座に回収して引っ張ったのだ。
いずれの小細工も、人1人を引っ張り出すのも、身体強化なしで、能力無しで行われたことに影の男は恐怖を覚える。
「キメラ、何をしている! コイツを殺……、」
「不正しなきゃかてねぇ奴にオレらは倒せねぇぜ!」
「……ッカ!」
パウルの拳は胸骨に入り、同時に彼のインクボールも潰れる。そのまま影の男は吹き飛んだ。
だが、巨大男は止まらない。
パウルに狙いを定め突進してきたが、背後に思わぬ殺気が降りかかってきたことに気づいたのか、身体を硬直させる。
「ねぇ、化物同士仲良くやろうか? 同じルールのない条件で。」
本能が敗北を叫ぶ。
巨大男がそのことに気づいた時には、彼が持っていた竹刀で急所という急所を突き、はたまた峰打により池に沈んだ。
「こっちは片した。大丈夫か?」
「ボール潰すために少し入れましたけど、久しぶりの紐操術は難しいですね。思ったより吹っ飛びました。おかげで竹刀が見つかりましたが。」
「まぁ無事そうでよかった。」
ヴィリはパウルの言葉に頷く。
そしてすぐに【超聴覚】で辺りを探る。
「北西の竹林でも交戦が始まってます。パウルさんはそっちに合流してください。僕はヤンさん達に合流してエルナさんを脱落させます。」
「やっぱり能力的に欲しいか?」
「ええ、とても。」
ヴィリは竹刀を腰に掛ける。
恐らくエルナと合流したらそのまま情報収集に向かうのであろう。パウルは言われた通り、北西に身体を向けた。
「じゃあオレは地道に走るから、うまく能力使って余計な奴の排除も頼むな。」
「僕に任せすぎじゃ?」
「やればできる子っていうの知ってるから聞けねーなぁ。ま、無事でな。」
「パウルさんも、くれぐれもボール潰さないよう。」
「はいはい。」
軽く挨拶を交わすと2人はそれぞれの目的地に走り出した。
【こぼれ話】
パウルの趣味はロックバンドの鑑賞ですが、最近エルナが出たアニメの主題歌を務めており、頼み込んでサインを貰えたそうです。




