80.一家団欒
「たっだいまー!」
「コラ、妊婦が暴れるな! おかえり!」
真っ先に出迎えてくれたのはヒロタダの兄・ヨシタダだった。リーンハルトは既に疲労しきった顔をしており、ヒロタダは彼を伴いながら実家にやってきた。
2人を見るや否や嬉しそうに笑う。
「いらっしゃい、リーンハルトくん。」
「ご無沙汰してます。急にお尋ねして申し訳ありません。」
「いや、君なら大歓迎だよ。」
ヒロタダはここではて、と首を傾げた。
兄の言葉に違和感を感じた。まるで既知の仲であるような。
疑問は胸にしまいつつ、3人と一緒に自宅の中に入った。キッチンには兄嫁と母親が楽しそうに料理をしており、父親は不在にしていた。
「いらっしゃい〜、リーンハルトくん。大きくなったわねぇ。」
「お世話になってます。もう27なんで大きくはならないと思いますが……。」
「やだぁ、もう! 器の話よ器!」
母の乱雑な扱いも彼は苦笑しつつ受け入れている。ヒロタダはここでやっと確信した。
リーンハルトは恐らく両親や兄と面識があるらしい。そして、その事実をヒロタダが気づいていることにすでに勘付いている。
リーンハルトと目が合うと彼は居心地悪そうに笑う。
「悪かったな、黙ってて。」
「いや、リーンのことだから僕の家にも挨拶来てるかな、とは思ってたんだけど。でも姉さんが知らなかったから実際のところどうなんだろう、って思ってたんだよな。」
「一応、ヨシタダさんとご両親には挨拶させてもらったけどな。確かにユイさんはいなかった。」
「その時は御免なさいねぇ。後から私もお父さんに怒られたわ。」
「……。」
しゅんと小さくなる彼女に、リーンハルトは返答に困っていた。
実際、ユイが本部に突撃してきた時は彼は明らかに怒っていたし、声も今までにないほど地を這うような低い声だったからだ。
責めたいけど責めれない、そういう表情だろう。
「おう、ヒロタダ帰ってたのか。」
「あ、父さん。ただいま。」
「お邪魔してます。」
ジッと父親はリーンハルトを見つめる。年老いてはいるが兄のように逞しい肉体に鋭い眼光を携えているため、相変わらずの圧だなとヒロタダは感じた。
するとそこへヨシタダがひょっこり顔を出した。
「父さん、ネギとか白菜とりに行く?」
「ああ、ついでに畑もやってくっかぁ。」
「ちょっと2人とも、お客さんも来てるんだから程々にね。」
「コイツなら大丈夫だろ。ヒロタダよりよっぽど使える。」
え、と小さく呟いたのはリーンハルトだ。
行くぞ、とリーンハルトをぐいぐいと引っ張っていく。彼は驚きながらも素直に引きずられていく。
「ちょっと父さん?!」
「じゃあ4人で行ってくるわ! 男手はユイの旦那いれば大丈夫だよな。」
「もう!」
母の注意などつゆ知らず。
男性陣は揃って車に乗り込んだ。
といっても車内に乗ったのはヨシタダとヒロタダだけだ。父とリーンハルトは軽トラの後ろに乗っている。
「大丈夫かなぁ、リーンハルトくんと父さん。」
「何でだ? リーンは怒られることしたのか?」
「いやな、ユイが巻き込まれた事件あったろ? その時父さんお前のこと心配してずっと落ち着きなかったからなぁ。他にもヨコハマの事件の時とかも巻き込まれてないかってずっとそわそわしててな。」
だから事件直後電話が来たのか。
ヒロタダは納得する。
「でも、お前本当1年で逞しくなったな。体格もだが、顔つきが。」
「え、そう?」
普段体格の良い面々に囲まれているせいか慣れない褒め言葉を貰い、ヒロタダは妙に気恥ずかしくなった。
「あとは上司じゃなくて彼女でも連れてこられれば完璧だったんだけどなぁ。」
「えっ、上司?」
「上司だろ?」
ヨシタダは不思議そうに首を傾げた。
「……さすがにただの上司なら連れて来ない。リーンは、確かに上司だけど。誰よりも優しくて、意外と涙脆くて、頼りになる友達なんだ。」
自分で言っていて少しばかり照れてしまう。
ヨシタダはそんな弟の様子と、後方の小窓から見えるリーンハルトの笑顔を見て、小さくそうかと呟いた。
「おう、お前さんら元気そうだな。」
「お陰様で……。」
正直なところ、リーンハルトは内心汗だくだくであった。テレビ局襲撃事件の時、ヨコハマ賭博街での事件の時、そして新人大会と大きな事件の後はこまめにヒロタダの両親と連絡をとっていた。
しかし、何やかんやと彼を危険に晒していることは事実であり、それを後ろめたく思っていたのだ。
そのリーンハルトの心の内を察したのか、ヒロタダの父は白い息を吐きながら話し出す。
「何、別に仕事のことに関して口出すつもりはねぇさ。息子が自分で選んだことだ。その責任は自分で取れる、もうそんな歳だからな。」
「ですが、危険に晒していることは事実です。それに関しては大変申し訳なく……。」
「おめぇさんはどうなんだ?」
唐突に聞かれた自身の現状。
リーンハルトは一瞬意味が分からなかったため固まったが、ぽつりぽつりと話し出した。彼にごまかしは無駄だと悟っていたからだ。
「オレは、今も昔も変わりません。いつだって自分のことが手一杯で部下にも上の方にも迷惑をかけてしまいます。」
「……お前さんから見たヒロタダはどうだ?」
「ヒロタダですか?」
父は淡々と続ける。
「あぁ、アイツはガキの頃からヨシタダとユイの後をくっついて歩いてて泣き虫だった。だが、突然法学部に行くっつって受験したり急に留学を決めたって言ってきたり思い切りだけは良かったんだ。
いつまでも突拍子もねぇガキだったからなぁ……。だから足引っ張ってないかと思ってよ。」
その様子を見たリーンハルトは少しばかり緊張を解いて続ける。
「確かに、いつもは慎重なのに時々思い切りのいいことをしますし、その危うさもあります。でも、ヒロタダは人を助けるために苦手な訓練も真面目に取り組んでて、困ってる奴にはしっかり寄り添える……。
頼りになる、同僚で、友人です。」
「そうか……なら、いいんだ。」
そうだ、ただの部下と思っていたらまさか年の暮れに一家団欒としている他人の実家までは来ない。
その言葉を聞いた父親も僅かに口角を上げた。
それとほぼ同時だった。
道端から大声でこちらに呼びかける声がした。
リーンハルトと父がそちらに目を向けると、年配の男性が必死に手を振っているのが見えた。ヒロタダの父は小窓をコンコンと叩き、男性の方を指差す。ヨシタダはすぐに気づき路端に車を寄せて停車した。すると男性は慌てた様子でこちらに駆けてきた。
「よう、どうしたよナベさん。」
「モトさんちょうどいいところに……!」
男性は肩で息をしているあたりかなり慌ててきたのだろう。父は荷台から降りて彼に寄った。
「実は昨日かなり冷え込んだせいで水道管が凍っちまってよぉ……。家に水引こうとしたら水道管が破裂しちまって大変なことになってんだ。」
「つまり水漏れとアンタの家に水が来ない、ってことですか?」
「そうだが……、お前さん見ない顔だなぁ。」
「ウチのガキの友だちだ。」
そうかぁ、とナベさんは笑顔でリーンハルトの手を握る。農家の、ゴツゴツとした男の人の手で、リーンハルトは懐かしげに目を細めた。
そんな話をしているとヨシタダとヒロタダも車から降りてきた。父が事情を話すと2人はあー、と頭を抱える。
この地域だとよくあることなのだろうか、リーンハルトは疑問に思いつつも、その場を切り抜けるため口を開く。
「一時的に、であれば水通すのも水道管繋げとくのも出来ますけどどうします?」
「え、そんなことできるのかい兄ちゃん!」
まあ、と彼は頷く。
この言葉にはヒロタダ以外は驚いた顔を浮かべていた。
半信半疑、といった様子であったが、ナベさんに連れられて4人は近隣住宅につながる水道管に向かった。現在は栓を止めているため問題ないようだが、先ほどまで漏れていたのか、あたりの雪が水気を帯びて固くなっていた。
「どれくらい水引くんすか?」
「とりあえず1日分の水がありゃいい。明日知り合いの業者が修理してくれんだ。あのタンクくれぇだ。」
「あんなもんでいいんすか。」
リーンハルトは戦場にいるときのような挑戦的な笑みを浮かべる。
ヒロタダがこそっと彼に声をかける。
「お前、まさかこんなところで制限解除する気……?」
「公私混同もいいところだろ。別にこんな量の水操るくらいならいらねーよ。」
新人類であり、かつ能力の危険度が高いとされている人に対しては制限が課されている。確か制限されている状況では能力の1割しか発揮できないとされていたか。
しかし、リーンハルトは小さく答えた。
「それに、最近オレも調子いいんだよ。」
「は?」
彼は雪に手を突っ込み、水道管を鷲掴んだ。その行動でさえ3人は驚いていたが、ヒロタダは慣れた様子で見ていた。
リーンハルトがスゥ、と一呼吸すると水道管から水が湧き上がる。正しくは凍って水道管を止めていた水なのであるが、それが破損した部分を覆い、筒状に形を変えていく。
それで足りないと判断すると、リーンハルトは周辺の雪をも溶かして完全に一続きとなった水道管を作ってみせた。
「どうぞ、栓を開けてみてくださいな。」
「お、おうよ!」
無事、水は通っているらしくナベさんも父もやった! と大騒ぎしている。
「すごいな、リーンハルトくん。」
「おお………たまげたもんだぜ。」
「そんな、別に大した能力じゃ……。」
「そんな風に言うもんじゃねえさ。」
へ、とリーンハルトが目を丸くした。
「親御さんから貰った大事なモンなんだろ。それで他人様の役に立てるなんて誇らしいもんじゃねぇか。」
「……。」
それだけ言うと3人は貯水タンクにもしっかり水が溜まっているか確認に行くらしく2人を置いてさっさかと歩いて行ってしまった。
急に固まってしまったリーンハルトを不審に思い、ヒロタダが覗き込むと彼は呆然としていた。その目には涙が溜まっているように見えた。
「どうした……?」
「いや、オレの能力、あんな風に言ってもらえるとは思わなくて、ちょっとびっくりした。」
「……そっか。」
ヒロタダが背中を軽く叩くと、彼はすぐに目尻を拭い、穏やかに微笑んだ。
それから畑に行き、必要分の白菜とネギを収穫したのち簡単に整頓もした。
あまりにもリーンハルトが手際のいいものだから、途中からヨシタダが真剣にうちで働かないかと誘っていた。最終的には引退後でもいいと言い始めたものだから、父に怒られていた。
家に戻るとちょうどシュウゴから送られてきた蟹が届いたみたいで家中が大騒ぎになっていた。箱には毛蟹が2杯入っていた。
さすがにこんな高級なものをと思い、夕食後に家族の輪から離れたところでシュウゴに通話すると疲れ切った声の彼が出た。
どうやら毎年友人の家の漁を手伝っているらしく、それで分けてもらったそうだ。今年はシュウゴもかなり体力がついておりいいように使われたらしい。今は地域の大人たちの飲み会に巻き込まれているようだ。
映像通話をしていたため、後ろをリーンハルトが彷徨いていたことに彼は目敏く気づいたらしく驚いていた。
『いつから家族ぐるみのお付き合いになったんですか。』
「僕の姉さんがね。」
『あぁ、あのアナウンサーさん。』
酔っているのか彼は笑っていた。
シュウゴの声に気づいたのかリーンハルトも寄ってきて、嬉しそうにシュウゴに挨拶をした。
「実家楽しんでるか?」
『ええ。リーンハルトさんも楽しそうで良かったです。楽しみすぎてルイホァとの約束忘れないでくださいね。』
「たりめーだろ!」
ヒロタダの肩を組んでリーンハルトはケラケラ笑っている。
『ならいいですけど。リーンハルトさん、ヒロタダさん、良いお年を。』
「シュウゴもな!」
「ああ、来年もよろしく。」
通信を切ると、リーンハルトは額をヒロタダの肩に乗せて小さくこぼした。
「……幸せだなぁ。」
「……ああ。」
肩に預けられた確かな温もりを感じながら、ヒロタダは小さく頷いた。
せめてこの小さな幸せが彼にずっと続けばいいのに、そう思いながら2人は暫く廊下で沈黙を守っていた。
【キャラクター紹介】
クニヤス・マツモト
旧人類 62歳 175cm
無口で無愛想だが息子娘が可愛く妻を愛している。農家。特務隊配属について心配しているがリーンハルトに事前に挨拶を貰っており息子のしたいようにすればいいと他の家族の反対を黙らせたそう。
ハルエ・マツモト
新人類 58歳 150cm
流行り好きで面倒見のいいお人好し。見た目はヒロタダそっくり。お喋りで隠し事はできない。専業主婦である。
ヨシタダ・マツモト
旧人類 31歳 175cm
実家を継いで農業を始めた。新婚、最近お見合いで結婚した。口下手なのは父親似、口数は多い。ヒロタダの身体を心配して野菜を送ってくる。




