79.それぞれの年越し
「酔っ払いによる能力暴走です!」
「バカだろ!」
本部はひっきりなしに連絡が飛び交う。
年末年始、警察も特務隊も、浮かれた事件に右往左往するばかりだ。
特務隊面々も班ごとに休みが割り当てられている。この時期は遠方の任務は殆どないが、近隣で大概くだらない事件が頻発するのだ。
リーンハルト班も世界大会に出ているケイを除き、全員が派遣されている。エルナでさえ、仕事の合間に近隣の任務の手伝いをしているそうだ。
「はー、これだから酔っ払いは!」
「それお前が言うか?」
「何か言った、リーンハルト?」
「いいえ何も。」
オリヴィアに頬を潰されながら滅相もないと手を横に振る。
リーンハルト班は束の間の休憩に食堂で並んで昼食を摂る。このドタバタした時間に慣れないヒロタダとシュウゴは心なしか疲れが顔に出ていた。
「お前ら大丈夫か? 明日乗り切れば連休だぞ。」
「……ハイ。」
ハーマンが声をかけるとヒロタダが絞り出すように呟くのみ。シュウゴは完全にオフしているらしく機械的に口に食事を運ぶのみだ。
比較的余裕のあるハーマンがそういえば、と尋ねる。
「年末年始はどうするんだ?」
「私は年末はエルナの家行くんだ! 年始はもちろん実家だけど……。」
「へぇー、お泊まりかぁいいわね。私は当直よ……。」
オリヴィアはズゥン、と表情を暗くする。
「でも、年始は少しだけ実家に帰ろうかしら。」
「オリヴィアの実家はターミナル:パリか?」
「ええ。近郊も開発が進んでね、父の病院も大忙しだそうよ。」
ハーマンの問いに彼女は頷く。
そして傍らのシュウゴをつんつんと突くと、彼はハッとしてオリヴィアの方を見た。
「シュウゴくんは年末年始どうするのかしら?」
「あぁ……親戚の集まりがあるそうなのでホッカイに妹と帰る予定です。」
「やっぱりジパングはそういう日に親戚の集まり、ってやつがあるんだな。」
ほー、とリーンハルトは感心したように呟く。
旧時代の習慣というものは、薄くではあるもののやはり土地それぞれに根付いているらしい。
「ヒロタダは?」
「僕も親戚で集まるよ。姉さん夫婦がうちに来るから乗せて帰るんだ。」
「ああ……あの人。」
ルイホァが渋い表情を浮かべる。
ヒロタダは2人兄姉がいるが、その姉・ユイは以前ヒロタダの親族という立場を利用して特務隊本部まで押しかけたことがあった。その際にルイホァやリーンハルト達と少々揉めたのだ。
リーンハルトはもう気にしていないようだが、ルイホァは未だいい心象ではないらしい。
「姉さんらは車ねぇの?」
「ない。それに今、姉さん妊娠しててね。」
「「妊娠?!」」
リーンハルトとルイホァはギョッと驚く。ハーマンやオリヴィア、シュウゴはおめでとう、と呑気に言う。
「ホッカイから土産送りますよ。生鮮でなければ問題ないですよね?」
「そうね。魚介類はビタミンDとかも多く含まれてるし、良質な動物性タンパク質よ。」
「そんな気を遣わなくていいからな。」
「給料全然使ってないですし、友人に漁師がいるので。みなさんは帰ってきたら鍋でもしましょう。リーンハルトさんかヒロタダさんの家で。」
「そこはシュウゴの家じゃねーの?」
「……。」
「ちょっと、シュウゴくん。何で私を見るのかしら。」
リーンハルトと反対に座っていたシュウゴの頬を潰す。恐らく酔った彼女が暴れるのが嫌だったのだろう。
「分かった。せっかくだしお願いしようかな。今度僕の家も使っていいよ。」
「わひゃりまひた。」
「やった! 私もお土産買ってくるね!」
ルイホァはリーンハルトの手をぶんぶん振り回しながら未来のご馳走に喜んでいる。
ヒロタダがシュウゴに実家の住所を送る。
ちょうど一区切りというところでヒロタダとシュウゴ、ルイホァの通信機に連絡が入った。ルイホァは残りをかき込み立ち上がる。
「じゃあまた! よいお年を、になるのかな?」
「かもな、気をつけろよ〜。」
ルイホァに次いで、ヒロタダとシュウゴもそれぞれ会釈すると彼女を追いかけて行った。
3人を見送るとリーンハルトはうーん、と何やら悩ましげな表情を浮かべた。
「どうしたの?」
「いや、シュウゴはサラッとお祝いの品渡してたけどオレも一応上司だし何かやった方がいいのかなーって。」
「……それは義務的なやつか? 祝いたい方か?」
ハーマンに問われ、リーンハルトは首を捻る。
「……祝い?」
ハーマンとオリヴィアは顔を見合わせ笑う。
割と仕事人間な彼が個人的な事情を理由に悩んでいるのだ。笑わずにはいられない。
「なんだよ2人してにやけて。」
「別に、何でもないわよ。でもお祝いしたいならぜひ何か贈ってあげるといいわ。」
「そうだな。任務もオレらとだから、空き時間に行くか。」
「何でそんなノリノリなんだよ。」
「「リーンハルトが祝いたいものを祝いたいから。」」
声の揃った2人は驚いて顔を見合わせた。
その様子にリーンハルトの気恥ずかしさはどこかに吹っ飛び、彼はぶは! と爆笑した。
翌日。
ヒロタダが珍しく早起きして準備をしていると、チャイムが鳴った。姉と約束した時間には少し早い気がしながらもインターホンを確認すると、リーンハルトが立っていた。
「どうしたんだ、リーン?」
「はよ。まだいて良かった。これ。」
珍しくおずおずと彼が何かを差し出した。
「何だこれ?」
「1つは実家に帰るって言ってたから酒なんだけどよ、もう1つはユイさんへの妊娠祝い。」
「えっ、いつの間に!」
「任務の合間に。オリヴィアとハーマンに相談して。」
基本的に隠し事をしない彼は素直に告げた。
直接言った方が姉は喜ぶのに、とヒロタダが告げようとした時だった。
「ヒロタダ〜!」
「あっ、姉さん!」
ぶんぶんと元気に手を振る彼女はとても妊婦とは思えないはしゃぎようだ。
横の旦那さんがあわあわと見るからに焦っている。
「あら、リーンハルトくんも! お久しぶりね。」
「お久しぶりです。と言ってもオレはニュースで見るんであまりそんな気もしませんけど。」
「見てくれてるの? ありがとう!」
ヒロタダは3人を置いて車の準備をしてくると駐車場に行ってしまった。
その間にユイは旦那の紹介と、リーンハルトがヒロタダの上司であることを紹介した。かつてとは打って変わってしっかりとぼやかしてくれるらしい。
「まぁまぁ、わざわざありがとう!」
「僕にまでありがとうございます。」
「いえいえ、ちょっとしたものですが……。」
予想以上に喜ばれ、逆にリーンハルトは戸惑った。
オリヴィアが勧めてくれたノンカフェインのハーブティーだったが、ちょうど彼女の好みに合ったそうだ。
「そういえばリーンハルトくんは年末年始どうされるの? お仕事?」
「いえ、休みですよ。」
「予定は? ご実家は?」
「……特には。」
リーンハルトは固まりはしたものの笑顔で受け流す。その様子にユイは偶然か、追及をやめた。
そこでちょうどヒロタダが戻ってきて、彼女はハッと何かを思いついたように手を叩いた。
「そうよ、そうだわ! ねぇ、ヒロタダ、リーンハルトくん。」
この時点で3人とも薄々勘付いていた。
彼女が突拍子のないことを言い出すと。
「リーンハルトくんもウチに来て貰えばいいわ!」
「はぁ?!」
「「あぁやっぱり……。」」
驚愕の声をあげたのはリーンハルトで、2人は予想通りと頭を抱えた。ユイは1人納得したようにうんうんと頷く。
「いや、さすがに家族水入らずのところには……。」
「いいのよ! だって兄さんも結婚したし、私も旦那がいてこの子暇してるから!」
「……。」
「こっち見るな……。」
リーンハルトの視線が耐えきれずヒロタダは目を逸らした。
「ね、それにリーンハルトくん。やっぱり年越しはみんなでした方が楽しいわ! 炬燵に入りながらテレビを見てのんびり蜜柑を食べる、最高よ。」
「……。」
リーンハルトには聞き慣れない単語が並んだのだろう。彼は目をまん丸にして固まっている。
善は急げ! とユイは仕事同様テキパキと両親に連絡を入れ、許可を貰ったらしく親指を立てていた。
「いや、でもやっぱり気まず……。」
「父さんも母さんもぜひ、って! ほら行きましょう!」
荷物を取ってくるようにとぐいぐい背中を押す。
さすがにこれ以上妊婦に暴れさせるのは良くないとリーンハルトも思ったのだろう。ヒロタダと旦那に視線を送る。2人も深く頷くと彼は渋々といったように自身の部屋に戻って行った。




