78.とある暇のボランティア
「オイ……遠慮するなオレがやる。」
「オレでもいいぞ。」
「いや、リーンじゃなくとも。僕がやるから。」
「うっさい! 黙ってて!」
後部座席に座る男3人が冷や汗をだらだら垂らしながら焦りを浮かべていた。助手席に座るルイホァは楽しそうにそわそわとしている。
運転席に座るのはエルナであり、彼女もまた季節に合わぬ汗をだらだらと掻いていた。
「大体本当ならシュウゴがやるはずだったのよ……!」
「仕方ないだろ。アイツは今日ドンピシャで研究会らしいし。クリスマス前にお疲れ様、って感じだなー。」
「私はジェットコースターに乗ってる感じで楽しかったよ?」
「それ危ないやつじゃない?! というかいつの間に免許取ったんだ?」
「新人大会の後くらいよ。」
「よくぞまぁここまで無事にたどり着いた、という感じだな!」
「親指立てる場合か。」
前向きなリーンハルトのコメントにハーマンはため息をつく。
ちなみに練習の時に乗車したケイは絶対自分で免許取る、とぼやいたそうで、ここに来るまでにかなり紆余曲折あったそうだ。今日は大会前の練習があるため不在だが果たして本当にそれだけが理由なのかは定かではない。
「それじゃ、出発進行ー!」
「行くわよ!」
「「ぎゃあああああああ!」」
「……。」
アクセルを彼女が踏むと同時にリーンハルトとヒロタダが悲鳴を上げる。そしてハーマンは、病み上がりの身体をいいことに、疲れに身を任せて目を瞑った。
「う〜、おぇえ!」
「ほんとごめん!」
「大丈夫か?」
車から降りたところで車酔いしたリーンハルトはハーマンが準備した袋に嘔吐していた。その傍らではエルナが謝りながら背中をさすっていた。
「あー、楽しかった!」
「ルイホァは心臓に毛が生えてんだろうな。」
駐車場から見える施設を見つめてヒロタダがルイホァに尋ねた。
「ここは?」
「ここはね、孤児院! 今日は気分転換がてらみんなに手伝いをお願いしたくて来たんだ!」
「手伝い?」
今日は2人の提案。
はて、と大人3人は首を傾げた。
施設の中に入ると職員が2名待っていた。ルイホァがこんにちは、と声をかけると2人が振り向いた。
「こんにちは〜、ルイホァちゃん!」
「よぉ、ルイホァ。」
「クリフォード、パティ!」
体格の良い人の良さそうなクマみたいな男とハーフアップにした女性がブンブンと手を振る。
「えーと、そちらの皆さんが今日手伝ってくれる方々?」
「そうだよ! よろしくねー!」
「どういう関係だ?」
「えーと、あたしがボランティアでここに来たんだけど、そしたらあのクリフォードって奴に運動を教えられる奴がいないかって聞かれたのよ。それでケイとルイホァが呼んだわけ。」
ヒロタダの問いにはエルナが答えた。
そこへ落ち着いたらしいリーンハルトも寄ってきた。
「で、ルイホァ? 結局オレらは何をすればいいんだ?」
「えーとね、サンタさんだよ!」
「「「サンタさん?」」」
大人3人は声を揃えて首を傾げた。
「…………ッ本日はありがとうございます。……僕は施設長のアマーリ・ホワイトと申します。」
「どうも、よろしくお願いします。リーンハルトです。」
へこりとリーンハルトは挨拶をしながらも不思議そうな顔をする。
アマーリは申し訳なさげに糸目と眉を下げながら呟くように言う。
「…………すみませんね、僕、初めて話す相手の時、どうしても……吃音が出るんです。」
「あぁ、なるほど。」
独特の間をとっていた理由に納得してリーンハルトは頷いた。アマーリを気遣ってかクリフォードとパティが説明を引き継いだ。
「で、頼みなんだが、皆さんにはクリスマスパーティーでサンタさんになっていただきたいんだ。」
「この後、午後からクリスマスパーティーがありましてそこでこの衣装を着飾って子どもにプレゼントを配ります。それを手伝っていただきたいんです!」
「最近はオレら3人のサンタ姿が飽きてきたようで……。」
「意外と子どもっつーのは鋭いしマセてるからな。」
悔しげに語る2人をハーマンは愉快そうに笑いながら見ていた。
「それにあの子達、3人にすごく懐いててね。次はいつ来るのーって大騒ぎなのよ。」
「そうなんですか。」
「ルイホァは全般的に子どもの扱い上手いし、エルナは歌、ケイは運動で楽しませてくれるからなぁ。」
自分のことではないのに褒められて嬉しそうにするリーンハルトにヒロタダは噴き出す。
そしてその願いを真っ先に承諾したのはハーマンだった。
「まぁ気分転換にいいんじゃないか。オレも娘息子にやるサンタ役の予行練習と思って参加させてもらうさ。」
「オレもいいけど……またビビられそうだなぁ。」
「僕も小さい子あまり慣れてないから心配だけど、頑張ります。」
「……ありがとうございます、みなさん!」
アマーリは嬉しそうに手を合わせる。
それから3人にはサンタとトナカイの服が支給された。女性陣はもちろんサンタである。
リーンハルトはノリノリでトナカイを選んでいたが、ヒロタダは気恥ずかしくどちらを着るか迷った。しかし、ハーマンは抵抗なくトナカイを選ぶものだからヒロタダはトナカイを滅茶苦茶やりたいなど血迷ったことを言ってしまった。
ハーマンやエルナには若干引かれた気もしなくはないがリーンハルトとルイホァが喜んでいたため気にしないことにした。
「オレ、クリスマスパーティーとか初めてなんだけどトナカイって何すんだ?」
「ソリを引くんだよ。それに乗ったサンタさんがいい子にプレゼントをあげる。」
「……ってことはオレがアイツらを引っ張る?」
「合ってはいるけど……リーンはサンタ知らないのか?」
「おう。」
ふーん、と聞き流してからヒロタダはえ、と驚く。
一方でリーンハルトは何てことのないように鼻歌を歌いながら被り物を被っていた。
「もしかしてサンタとか知らないこと驚いてんのか?」
「あ、え、いや、うん?」
リーンハルトはまるで気にしてないと言わんばかりに笑った。
「いや、ウルツとかはこの時期に妙に欲しいもんとか聞いてきたけどな。でも無かったから頼まなかった。」
その反動である歳から購買意欲が高まったけど、と笑う。
そんな彼をウルツはどんな思いで見ていたのだろう。
自分には想像ができないことは容易に理解でき、ヒロタダは目の前のパーティーを楽しんでもらおうとそれ以上は深追いをしなかった。
「うわ、思ったより老け顔になったわ。」
「言っていいことと悪いことがある。」
暇を持て余したエルナが器用にハーマンの顔にメイクをしていた。元来垂れ目の彼の目尻に皺を入れ、口元を隠したところ見事な老け顔になってしまったようだ。
それを見てルイホァは腹を抱えて笑う。
「ねぇねぇハーマン、ついでに声帯模写できないの?」
「模写、まではいかねーが。」
ハーマンはルイホァのリクエストに対してごほん、と咳払いを挟むと、少し音を合わせて話し始める。
「フォッフォッフォッ。プレゼントを貰うには靴下を用意するんじゃぞ。」
「すご!」
「フフ……何でそんな真顔で……んふっ。」
エルナは耐えきれなかったのか噴き出した。
「私も授業でやったけどできなかったなー。」
「エリートコースの?」
「そうそう。兄様は上手だったけど。」
「あとヴィリもだな。ヤンも上手いらしいがアイツは声を【加工】するからなぁ……。また次元が違う。」
「ちょっとそのままの声で話さないで!」
エルナは腹を抱えて笑い出してしまった。
その声を聞きつけたのかトナカイの着ぐるみが2人ヌッと現れた。
「うわ、ハーマン老けた!」
「お前らもけむくじゃらになったなぁ。」
「というかさっきの声ってハーマンさんだったんですね。知らないおじさんの声がしたんでびっくりしました。」
ああ、とリーンハルトが笑う。
「ハーマンは声帯模写できるんだな。オレ苦手なんだよなぁ。」
「つっても男だけだ。最近はやってないからヒロタダみたいに少し高めの声だとうっかり掠れることもあるしな。」
「リーンハルトの声やって!」
ルイホァに言われ、渋々と言った様子ではあったがハーマンは行う。
「うわ、リーンハルトけむくじゃら!」
「何かやめろ!」
5人でケタケタ笑っていると、アマーリが微笑ましげにしながら部屋を覗き込んだ。
「お楽しみ中申し訳ありませんがそろそろ準備お願いします。ハーマンさんはこちらの袋を配ってください。それとさっきのしゃがれ声でぜひ。」
「……わかりました。」
「エルナ、噴き出すなよ。」
「リーンハルトこそ。」
すでに頬が膨らんでいる2人はおそらくダメだろう。リーンハルトも自覚があるらしくさっさとトナカイの被り物を被り、知らん顔をしていた。
「あ、ルイホァちゃんとエルナちゃんだ!」
「パティ先生も可愛いー!」
「はーいみんな、今日はお待ちかねのクリスマスパーティーよ!」
子どもたちは目をキラキラ輝かせながら拍手をしたりルイホァやエルナに絡みついている。
悪戯好きの子どももいるようでエルナの服をぐいぐい引っ張っている。
「ちょっ! やめなさいよ!」
「エルナちゃんミニスカー!」
「やめなよ!」
周りの女の子がガキ大将の子を止めようとするが無力らしい。エルナも本気を出せばひっぺがせるのだろうがいかんせん子ども、どうしようかと考えあぐねていると後ろから茶色い手が伸び、ガキ大将の頭を鷲掴みする。
「悪い子はプレゼント貰えないってしらねぇのか……?」
「うわー! ヤバいトナカイだ!」
「絶対ただのトナカイじゃねーよ! 歴戦のトナカイだよ!」
「トナカイさんカッコイイ〜!」
「あれ?! リーン、いつの間に?!」
「……最近の子供は歴戦、なんて言葉知ってるのか。」
「そこですか?!」
エルナに止められ、トナカイはすごすごとエルナの後ろに引っ込む。完全にサンタに尻を敷かれているのがウケたのか、鷲掴みされたガキ大将以外には懐かれていた。
リーンハルトのせいで順番が前後してしまったらしいが、パティがうまく取り仕切ってくれた。
「さてさて、ここでサンタさんのプレゼントだよ〜! みんなで呼んでみよう!」
「「「サンタさーん!」」」
ハーマンはトナカイの2人を携えて妙にリアルな老人ぽく歩いていく。そんなクオリティ必要だろうか、と思いながらヒロタダは大人しくついていった。
「みんないい子にしていたかな? 今年もプレゼントを持ってきたぞ。」
「わーい! ありがとう!」
「本当にサンタか?! クリフォード先生じゃねぇの?」
先ほどのガキ大将がハーマンに突っかかった。
しかし、彼はそれを跳んであっさりと避けてしまう。子どもからは歓声が湧く。
「サンタさん何者?」
「かっこいい〜! もう1回やって!」
「こっちのトナカイがクリフォード先生だな!」
横でワタワタしている彼が目に入る。ハーマンの様子を見てバレずにいいところを見せねばなるまいと思っているのか。
ヒロタダはどうするのだろうかと見守っていると、彼は急に何かが降りてきたのか動きをピタリと止め、スゥと息を吸った。
そして、
「ゴゥウウウウウ……。」
「「「え?」」」
「「ブフッ!」」
リアルなトナカイの鳴き声の真似をしたのだ。
トナカイの鳴き声を知っているらしいハーマンとアマーリは笑っていたが、他の者は何が起きたか分からず呆然とトナカイ(クリフォード)を見つめていた。
ヒロタダは無言で戸惑っている彼の肩を叩いた。
「クリフォード先生、やりすぎですし滑ってます。」
そこで子どもたちとリーンハルトが爆笑し始めた。
覆面の下で、彼は顔を真っ赤にしているのだろう。
それからパーティーは滞りなく進んだ。
ハーマンは一切正体を明かさず、プレゼントを配ったりお礼のお菓子を貰ったりしていた。トナカイ組はすぐに諦めて覆面を脱いでいた。
片付けを手伝っているとアマーリがリーンハルトに土産を渡しながら声をかけてきた。
「今日はありがとうございました。…………子どもたちも楽しめたみたいで。皆さんはどうでしたか?」
「私は楽しかったよ!」
「オレもだな!」
「時々はいいんじゃないかしら?」
「僕もいい息抜きになりました。」
メイクを落とすハーマンをチラリと見ると彼も薄く微笑んだ。
「ああ、楽しかった。」
提案したエルナとルイホァがハイタッチをしているあたり、2人は彼が子ども好きなことを知っており先日の事件から元気がなかった彼を元気つけようとしたのだろう。
ハーマンもまたそれを理解しており、羽目を外していたのだろう。
「…………また良ければ来てください。子どもたちも喜びます。」
「ぜひぜひ。こちらとしてもルイホァやケイ、エルナをよろしくお願いします。」
リーンハルトとアマーリは緩く握手を交わした。一瞬、リーンハルトは目を見開いたが特に何事もなく別れを告げた。
帰りはヒロタダが運転を代わり、助手席にハーマン、後部座席には3人が並んでぐっすり眠っていた。
「お疲れ様でした。ハーマンさん役に入りすぎてて時々ハーマンさんが来てること忘れちゃいましたよ。」
「酷い奴だな。」
ハーマンはケイにメッセージを送りながらふと笑う。
「でもまさか、コイツらがクリスマスイベントなんて誘ってくれるとは思ってなかった。自分がいた孤児院を思い出した。」
ヒロタダはハッとした。
確か、彼がルークと出会ったのも孤児院だ。辛い過去を思い出させてしまったのではないかと心配になった。
ハーマンはそれを察したのか、言葉を続ける。
「辛くない、って言ったら嘘になるけどな。でもルークとの出会いも、思い出も、別れも、ずっとオレの中に存在する。この時の気持ちはいつか薄れるのかもしれないが、いつまでもついて回るものだ。
だからゆっくり咀嚼していくさ。」
それにな、と彼は続ける。
「オレは特務隊にいることも、『Dirty』と戦うことも明確な理由は無かったんだ。でも、今回のことがあって、はっきりと『Dirty』が敵になった。
……可能であればオレの手で終わらせたいとも思う。」
「……そうですね。」
ヒロタダが同意すると、ハーマンは小さくあっと呟いた。
「すまん、オレたち、の間違いだったな。なぁ、後部座席のみなさん。」
ヒロタダがバックミラーでチラリと見ると、中央に座っていたルイホァが気まずそうに目を開けた。
横の2人も身動ぎしているあたり、いつからか起きていたのだろう。耐えきれなかったらしいリーンハルトが助手席をドンと頭突きした。
「……頑張ろうな。」
「もちろんだ。お前は頑張りすぎるなよ。」
「ああ……。」
ハーマンは胸元からタバコを取り出すと、ヒロタダたちが食べ終えたお菓子の袋を入れていたゴミ箱に捨ててしまった。
4人とも驚いてハーマンを見たが、彼はどこか穏やかな表情を浮かべていた。
きっと彼にはもう必要のないものなのだろう。
彼の紫煙を見ることはないのだろうと思うと嬉しくも少しばかり寂しいと思いながらヒロタダは車を走らせた。
【キャラクター紹介】
アマーリ・ホワイト (78話より)
新人類 31歳 164cm
長めの前髪で目を隠している。穏やかで公平な性格。元保育士であったが孤児院を経営している。幼い頃から吃音がある。
パティ・メイプル (78話より)
旧人類 31歳 163cm
アマーリの孤児院で働く。2人のことは薄々気づいているが、子どもたちが慕っているため深く追求しないでいる。明るく面倒見のいい性格。ミディアムヘアをハーフアップにしている。
クリフォード・スタントン (78話より)
新人類 23歳 190cm
アマーリの孤児院で働く青年。兄貴肌だが遊びに全力すぎて子どもに泣かれる。人の良さそうなクマみたいな人。




