7.青年は参加を了承する
※戦闘描写あり!
「凄い凄い!」
「へー、高校生の予選でもこんなに人いるんだなぁ。」
「ちょっと、2人とも逸れないようにな?」
兄妹のように同じ表情で目を輝かせて体育館中を見回している。リーンハルトは流石に頭髪が目立つためキャップを被っていた。ルイホァはカットソーに薄手のカーディガンを合わせ、動きやすいショーパンにスニーカーを合わせている。
リーンハルトは体育館の一角を指差すと楽しげにルイホァに声をかけた。
「あ、あそこケイじゃねーか? アイツ身長高いし、動きも身軽だから目立つな。」
「本当だ! こっち見てくれないかなー。」
2人がそわそわしながら彼を見つめている。騒ぎ出さないだけマシか、と思いながらヒロタダは2人とケイを見ていた。
ケイの方は何やらチームメイトが、アップを終えたらしい彼の方をつついて、2人の方を指差す。するとケイは3人の存在に気づいたのか、少し照れたように小さく手を振った。
もちろん、2人は嬉しそうに手をぶんぶんと振る。
「アイツとはあんまり話したことなかったし、断られ続けてたから何でかと思ってたけどマジでいい子そうだよな!」
「そうだね……、僕も少し安心した。」
座席に座った2人はアップにさえ夢中になる彼女の背を見つめながら笑い合う。
いざ試合が始まると凄まじいものだった。
強豪と言われるだけある、凄まじい応酬、そしてチームプレイ、鮮やかな個人技。特にケイは頭一つ飛び抜けているのが明白であった。
ルイホァはいつのまにか、周りの声援を覚えて一緒に応援をしており、意外と私生活の見えないリーンハルトも夢中になってみていた。
「リーンは結構こういうの好きなんだ。」
「まぁ、1人で見ようとは思わないけど。知り合いがいればな。おっ、ナイッシュー! ヒロタダは好きなのか?」
「……姉がアナウンサー兼ジャーナリストだから、実況の練習、って言って何度も連れまわされたよ。」
「そりゃ災難。」
リーンハルトは楽しそうに笑う。
試合は早々に終わって4回戦突破となったらしい。
今日の午前の試合は終わりらしく、ミーティングが終わった後はいそいそと3人の元へやってきた。
「来てくれたんだな。」
「あ、ケイ! 凄かったよ、おめでとう!」
「……まだ1試合勝っただけだし。」
素直に褒め言葉を受け取れないのか、彼は少し顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。
「午後も試合あるんだろ? あんまり邪魔しても悪いし帰っか。」
「えぇー! 最後まで見てく! せめてケイの試合だけは、お願い!」
「オレも気にしませんから……。」
「そうか? ならいいけど。」
やった! とルイホァは満足そうに喜ぶ。
リーンハルトもどこか嬉しそうに笑う。ルイホァが夢中になってケイに話しかけており、彼も嬉しそうに応対している。
それを見守っていた時に不意にそれは訪れた。
「……。」
「どうした、リーン?」
リーンハルトが急に1人の男を睨みつけたのだ。その男は気づいてか、気づいていないのか、そのまま通り過ぎて行く。
「……ちょっと野暮用、ヒロタダはルイホァといてくれ。もし万が一があったら、能力解放も頼む。それとーー。」
「分かった。でも、いざって時な。」
もちろん、と権利委任を済ませた彼は頷くと人ごみをスルスルと抜けてその男を追っていった。
彼女がリーンハルトの不在に気づいたのは、ケイがチームの方に戻ると言って去ってからだった。
「あれ、リーンハルトは?」
「ちょっと野暮用だって。」
「ふーん……。」
ある程度察しているのかそれ以上追及することはなかった。もうしばらくすれば午後の試合も始まる。今まで見たことのない光景を楽しみにしていた彼女にとって、さほど重要なことではないのだ。
「いつまで追いかけてくるんですか? 特務隊のターミナル:ベルリンの元副部長殿?」
「今はトーキョー支部のしがない班長殿、だよ。お前手配書で見たことあるな。何が目的だ。」
リーンハルトは余裕を浮かべながらも決して油断はしていなかった。それは相手も同様なのか、熱いこの会場には合わないパーカーを翻してクスクスと笑う。
「なぁに、君たちと同じさ。宣戦布告とともに、人員補充をしようと思ってね。」
「宣戦布告、ってまさか。」
リーンハルトが振り返ると同時だろうか、地響きとともに地面が隆起し、彼の足元は歪む。
「逃しはしないよ! 君がいたのは計算外だったが、邪魔はさせない!」
「……ッ、緊急事態宣言だなァ!」
リーンハルトは手元に氷の塊を作り、彼の拳に突き刺した。しかし、踏みとどまった男の足元から、似つかわぬほどの重厚な音が鳴り響き、あたり一帯に地割れが起きた。
「やはり、というべきか貴方は厄介な相手ですね。」
「どうも、でも!」
男の拳を避け、抉られた地面の破片を回し蹴りにて相手の顔面に打ち込む。彼の数瞬の瞬きのうちに距離を0にし、腕の皮膚を破裂させる。正しくは、前腕部の水分を沸騰させたに過ぎないのだが。
辺りに鮮血が散るが、リーンハルトは顔色を一切変えずに振り払われたことに対して不機嫌そうに目を細めるだけだ。
「ぐうっ!」
「チッ、浅かったか。」
彼を確実に消すチャンスだった。
距離をとられたリーンハルトは舌打ちをした。
「思い出したぜ。確かお前は『Dirty』に所属する、マイルズ・ワイルドだったな。かつて名を馳せた殺人鬼、だな。暗殺の武器は自分の肉体のみ、信じるは己の肉体のみ、だったか。」
「よくご存知で。沈黙の暗殺者、リーンハルト殿?」
自身の異名をよく思っていないらしいリーンハルトは僅かに眉をひそめた。
「それよりいいんですか? 会場の方にも我らが同志が乗り込んでいますからね。」
「ああ、構わねえよ。こっちにも、仲間はいるからな。だから、オレはお前をやる。」
笑みを消したリーンハルトは地面を蹴り、自身より一回り大きい殺人鬼へと向かった。
この後、ここで何が行われたか。
後から言えることはここが路地裏で、かつ人が少ないことが何より幸いした、ということだろうか。
少し離れた会場でも同様に騒ぎは起きていた。
大きな揺れが会場を襲い、それと同時にコート中から不気味な得体の知れない植物が群生し始めた。
「何コレ!」
「ルイホァ、緊急事態らしい! 能力使えるぞ!」
多分アイツも、と言いながらヒロタダは前方に立つ。観客席に伸びてくる植物に無効化を放つが、成長が止まるだけらしい。
「なら私が伝えてくるよ!」
彼女の手から生み出した空気の刃は観客の足に絡みついていた蔦を容易に切り裂いていく。相変わらずの行動の速さだと思いつつヒロタダはその背を見送る。
彼はすぐに切り替えると一般観客の前に背を向けて立った。
「皆さん、逃げてください!」
「私は群生の方に!」
恐らく我が班長も交戦中であろう。ヒロタダはリーンハルトの戦闘に観客を巻き込まないよう、反対の出入り口に誘導していく。
警備員も外の異変に気づいたのかうまく反対側に誘導してくれているらしい。
まったくもって優秀なものだとヒロタダは安堵しつつ、自身の仕事に集中した。
「うわああああ!」
「なんだよ、コレ!」
ケイは表情をしかめた。
次々と襲いかかってくる植物に小さな炎を放ち、炭へと変えていく。
「あ、新人類見ーつけた。」
「うあっ!」
「先生!」
急に持ち上げられた顧問はうめき声をあげる。たまたま近くにいたリョウヘイが駆け寄ろうとするがケイが制する。
「なっ、ケイ!」
「お前何者だ! 新人類見つけたっつったな!」
「言ったよ〜? もしかして君もかな。なら話は早いや。」
顔色が悪く、白衣に包んだ男は不気味に笑う。どうやら彼がこの群生した植物を操る主らしい。よくよく見ると目のクマがひどく窪んでいるようにも見えた。
「君たち新人類は、革新派『Dirty』に迎合すべき。そして近いうちに革命の日がやってくる。」
「ふざけんな、そんなのお断りに決まってんだろ! キャプテン、逃げといてください!」
「お前は?!」
リョウヘイが慌てて尋ねたが、明らかにケイはいつもと違う表情を浮かべていた。
「オレはコイツをぶっ潰して先生助けます。もし、この前来た人たちがいたらこの場所教えておいてください。」
ケイ自身、能力制御の自信はあったが、戦闘自体は経験がなく自信は一切なかった。しかし、腰を抜かすチームメイトや、能力を持たない彼らを逃すにはそれが手っ取り早いことはすぐにわかった。
「何々ヒーローごっこ? 僕も混ぜてよ!」
「早く!」
リョウヘイが目線を逸らし、倒れていたチームメイトを引きずり鼓舞し逃げ去っていく。
ケイは一瞥もくれることなく、口から小さな黒い炎を噴き、植物を燃やした後、向かってきた彼の顔面に向けて蹴りを放つ。しかしながら、実践経験がある相手なのか、容易に避けられてしまった。
「……君、いいセンスしてるじゃない。」
「お前のセンスは最悪だよ。マジで。」
ああ、どうすっかな。
内心冷や汗を掻きながら彼は笑みを浮かべた。
「さて、僕をどう楽しませてくれるのかな!」
「うるせーよ!」
相性は悪くない。だが、能力で凌いでいる間、どうしたって経験の差を感じてしまう。植物の読めない動きはどうしたって取りこぼすし、回避はできても完全に避けきっているわけではなくぎりぎりだ。
数度の攻撃を炎のゴリ押しでなんとか封じ込めつつ、対策を思案している時だった。
不意に場に慣れない突風が吹く。
ピンチはそう長くは続かない、風がケイの炎を上手く植物に誘導した上にあぶれたものを切り裂いた。
「ケイ!」
「うお、ルイホァ!」
急な少女の登場と風圧にケイは驚く。今しがた彼をいなしていた白衣の男も風の力に警戒して距離を置く。
「すくそこでキャプテンさんに聞いた!」
「おう、でもどうするか困ってる!」
敵を目の前にして、無策を打ち出すのだから大した度胸だ。見たところ、彼はところどころ切り傷を負っていたが、さほど大きな怪我はしていないように思えた。
「……君って、能力全開にしたことある?」
「ねぇな。できっけど。」
「今なら、できるよ。」
小声で囁かれた真実に彼は目を見開く。
そしてルイホァは冷静に続ける。
「私が、風の力で先生を助ける。そうすればケイは本気で戦えるよね?」
「ああ、でも、」
「大丈夫、リーンハルトは水使い、ヒロタダは無効化使いだから。」
彼は驚いたように目を見開く。
しかし、次の瞬間にはもう覚悟が決まったらしく、不敵な笑みを浮かべていた。まるで実践経験がないなんて嘘のようだ。
「なら、やりますか! 【黒炎】!」
「なっ!」
男は退いたが、一気に広がる炎は群生していた植物を伝ってすぐに男に到達する。
それと同時にルイホァが蔦を切り、先生を風で回収する。
「こちらルイホァ、一般人全員救出! 只今交戦中、援護は……、」
「不要だぜ!」
リーンハルトが彼にこだわる理由が分かった。
実践経験がないにも関わらず100%出力の能力を正確に操る制御力、無駄のない身のこなし、武器を振り回す相手に対するという度胸、全てのものをとって戦闘に特化した才能に溢れているのだ。
彼は煙の中、相手に達すると、男が振り回すナイフを蹴り飛ばし、そのまま的確に足元から出る植物を根絶やしにする。そして、おそらくその根源であろう種子を燃やしてそのまま男を組み伏してしまったのだ。
異様な炎のせいか、はたまた煙のせいか。
異常事態に気づいたヒロタダが慌ててこちらにやってきたようで、バタバタと賑やかな足音が聞こえた。
「なんだこの炎!」
ルイホァの言葉の通り、ヒロタダが無効化により次々と消炎を行う。どうやらケイが起こした特殊な炎であるため、ヒロタダの能力で消せたようだ。
すぐに警備員や特務隊の人が駆けつけ、男は引き渡された。
そして、ケイは犯人を引き渡して始めて、大きなため息をついた。
「……つっかれた。」
「お疲れ様。」
「おー、」
初めてにしては上出来だろう。彼はへたり込んで天を仰いだ。
結局その日の試合は後日ということになり、その場の試合は終了となった。
けが人はほとんどおらず軽症者のみ。顧問の先生も幸い怪我はなかったようだ。しかし、リーンハルトが対峙した男のみ両側アキレス腱損傷と前腕の酷い裂傷があったらしい。
一方で、リーンハルトはほぼ無傷というものだから恐ろしい。報告書を見たヒロタダは内心で震えた。
「で、特務隊の話っすね。」
約束通りケイは話を聞きに来ていた。しかし、今回圧倒的に違うのは、ここが学校でなく、会議室、ということだった。
正面に座るリーンハルトはゆっくりと頷いた。
他の皆と同様、緊急度が高い事案以外は学業部活動優先で良いこと、そして権利や福利厚生について説明すると彼は拍子抜けしたような表情を浮かべていた。
「この前の人らは部活やめて専念しろ、って言ってたけど。」
「まぁ君の戦闘センスを以ってしたら抱え込みたい人材ではあるからね。」
ヒロタダの言葉に小さくそっすか、と呟く。
「それに今後スポーツ続けるなら今段階での加入はお勧めだぞ。」
「なんでっすか?」
「ケイが今後目指したいのは、本場チームへの所属だろ? それなら特務隊所属歴は、スポーツ中の能力暴走の懸念を減らす事項の1つになるからウケはいいぞ。」
なるほど、と彼は頷く。どうしても訓練を受けていない人間だと、試合中感情が高ぶった際に能力を発揮してしまうことがある。基本的に試合中の能力使用は旧人類との平等化を図る目的で禁じられているため、制御に関する太鼓判があるということは何よりもいいことらしい。
「それともう1つ。この前襲ってきた組織の活発化により、ジパングでは“ エマージェンシー制度” というものが配備される。これはもう可決されたことなんだけど。」
「……なんだそれ。」
「まだ公的にはアナウンスされてないけど、緊急事態に限り、どこの部隊にも所属していない、ランクA以上の能力者は、特務隊に強制招集されることが許されるんだよ。だから誰かもわからない人の指揮のもとで戦わなきゃいけないわけ。」
「はぁ?! 理不尽すぎだろ!」
ケイは引いたような、憤ったようなリアクションを素直にとる。それから無言で書類を読み始める。
「確認するのも、決めるのも後日で大丈夫だよ。」
「いや、決めた! 入ります!」
あまりにも即決で、2人とも小さい声でえ、と驚いた声を漏らした。
「いや、オレが言うのもあれだけどいいのか?」
「はい、大丈夫っす! “ エマージェンシー制度” のこともありますし。それにもし指示をもらうなら、ちゃんとオレと向き合ってくれたアンタがいい。」
「そうか……。」
少し照れたようにリーンハルトも抗弁をやめた。
「それに。」
彼は何を思ったか会議室の扉を開く。
するとうわっ、と声とともにルイホァがなだれ込んできた。どうやらずっと聞き耳を立てていたらしく、気まずそうに苦笑いしていた。
「ヒロタダさんとルイホァが仲間ならオレは嬉しい。」
「!」
ルイホァとヒロタダは顔を見合わせた。
それから、彼はすぐに両親がわりのコーチに連絡を入れた。何やら言い争っていたが、渋々了承してくれたようだ。書類を受け取った後、施設の案内をしていると、先日の事務局の男性が正面から歩いてきた。
ルイホァは咄嗟にリーンハルトの後ろに隠れる。
「ああ、君たちか。ようやくワガママな子どもを参入させたんだな。」
「お陰様で。」
リーンハルトがへらりと微笑み、流してみせる。ルイホァも何か言ってやろうと、彼を睨みつけたところ、意外にも口を開いたのはケイだった。
「ああ、学校ではどうも。この人たちがチームメイトなら早く言ってくれりゃ即決できましたよ。ま、結果を出せてないアンタに言ってもどうしようもないんでしょうけど。」
ケイは行こう、とルイホァとリーンハルトを押していく。ヒロタダは礼儀正しく、顔をしかめていた彼に失礼します、と一礼した。
「ケイ。」
「んー?」
「……その、ありがと。」
「オレが言いたいこと言っただけだしなぁ。それより早くトレーニングルームだっけか、行こうぜ!」
彼が言うと素直にルイホァは頷き、彼の手を引いてトレーニングルームへと足早に進む。
恐らく彼女の顔が今までで1番緩んでいることに気づいている者はこの場にはいないだろう。
【キャラクター紹介】
ケイ・ロペス
180cm(成長中) 16歳(高校2年生) AB型
好きなもの:バスケ、焼肉、パルクール
嫌いなもの:勉強、臭いのきつい食べ物
紫かかった黒髪、ショートレイヤー。ぱっちりしたツリ目に爽やかな風貌。黙ってればイケメン話すと大型犬。
プロのバスケ選手を目指しており、現在は学校の寮に住んでいる。基本的に活動的かつ前向きで人懐っこい性格。上下関係を理解しておりある意味常識人。
【こぼれ話:能力について】
ルイホァは【風】を操る能力でリーンハルトと並んで汎用性の高い能力。コントロール次第では移動にも使え、空気圧をも変えることができる。
ケイは【黒い炎】を操る能力。すでに燃えている炎も操ることはできるが、自身の起こした炎に比べ精密性に欠ける。実はこの炎は普通の炎とは異なることがあるのだが、それはまだ本人も知らない。