76.慟哭の渓 -離れた手と届いた手-
※残酷な描写があります。ご注意ください。
「む……愚かな特務隊が増えたか。」
氷を粉々にした男はため息をついた。
そして、粉塵に紛れて攻撃を放ってきたリーンハルトを容易に避ける。リーンハルトは珍しく棍棒を振り回して男の頭部を狙っていた。
「……久しいな。タバートの息子よ。」
「よぉよぉ、腐れ男! 覚えてんぞ、ヤオ・ダオ!」
「ありがたき。しかし、ますます愚かしくなったな。己は。」
銃撃がヤオを貫く。
しかし、ヤオは表情を一切変えない。朽ちた銃弾はぽろぽろとヤオの身体から落ちる。もちろん彼の身体には傷などない。同時に木が倒れるような派手な音がした。
「……銃が効かない?」
「とりあえずオレとリーンハルトさんで抑え、」
「られると思うのか?」
咄嗟にヒロタダが【無効化】を放つ。
殴られたケイは後ろに吹き飛んだ。
能力が発動しなかったヤオはヒロタダの姿を認めるとふむ、と興味深そうに呟いた。
「貴様が件の【無効化】か。厄介な奴め、殺してやろう。」
「そうはさせねぇよ!」
頭に葉をつけたリーンハルトはヤオの急所を的確に狙っていくが次々と避ける。
ケイが立ち上がるとリーンハルトは叫んだ。
「コイツの能力は【腐敗】! 直接触ると手が腐る!」
「了解、【黒炎】!」
「……隠すも無駄か。【死霧】。」
黒い霧が辺りに広がる。
ヒロタダが【無効化】を放つと霧はなんとか対応できるようだ。
厄介だと思いながらヤオは懐に持っていた爆弾のピンをいくつか抜いた。それを、ハーマン達がいる方に放ったのだ。
「やばいっすよ!」
「オレが行く! 3人は応戦!」
リーンハルトは指示を出すとそちらに猛スピードで向かった。
「……ぅ、」
ルークが目覚める。
顔には上から血がポタポタと垂れてくる。
何だろう、と目を細めると血を流すハーマンが必死に肩で息をしながらルークの手を必死に掴んでいた。
「ハーマン、お前!」
「……動く、な。必ず、助ける、から。」
嘘をつくな。
オレを支えるので精一杯なんだろう。
今のルークにはすぐに分かった。
「離せ! お前も死にたいのか、お前にはサクラも娘もいるんだろう!」
「ハッ、今は息子もいるさ。」
「そんなこと言ってる場合か、離せ!」
ひたすら叫ぶルークにハーマンは小さく微笑む。
「やっと、お前に会えたな。」
「何言って……、」
はたと先ほどまでの自分の発言を思い返す。
体温が一気に冷えたのを感じる。
ああ、親友は何を思って自分と相対していたのだろう。こんなにも傷ついて。相変わらず不器用な親友だ。
「お前のやったことは許されることではないし、オレも許す気はない。だから、生きろ。
償って、それでシオリを、リツキを抱きにこい。そうしたらオレと仲直りだ。」
「……ハーマン。」
ギュッと親友の手を握った。
その時だった。
ハーマンの背後で爆発が繰り返される。
激しい爆撃にハーマンの身体も崖から半身乗り出す。彼の額に血管が浮き出てかなり無理をしていることも分かる。
そして滴る血の量、焦げた臭い。明らかに今の爆撃でハーマンは傷を負った。
「このままじゃお前も死ぬ! 離せ!」
「嫌だっつってんだろ。やっと、お前に会えたんだ。何が何でも、助ける。」
「……ハーマン。」
ふっとルークは微笑んだ。
この親友は不器用で、今も昔もまっすぐだ。
ハーマンが背後の様子を確認するために一瞬目を逸らした瞬間だった。
「【毒蛇】。」
「って!」
ルークが生み出した蛇に左手を噛まれた。
それと同時に手が痺れ始めて感覚が鈍る。握っていた力がどんどん抜けていく。右手を伸ばそうとしたが、先程ルークにやられた傷が痛み、右手を伸ばせば身体ごと落ちてしまいそうだった。
「ふざけるな! オレがどれだけお前のこと……!」
「知ってるよ、お人好し。……本当は、オレお前が羨ましくて仕方なかったんだよ。」
「やめろ、やめてくれ、」
「オレよりも成績いいし、体術も負ける。加えてサクラを射止めて、かわいい子供が生まれる。羨ましがらない方がおかしいだろ。……こんな醜い心が、奴らにつけ込まれるきっかけになった。」
「しらねぇよそんなの、どうでもいい!」
ああ、左手の力が抜けていく。
視界が涙で滲む。
「いいな、ハーマン。七賢人の1人に【洗脳】を使う男がいる。何人かはオレと同じように甘い言葉で操られている。どうにか便宜を図ってくれればいいが……。」
「そんなの、後でもいいだろう。早く掴め!」
最後の弁もロクに聞いてくれないのか。
意外と強情なところも昔から変わらない。ルークも涙をボロボロとこぼす。
「……オレも2人が大好きだったよ。本当は死にたくない。でも、オレの弱い心が招いた不幸にお前を巻き込む方が、オレは不幸だ。だからーー。」
「ルーク!」
絡まっていた指が離れる。
彼の身体はゆっくりと、あの時と同じ、岩壁から自由落下していく。
「お前は生きろ、そして誰かのために戦い続けてくれ。幸せになれよ。」
「ルーク!!」
暗闇の中に親友が吸い込まれていく。
ハーマンは口をはくはくとさせる。今まで感じなかった痛みが身体に襲いかかる。全身から力が抜けていく。
足元の岩場が風化により脆くなっているのにやっと気づいた。ここでは死ねない。ルークを助けに行くにしろ生きねば。そしてここで死ぬことは自分を信頼してくれた上司を裏切ることになるのだ。
立て、立て、立て。
どうにか這いつくばる姿勢から立った姿勢に移った時だった。
再度足元が爆発に襲われる。
いよいよ脆くなっていた岩にひびが入り、砕ける。
あ、まずいと身体が渓に吸い込まれかけた時だった。右腕を誰かが掴む。
「よぉ、オレに墓で文句を言わせる気かよ、副班長殿?」
「……バカ言えよ。」
ピンク頭の上司が挑戦的に微笑んだ。
リーンハルトが踏ん張るとハーマンの身体はあっさりと引き上げられた。
汗がだくだくと出ている辺り慌てて身体強化をして飛んできてくれたのだろう。泣いている場合ではない。
「ハーマン、戦えるか?」
「戦える、と言いたいところだが足を引っ張ると思うが。」
「ヒロタダとシュウゴの補助をしてくれりゃ十分。オレとケイで奴は仕留める。久しぶりに七賢人から犠牲者を出してやるよ。」
リーンハルトは挑戦的に笑う。
我が上司ながら恐ろしい男だ。
一方でケイはギリギリのところで避けながらも、辛うじてヤオの動きについて行っていた。
恐らくまだ本気を出していない。
過去のデータにない自分の戦力を見計らっているというところであろう。
「童も哀れだ。能力は強力と言えど汎用性の乏しい小僧とそもそも我と相性の悪い者しかいないのだ。諦めて死を迎えよう。」
「んなもんごめんだ! 1人でやってろ!」
ヒロタダは苛立っていた。
アイツの霧がリーンハルト達の方へ行かないよう防ぐことはできても直接的に救うことができない。
隙を見て奇襲隊の長を回収していたシュウゴがよろよろと戻ってきた。
「何とか生きてます。」
「そうか、よかった。にしてもケイを援護するためのアイデアはない?」
「あったらとっくにやってますよ。」
呆れたように彼は言う。
しかし、目が泳いでいる辺り同じ考えらしい。
「だいたいオレ達が接近しても恐らく足を引っ張ります。銃なら応戦できますけど効きませんでしたし……。」
「そうだよな……。」
ううん、と頭を抱えた時だった。
ヒロタダの頭にふと作戦が始まる前にした雑談が降りてきたのだ。
「そうだ、シュウゴ。開発途中の能力を込められる銃、あれを作れないか?」
「いや、作れることは作れますが暴発の可能性が……。確かにそれが使えれば戦局は有利に働くと思いますけど……。」
シュウゴは険しい顔をしている辺りあまり好ましい作戦と思っていないらしい。
だが、このままではケイが押し切られる可能性がある。ヒロタダの能力で防衛は可能も、こちらが攻撃できないのも事実だ。
「シュウゴは成功するかも、って思えたやつはあったか?」
「……1つだけ。」
「ならそれを頼む。撃つのは僕がやる。」
「なっ、そんな、そしたら貴方の手が……!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃない! 生きるか死ぬかなんだよ!」
肩を揺さぶられるシュウゴは一瞬固まった。しかし次の瞬間には決意を固めていた。
文字に手早く書き起こすと、銃弾をすぐさま6弾、ヒロタダに渡した。意図は互いに理解していた。
「……お願いします。」
「もちろんだ。ありがとな。」
「陽動はオレがしてきます。」
ヒロタダは銃を構える。
シュウゴはいわゆる普通の銃を構えて、ヒロタダから離れる。
一方でケイは辛うじて相手の攻撃を避けていた。以前の戦いでリーンハルトが毒ガスを吸わないため息を止めて戦ったと聞いていたがとてもできる芸当ではない。
ヒロタダの補助があって何とか戦えている状態だった。
ケイの普通の炎は相手に効かない。燃えても、すでに腐っている奴の身体には意味を為さないからだ。【黒炎】については何とか効くが、一気に片をつけようとするとその陰に潜まれ、小技の連発だと再生してしまう。
「ケイ! 囲んで!」
「!」
シュウゴの声が耳に届く。
彼の姿は視認できなかった。しかしケイはその言葉通りに動く。ヤオの周りに炎の壁を一気に張る。突然の間接的な攻撃にヤオも動きを止めた。
そこへ突如、銃弾が撃ち込まれる。先ほどから効かないということを知っているにも関わらず。
だが、意味のない攻撃だからこそヤオは一瞬油断してしまったのだ。
ヒロタダが撃った弾に気づけなかった。
彼が撃った弾は確実にヤオに被弾した。
肩と腿、腹部に3発。
「なぜ、こんな愚か者の攻撃が……!」
「やれ、ケイ!」
しかしすぐに理解した。
この場にいるのは、武器を持たない【黒炎】使い、【無効化】使い、【具現化】使い。
恐らく【具現化】を使う男が銃を作り出し【無効化】の能力を込めたのだろう。まだ特務隊は『Dirty』が開発した爆弾や銃の構造は完全に把握していないはずだ。
「厄介な……。そして哀れな者どもよ。そして、」
波状に嫌な気配のする風が吹く。
ヤオに向けて放った炎は跳ね返される。そしてその風に触れたらまずいと本能的に感じ、自身の炎を纏いながら吹き飛ばされた。
ヒロタダも同様、すぐに自身の前に【無効化】を放つ。
シュウゴも壁を張り、直接当たるのは避けたが、先程の靄を思い出し、息を止めた。
しかし、視線を壁のない正面に向けた途端。
「……いつの間に、」
「厄介なのは武器を作る、そして頭のキレるお前だ。死ね。」
ヒュッと喉が鳴る。
死が目の前に迫る感覚が訪れる。
その時、横から突如人が現れ、拳がヤオを吹き飛ばした。
「大丈夫か、シュウゴ!」
「ハーマンさん……! 手、」
ヤオを殴ったハーマンの拳は変色していた。
殴ったのが身体に響いたのか、ハーマンはぐらりと身体を傾ける。シュウゴがどうにか支えるも、彼の息は荒い。
「ケイ! ヒロタダ! 畳み掛けるぞォ!」
「「了解!」」
すぐに姿勢を正したケイと残り3弾を残すヒロタダが構える。
ヤオが舌打ちをする。
完全に油断した。ヤオは咄嗟にワープホールを発動する。だが、リーンハルトの【氷】も、ケイの【黒炎】も、ヒロタダの銃弾もすでに放たれていた。
「【風化】。」
ヤオが身体強化を行なった状態で足元を思い切り踏みつける。岩を主成分になされた地面は砕け、宙にいたリーンハルト以外は体勢を崩す。
リーンハルトは氷を放つが、ヤオはそれを避けてワープホールに身を逃してしまった。
「クソッタレめ。やっと七賢人やれると思ったのに。オイ、大丈夫か?!」
「オレは何とか! 吹っ飛ばされた時の傷くらいっす!」
「僕も大丈夫だ!」
「リーンハルトさん、ハーマンさんが!」
木陰からハーマンをどうにか抱えてふらつくシュウゴが現れる。
手の皮膚は腐っており、苦しそうに呻いている。
「救護班呼べ! とりあえずケイはハーマンを対岸まで運べ! オレが道を作る。」
「了解っす!」
最も体格の良いケイがシュウゴに代わってハーマンを背負う。
リーンハルトは氷で器用に道を作り、4人を誘導した。
「そういやヒロタダ、その銃持ち帰れよ。たぶんヴィリやゴーシさんにはキレられるけどイチヨウは喜ぶからな。」
「えぇ……。」
「暴発しなくてよかったです。」
呑気に言うシュウゴにヒロタダは怒られる未来を浮かべながらため息をついた。
【こぼれ話】
ハーマン、ルーク、サクラは必ず3人で遊んでいました。男2人の時は体術合戦や追いかけっこをしていましたが、3人の時はシャボン玉が1番楽しかったそうです。
【キャラクター紹介】
ヤオ・ダオ (75話より)
42歳 165cm
爛れた皮膚を持ち目は少々窪んでいる。髪は縮れており明らかに不健康な見かけである。悲観主義者、新人類でない人や能力の優劣など万事のことに対して憂いている。七賢人。




