74.慟哭の渓 -戦場を駆ける-
「各隊無事か?!」
『ハーマン班無事だ。』
真っ先に現場から返答したのはハーマンだった。
リーンハルトはホッと安堵の息を漏らした。次いで、1/3程度の班からは応答が聞こえる。
「リーンハルト班出られるか?」
「了解です。行くぞ。」
通信班と医療班に合流していたエルナとオリヴィアがその本部長の言葉を聞いてリーンハルトの元へ駆けてきた。
他の隊もすぐ様編成され、出発の準備が整う。
「ねえ、リーンハルト。気づいてるかしら?」
「ああ、もちろんだ。」
「気づいてる、って?」
エルナが怪訝な表情で尋ねる。
普段なら2人とも不安を与えないように表情を和らげるが、今回に限りは険しい顔を崩さなかった。
「恐らく、七賢人が近くにいる。」
リーンハルトの言葉にルイホァとエルナが目を丸くする。
戦場で経験したことがある、嫌な予感。
それが2人の警戒心を煽るには充分だった。
「無事か?」
「お陰様で。」
通信を終えたハーマンは3人を見遣る。
施設は完全に粉々になっていた。
瓦礫から爆発に巻き込まれた隊員達を救出しながら他の班とも合流することができた。
「とりあえず稼働中の研究は潰せたんですか?」
「ええ、D班がそれを見届けています。K班もワープホールを潰したと報告を受けているので、恐らくそれに気づいた向こうの人間が施設を爆発させたんでしょう。」
ヒロタダがともに救助作業に取り組む人に尋ねると、丁寧に報告を教えてくれた。
ハーマン達は比較的に軽傷だったため、精力的に作業を行なっていた。ヒロタダの傍らで作業する男も軽傷であった班に所属していた。確か奇襲班のリーダーであったか。
「でも、流石の対応力ですね。噂に聞いている通りだ。若い班にも関わらず素晴らしい。」
「いえ、仲間のおかげですよ。」
「貴方も不可欠な存在に違いないと思いますが……イタッ。」
「大丈夫ですか?」
ヒロタダが男性に駆け寄るとそこには蛇がいた。見たことのない禍々しい模様の小さな蛇がチロチロと舌を出している。まるで獲物に飛びかかろうとするかのように。
本能だった。
危ない、と感じた。
それと同時だった。蛇がヒロタダと男に向かって飛びかかって来たのだ。
「うわぁ!」
ヒロタダは反射的に【無効化】を放った。
すると不思議なことに蛇はみるみる形を失って灰のように砕けたのだ。
「あ……ありがとうございます。助かりました。」
「え、あぁ。って噛まれたところ、変色してます!」
ヒロタダは慌てて指を結滞する。
強く絞り出し、血と毒を出す。
それとほぼ同時か、周辺からは悲鳴が上がった。周辺を見るといつの間にか無数の蛇が瓦礫の隙間から湧き出てきたのだ。
「っ、何だよこれ! 【黒炎】!」
ケイが辺り一帯に炎を散らす。
一気に蛇が燃え尽きるが、すぐに新しい蛇が湧いてくる。
だが、何人かはすでに蛇に噛まれているらしく膝を折っていた。シュウゴも珍しく困っているようで素直にケイの側まで逃げてきたようだ。
「潰しても潰しても湧いてくるじゃねぇか! シュウゴさん、どうすりゃいい?!」
「たぶん能力者本体を倒さないと……。」
「半分請け負う!」
ケイが漏らした蛇をヒロタダが消していく。
ハーマンは散り散りになってい隊員や膝を折ってしまっている人たちを回収しながら蛇をいとも容易く蹴散らしいていた。
「……いる。」
「へ?」
ヒロタダの近くに着地したハーマンがポツリと言った。彼は初めて任務中にタバコの火を点けた。彼が睨みつける視線の先を見ると1人の男が立っていた。
ボサボサの深緑の髪を風に揺らしながら蛇に惑う特務隊を見下ろしていた。
「久しい顔だな。」
「……ルーク、」
ハーマンは静かに男を見つめる。
あの時、墓でハーマンが語った幼馴染みの名。
今まで冷静に場を見極めていた男の全身から圧が噴き出す。殺意ではない、はたまた同情でも、怒りでも、言葉にはできないものだ。
「会いたかったぜ。」
「そうか、オレもだ。」
さて、とルークが腕に抱えているのは先ほどヒロタダと言葉を交えていた男だ。
「この男、蛇毒にやられているから程なくして死ぬ。助けたくばオレを追って来い。」
「なっ……!」
ヒロタダが言葉を発する前に、ルークは大きく跳ぶと逃げ去っていく。
それを追おうと立ち上がったのはハーマンだ。
「オレが追「まってください!」
普段出さない声をシュウゴが出したため、ハーマンもピタリと動きを止めた。
「奇襲班のリーダーが連れて行かれた以上、現場の指示を出せるのはハーマンさんです。ハーマンさん以外の人間で追うべきです。」
「シュウゴ、実はあの人はハーマンさんの幼馴染みで……。」
「そんなの関係ありませんよ。」
シュウゴは鋭くヒロタダを睨む。
「この蛇を倒すためにはヒロタダさんとケイを分散すべきです。ですが、この現場の戦闘できない人数を鑑みればこの場から2人がいなくなるのは相応しくありません。リーンハルトさん達の応援に任せるべきです。」
「いや、でも事情はよく分かんないんすけど、ハーマンさんは今のを追っかけたいんだろ? それなら……。」
ケイが控えめに言うとシュウゴは相変わらずの無表情で淡々と答える。
「それに一瞬見えたけどあの人は紋付ですよね? 今までの君やリーンハルトさん、ルイホァの怪我を見て単騎で行かせたいって思うと思うの?」
「……それは、」
あの大怪我した時のことを思い出したのだろう。ケイはシュウゴに返す言葉が見つからないらしく口を閉ざす。
ヒロタダは【無効化】を放ちながら、他の隊員とともになんとか応戦をしていた。しかし、3人を振り返ると驚くべきことを言ったのだ。
「ハーマンさん、行ってください!」
「「「!!」」」
驚く2人を他所にふと微笑んだ。
「リーンはこの場にいたら、貴方を信じて行かせると言っていました。そして、戦績をあげれば文句も言わない、と。」
「……ヒロタダ。」
ちらりと傍らの青年を見ると、静かに下唇を噛んでいた。
確かに紋付きとの戦いは博打だ。今まで沢山の特務隊員が戦い、時には命を散らせていった。かつては同等の強さであったが、今は法外の力により自身より遥か上の存在であるかもしれない。
『頼んだぞ、副班長。』
リーンハルトの言葉を反復する。
「必ず、戻る。」
「……!」
シュウゴに真っ直ぐ言うと彼は止めようとしていた手を下げて握った。
「……勝手にしてください。どっちにしろ、オレ達はこの場から逃げる機動力も追う速さもありませんから。」
「……すまないな。」
「ここら辺片付けたらオレ達も追います! ハーマンさん、オレ達がつく前に片付けても問題ないっすからね!」
「……ああ。」
ケイの言葉に彼は微笑むと、糸で周辺の蛇を切り刻むとあっさり振り切り行ってしまう。
ケイは【黒炎】で蛇をなぎ払う。
「シュウゴさん、報告したら、蛇どもを早く片付けてリーンハルトさん達よりも先に応援に行きましょう!」
「……分かってる。」
隊員が避難を終えた場所に容赦なく爆弾を投げつけると周囲の蛇もろとも爆発させる。どうやら余ったらしいニトロも誘爆させ、うまく巻き込んだようだ。
「ごめんな、シュウゴ。」
「本当ですよ。貴方がそっち側につくとは思いませんでした。」
「あはは、あとで好きなだけ怒ってくれ。」
「そうします。」
彼は通信機を繋ぎ、ため息混じりに言葉を紡いだ。
ハーマンはすぐにルークに追いついた。
正しくはルークがハーマンに追いつかれるようにゆっくりと走っていたのだろう。彼はすぐにその姿を認めると、にやりと笑う。
蛇をうまく使うと対岸に渡る。ハーマンも同様に糸で対岸へ跳ぶ。
「この荷物邪魔だな。」
「!」
不意に男を放り投げたため、ハーマンは急停止し、糸で男を引っ張り上げた。
ギリギリのところで間に合い、辛うじて岩壁の上まで引き上げることができた。しかし、一瞬のこと、視界からルークが外れたのだ。
「死ね!」
「ッ……!」
身体強化した彼の拳がハーマンを襲う。
男を乱雑にであるが、草叢の方に放り、ハーマンは頬をかすりながらも避けた。咥えていたタバコを目の前のルークに吐き捨てる。
だが、ちょっとした火傷など構わないらしい。
狂気を滲ませた目はハーマンを捉えたままだ。
ハーマンも一気に出力を上げる。
互いにクロスカウンターを入れたような状態になり、後方にふき飛ぶ。
すぐに起き上がり、口の中から血を吐き出す。
大概向こうものんびり起きているようだ。
不意にルークは微笑むとハーマンを見ながら挑発的な声音で尋ねた。
「……ハーマンは、聞かないんだな。」
「何をだ。」
「オレがこっちにいる理由。」
「聞いて教えてくれるのか。」
ハーマンの平坦な返答が気に食わなかったのか、彼は表情を歪めた。
「昔から、そういうところが気に食わなかった。お前らはそうやって、ずっとオレのことを嘲笑ってたんだろう。」
「何を言ってる。オレがお前を嘲笑うなんて……。」
「惚けるな!」
彼の瞳には間違いなく憎悪が映っており、明らかに様子のおかしいルークにハーマンは閉口する。
今まで強者と向かい合って、震えが生じることや冷や汗を掻くといった経験はなかったが、初めて自分が恐怖を感じていることは、ハーマンはしっかりと自覚していた。
「お前は昔からそうだ! 何でも人以上にこなして、不器用なオレとは違った! サクラだって、監査局長だって、お前のことばかりだ!
オレが見知らぬ土地でどれだけ惨めに死にかけたかなんて想像もつかないだろう! お前が行っていたら【糸】の力で助かった、だがオレはなす術なく崖から落ちて死にかけた!
特務隊の人間はオレを捜すことなく消えた。オレを助けて手を差し伸べてくれたのは七賢人の、あのお方だけだ。
お前はサクラを優先し、サクラはお前を選んだ。監査局長も特務隊も、時間を優先しオレのことを見捨てたんだ。憎まずにいられるか?」
そうだ、ルークだってサクラのことが好きだった。
幼い頃の自分が腐らずに生きてこれたのも彼のおかげだろう。
自分が行っていれば犠牲はなかったかもしれない。
一瞬の幸せのために選んだ選択が永遠の未来を奪ったのかもしれない、それは事実だ。
「……お前が心底オレのことを憎んでいるのは理解した。だが、それが『Dirty』にいる理由、人を殺していい理由にはならない。」
「相変わらずの堅物だ。」
「そうでもない。ここに来るために上司や同僚を振り回して来ちまったのさ。」
ハーマンはゆらりと立ち上がり、煙草に火をつける。今日はとてもではないが紫煙を吸い込まねばやっていられなそうだ。
「男なら行動で示す。お前がオレを殺すか、オレがお前を捕まえるか、だ。話すのはそれからでもいいだろう。」
「ならもう一生話すことはない。オレはあのお方のためになら身を賭してお前達を殺す。」
「……オレも同じだ。」
でなければ、馬鹿みたいに心配性だが、部下を信じずにはいられない年下の上司に顔向けができない。
心の内で小さく呟くとハーマンとルークは同時に地を蹴った。
【こぼれ話】
ハーマンがタバコを始めた理由は明確ではなく何となく吸い始めた、という感じです。
ただ、父親が喫煙者だったので無意識にその影を追ったのかもしれませんね。




