72.学生たちの嘆き
「やばいわ。」
「やばいっすね。」
特務隊のとある会議室、エルナとケイは真顔で頷き合った。
その姿を認めたのはヒロタダとルイホァ、先日負傷し安静を言い渡されていたリーンハルトだ。
セイとの交戦後、見取り図原本は全て無事、会談も無事終わり表面上はエリアの平和が保たれていると言うなんとも呑気なイベントになった。
しかし、リーンハルトはセイを取り逃してしまった際に負傷をしてしまったのだ。任務の結末はヴィリに報告した。彼は複雑そうな顔を浮かべながらも、死傷者が出ていないことを褒め、参加者たちを労った。
そしてリーンハルトが気絶する前に呟いた言葉、それについて、ヒロタダは言及しなかった。正しくはできなかった。
目覚めた後の彼は全く何事もなかったかのように過ごしているのだ。
「おー、お前らそんな深刻そうな顔をしてどうしたんだよ。」
「あっ、リーンハルトさん、いいとこに!」
ケイが嬉しそうに笑顔を見せる。
どうやら彼らの目の前に広げられているのは参考書らしい。そういえばそろそろ一般の高校や大学は考査があったかと、ヒロタダは懐かしく思う。
「何だぁ? 勉強してんのか、偉いな!」
「ヤバいんですよ、最近訓練とバスケ頑張りすぎてテストの範囲全然分かんないんです!」
特に数学! と彼は突っ伏してしまった。
エルナも同様にぐったりとしていた。
「エルナは?」
「あたしは一般教養の化学よ。受験にも使わなかったからもう何にも覚えてないわ。リーンハルト、分かる?」
「特務隊に関わる爆薬の化学式なら分かるぜ。」
「使わないわよバカなの?」
ちなみにリーンハルトは勉強は得意ではない。興味のあるものや現場で必要とされるものは覚えている。
呆れたようにする2人を見ながらリーンハルトはため息をついた。
「つーかオレが勉強できるように見えるのかよ。」
「「……。」」
「オイ。」
確かにシモンには怒られ続けていたが、とリーンハルトまで突っ伏してしまった。ヒロタダは2人の教科書を見つめながらうーんと首を捻る。
「僕も理系は苦手なんだよな。数学と化学ならシュウゴが得意だろ?」
「勿論頼んだわよ。でも……。」
『え、これ基本でしょ? これを覚えないとどうしようもないから覚えなよ。』
『ここにはこの公式が当てはまるんだよ。ほら、原理については教科書の34ページに書いてあるんだから。』
『絶対値があるから……え、絶対値って何かって?』
「最終的には『オレにできることはない。』って優しく放り投げ出されました。」
かつてシュウゴはあまり教えるのが得意でないと言っていた。分からない理由が分からない、と言っていたそうだ。
オリヴィアもかつては同じようなことを言っていたとリーンハルトは過去を振り返る。
ヒロタダが苦笑を浮かべているとルイホァが不意に教科書を覗き込んだ。
「ケイがやってるのは微積でしょ? 」
「んぁ、そうだけど。」
「絶対値で引っかかってるんだね。この2つの式の違いは分かる?」
「いや分からん。」
「これはグラフにするとこうで、範囲が違うから……。」
ふむふむと言いながらケイは素直に聞いている。
分からないところはその都度、ルイホァに尋ねるが彼女は根気強く教えている。
「できたー! ルイホァ凄いな!」
「ふふん!」
「え、じゃあこっちこっち!」
エルナに呼ばれてルイホァは同じように教えていく。
「凄いっすね、ルイホァ。」
「エリートコース卒業には高等部までの基礎学力が必要だからな。オレは結構ギリギリだったが、ルイホァはかなり優秀な方だったぞ。」
「うん、実は実技より点数良かったくらいだし。」
彼女は照れ臭そうに頭を掻きながら言う。
ルイホァに教わった内容にエルナは感心して自身のノートを読み返していた。ケイもマジマジと彼女の字をじっと見つめてきたが、不意にルイホァに呟く。
「何かルイホァの教え方って、すげー上手な先生みたいだった!」
「……先生?」
ルイホァが鸚鵡返しをするとうんうんと2人は頷いている。
「なぁなぁ、こっちも教えてくれよ。」
「ちょっと、あたしの方が差し迫ってるんだからあたしが先よ! ルイホァ、こっちの覚え方教えて!」
「ちょ、順番にやればいいじゃん!」
互いを押しのけ合い、まるで姉弟喧嘩のようなじゃれあいをするエルナとケイをリーンハルトとヒロタダは微笑みながら見つめていた。
12月に入って間もなく。
エルナは無事単位を修得できそうらしく、ルイホァに何度も礼を言っていた。
ケイもテスト明けから部活が始まり、訓練場には顔をすぐに出せなかったが、平均点取れたと同級生にとってもらったらしい写真が送られてきた。
ケイが1日練の日、夕食を3人で食べに行こうという話になり、2人はケイの高校へ出向いた。久しぶりに来た高校は、休日にも関わらず相変わらず賑やかだった。
ルイホァはその様子をじっと見ながら、以前ケイを待っていた所と同じ場所にエルナとともにいた。
「……エルナはさぁ。」
「何よ唐突に。」
「高校って楽しかった?」
思わぬ質問に目を丸くした。
「楽しかったわよ。今でもその頃の友だちとは仲良いし。専門学校も楽しいけどライバルも多いからピリピリはしてるかしら。その点大学は楽しそうよね。」
あたしも大学に行ってみたかった、とぼやく。
「シュウゴ、大学の友だちといるの楽しそうだったしね。あたし達のこと手のかかる弟妹くらいにしか思ってなさそう!」
「実際歳下じゃん……。」
「それはそうだけど〜、何かこう、あたし達仲間じゃない? シュウゴに限った話じゃないけど、自分達より仲良いって狡いなって思っちゃうのよ!」
確かに文化祭に行った時、シュウゴは自分達といるときとはまた違った柔らかい雰囲気を纏っていた。
ケイもやはり高校にいるときはまた違う雰囲気なのだろうか、勉強や部活、はたまた恋愛もしているのか。
「……確かに、ケイで考えるともやってする。」
「……。」
エルナはルイホァの呟きに目を丸くする。
自分は限らないけど、と言ったはずだけどもと一気に詰め寄りたい気持ちをグッと抑えて核心をつこうとしたときだった。
「すんません、お待たせしました!」
「あああ、もうっ、来るのが早い!」
「何で怒るんすか!」
急いで来てくれたケイには申し訳ないが、エルナからすれば最悪のタイミングだった。理不尽に怒られたケイはムスッとしていた。
「ケイはさ、」
「ん?」
「高校楽しい?」
不思議そうに首を傾げるケイにルイホァは単刀直入に尋ねた。
ケイは人の機微に対して決して鈍くない上、ある種の情趣については大人達より余程理解がある。エルナはあわわ、と口を塞いだ。
「楽しいぜー。勉強はそんな好きじゃねーけど、バスケのためって思えば頑張れるし。友だちは……1人腹立つ奴いるけどまぁみんないい奴だしな!」
「……そっか。」
「特務隊にいる時もオレは楽しいけどな。」
肩を落としかけたことに気づいたか気づいていないかは分からなかったが、ケイは嘘偽りない笑顔であっさりと言った。
「しんどいこともあるけど、それは普通に過ごしててもこの能力がある限り付き纏うと思うんだよな。でも、こうやってみんなと過ごす時間も貰って支え合うこともできて、オレってすげー恵まれてんじゃねーかなって思うんだよ。」
そんな話をしているとケイの腹の虫が鳴いた。
エルナが我慢できず吹き出してしまう。
彼は顔を赤くして、わざとらしく咳払いをすると続けた。
「ま、とにかくだ。どっちも楽しい! 以上! 早くご飯いきましょう!」
「プッ、アンタごまかし方雑すぎでしょ。」
「うっさいっすよ!」
自分より30cm近く大きい男をエルナはあっさりとあしらいながら歩を進める。
まだこの2人に余計なことを突くのは早いかと思いながら彼女は先んじて行ってしまう。
「ほら、ルイホァ早く行こ!
「おう、行くぞ!」
「…….うん!」
2人に手を引かれながらルイホァも歩き始める。
さて、彼女の中に芽生え始めた夢が蕾をつけるのはもう少し先の話である。




