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6.青年は参加を拒否する

 チームを組んで早3週間、4月もそろそろ終わりかという頃に1人の少女が隊長に物申していた。


「リーンハルト、いい加減にしてよ!」

「って言われてもなぁ。」


 わざわざデスクに現れてまでの直談判らしい。ルイホァが優勢らしく彼も困った顔をしていた。ヒロタダはリーンハルトの近くのデスクに書類を持ってきていた職員に聞いてみる。


「どうしたんですか?」

「ああ、何かルイホァちゃんが、ケイ? って男を出せ、って。」


 ケイ、その男は確か同じチームのメンバーであるが今までに1回も見たことがない。


「いや、でも事務局が打診に行ってるらしいからオレらが勝手に動くのもなぁ。うーん。」

「いいよ! なら私1人で行く!」

「え、」


 彼は目を丸くして、踵を返した彼女の肩をがっちり掴む。


「分かった! ならオレも行く!」

「ほんと?!」


 分かりやすく彼女は表情を明るくした。押し切られていいのか、と思いつつ巻き込まれないようにヒロタダは業務へ戻ろうとした。

 しかし、それは叶わず。がっちりと腰をルイホァに、肩をリーンハルトに掴まれた。いつの間にこちらに来たんだこの2人。


「ヒロタダも」

「一緒に行くからな。」

「……はい。」


 この2人の圧は逃げられないから厄介だ。同様にこの2人から圧を受けるであろうまだ見ぬケイに同情しつつ、了承した。




 翌日、珍しく3人ともスーツで集まった。ヒロタダの車で行くため、2人が正面ホールで待っていたところ、1人の男性が話しかけてきた。

 ルイホァが小さく、誰? と尋ねるとリーンハルトもまた小さく事務局の、と答えた。


「事務局を差し置いて勧誘活動か。厄介な相手を選ぶだけ選んでいいご身分だな。」

「どうも、お手間おかけしまして。だから自分の尻は自分で拭いますよ。」


 嫌味を涼しい顔で流すリーンハルトのリアクションが気に食わなかったのか男は不快そうに顔をしかめるだけだ。

 しかしながら、隣にいたルイホァには十分な挑発になったらしく彼女は顔をしかめた。


「……結果を出せてないのに、よく言うよ。」

「あ?」

「あー、すみません車来たので! 失礼します!」


 リーンハルトはルイホァを抱えると一礼してヒロタダの車へと足早に逃げた。

 車に放られたルイホァは頬を膨らませながら憤慨していた。


「何で言い返さないのさ!」

「え、どうしたの?」


 突如車に乗ってきたと思いきや不機嫌な彼女に運転席のヒロタダは目を丸くした。


「ルイホァが事務局の嫌味に噛みついたんだよ。」


 ヒロタダはリーンハルトの言葉に納得したように苦笑いしながら、なるほど、と呟く。

 呆れた様子の彼はルイホァを諌めつつヒロタダに発進を促した。


「お前もお前だよ。言い返すなら結果を出してからだ。オレたちも事務局の人の仕事奪って行くんだから、嫌味くらい言いたくもなるだろ。」

「そんなもん……?」

「そんなもんだよ。」


 アクセルを踏んだヒロタダも同意すると、しぶしぶ、といった様子で彼女は黙り込んだ。




 到着した高校はかなり広い。

 敷地横に寮を構えており、学業運動共に優秀な成績を残している。コースも分かれていることもさながら新人類・旧人類に対する差別意識もほとんどない学校だそうだ。


「……凄い。」

「逸れんなよ。」


 ヒロタダが警備員に話をしている間、ルイホァは目を輝かせながらキョロキョロと辺りを見回していた。リーンハルトは一抹の不安を抱えながらも職員室へと向かう。

 その不安は残念ながら的中してしまうのだが。 


 案の定、物珍しい光景に夢中になっていた彼女は途中でふと気づいた。


「あれ?」


 ルイホァはいつのまにか1人になっていた。

 先程リーンハルトの逸れんなよ、という言葉は彼女の耳に届いてなかったのだ。


 彼女は、普通の学校、というものを知らない。

 生徒の声がこだまするグランドも、校舎から聞こえる正体不明の楽器の音も、規律に則って流れるチャイムの音も、全てが新鮮だった。


「……逸れちゃったな。どうしよう。」


 怒られる、という言葉は飲み込む。どうせ怒られるならもう探検でもしてしまおうか、それにしてはスーツが邪魔だな、と呑気に考える。

 そんなルイホァは自分に近づく背後の学生を全く気に留めていなかった。


「どうした?」

「ん?」


 声に反応して振り向くと、紫かかった黒髪にショートレイヤーを入れた、ぱっちりしたツリ目に爽やかな風貌をした長身の青年が首からタオルを垂らして尋ねてきた。


「ウチの学生、ってわけではなさそうだな。偵察、って感じでもないか。誰かの妹さん?」

「いや、違くて……その、見学です! バスケの!」

「バスケの見学?」


 ちょうど体育館で目に入ったスポーツの名を告げる。青年は少しばかり考え込むような様子を見せると、よし、と頷く。


「なら、オレバスケ部だから見てけよ。今日は自主練の日だからあんまりがっちり練習はしてないけどさー。何なら来週試合だから後で関係者席のチケットやるよ。」

「え、あ、あの。」


 ん? と青年は不思議そうな顔をする。ルイホァが飲み込んだ、いいんですか、という言葉が伝わったのだろう、彼はニカッと笑った。


「いいのいいの、オレそんなに学外にチケット渡したい人いないし。あ、もしかして誰か彼氏でもいた?!」

「そんなじゃないんだけど……。」

「そか、ならよかった。」


 彼はルイホァの手を強引に引っ張りながら、振り向いて驚くべき事実を告げたのだ。


「名前言ってなかったな。オレ、ケイ・ロペス。よろしく!」

「……ぇ。」


 なぜターゲットがここにいるのか。

 その疑問を告げることはできないままルイホァは流されるがままに体育館へ向かうことになった。





「「申し訳ありません!!」」

「「……。」」


 職員室では教師とヒロタダが互いに深くこうべを垂れていた。その横でリーンハルトと男子生徒が頭を抱えて無言を貫いていた。

 意外なことに男子生徒が謝罪の言葉と共に沈黙を破った。


「オレ……私はリョウヘイ・コバです。ケイが所属するバスケ部のキャプテンをしています。今日こそはしっかり断るよう伝えていたのですが、脱走しまして……。」

「いや、こちらこそ部下を見失ってしまうなど、隊長としてお恥ずかしい限りです。」


 リーンハルトもさすがにため息が出てしまった。


「しかし、いつもと違う方がいらっしゃるとは伺っていましたが、わざわざ隊長さんがいらっしゃるとは。」

「いえ、私こそ来るのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。断る理由を早期に聞くべきでした。」


 リーンハルトの言葉に顧問も安堵したのか、少しだけ肩の力を抜く。


「ただ、本人がいないところで私が言うのもあれなんですけれど、どうかケイのことは諦めていただきたいんです。」

「なぜ?」


 ヒロタダの問いに、リョウヘイと顧問は視線を交える。


「彼は2年生になったばかりですが、我がチームの名実ともにエースです。それに、彼はエリートコースの除外要綱を満たし、留学のチケットまで手に入れてこの道を選んでいるんです。旧人類、新人類の架け橋にもなる彼を特務隊の道に進めたくない。」


 リョウヘイの明確な拒否。しかし、リーンハルトは一切臆さず言葉を口にした。


「……お言葉ですが、私はケイに会って、ケイから申請書を受け取るまでは、判断しかねます。それに、彼にこの道を歩んで行かせたいなら尚更チームに所属すべきです。」

「なんで!」


 リョウヘイが取り乱したように、立ち上がる。そこで口を開いたのはヒロタダだった。


「……“ エマージェンシー制度 ”は耳にしたことがありますか?」


 今後可決される法案です、と付け加えると2人は首を傾げた。しかし、内容を聞いた途端、2人の顔色はみるみる青くなった。




「すごい!」

「だろだろ!」

「あの子誰?」

「さー、ケイが何か連れてきた。」


 汗びっしょりになったケイとルイホァはハイタッチをしている。他のチームメンバーやマネージャーも突然の来訪者に最初は偵察かと警戒したようだが、ケイとの会話を聞いてその疑いは無くなったようだ。


「ケイ、休憩入れろよ。」

「分かった。」


 友人らしい青年に声をかけられ、彼はルイホァの方に走ってきた。準備されたパイプ椅子に座らされている彼女は目をキラキラさせてバスケに釘付けになっていた。

 その表情を横目で見て、彼は嬉しそうに口元を緩める。


「やっぱサボって正解だったなー。」

「何サボったの? 補修?」

「違う違う、何かお偉いさんの面談。本当うぜーの、アイツら。」

「うぜー……?」


 自身の仲間を貶されたように感じたルイホァは僅かに眉をひそめたが、ボトルに夢中な彼は気づいていないようだ。


「そうそう。だってこっちから正式なお断りの書類とか渡そうとしてるし、直接無理ですって言ってるのに受け取らないわ、話聞かないわでさぁ。

 活動について聞いても誤魔化されるし、子供だと思って舐めてんだろ、って感じ!」


 あ、それ分かる。

 ルイホァも心当たりのある内容だった。しかし、彼女は知っている。そればかりではないことを。


「でも、きっといい人もいるよ。私もそういう人ばかりだと、子どもはこうすればいい、っていう人ばかりだと思ってたけど。リーンハルトは違かったんだよ。ちゃんと私と向き合ってくれたんだ。」

「……お前ーーー。」


 ケイが口を開こうとした時だった。



「あ、お前こんなところにいたのか! 心配かけんなバカ!」

「いたっ!」


 突然背後の開け放していた扉からリーンハルトが現れ、ルイホァの脳天に拳骨を入れた。呻きながら頭を抱える彼女にケイは驚いた顔で見ていた。


「申し訳ない、練習邪魔して。」

「いや、オレが連れてきたし……、ってピンク頭のアンタ、もしかして特務隊の……? ってことは、お前もか!」


 ケイはやっと状況が把握できたらしく、明らかに動揺していた。リーンハルトが自己紹介をしようとした時、さらに後方から彼の脳天に拳骨が落ちた。


「リーンも廊下を猛ダッシュするな! 先生方が驚いてたぞ。」

「す、すまん……。」

「え、カカア天下?」


 ケイは全く関係のない言葉を口にしながら首を傾げていた。


「あ、改めまして、チームにお誘いしているリーンハルト・ワイアットだ。こっちのメガネがヒロタダ・マツモト、そっちの女の子がソン・ルイホァだ。みんな同じチームでやってる。直接の挨拶が遅くなって申し訳なかった。」

「あ、あぁ、ケイ・ロペスです。」


 流れだろうが、彼は素直に名刺を受け取った。


「今まで、無理な勧誘続けてすまなかった。改めて、勧誘の話したいんだが、今週末試合なんだってな。試合の翌日のオフの日とか時間貰えないか?」

「……え、あ、それでいいんすか?」

「ああ、別にお前の邪魔したいわけじゃねーし。もし話を聞いた上でも納得できなかったらちゃんとした申請書さえあれば断ってくれていい。」


 はぁ、と気の抜けた返事をしている。

 余程今まで高圧的な呼びかけだったのか、とヒロタダは内心で辟易とする。


「じゃあ今日は帰るか。今度は逸れるなよ!」

「うーん……。」

「あ、ちょっと待って!」


 はっと思い出したように彼は慌てて体育館から出て行く。数分もすると彼は数枚のチケットを手にして戻ってきたのだ。


「オレ、別に渡す相手いないっすから。リーンハルトさんの言葉も、ルイホァが褒めてくれたのも嬉しかったんで、その、オレの事ちゃんと知ってほしいっつーか……。」

「いいの?」


 ルイホァが尋ねると彼はこくこくと必死に頷く。礼を言って受け取ると、彼はほっと安堵したような表情になった。


 それから3人は顧問に改めて挨拶をし、帰路に着いた。


「ルイホァは良かったの?」

「え、何が?」

「あれだけしつこくチームに参加させろー、って言ってたじゃない。」


 後部座席で、上の人間と連絡を取るリーンハルトを放置し、前の座席でボソボソと会話をする。ルイホァは貰ったチケットを見つめながらうーん、と呟く。


「何か、練習見てたら、言えなくなっちゃって。せっかく、と……あれ?」


 彼女の中で何か靄が掛かったらしく、彼女は難しい顔で黙り込む。何となく、その正体に気づいていたヒロタダはそっか、とだけ呟いてアクセルを踏む。


 しかし、この時は誰も予想していなかった。

 ついにあの組織が動き出す、ということを。

【キャラクター紹介】

ソン・ルイホァ

155cm 15歳 A型

好きなもの:食べること、運動

嫌いなもの:ひらひらした可愛いもの

黄土色の髪をボブヘアにしており、奥二重童顔。可愛い系のアジア人。殆どジャージで過ごしている2人目。細身であるが筋肉質。

自由奔放で無邪気であり、何事にも好奇心旺盛である。幼い頃から訓練を受けていた影響で現場では落ち着いている方であり、時に年齢にそぐわぬ非情さを見せることもある。


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