65.新人大会 -才能と強さ-
「ふん、あのガキ死んだか?」
砂漠に近い箇所にワープしてきたユーチェンは遠目で渓谷の方を見つめる。ちょうどそのタイミングで明らかな氷の造形が生まれた瞬間を見て、恐らく元ベルリンの副支部長が助けに来たことが窺えた。
相変わらず元ウルツ班の奴らは面倒だ。
しかし、ここで迎撃すれば余程のことがない限り負けない。
周りには砂鉄の山、彼にとってほぼ無敵に近くなれる最高の環境だ。
さて、部下どもが目的のものを回収するまで自分はここで待機させてもらおう。ユーチェンは呑気に構えていた。
突如背後に冷たい殺気が走る。
本能が砂鉄での防御は無駄であると悟った。
ユーチェンが咄嗟にしゃがむと、パウルが頸目掛けて放った針は彼の髪を掠った。
すぐさま2撃目、やや遠方から豪速の風が吹き荒れる。
気づけばパウルも既におらず、ユーチェンは砂鉄での球体状に周りに防御壁を生み出した。
「続けろルイホァ!」
「うん!」
「!」
足元から針が放たれる。
球体から飛び出たユーチェンの身を暴風と鎌鼬が切り裂いていくが、それは彼の身の回りを薄く覆った砂鉄の皮膚を剥がすに留まった。
パウルは地面から針を生み出し、次々と放ってくる。それを避けているとルイホァが必ず背後から風で確実にとどめを刺そうと試みる。
「鬱陶しい! 【砂鉄手】!」
「「!」」
ルイホァは上空へ逃げるが、生き物のように正確に己を追ってくる砂鉄から逃れるのが精一杯だった。
加えて次々と手の数が増えていき、明らかにこちら側が不利である。
一方でパウルは避けながらも着実にユーチェンに近づく。
(この男、執拗に近づいてくる! どうやら針使いみたいだけど汎用性に乏しいようだな?)
「……。」
パウルは横目でルイホァの動きを確認した。
ギリギリのところであったが確実に回避できている。紋付に対しても冷静に対処できているあたり、さすがと言うべきだと思いながら自分は接近することに集中する。
指先1つが届けば十分なのだ。
「【砂鉄手】!」
普段なら使える回避方法は、この能力に対してこの場に対して相応しくない。
彼は己が身を守る際には身に針を纏い、身を高速で回転させて弾く。これについては、無限に回転できるわけでなく、必ず止まる瞬間がある。
しかし、パウルはあえてその技を使う。
「【針回旋】!」
「人間の身体強化なんてたかが知れて……。」
ユーチェンは、依然止まる様子のないパウルの動きを見て顔を顰める。
回転がひどく速く、ユーチェンの砂鉄の手を容易に吹き飛ばしてしまったのだ。一度、砂鉄を回収する。
「何だよもう終わりか?」
「お前、何でそんな回転速度を保てるんだ?!」
「……オレは天才じゃねえがな、身体強化と能力コントロールは結構優秀な方なんだぜ? 吹き荒せ、ルイホァ!」
「【暴風】!」
ハッと砂鉄の手から逃げていたルイホァが唐突に【暴風】を巻き起こす。砂が巻き起こり、砂鉄の手がユーチェンの身の回りを囲み守りに入ろうとした。
それを見たパウルは待ってたぜと言わんばかりにニヤリと笑った。
「【針地獄】!」
「?!」
砂鉄から無数の針が生み出される。油断していたらしいユーチェンの体を針が貫く。
彼は咄嗟に回避動作をとっており恐らく急所は刺すことができていないことは目に見えていた。パウルがトドメを刺そうとした時、ユーチェンは口を愉しげに歪めた。
「終わり……じゃねぇな?!」
咄嗟にパウルはジャンプして避けた。
足元には巨大なサソリのような化物が潜んでいた。横目でユーチェンを見やると彼は悪い笑みを浮かべながら確実に逃げの姿勢になっていた。
「パウル!」
「オレのことは構うな! いけ、ルイホァ!」
パウルの言葉にルイホァは頷くと風を吹かせて、高速でユーチェンの追跡に移った。【針】を大きく生み出すと、サソリの体節に刺した。化物は尾を振り回してパウルに針を刺して殺そうとしてくるが、パウルは針を棍棒のように操りながらそれを弾き、もう1本節に刺す。
「キメラなんざあの頃に腐るほど戦ってきたんだよ。たかだか単種のキメラなんぞ瞬殺してやるぜ。」
確実に節々の急所と思われる場所に巨大針を刺していく。
パウルは決して戦闘について天才ではなかった。能力も強力ではなく、リーンハルトやオリヴィアほど身体強化が得意というわけではない。
だからこそ、這い上がった。
だからこそ、手段も選ばない。
だからこそ、知識を養った。
「【針千本】。」
砂はパウルにとっても武器だった。
辺りから千本の針が生み出され、パウルはそれを的確にサソリの急所に刺していく。
まだだ、足りない。
パウルは懐に忍ばせていた銃を構えた。
「借りるぜ、生意気坊主。」
パウルは銃をサソリの目に向けて撃ち抜いた。神経を刺され、動くことが叶わなくなっていたキメラに当てるなど容易なことだ。
確実に着弾した箇所から一気に黒い炎が広がり、みるみるキメラを燃やし尽くしていった。
「【鎌鼬】!」
「【砂鉄手】!」
ルイホァの風は逃げるユーチェンを追いかける。
手負いかつパウルの気に圧されている状態であれば、紋付相手にでもかなり有利に進めることができる。しかし、遠距離同士の戦いだと完全な決着に至らない。どこかで接近して確実にやらねばなるまい。
それにどんどん都市部から離れている。
天候からして、このままではまずい。
恐らくアレがくる。
「【砂鉄弾】!」
「暴……、」
正面から飛んできた弾を風で弾いた。
しかし、その言霊自体が囮とは思わなかった。背後から突如気配を感じ、身を翻したが、肩を何か鋭いものが貫いた。
ルイホァは風でその針を切り、すぐさま抜いた。
「あの男が来てないなら余裕だね!」
「……ッ、」
「しかも天候も、全てが僕の味方だ!」
砂漠のひとイベントーー、砂嵐だ。
轟々と音を立てて接近していたものが急速に速度を上げ、ルイホァ達を包む。
つまりは空気中に砂鉄が舞い上がっているということだ。
ルイホァのことを絶望が纏う。
『今はアンタの妹でなくてオレの部下です。足を引っ張っているかはオレが決めます。それにオレの部下をあまり舐めてかからないでいただきたい。
ルイホァもこの若い2人も、今回出るそっちの2人も、アンタが思っている以上のものですよ。』
ーー私はあの人の期待に応えなければならない。
かつて父親に押し付けられた期待は恐怖だった。
兄から向けられた感情は劣等だった。
なら、リーンハルトたちが真っ直ぐに私に向けてくれた感情はなんだったのか。
誇りだ。
「終わりだ! 【砂鉄嵐】!」
鋭い刃となった砂鉄が砂嵐に任せてルイホァに襲いかかる。
嵐の中、自由に使えない身体に刃が突き刺さる。しかし、ルイホァは集中した。チャイナの砂漠に吹く嵐は、時に雨雲を抱いてやって来る。今回はそのパターンだ。
天候は、父と同様にルイホァにとっても味方だ。
「【風巻】!」
「なんだ?!」
突如、砂鉄は勢いを失う。
轟々と吹いていた砂嵐は徐々に湿り気を帯びたものになっていく。ルイホァには天候まで操る力はない。でも、天候の力を借りることは可能だ。
仲間に力を借りるように。
一体自分は何を恥じていたんだ。
父親のように、兄のように。
そればかりではない。
リーンハルトやケイみたいな天才もいれば頭脳派のシュウゴ、能力が特殊なヒロタダやエルナもいる。身体強化が得意なオリヴィア、能力の使い方をよく理解しているハーマン。
みんなそれぞれだ。
「【暴風】!」
ルイホァは砂鉄の猛攻から抜けると身に風を纏い、ユーチェンに突撃する。
動揺しているユーチェンは砂鉄を操ろうとするが水分を含んだ重い砂が邪魔をしているらしくどうも動きが鈍い。
「あああぁぁぁ! やめろぉお!!」
ルイホァの風の衝撃でユーチェンの身体は容易く吹き飛ぶ。
吹き飛んだ相手を確実に仕留めるため、ルイホァはユーチェンを追う。全身を打ち身しているにも関わらずあの男は逃げようとする。
恥知らずではないか。
「終わりだ!」
「!」
顔面をぐしゃぐしゃにして這いつくばる彼の首に一撃を加えるとあっさり弛緩した。
ルイホァは一息つくと、そこではじめて己の鼻から血が出ていることに気付いた。天候を利用するまでの大技を訓練してたといえど初めて行ったため、とてつもない疲労を覚える。
「ルイホァ!」
気づかぬうちにふらついていたのか、パウルに腕を掴まれて支えられた。視界の端で彼を捉えると、天気雨と汗で彼はぐちゃぐちゃだった。
「……私、リーンハルトに自慢の部下、って言ってもらえるかな。」
「たり前だろ。余計な心配すんな。」
即答したパウルの言葉にふと表情を緩めると、チャイナにきてはじめて脱力することができた気がした。
【こぼれ話】
ユーチェンについては、下から3番目の実力ですが紋付きになりたてほやほやのため、己の能力を客観視することはまだ未熟なのです。
彼は5月の動画を見て、『Dirty』を志願。最後の紋付の1枠に滑り込んだようです。




