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5.彼女の誇りと仕事

 オリヴィアは医師である。

 ジパングでも数少ない新人類の治療を得意としている。

 彼女が所属するのはそれなりに大きな病院で、人もいるはずであるが、自分に振られる仕事が多いように感じていた。


「……。」

「おーい、大丈夫ー?」


 そんな彼女はトレーニング室に来たはいいが、ソファでぐったりと眠っていた。

 先程まで猛者をなぎ倒すことに夢中になっていたルイホァもさすがに心配になったようで彼女の肩を揺する。

 他に同僚と来ていたハーマン、講師に師事を仰いでいたヒロタダとエルナもそんなトレーニング室に似つかわしくない様子が気にかかったらしく近寄ってきた。唯一歳上のハーマンは苦笑しつつ呟いた。


「医者の不養生とはこのことだな。」

「にしても、クマがヤバイわよ。」


 エルナが頬を突くが彼女は呻くのみ。

 そこへジャージに着替えたリーンハルトもやってきた。何かを囲う面子を不思議に思ったのか覗き込みながら尋ねた。


「みんな揃ってんじゃん。何してんだ?」

「オリヴィアが寝てるから見守ってたんだよ。」


 ああ、とリーンハルトは苦笑した。

 そして、少し考え込むようにブツブツと何かを呟く。


「リーンは何でオリヴィアさんを誘ったんだ? 他にも回復系の人ならいたよな?」

「ん? オリヴィアは、オレが知る中で最高に実戦に強い医者だからだよ。」

「元からの知り合いなのか?」


 ハーマンが尋ねると、リーンハルトは頷いた。


「昔、っても数年前だけど紛争地への派遣の時に現場が一緒になってさ。頭の回転も速いし、能力の使い方がそこら辺の奴より段違いに上手い。特務隊の同僚並みに信頼してる部分もあったよ。……いかんせん酒癖は悪いけど。」


 最後の言葉は聞きたくなかった。

 おそらく、ルイホァ以外は少なからず思ったところである。


『特務隊No.117、班長に面会者です。会議室ーー。』


「……リーンハルト、呼び出されてるじゃない。」

「ほんとだ。」

「会議忘れたのか?」

「意外とそういうミスはないですよ。」

「意外と、ってなんだよヒロタダ。」


 ハーマンの言葉へのフォローが裏目に出たらしい、リーンハルトは不満そうに更衣室に向かう。


「アポなしの呼び出しか。何か面倒な空気がするからヒロタダも来い。」

「えぇ?」


 正直なところ、ヒロタダがリーンハルトより優れたところといえば法律くらいであろう。リーンハルトが手に負えないものをヒロタダがどうにかできるとは思えなかったが、渋々彼についていった。


「ジャージで行くのか?」

「お偉いさんだったらあんな放送で呼ぶもんかよ。」


 首を横に振る彼の言うことはごもっともだ。



 素直についていくと、そこには自分たちとそう差のない年代の男性が緊張した面持ちで座っていた。

 2人の存在に気がつくと、怒るやら緊張するやら、慌てて立ち上がって近寄ってきた。


「あなたがオリヴィアさんのとこの隊長さんですね! あ、自分はオリヴィアさんと同じ職場のシロウ・ホンバです!」

「……リーンハルト・ワイアットだ。」

「ヒロタダ・マツモトです。」


 よろしくお願いします! と律儀に挨拶をしてくる彼に2人は戸惑いながらも、シロウとともに席に着く。


「早速で申し訳ないのですが、オリヴィアさんをチームメンバーから除外いただきたいのです。」

「ちょっと待ってください。特務隊に所属していることは知れていることは百歩譲っていいとして、なぜリーンハルトの名をご存知なんですか?」


 うっ、と彼は気まずそうに目をそらす。リーンハルトも、ヒロタダも黙って彼を見つめていると彼は観念したかのように首を垂らす。


「実は先日の出動でしょうか、リーンハルトさんからご連絡をいただいた時にたまたま宛名を見てしまいまして。一緒に急患対応を行なっていたんです。」

「はぁー、なるほどな。」


 どうやらオリヴィアも迂闊だったのだろう。リーンハルトは少しだけ困ったような顔をする。さすがにチームメンバーの名がこのような形で流出したことは、彼にとって好ましくないことなのだろう。


「では質問を変えさせていただきます。

 なぜ貴方はオリヴィアさんらを我がチームから除外するように要望されるのでしょうか。」


 ヒロタダの質問に困惑した様子の彼は吃りながらも答えた。


「なぜって……、チームリーダーならわかっていますよね? 彼女、かなり無理をしているんです。幸い職場ではミスはありませんが、顔色も悪いですし……、彼女が身体を壊す前に特務隊から除名すべきです。」


 ヒロタダとリーンハルトは目配せをする。

 言いたいことは2人とも決まっているようだ。


「……お言葉ですが、私は彼女とは旧知の仲で職場内環境についても聴取しております。話を聞く限りでは、人員も十分な割には彼女にかかる負担も大きいようです。まずは職場の環境、教育体制について見直すべきかと思いますよ。」


 こんなつまらない要望を言いに来る時間があったらな、と言外に含めて、リーンハルトは鋭い言葉を投げつける。

 さらに追い討ちをかけるのはヒロタダの役目だ。


「あと申し訳ありませんが、シロウさんは彼女と婚姻関係にあたりますか?」

「ごっ?!」


 みるみる分かりやすく顔を赤くする。


「……違うと解釈させていただきます。

 本来、他人の貴方が申し立てを行なうには、正式な委任申し込みが必要です。未成年の場合は口頭での委任が可能ですが、彼女は該当しません。」


 ヒロタダがこれまで学んできた制度について淡々と述べていく。彼の顔色がすっと変わったあたり、彼はやはり医師というだけあって聡明であるようだ。


「そして、貴方が正式に異議申し立てをする場合、彼女にも再聴取を行なう必要が生じます。内容によっては一時的に職務停止をさせていただくこともあります。」

「……それはっ、」

「それは困るわ。」


 凛とした声で入ってきたのは、話題の中心となっているオリヴィア自身だった。

 いつのまにか私服に着替えており、メイクもばっちり決めている。


「リーンハルト、私は一度も貴方の隊から除名してほしいなんて言ったことないわ。だから今回の申し立てについては聞かなかったことにしてほしい。それにね、リーンハルト、今この問題を表面化するのは貴方にとってもデメリットが大きいわ。」


 ね、とオリヴィアは強かに念押しする。

 新任の上、学生が多く、かなり特異的なメンバー編成を行なっているのだ。オリヴィアが言うことは的を射ている。


「そうだな、そうしとこうか。」

「時間をとらせて申し訳ありませんでした。」

「ヒロタダ、玄関まで2人送っておいてくれ。オレはちょっと席を外す。」

「はい。」


 リーンハルトが先に部屋を出て行く。



 ヒロタダは2人を率いて、玄関フロアまで向かう。

 そんな最中オリヴィアはわざとらしく声を上げた。


「あー、怖かった。リーンハルトも丸くなったわね。」

「え、怖がってたんですか?」

「ええ。昔のリーンハルトだったらひと睨みどころじゃ済まないわよ。元々優しい人ではあったけども。」


 彼女は仕方なさそうに笑っていた。しかし、その横ではシロウが青い顔をしていた。


「お、オリヴィアさん……。すみません、僕は。」

「いいのよ、私を思ってやってくれたことなんでしょう? まぁ、私としてもこの貴重な時間は研究や勉学に費やして欲しかったけど。」


 まさに傷に塩を塗り込んでいるようだった。自覚しているのしていないのか、ヒロタダは少し気の毒に思った。


「……僕が言うのは変ですけど、オリヴィアさんが無理しているのはごもっともかと思います。少なくとも、同僚からそう思われるってことはやはり負担が大きいのだと思いますよ。」

「そうね、それはヒロタダくんの言う通りだわ。うーん、やっぱり特務措置申請すべきかしら。」

「えっ、してないんですか?!」


 特務措置申請とは、業務時間内でも要請があれば、勤務状況を調節できるという内容である。


「でも、急外入れなくなるしねぇ。もう少し考えてみるわ。じゃあ私もうそろそろ……。」


 彼女が出ようとした時だった。

 腕輪からけたたましい音が鳴り響く。

 緊急度【低】ではあるが大量のけが人、重傷者が出たらしい。


「特務隊派遣……うちと他部隊2つ、行けますか?」

「もちろん行くわ。シロウくん、貴方は私の代わりに出てくれるかしら? 埋め合わせはまた今度するわ。」

「え? あ、はい。」


 シロウの肩を叩くと、足早に連絡ホールへと向かう。



 連絡ホールからはエリアジパングの至る所へ一瞬で移動できる設備がある。

 どうやら郊外のキャンプ地にあるBBQ施設で火の後始末ができておらず、火事になったらしい。不幸にも近くにあったガスボンベに引火し、あわや山火事になりかけている、ということだ。

 郊外へ向かうと、すでに山火事に成りかけており、救助された人や火傷を負った人がいた。


「リーンハルト班、制限解除。ヒロタダは避難誘導状況把握、ルイホァハーマンは地元消防隊の救助活動援護、オリヴィアは救命補助、エルナは通信補助についてくれ。オレは消火に入る!」


 リーンハルトは、手早く消防車の横に駆け寄ると、手を広げ、上空へ向ける。すると、雲が渦巻き、次第にポツリポツリと雨が降り始める。


「相変わらず凄いな……。」

「ヒロタダ何してんのよ! 早く避難誘導!」


 エルナの言う通り、彼女は全く現場に出たことがないにも関わらず、アイパッチをしっかりと付け現場の人たちに駆け寄る。


「リーンハルト班到着しました! 現状判明している情報、救助活動に関わるものについて報告をお願いします!」

「はい、現在死者はおりませんが、重傷者15名、軽症者24名、行方不明者4名、学生グループみたいです。」


 詳細を聞くと彼女は頷き、壁に向けて目を閉じる。エルナがすぅ、とゆっくり深呼吸をする。


『【転送(テレパス)】、リーンハルト部隊エルナより、ルイホァ、ハーマンに告ぐ。現在行方不明学生グループ4名。男性2名、女性2名、至急、救助にあたってください。』

『『了解!』』


 リーンハルトの傍らから、エルナの指示を受けた2人が飛び出す。

 ルイホァが手をかざすと、どこからか風が吹き始め、2人の体が浮く。風のコントロールは見事、の一言であり、リーンハルトが降らす雨粒や煙を弾きながら、山の方に進んでいく。


「エルナの能力、凄いよね!」

「通信機より音も明瞭、断然優秀、Cランクの能力とは思えないくらいの利便さだよな。班長はよくもまぁ見つけたもん……。」


 山間部の中腹に掛かったところだろうか、Tシャツを振り回す青年が目に入る。2人がそこに着地すると火傷を負った青年が駆け寄ってきた。


「助けてください! 1人友だちが崖の方に、崩れて、」

「なら私の風でいくのは危ないかも。」

「こういう時のオレだ。ルイホァは、他の3人をここに集めろ。」

「了解!」


 丈夫そうな岩に、指から出した糸を頑丈に巻き、慣れた身体使いで下っていく。さすがは現役警察というところだろうか。ルイホァもその青年に場所を聞き、2人を迎えにいく。



 一方でオリヴィアはヒロタダとともに救急室にやってきた。


「重傷者、救命活動入ります!」

「こちらです!」


 彼女は綺麗な上着とブランドのバッグを放り投げ、部屋に駆け寄った。


「なるべく狭い範囲に重傷者を集めてください! 深達性Ⅱ度、Ⅲ度の方を優先的に治療します。呼吸器症状が出ている方は、医務室の医師へ優先的に回してください! 人足りないからヒロタダくんは軽症者の応急処置に入りなさい!」

「え、僕は……。」

「いいから!」


 彼女の強い口調に、了承の返事しかできなかった。

 そこからのオリヴィアは人が変わったようだった。現場の壮絶さを知っている彼女の指示は的確であり、症状を悪化させる者は1人もいなかった。

 加えて、彼女の能力は目を張るものがあった。


「【細胞再生(リジェネレーション)】。」


 みるみる火傷は回復し、傷は塞がっていく。

 ルイホァたちが助けてきた学生たちを診て、最後だった。一通り終わったところで彼女は汗を拭う。


「……すごいですね。」

「ふぅ、でも再生の具合によって本人の体力も消耗するから完全に回復できるわけではないわ。」

「そうそう、それに班に引き込んだ理由はこの能力だけじゃねーからな。」


 消火を終えたらしいリーンハルトは鼻を抑えながら愉快そうにやってきた。流石に能力を使いすぎたらしく、鼻血が出たそうだ。


「うふふ、鼻血を垂らしながら語る話でもないわ。また、今度ね。」


 彼女は愉快そうに笑うと席を立つ。

 現場の医師や救助隊からは、特に彼女とリーンハルトへの礼が多く言われた。そして、スピードについても他の部隊が到着する頃には一通りことは終えてしまうほどであった。



「送ってくれてありがとう。」

「いいえ、でも疲れていらっしゃるのに出勤されるなんて。」


 本部に戻ってから、彼女が職場に行くと言い出したためヒロタダが送ることになった。

 せっかく綺麗に着飾った彼女は、上着を汚しつつもそのまま職場へ向かうのだ。


「あら、シロウくんね。」

「そうですね。」


 駐車場に見覚えのある彼が立って待っていた。

 彼はこちらに気づくと、なぜか怒ったような顔で駆け寄ってきたため、オリヴィアは戸惑っていた。


「さっき、リーンハルトさんから連絡がありました! オリヴィアさんは休んでください!」

「え、でも。」

「いいから! 僕だって貴女にまだまだ教えていただきたいことがあるんです。だからできることは僕にさせてください、同僚たちも同じ気持ちです! ヒロタダさん!」


 その勢いがまま彼は運転席のヒロタダに向けて頭を下げた。


「そのまま彼女を家に送り届けて休ませてください。よろしくお願いします。」

「ああ……、うん、分かった。ありがとう。」


 言い切った、と嬉しそうに顔を上げると彼はズカズカと病院の中へ戻って行った。


「……リーンハルトもお節介ねぇ。」

「貴女も大概ですよ。この後、デートとかだったんじゃないですか?」


 う、と彼女は呻く。図星だったようで彼女はがっくりと項垂れた。


「いいのよ! もうさっき連絡が来て、振られたにも等しいし。新しい男見つけるんだからっ!」


 わーっと泣く振りをする彼女に苦笑いしつつ、ヒロタダは彼女の家に向けて車を走らせた。



 一方でリーンハルトは報告書にサインを記し、帰る準備を始めた。


「よぉ、飲んで帰らねーか。」

「ハーマン。」


 名前を呼ばれた彼はぷらぷらと手を振っていた。荷物をさっと纏め、ハーマンに駆け寄る。


「どうせオリヴィアの職場に電話とかしてたんだろ?」

「おお、よく分かったな。ま、でもかける必要もなかったみてーだけど?」

「ん、そうなのか。」


 ハーマンは不思議そうに首をかしげる。


「ほら、昼間に来た奴いたろ?」

「ああ、あの青年な。」

「病院に、今後のオリヴィアの勤務について相談したいからアポを、って電話かけたんだよ。そしたら、同じ科の人間で話し合いが行われたみたいでさ。」


 彼は愉快そうにからから笑う。


「あのシロウって奴、頑張って話題提供して、部長まで話を持ってったんだって。オリヴィアが特務隊に参加するメリットをしっかり上げたんだと。しかも迅速に勤務状況を動かさせたって。」

「……惚れてんな。」

「だよなー!」


 2人は暗くなった廊下を笑いながら歩く。

 どうやら今日の酒の肴は決まりらしく、2人は駄弁りながら目的地へと向かった。


【キャラクター紹介】

オリヴィア・メルシエ

165cm 29歳 B型

好きなもの:医学書、レモンなど酸っぱいもの

嫌いなもの:戦争

クリーム色の髪を1本にくくっており、パッチリとしたタレ目、奥二重、フランス人形のように白い肌をしている。瞳は茶色。

新人類を中心に総合医として活躍している。ターミナル:パリの出身であったが、新人類を対応する医師がトウキョーには少ないため技術交流のためにやってきた。基本的には穏やかであるが、(色んな意味での)現場に出た途端豹変し頼りになる姉御と化す。苛々するとかなり毒舌となる。



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