55.合同文化祭! -風炎コンビ-
怒りに任せて初動をとったのはメリアと呼ばれた女性だった。
「【変化・テリジノサウルス】!」
纏っていた衣は一部破損し、身体は竜のような衣に覆われていく。そして、彼女が腕を振るうと咄嗟に避けた2人の足元は酷く抉れていた。
もう1人の男が動く気配がして2人はレイジの方へ視線を向けた。同時にケイは戦闘態勢に入る。
「【蝶】」
「【黒炎】!」
美しい蝶もこれだけの数がいれば気味の悪いものだ。
ケイは、能力のみを燃やす黒い炎で相殺する。ルイホァはそれに一瞥もくれず、一気にメリアに接近した。
「【鎌鼬】!」
最近の敵方もただの雑魚とはいかない。
瞬時に首を狙ったが、接近していたにもかかわらずメリアは仰け反って避けた。ルイホァがふと何かの気配を感じて足元を見る。
そこには鳥肌画立つほどの無数の芋虫。
「【蛹化】!」
「ルイホァ! 距離取れ!」
ケイの言葉に反射的に従う。
離れたがその芋虫達が放つ粘性の強い糸はルイホァの足に絡みつく。
しかしすぐ様、ケイの【黒炎】がそれを燃やし尽くす。
「【鱗粉】!」
すぐ真上には蝶の大群がレイジという男の言葉通り大量の鱗粉を撒き散らした。ルイホァは風を巻き起こすが霧散してしまい逆効果だ。これに対してもすぐさまケイの炎が追撃を喰らわせる。
ルイホァは一度下がり、敵から距離をとる。
「ごめん、足引っ張った。」
「気にすんな! たまたまオレの能力の方が相性いいだけだ!」
「フッ、そうだな。少年の方は厄介だが少女の方は大した戦力でもない。」
「なら定石通り雑魚を狙い撃ちよ〜。」
2人の言葉にルイホァの眉がぴくりと動く。
しかし、下唇をグッと血が滲むほどに噛んだ彼女は冷静を保ったようだ。ケイは内心で安堵する。自身より経験のある彼女の頭に血が上ってしまえば自分がどうすればよいかなど知れないからだ。
「ケイ。」
「……おお。」
不意に名を呼ばれ、彼女の方を見やる。
真っ直ぐとした視線。
言葉はないが、ケイにとってはそれだけで十分だった。それだけの訓練を2人は積んできたのだ。
「挑発には乗らぬか、可愛げのない子供だ。」
「あたしは事実を言ったまでさァ! 死に晒せ!」
あくまでも2人はルイホァを狙ってくるらしい。
しかし、冷静になれば大した問題ではなかった。
ケイの無自覚な挑発は確実に効果を発揮しているらしく、女の単純な攻撃は容易に避けられる。
「チッ、小賢しいガキめ!」
「ッ、」
不意に鋭く伸びた爪が彼女の頬をかする。
そして視界の端に蝶が映ったがそれは一瞬で灰になった。
ルイホァを狙った手と反対側の手がケイに向かうがルイホァはその爪を風で切断した。女の断末魔が広場に響き渡る。
「ケイ!」
「おう! 【赤炎】!」
「……これは、」
広場の芝生にみるみる着火し、そこら中が火の海になる。勿論無策ではない。
草木に隠れる蝶達を一気に燃やしたのだ。残っていた蝶が一斉に飛び上がる。
「逃さないよ! 【上昇気流】!」
ルイホァが言霊を発すると、ケイが発した炎が一気に火の粉を噴き出し、次々と蝶を燃え滓へと化してしまう。
辺りはまさに火の海だった。しかし、ケイはすでに鎮火の仕方も考えていた。
自身の【赤い炎】に【黒い炎】で上書きしてしまうのだ。
広場は一瞬で黒い炎の海と化した。
さすがの敵もこの瞬間的、かつ大規模な変化に攻撃の手が止まる。
「こんなガキ共に負けるはずなどない、【召喚・大蝶】!」
だが、レイジは戸惑いを隠しきれないまま、大きな蝶を生み出した。
その蝶が羽ばたく度にキラキラした美しい鱗粉が舞う。明らかにそれは毒であろう。その証拠に味方であるはずのメリアの皮膚はみるみる赤黒く爛れていた。
それが火傷ではないことは明らかだった。
「レイジ、アンタあたしごと?!」
「解毒薬が欲しければそのガキの1人でも殺したまえ!」
「……チッ、」
恐怖で支配し合う、愚かな関係だ。
しかしルイホァは、くっと息を止めると突っ込んできた彼女の攻撃を擦りつつも、懐に入り、顔面に拳を入れた。
よろめいた隙を見逃さず、突風により蝶に叩きつけた。
「足手纏いが何だったかな? 【上昇気流】!」
広場の炎は風で一気に燃え上がる。
大きな蝶など容易く灰へと化すほどに。
使い主のケイよりも正確に、強大な炎で蝶とメリアを火ダルマにしていく。
その光景に慄いたレイジは思わず後ずさる。
まるで地獄絵図ではないか。
「クソ、役立たずめ!」
「仲間に対してかける言葉じゃねーだろそれ。」
いつの間にか背後に回り込んでいたケイに驚きを隠せない。
いちいち攻撃が大きかったため、蝶の方に注意が向いていると思っていた。しかし考え直せば簡単な話だ。
この少年はあくまでも炎を灯しただけ、大きくそして蝶を燃やすように炎を操ったのは確実に、あの少女であった。
自身の炎を彼女に預けてしまったのか。
「こんのガキ共!」
「それがお前の本性かよ。」
あの能力だ。
接近戦に弱いだろうと踏んだケイは一気に男に近づくことを選択したが正解だったようだ。懐に仕込んでいたナイフを振り回すが挙動が粗雑、回避も容易である。
ルイホァや、かつて相対した紋付のハンフリーとは大違いだ。
「雑魚、な。そのままそっくりお前に返すぜ!」
黒い炎を纏ったケイの鋭い拳が鳩尾に入る。
やはり、この男は味方の女が作った鱗のようなものを腹部に隠し持っていた。しかしケイの黒い炎の前には無意味だ。
能力を焼き切られ無防備となった腹に一撃を喰らったレイジは足元から崩れ、その場に蹲った。首裏をトンと叩けばすぐさま意識は無くなってしまったようだ。
大きい蝶を倒したらしいルイホァがてこてこと駆け寄ってきた。
「ケイ! 大丈夫? あの女の人も気絶してるよ! たぶん毒のせいで身動きは取れないと思う。」
「おーこっちも。にしても、やっと連携技上手くいったな! 自分の炎を自分よりうまく操られるのは複雑だけど。」
「そうなの?」
少しばかり鱗粉をかぶってしまったのか、肌が被れている。
ケイは近くの水道でタオルを濡らすと彼女の頬を優しく拭った。
「ちょっと、何?」
「いや顔に傷が残らないようにって。」
「そんなの気にならないよ!」
「オレが気にするの。」
優しく拭われる感覚に嫌悪感はなく、ルイホァは素直に身を任せる。
しかし、彼はその姿を見て一瞬だけ身体を強張らせた。恐る恐る、ぎこちなく再開する作業に疑問を抱きつつもルイホァは黙っていた。
「……ごめんな。」
「え?」
不意に上から降ってきた控えめな謝罪にルイホァは戸惑いを隠せなかった。
見上げると彼はどことなく悲しそうな、困ったような表情を浮かべていたものだから意味が分からず首を傾げる。
「それは、何に対するごめん?」
「その、研究所でよ。進化の話あったろ。オレ、お前の気持ちも考えずに自分のことばっかりさ。」
「そんな、気にしてないのに。あ、もしかして今私のこと女の子扱いしちゃって困ってるの?」
何も言い返せず押し黙ってしまう彼は大概わかりやすいものだ。その様子を見てルイホァはぶは、と噴き出すと彼はみるみる顔を赤くして怒鳴った。
「もう! 何でそんなに笑うんだよ!」
「いやだって私、そんなこと気にしてないのにさー、ちっちゃくなってるケイが面白くて!」
「お前なぁ!」
明らかに照れ隠しだろう、急に拭いていた手の動きが速くなるが大して痛くない辺りかわいいものだ。
「大丈夫だよ。戦うときはケイも、みんなも私を私って見てくれてるの、分かってるから。それにね。」
「?」
含んだ言い方をするルイホァに対してケイは首を傾げた。
「エルナとお洒落したりお買い物したり。恥ずかしいけど嫌じゃないんだよ。ケイにこんな風にされるのも。」
「……?」
ケイは何を言われたか分からなかったらしくそのまま固まっていた。
しかし、先程の女の子扱いの下りから嫌じゃない、という言葉まで噛み砕いた彼はぶわっと顔を赤くした。その様子に今度はルイホァが首を傾げる番だった。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……あー、もう何でもねぇよ! あと自分で拭いとけ!」
「えー?」
ルイホァは愉快そうに笑うばかりだった。
ケイは居心地悪そうにすごすごと離れると遠目に特務隊員が駆け寄ってくるのが目に入った。
隊員たちを誘導しつつも、リーンハルトやヒロタダ、ましてやこの手のことが好きなエルナたちが来ていないことには心底安堵していた。
【こぼれ話:ルイホァの印象】
→リーンハルト 強くて優しいお兄さん、どんな時も味方をしてくれるため全幅の信頼を寄せている。
→ヒロタダ ちょっと頼りないところもあるが努力家で特殊な能力も使いこなせているのは凄いと思っている。
→エルナ 知らないことをたくさん教えてくれるお姉ちゃん。同僚というよりは友人。能力の汎用性は羨ましい。
→ハーマン 専らの訓練相手、武術や戦闘の基礎がしっかりしている。時々娘のように扱われてくすぐったい。
→オリヴィア 確実に急所を狙ってくる侮れない訓練相手、働く女性というとこで思うところもある。フリフリの服はやめてほしい。
→シュウゴ 盤上ゲームをすると最近大敗するためある種のライバル。相方としても動きやすい。ご飯も付き合ってくれるためいい人。
→ケイ 親友、身体センスには舌を巻くところもあるが負けたくないライバル。一緒にいて1番安心できる相手。




