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Psychic Rulers 〜能力者たちの語りき話譚より〜  作者: ぼんばん
3章 彼女たちは前を向く

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46.彼女たちは前を向く

 天に上がるは彼女の想いか。


 夏にしてはやけに涼しく澄んだ空に白い煙が高く上がっていく。

 犠牲者の中でも特に長くジパングにいた彼女の死は沢山の者に影響を与えたらしい。同じチームだった者も多く涙声が会場に響く。


 リーンハルト班も全員出席した。ケイは松葉杖をついていたが、3人ともかなり早い回復で外出許可も容易に出た。8人は誰も涙を流さなかった。実感をしていないのか、はたまた枯れてしまったのか、それは当人達しか分からなかった。


 ルイホァは隣のエルナを盗み見た。

 俯いたり視線を外す特務隊員が多い中で彼女は真っ直ぐに彼女の遺骨と向き合っていた。



「……エルナ。」

「……大丈夫よ。」



 全然大丈夫な顔をしてないよ、なんて言えなかった。


 何もできない無力感に下唇を強く噛むが、傍らに立っていたケイが丸くなった背を優しく叩く。

 リーンハルト班からは隊長であるリーンハルトと副隊長であるハーマンが代表して焼香へ行った。ジパングに来た頃のリーンハルトはこの行為の意味を理解していなかったそうであるが、残念なことに今は馴染んでしまっていた。


 横目で部下達を盗み見る。


 人の死を多く経験してきたハーマンとオリヴィア、そして犯罪と向かい合ってきたヒロタダはどこかで踏ん切りがついているらしい。

 シュウゴについては経験は少ないもののしっかりと現実として受け止められているようだ。ルイホァや、ケイは僅かであるがエリートコースのこともあり、徐々に受け入れられているらしい。

 しかし、エルナは先ほどから笑っているようで笑っていない。


 本当に彼らを隊員として迎え入れたことが正しかったのか。


 今になって躊躇うなど自分らしくもない。

 リーンハルトは首を横に振る。

 自分が戦争に参加した時は、隊の中で親友と並んで最年少であった。あの時は対等だと思っていたが恐らくどこかでカバーされていたのだろうと思うと情けなくてしょうがない。


 そんなことをぐるぐる考えていると隣のハーマンから小突かれた。どうやら猫背になっていたらしい、居ずまいを正し、しゃんと正面を向いた。







「……ルイホァ、ちょっとこの後時間ある?」

「あるよ。」



 エルナが隣のシュウゴを見遣ったが、彼はすぐに追い払うように手をぷらぷらさせた。同様にケイも気づいたらしく、頷くと2人は大人組に合流していった。



「ごめんね、本当。」

「ううん、私もエルナの話を聞きたいって思ってたから。」


 彼女は歳下の少女の温かい言葉を聞くと、悲しげに眉をハの字にしながら頷いた。



 会場から出て2人は着替えてから再度集まった。

 本部からやや遠くの、あまり同僚と行かないようなお洒落なカフェだった。ちょっとお高いところらしくオープンスペースである割にテーブルが離れており、茶会を楽しむような席だ。プライバシーも守られている。



「さっ、まずは食べましょう!」

「えっ、いいの?! そういう雰囲気じゃなくない?!」


 エルナは悲しみすぎて気が狂ってしまったのだろうか、ルイホァは汗を掻く。


「とりあえず、頼む!」

「あっ、ハイ?!」


 慌ててメニューの美味しそうなものを次々と頼む。恐らく完食できるであろう量、しかし女性2人では多すぎるであろう量を頼んだため、店員がやや引いていたのは気のせいだと願いたい。

 パニックになるルイホァを見てエルナは意地悪く笑っていた。


「はー、何かごめん。アンタが慌ててるの可愛くて。」

「ちょっと! 意地悪しないでよ!」


 ふー、と大きく息をするとエルナはやっと落ち着いたようだ。



「それで話って?」

「……アンタも予想ついてると思うけど、この前の事件のことよ。」


 エルナはそのように語るがどことなく吹っ切れているような印象があった。葬式の時の表情と違うなと思いながらルイホァは紅茶に口をつける。



「この前の事件、フェベも、相対した紋付きの幹部も、ごく短い時間だけど同僚が亡くなったのも、凄くショックで最期にお見舞いに行った日からずっと泣いてた。それに七賢人の人……リーンハルトのお父さんだけど、何もできなかったのが、本当に悔しかった。」


 彼女はテーブルに置いた手を強く強く握った。


「正直、特務隊も辞めたいと思った。でも、あたしが辞めたところで誰かが任務に行って、誰かが亡くなるかもしれない。それに気づいてからは、そんな風に逃げたいと願った自分も、塞ぎ込んだ自分も、本当に情けなかった。」


 ルイホァは安直にそんなことないよ、と言えなかった。同時にエルナもその言葉は望んでいなかった。

 エルナのそれが明らかな強がりだと分かっていても、だ。



「なら、強くなるしかないって思ったのよ。誰にも守られないくらい、誰かを救えるくらいに。」


 エルナはもう救っているだろう、最近柔らかい表情を見せる派手な頭の上司を浮かべる。



「それにね、あたしなんかよりドロシーの方が沢山傷付いたと思う。だから、フェベの、最期の言葉を伝えたいのよ。

 でも、アイツあたしのことあまり好きそうでないからルイホァにも一緒に来てほしいんだけど。」

「なるほど、いいよ!」



 エルナが安堵して肩の力を抜く。そのようなことで緊張していたのかとルイホァはやっと彼女の真意を理解した。

 しかし同時に彼女に危うさを覚えたのも間違いでなかった。



「ねぇ、エルナ。隠し事、してないよね?」

「してないけど?」


 自分で気づいていないのか、しかしその内容をルイホァが語るのは憚られた。



「エルナはさっき『強くなるしかないって思ったのよ。誰にも守られないくらい、誰かを救えるくらいに』、『ドロシーの方が沢山傷付いた』って言ったよね。

 でもね、私は思うんだよ。エルナは誰かを救ってると思う。

 それにエルナはドロシーの方が沢山傷付いたって言うけどそれはエルナが決めることなの?」

「それは……。」



 ルイホァはなるべく意識していつもの笑顔で彼女の手を優しく握りながら微笑みかけた。



「身体の傷は大小分かるけど、心の傷は大小ないと思うよ。私はみんなといっぱい戦って、そう思ったんだ。だから、エルナも気負わずエルナらしく、正直に行けばいいと思う。ドロシーと話す時のアドバイスね! だからこのお店はエルナの奢りだよ!」

「お待たせしました。」



 言いたいことを言ったルイホァはちょうど運ばれてきた目の前の料理に興味を移した。

 一方でエルナは彼女に相談して良かったと心底感じつつ、彼女に倣って手を合わせ料理を口に運んだ。








 翌日、モニカに話を通してドロシーの自宅へ連れて行ってもらった。彼女も笑顔を貼り付けてはいたがどこか憔悴しており目元のクマが痛ましかった。



「2人がきてくれてよかったです。あれからドロシーさん、全然食べないしフェベさんと一緒に暮らしていた家も荒れ放題で手がつけられなくて……。」

「モニカも、寝てないよね?」

「……まぁ、」


 曖昧に笑うモニカにモヤモヤとしながらもルイホァは追及しなかった。

 ドロシーが住む部屋にたどり着くとモニカはインターホンを鳴らした。しかし、反応がないため彼女は手に持っていた合鍵で扉を開いた。



「ドロシーさん、入りますね。」



 本当に人が住んでいるのだろうか、そう疑いたくなる家だった。何も食べていないのかキッチンには皿1つなく、辛うじて置いてあるのはペットボトルのみ。

 洗濯機には喪服がぐしゃぐしゃに投げ捨てられている。

 リビングに入ると辛うじて服を着たらしいドロシーがテーブルに項垂れていた。目は虚空を映しており、ぼさぼさの黒髪からは風呂にさえ入っていないことが容易に窺えた。


「……ドロシー、アンタに話があってきた。あたしのこと嫌いだろうけど、聞いてくれる?」


 虚な目はエルナに見向きもしない。

 しかし、とある言葉を発した途端顔色は一変することとなる。



「フェベの、言葉なんだけど。」



 グリン、とドロシーの瞳がエルナを捉えると唇をわなわなと震わせながら覚束ない足取りでエルナに迫ってきた。

 そして容姿からは想像ができないほどの低く嗄れた声で彼女は叫んだ。


「……んで、アンタが、フェベの最期の言葉を聞いてるの!」

「あたしが、あたしが弱かったから、フェベは私を庇って……。」

「アンタがその場にいなきゃ、フェベは死なずに済んだ!」

「やめなさい、ドロシーさん! 私の配置だって悪かったのよ!」


 掴みかかるドロシーに危機感を抱いたのか、モニカは小柄な彼女を羽交い締めにした。しかし、身体強化の制御が叶わないのか何も能力を使っていないモニカのことは振り切りそうな勢いだった。



「フェベは、こんな汚い声の私を、受け入れてくれた!

 両親さえも受け入れてくれなかった、こんな声で使う能力も、能力のくせに弱いこの身体も、私のことを認めてくれた人だったの!

 あんな所で死ぬべき人じゃなかった!」


 ドロシーはエルナの胸ぐらを掴んで揺する。

 エルナは甘んじて受け入れており、その姿がルイホァの正体不明な苛立ちを増長させた。


「アンタの言葉なんて信じるもんか! アンタじゃなくて私がその場にいられたら、フェベは死ななかった! この足手まとい!

 フェベの代わりにアンタが」





 部屋に乾いた音が響いた。

 モニカも驚きドロシーの拘束を解いた。

 エルナは胸ぐらを離され尻餅をついた。

 ドロシーは突如訪れた頬の痛みに呆然としていた。


 ルイホァが怒りを滲ませてドロシーの目の前に、エルナを庇う形で立っていたのだ。



「お前ばかりが悲しんでると思うな!

 ここにいる人たちは、色んな方法で、色んな相手と必死に戦ったんだ! それを冒涜するような言葉を必死で頑張った人に向けるようなら私はお前がどんなに傷ついていても許さない!」


 それからモニカとエルナを睨みつけた。


「2人も2人だよ!

 確かに配置は間違ってたのかもしれない! でもフェベがあの場にいたからあれだけの被害で済んだんだよ、何で彼女の功績を称えないの?!

 エルナだって、潜入先の人を助けるために紋付の人と戦った! 1人は確実にエルナのおかげで助かった命なんだよ?! 何でそれが分からないの?!」


 ルイホァの言葉で2人はハッとしたらしい。

 特に前日にルイホァから助言を受けていたエルナは罰が悪そうな顔をしたが、すぐにドロシーを正面に捉えた。



「ルイホァが言うことは最もだけど、やっぱりあたしが弱かったことには違いないと思う。」



 ルイホァは悔しそうに下唇を噛んだが、エルナが見せたふわりとした笑みで一気に頭は冷えた。大人しく黙るとエルナは小さくありがと、と呟いた。



「でも、間違いなく、あたしの命はフェベが守って繋いでくれた命。

 このままみすみす『Dirty』の奴らに奪われるなんて御免だし、これから起きる事件でまた同じことを繰り返すのも御免だわ。

 だから、あたしは強くなる。これから、もっとたくさんの人を救うため。1人じゃなくて、2人、2人じゃなくて3人。1人でも多く。

 フェベがそうして繋いだように。」


「……フェベは、最期に何て言ったの。」



 エルナはすぅ、と息を整えた。




『エルナ、ドロシーとみんなと仲良く過ごしなさい。私は幸せだった。リーンハルト達をあの戦争と同じ目に合わせないで。

 あとは、ドロシーに強くなって今世を生き抜きなさい。』




 その言葉を聞いたドロシーからは涙が溢れ出す。

 拭っても、拭っても、止まらない。


 それはモニカも同様らしく、しゃくり声が聞こえる。

 ドロシーは先ほどと違い、縋るようにエルナの腕を掴む。

 エルナはゆっくりと彼女を受け止めて包み込んだ。それを了ととったらしいドロシーは強く握りしめると呻き声のような苦しげな涙声を漏らした。



「フェベぇ……、フェベぇ……。悲しいよぉ、私、フェベを幸せにできなくて、悲しかった。

 幸せだったんだね……。でも、私独りにしないで欲しかった、あぁ……。」

「フェベさん……。」

「……ッ、」



 耐えきれなかったらしいモニカは2人まとめて包み込む。


 3人の声が静かな部屋に響いていたが、ふとチャイムの鳴る音が響く。

 恐らく聞こえていないらしい3人に代わりルイホァが扉を開くとそこには見知った2人がいた。



「うわ! 何でルイホァがいるんだよ?!」

「その言葉そっくりそのままヒロタダに返すよ。でもハーマンも一緒?」

「おお。」


 ハーマンは、奥の部屋から聞こえる声で状況を把握したらしく仕方なさそうに笑った。



「水入らずのところに男2人がドカドカ入るのもアレだしな。これ、渡しておいてくれ。」



 ヒロタダが頑張って手続きを通してくれたらしい紙を渡す。裏返すとその紙が何か、ルイホァにはすぐに分かった。

 2人の言葉に頷き、見送るとすぐに室内に戻った。


 それはすぐにドロシーの手に渡った。

 ぐちゃぐちゃの顔のままそれを熟読すると、彼女は再び泣き始めた。












「……ごめんなさいね、年甲斐もなく泣いてしまって。ルイホァさん、ありがとうございました。」

「ううん、分かってくれたなら十分だよ。」


 誇らしげに胸を張るルイホァにモニカは賞賛の拍手を送る。呑気な光景だとエルナが横目で見ているとドロシーが袖口を引っ張った。


「……さっきはごめん。私エルナに酷いこと言いそうになった。」

「大丈夫よ。」


 それで、とドロシーは何やらもじもじしている。

 エルナが不思議そうに首を傾げながら待っているとドロシーは蚊の鳴くような声で呟いた。



「その、これから友だちに、なってほしい。」



 不器用な彼女の言葉にエルナは行動で示す。

 彼女の温もりが、すべての答えだった。













「ルイホァ、今日はありがとう。」

「んー、別に言いたいこと言っただけだもん。」

「それでも嬉しかった。まさかあそこまで言ってくれるなんて。」

「意外だった?」


 ルイホァが目元を冷やしながら礼を言うエルナの顔を覗き込みながら尋ねた。


「意外っていうか……、まぁ仲良くはなってきてたけど。ほらアンタって結構現実主義というか実力主義じゃない? だからあたしのことそんなに評価してないと思ってたのよ。」


 少し拗ねたように唇を尖らせるエルナに、ルイホァは一瞬驚いた顔をしたがすぐに愉快そうに笑った。


「実力主義は変わらないと思う! でもエルナがそう思うならそれはエルナが頑張ったからだよ!」



 屈託の無い笑顔で言われた言葉は疑いようが無い。



「なら今日のお礼にもう1食分奢っちゃおうかな〜?」

「ほんと?! なら中華バイキングがいい!」


 またガッツリしたものを指定してきたものだ。

 年下の奔放ながらも真っ直ぐな彼女に心の中でもう一度礼をしつつ、ゆっくりと日の暮れ始めた空を見上げた。



 ありがとう、フェベ。

 仲間への気持ちも、あの人への恋心も、どうにかできそうだわ。

【こぼれ話】


 ドロシーの趣味、プログラミングはフェベから与えられた声を作るソフトがきっかけでした。ジャズについては、作業をする際に聞いていたら何となく落ち着いたため好きになりました。

 両親はドロシーが赤子の頃怒鳴るか誰もいない部屋にジャズを流して放置していたため、その名残なのかもしれませんが……。

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