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Psychic Rulers 〜能力者たちの語りき話譚より〜  作者: ぼんばん
3章 彼女たちは前を向く

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44.インハイパニック -夢を託す-

 本音は逃げたかった。

 訓練では状況に応じて逃げることも必要だと教わってきた。だが、現状のケイにその選択肢は許されない。

 足は震える。

 今までに出会ったことのないレベルの殺気だった。正直なところ、ハンフリーさえも余裕で凌駕する。



「【黒炎】!」



 男は易々とケイの攻撃を避け、微笑むと羽音の正体である大量の蜂たちを放った。ケイはまずいと感じ取った。すぐに火炎放射を炎の壁に切り替えて5人を囲い込むような形にする。

 しかし延々とこの焼却を行っていても酸素が薄くなり自身らが不利になるばかりだ。


「何だよ、何が起こったんだよ?!」

「救助隊じゃないのか……?」


 そんなものではない、そのように否定する余裕もケイには無かった。

 ふと炎の隙間から蜂の進行方向が変わったのが見て取れた。それも、コノミ達が避難させた人質の方だ。


「しま……!」



 その時だった。

 自身の炎もろとも周辺の蜂が吹き飛んだのは。

 ケイはその力の正体にすぐ気づき目を見張った。向こうに走り去る男も一瞬視界の端に己の蜂を吹き飛ばした能力の正体を捉え、怪訝な表情を浮かべた。



「何で、アンタ……!」

「特務隊ならば拘束具くらいしっかりつけろ阿呆。」


 先程まで気絶していたはずのハンフリーがすでに目を開けていた。さすが戦場慣れしていると言えばよいのか、彼はのろのろと上体を起こした。


「お前なぞに負けたオレは恐らくあの男に殺される。だが、そう易々と死んでたまるか。オレは生きるためなら何だってしてやるさ。」



 信頼するしかない。

 不安に揺れる3人を尻目にケイはいつの間にか後方に回り込んだ男に焦点を当てる。しかし、彼が手にしていたのは予想と違い1枚の紙切れだった。それに気づいたのはケイと同じ新人類のカイトであった。


「あれって、今回の目玉展示品の、過去のジパングの地図じゃ……?!」

「はぁ、そんなもん手にとってどうすんだよ……。」

「バカだなお前。」


 意図が分からず困惑しながら目を細めるケイに言ったのはハンフリーだ。


「アレが有ればジパング全域へのワープホール開通が容易になる。その効率の良いルートが、アレを見れば分かるんだ。」

「……?」



 ケイには男の発言を理解できなかったが、それを奪われてはいけないということはすぐに分かった。


「とりあえず倒しゃいいんだろ! 【黒炎】!」


 向かってくる蜂に向けて炎を放つ。

 男はのそりと地図を拾って懐に仕舞うと呑気にその炎を見やった。



「……良かったジャン、この野蛮なイヌッコロにこの貴重な地図が燃やされなくて。もう、役立たずの幹部も併せて殺していいよね? 【蜂の巨神兵】。」



 蜂の群れが一気に集合し天井に届くほどの化け物となる。エネルギーの切れかかっているケイの炎など容易にかき消された。


 まずい。勝てない。逃げろ。


 ケイの頭で嫌な言葉が反復される。

 このままでは勝てない。身を犠牲に、新人類の先へ行かなければ。

 本能的にそう考えると、先ほど感じた頭の灼熱感が再び襲ってくる。






 その時だった。





「【火炎弾】!」

「【億万本針】。」



 上空から見覚えのある巨大な火炎弾と無数の針が巨大な蜂と、無数の蜂の首を確実にとらえた。ケイはそこでやっと肩の力が抜け、頭の中を駆け巡っていた最悪の考えも不快な灼熱感も消失した。


「パウルさん、カジェタノさん……!」

「ぼさっとしてるなよ!」

「そうだぜェ! こっからだ!」


 天井から降るように現れたカジェタノとパウルにケイは安堵し、姿勢を整えた。

 無事着地した2人を見て男は舌打ちをした。呼吸を整え、この場にいる者を全て潰そうとする程に圧を帯びる。

 しかし、2人が空けてきた穴からは他にも複数の声がすることに気づくと殺気はどこかへ消える。



「……ここでお前らを相手にしても無駄になりそーだしただの浪費になりそう? なら撤退しようかね。地図も手に入れたし。」

「逃すか!」


 カジェタノとパウルの攻撃が男を襲う。

 だが、彼はゆったりと空間の隙間に身体を滑り込ませると、再び歪な笑顔を見せて消え去ってしまった。



「チッ、逃したか……。」

「ケイ、無事か?!」


 カジェタノが駆け寄るとケイは素直に頷いた。

 パウルはその後ろにいたハンフリーを見やる。その手には拘束具があり、パウルは手慣れた様子でハンフリーに装着した。

 ケイは呆然とする3人を尻目にハンフリーの元へ拙い足運びながらも駆け寄った。


「何で、アンタ、さっき……。」

「言ったろ、お前なぞに負けたオレは役立たずとして殺されると。」

「……本当にそれだけっすか。」


 ケイの問いにハンフリーは目を伏せた。

 真っ直ぐと視線を逸らさない。

 次第に周囲は特務隊の声が伝播してきて落ち着かなくなる。その場だけ時間が止まったような感覚だ。

 ハンフリーはゆっくりと口を開く。



「……お前らが必死になる姿を見て、お前の言葉を聞いて、オレがお前らの夢を壊すのはお門違いだと思っただけだ。」



 ケイは驚いたように目を見開く。



「なぁ、お前は特務隊にいて、尚且つ今後夢を叶えるつもりなのか?」

「……。」


 先程まで狂ったように怒りをぶつけてきた人間とは思えないほどに落ち着いたトーンで語りかけてくる。


「こんな風に沢山の同僚や友達と会えたのはかけがえの無いものだけど、やっぱりバスケが1番だし……いつかは特務隊を辞めると思う。

 だけどオレはどこにいたとしても特務隊とか『Dirty』とか、旧人類とか新人類とか関係なく暮らせる世界が来ることも夢なんだよ。」


 16歳が語るには穏やかすぎる声音はじんわりとハンフリーの胸に響いた。



「……オレはチームに所属してからとあるレースで能力を暴発させた。

 それが露見してからは職場も、チームも、家族さえもあたりが強くなって、走ることに何の希望も感じなくなったんだ。この足も、チームの人間たちから妬まれ、恨まれ奪われた結果だ。

 だからオレは旧人類などと共に取り組むことなど無駄だと感じた。」


 しかし、と真っ直ぐにケイを見つめた。



「お前に、託して良いだろうか。オレみたいに夢を諦めないようにと、全人類に示すようなプレーをすることを。」

「……当たり前だろ。」



 ケイが頷くとハンフリーは俯いたまま小さく口元を緩めた。彼は特務隊員により連行されていくが、大人しくついていく。


 ああ、やっと終わったんだ。


 ケイがそう思ったときには世界は回転しており、周りの呼びかける声が遠くなることを感じながら、抗えぬ疲労によりゆっくりと目蓋を閉じた。


「ケイ!」

「ケイ、お前!」

「ケイくん!」


 ケイに守られた3人が駆け寄り気絶した彼を見やる。弛緩した彼の身体は傍らにいたカジェタノのにより支えられた。無数の火傷や血だらけの体が痛々しかったが、気絶した彼はどこか安堵に包まれた表情をしていた。


「救護班、早くしろ!」

「本当に最近入隊したなんて信じられないな。」



 部下に後処理を指示していたパウルもそこへ駆け寄ってきた。そして唐突に3人に頭を下げたものだから3人もギョッとした。


「遅くなってすまなかった。それに怖い思いも沢山させただろう。」

「い、いや! オレらはケイに守られただけで……。」


 カイトがあわあわと否定し、コノミも力強く頷くばかりだ。一方で、エーミルは腕を組み踏ん反り返りながらパウルに言う。


「特務隊は能力の強さにかまけて旧人類を下に見たり新人類も戦力としてしか見ていないと思っていたがケイのお陰で見直した。感謝するといい。」



 パウルは一瞬謎のマウントに目を白黒させたが、恐らくこの青年なりの特務隊を認めたという意思表示であろうことに気づき、ふと噴き出した。

 エーミルは誠に遺憾と思っているようだが、カジェタノはじめ他の2人も呆れたような顔をしていた。


「お前らも人質の救出感謝する。病院に行ったらゆっくり休むといい。ケイのことは任せな。」

「……よろしく頼む。」


 たどり着いた救護班に彼を預けながら、旧人類新人類など関係なくこの事件に立ち向かった幼きヒーローにパウルは目を細めた。

【こぼれ話:ハンフリーについて】


 彼の過去については、彼自身が述べた通りです。

 この世界のスポーツ界では能力や身体強化の暴発は禁忌とされています。学生レベルであれば、その試合や次の大会の出場停止など、未熟さを考慮した措置がとられますが、社会人スポーツやプロの世界では一気にその業界から干されます。

 大多数が辞めますが、それでも続けると才能や能力を疎まれ、ハンフリーのような嫌がらせを食らうことも少なくなかったようです。

 その扱いを恐れて、新人類の人は本気を出せなかったりチームに馴染めず辞めてしまったりと名を売った者はあまりいないのが現状です。


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