42.インハイパニック -漆黒の炎-
自由落下はそう長く続かなかった。噴き出した炎の広がりからすぐに距離は分かった。
なんとか勢いを殺し、地面に着地したが真っ暗で何も見えない。
「あまり騒ぐなよ。無事か?」
「お陰様で……。」
「一体何なんだここは?」
「……怖かった。」
震えるコノミにまさかもっと怖い状況だ、なんていえなかった。
感覚としては、シンジュク駅の事件の時と同様のワープさせられたものが近かった。落下する前に背後を見たが恐らくあの美術館一帯が謎の黒い穴の範囲だったように思えた。
「……こちら特務隊、ケイ・ロペス。能力解放を依頼、緊急事態発生です。」
『場所を。』
「0937、カナザワの近代美術館にて謎の巨大穴発生。周辺一帯巻き込まれた模様、至急調査をお願いします。」
『承知。』
先日、ハーマンに緊急通信の方法を聞いておいて良かったとケイは安堵した。
しかし、すぐに戦況を把握せねば。
ゆっくりと辺りを見渡す。気配は特に感じられないし、手の中に発生させた炎も揺れていない辺り近くに出口もなさそうだ。ケイが握り消すと、コノミが口を開く。
「ほ、炎消しちゃったら何も見えないよ?!」
「炎出してると向こうから場所われちまうし、まぁでもこの人数でいるからどうせバレるか。」
ケイはため息をついた。
「何か燃やせるものとか電気ないか?」
「あ、オレのコントロールウォッチある。」
カイトも新人類であり、コントロールウォッチを持っている。コントロールウォッチは新人類の能力制御をする機器であり携帯が義務付けられているが他にも補佐的な機能があり、案外便利だ。
点灯すると幾分か足元が見えるようになったが床も黒いらしく互いの顔が分かるくらいの変化しかなかった。
「まず出口の探索だな……。」
「部活の奴らは?!」
「声大きいよ!」
コノミに怒られてエーミルははっと口を塞ぐ。さすがに現状を把握しているらしい。
「……なぁ、はっきり現状を言っていいか?」
「ああ、パニックにならないようには努めるぜ。」
コノミとエーミルも必死に頷く。
「恐らく犯人は新人類で、あの犯罪組織に関わってるところだと思う。オレは前にこの感覚を経験したことがある。正直なところ、オレも未熟だから本気でやばい奴が出てきたら対応できるか分からないし、戦術とかもよく分かんないから3人を守る自信はない。」
「守るって、オレ達だってさすがに逃げるくらいは……。」
「アイツらはプロの犯罪組織なんだ。オレみたいに身体強化だってできる。無理だ。」
「……ケイが無理って言うなら無理なんだろ。」
あまりにもはっきりと断言するケイにエーミルは潔く認めたらしい。その様子にカイトとコノミは黙り込む。
「でも、犯人は前に体育館襲ってきたみたいな奴なんだよね?」
「……テレビ局襲った奴とかはもっと強そうだったけどな。」
「そうだな、エーミルの言う通りかも。」
釈だが、彼は落ち着いて現実が見えていた。
カイトが宥めるように震えるコノミの背をさする。
「なんかよく分からんがケイに従う! お前はオレたちよりこういうの分かってるんだからな!」
「だから声大きいって!」
「おお……。」
まさかエーミルにそんなふうに言われるとは。
驚きを隠せないままケイは頷いた。
まず、自分が全力で戦うためにも、3人を安全なところに連れて行きたかった。そして他に巻き込まれている被害者の状況を報告。あとは援軍を待つのが無難だろう。
3人と並んでよく分からない空間を歩く。歩きながら、何故か訓練場での会話を思い出す。
『そういえばケイくんの炎の色は珍しいわよね。』
『あー、そっすね。黒と赤が混ざったような。』
『炎色反応、とは違うんですよね? ナトリウムを含んだ炎にナトリウム灯を当てると黒く見えるって聞いたことありますけど。』
『そういう話ではないんじゃないかしら?』
リーンハルト隊頭脳派2人が勝手に話を進めていく一方で、リーンハルトが苦笑いしながらもケイに声をかけた。
『でもオレも能力の制御が未熟、まではいかないけど雑だったときは氷と水が混ざったりしたなぁ。』
『なら、オレも赤と黒分けられるってことすか? 色如きで違いなんて……。』
『まぁやってみないことには分からねーけど。ケイならできるさ。』
それから練習を重ねたが確か比率はギリギリまで減らすことができたが、あとひとつ足りなかった。それをみた、たまたま居合わせたパウルはケラケラ笑っていた。
『まぁお前みたいに若いのは案外実戦の方がどうにかなるのかもな。リーンハルトみたいに。』
「何で今この話思い出すんだろな。」
「どうしたの?」
「いや。」
ふと、辺りを見渡す。
恐らく人がいたであろう場所に向かっているが一向に見えない。床には展示品が転がっており、昔使用されていたランプや蝋燭台もあった。
「とりあえずこれで明かり確保しよーぜ。」
「ほい。」
できるだろうか、ふと炎の色を変えてみようかとすると見事に赤い炎が出た。
「おっ珍しいじゃん。赤い炎。」
「オレも初めて出せ……。」
興奮していた本心を捻じ伏せ、気配がしたことに気づき火柱を見上げてケイとカイトが上を見上げたときだった。上方に驚くべきものを見つけた。
人が、地面と一体化しているのだ。
思いの外近い天井に驚いたのもあるが、その光景は不気味で、美術館を愚弄するようなアートと言わんばかりの人の羅列だ。
「ぁ、あ……、ケイ、足元っ!」
コノミの言葉につい足元に炎を噴出した。
「あっつ!」
「でも燃やさなきゃやられてた。」
エーミルがいう通り、足元には拳大のアリが蠢いていたのだ。嫌な予感がして全身から炎を噴き出す。
やはりと言うべきか、周囲をアリに囲まれていた。
アリ達はこちらに照準を合わせると一気に近づいてきた。
「いやっ!」
「コノミ!」
1体1体は強くないが数が多い。
コノミに襲いかかるアリをカイトとエーミルがちぎっては投げちぎっては投げ、遠い方にいるアリと3人から離れたアリを燃やしていく。だが、閉鎖された空間で普通の炎を燃やしていても酸欠になる可能性もある。
何より追いついていない。
恐らく上の人たちはこのアリ達の蟻塚に捕らえられているだけだ。自分の炎では相手を傷つけてしまう。
「ケイ、どうする?!」
「……ッ、」
カイトに問われてはっと顔を上げる。
そうだ、自分がしっかりしなければ、3人を、囚われている人々を救わねばならない。
どうする、どうする?
考えが纏まらない。こんな時リーンハルトなら、シュウゴなら、オリヴィアなら、どうする?
「しっかりしろケイ!」
アリを追い払いながら、エーミルがケイの背中を強く叩いた。
「お前が特務隊をロクな奴じゃないと言うなら証明して見せろ! じゃなきゃオレは同じ夢を追うお前を特務隊に引き込んだ奴らを認めないぞ! 新人類にも関わらず困難の道を選んだお前がわざわざ参加してる特務隊の意義を証明しろ!」
エーミルの言葉はケイの視界を明るくした。
そういえば、リーンハルトと話している時横からシュウゴとオリヴィアが口を出してきた。
『でも能力の制御で重要なのは理解とイメージが完全に合致することよ。だから私は医学の知識を蓄える。だからシュウゴくんは創り出すものの知識を蓄える。』
『炎、っていうくらいだし燃やす対象でもイメージしてみれば?』
「オレが燃やしたいものは、人じゃない。敵やキメラが作り出した能力だ。」
全身から黒炎が噴き出し、その場にいる3人とアリ、すべてを飲み込んでいく。
「あっ……つくない?」
「アリだけ燃えてる?!」
カイトは真っ黒な炎に包まれていたが一切燃えていなかった。コノミについていたアリは燃えて炭と化した。
先ほどの噴火のような炎によりアリは殲滅できたらしい。とりあえず一安心だ。
「蟻塚を燃やす! 灰になったら1人ずつ降ろしていくぞ!」
「「おお!」」
やっと、完全な黒い炎を出せた。
天井に向けて一気に黒い炎を出すと狙い通り、蟻塚は拘束力を失い、徐々に脆くなっていく。ケイは普通の赤が混ざった炎で天井を崩す。その瓦礫を3人が運び、数名ずつおろしていく。
「よし、この調子で助けよう!」
「いいい急がないと……!」
「ああ。」
ケイは次々と蟻塚を燃やしていく。
その最中だった。
「あらあら、せっかくのキメラが燃やし尽くされているじゃないか。」
4人は動きを止め、声の主の方を見る。
若い、義足を履いた男がゆっくりと近づいてきた。その様子を見たエーミルが目を見開きながら呟くように言う。
「……見たことがある。」
「おぉ? お前陸上やってる人間か?」
男は爽やかな笑みを浮かべていたがとんでもない。目が全く笑っていないのだ。
加えて男は特務隊の先見員を両手にぶら下げており、まるでゴミを捨てるかのように床に放った。
「確か、ハンフリー・アーキン。有名な陸上選手ですよね?」
「……何で有名人がここにいるんだよ。」
「それは簡単、オレがもう陸上ができる資格がねぇからさ。」
ハッとした。
ケイがエーミルを突き飛ばすと何か見えないものに吹き飛ばされたかのように自身の身体が後ろに吹き飛んだ。案外近かった壁に身体が叩きつけられる。
「ケイ!」
「お前ら逃げろ!」
しかし、ケイは直後に姿勢を立て直しており、そのまま壁を蹴ってその男に突撃した。さすがに予期していなかったのか素直に男はケイの勢いに後ろに吹き飛んだ。
「……ッ!」
その時に見てしまったのだ。
彼の手に刻まれた、『d』の文字を。
一方で、3人は我を取り戻す。
カイトはケイの方に向かおうとしたが、エーミルは迷わず救助活動を再開させた。
「今のうちに人質と投げられた人と離れるぞ。」
「なっ、ケイを置いてくのかよ!」
「ちょっと、喧嘩してる場合じゃ……!」
カイトがエーミルにつかみかかる。
しかし、彼は冷静だった。
「アイツが必死に自分のやることをやってるんだ。オレ様達だってやれることをやらないとな!」
「……そだな、悪い。」
カイトの能力は【保護色】。
現状の乱戦には役に立たない。エーミルの言う通り、コノミとともに救助活動を再開させた。
「にしても何なんだアイツ。急に現れて……。」
「犯人っていうのは明白だけど。」
「数年前、陸上界のスピードスターって言われていた。身体強化なしでトップクラスの走力を有するともな。だが、ある日を境にその名は消えた。」
「ある日……?」
「カイトも新人類なら常に付き纏う問題だ。」
スポーツ選手にとって致命的と言われる能力の暴発、無意識下での身体強化。
身体強化については訓練を受けていない人間についてはそうできない。しかし、能力の暴発は1発退場であり、新人類のスポーツ選手は常に抱えるリスクである。
「陸上のスタートの時、体調が悪かったのと、同じ予選に積年のライバルがいたそうだ。連覇もかかる中プレッシャーに耐えきれず能力を使ってしまったらしい。中高生くらいなら短期間の部活停止、研修で済むが、当時はチームに所属していた。……職も、競技人生も失ったとメディアは囃し立てていたな。それとともに新人類への当たりも強くなった。」
「エーミルくん、詳しいんだね。」
自身は旧人類にも関わらず、さも当然のように詳細まで知る彼に2人は驚く。しかし、彼は当たり前のように言った。
「競技が違くとも、同じ志を持つライバルのことを知るのは当然だ。」
この言葉でやっと、エーミルの真意を2人は理解した。カイトとコノミは顔を見合わせると、ふっと肩の力が抜けた。
彼はこの場ですぐにケイを信頼して役に立てることを選択した。恐らく本音は。
落ち着きを取り戻した2人も迅速に救助を行いつつ、後方で戦う同級生の無事を祈るばかりだった。
【こぼれ話】
新人類の能力を制御するコントロールウォッチは腕時計型が主流ですが、余計な機能を無くすことでスマート化させられます。
今回出てきたカイトのものはブレスレット型、ケイはアンクレット型を使用しています。




