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3.歌姫の憂鬱

「せやっ!」

「ぐあっ!」


 ヒロタダは情けない悲鳴とともに地面に叩きつけられた。それも10歳年下の女の子によって、だ。

 後方ではリーンハルトがからからと愉快そうに笑っている。投げられているヒロタダはそれどこでない。叩きつけられたのは、身体だけでなくプライドも、粉々である。


「もー、情けないなぁ。それでも訓練受けたの?」

「実戦なんて殆どやったことないし……。大体僕は身体機能については君ほど進化してないからね……!」

「お前、このタイミングで言ったら負け惜しみにしか聞こえないぞ。」


 見守っていたリーンハルトも苦笑いを浮かべていた。

 そこへハーマンとシュウゴが腕を回しながらやってきた。新しい組手相手が来たことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべながら駆け寄って行った。


「あ、2人も来てくれたんだ!」

「まぁな。特務隊に召集されると、ウチは半日訓練にあてることが義務付けられているからな。それにコイツも鍛えてやらねーと。」

「それこそ数ヶ月の訓練はしましたけど、実戦経験ありませんし。国立図書館に出入りする権利ももらったから頑張らないと。」


 国立図書館、とは国家公務員のみ利用できる図書館である。とてもではないが一大学生が入ることのできる施設ではない。

 ハーマンは納得したように苦笑いを浮かべていた。


「大人しく召集受けてると思ったらそういう……。」

「そもそも、オレたちに易い拒否権はありません。大学生は急病になるか研究職に就くしかない。」


 柔軟をしながら彼は話す。


「ふーん、じゃあ私が相手してあげるよ!」

「お前は手を抜くことを知らないからダメだ。」


 ハーマンからデコピンを喰らい、あだっ、とルイホァはうめき声をあげた。そして、ふとなにかを思い出したようにリーンハルトの方に駆け寄った。


「そういえば残りの3人はいつ来るの?」

「あー、オリヴィアは今日日勤らしいからな、今月終われば本格的に参加してくれるよ。で、あとの2人なんだが……。」

「もしかして拒否証出された?」


 ヒロタダが口にした拒否証はチーム召集にあたって参加を拒否する書類だ。

 しかし、その書類を出すには条件が必要である。


「出されてはいねーけど。うーん、ケイの方はエリートコース除外要件を満たしてコースアウトしてスポーツ推薦で来てる人間だからできるといえばできる。」

「……そんな子召集したのか。」


 ハーマンが呆れたように言うのも無理はない。

 除外要件を満たすこと自体かなり狭き門であるにも関わらず、スポーツ推薦で他エリアに出られた者はかなり稀有な存在である。

 リーンハルトは少し考え込むような様子を見せる。


「でも、今後立ち上げられる制度のこと踏まえれば絶対参加した方が良いんだけどなぁ。今度直接行ってみるか。」

「オレ、この人が直接来た時のこと思い出すと色々と心配かもしれません。ヒロタダさんも行った方がいいと思います。」

「シュウゴ、お前容赦なさすぎない? 一応上司なんだけど。」


 本人は素知らぬ顔だ。


「でも、もうエルナは今日来るぜ! 学校午前中だけなんだと!」

「どんな人なんだろうね……。」

「女の子だよね? 楽しみ〜。強い人だといいなぁ!」


 戦闘狂の彼女の言うことを気にしていたらどうしようもなさそうだ。ちょうどそのタイミング、訓練室に受付の職員がやってきた。


「リーンハルトさん、エルナさんからお呼び出しです。」

「ちょうどじゃん。行ってみようぜ。」


 職員に礼を言い、会議室に向かう。



 昨日とは違う狭い部屋であり、そこには胡桃色のウェーブがかかったロングヘアをゆるりと縛った少女がいた。

 少女は丸い瞳をスマホに向けていたが、5人が入室したことに気づくと、ゆっくりと立ち上がった。


「約束通り来たけど、人数足りないんじゃないですか。」

「ああ、1人は仕事で1人は学校。この前言った話し方で構わねぇから力抜いて、な。みんな、こちらエルナ・ライシャワー。」


 下唇を突き出しながらふん、と鼻を鳴らすと残りの4人に向き合う。


「エルナ・ライシャワーよ。……自衛の訓練くらいには来るけど、基本的に学業が忙しいから任務くらいの付き合いになると思うわ。よろしく。じゃあ、帰るわね。」


「「「え。」」」


 自己紹介だけすると彼女は荷物を持ち、軽やかに退室していく。

 ヒロタダとルイホァ、ハーマンは目を丸くしたまま彼女の背を見送るしかなかった。顔を見知ったリーンハルトは、仕方なさそうに苦笑いを浮かべるばかりだ。

 扉が閉じる音と同時に、ルイホァが弾かれたようにリーンハルトに詰め寄った。


「えぇ、いいの?!」

「まぁ、アイツには学業優先、って言ったし。任務には来るって言ってたから……本当は来てほしいけど頑なに説得に応じてくれないんだよなぁ。」

「ええー!」


 最近の若い子は分からないと首を横に振る彼の肩をルイホァが揺らす。あの馬鹿力に振り回されているにもかかわらず平然としているリーンハルトはさすがとしか言いようがない。


「でも、流石にまずいんじゃ……。」

「もう! リーンハルトは班長なんだからしっかりしてよね! ハーマン、早く組手やろ!」

「はいはい。」


 彼女はぷりぷりと怒りながら、ヒロタダの言葉を遮ったままハーマンを引きずって部屋を出ていく。


「リーン。」

「ああ、不味いのは分かってんだけどな。」


 彼女とのコミュニケーションを図りかねているようで彼も困ったような表情を浮かべる。


「でも、アイツのことをよく知る機会がーーー。」

「それならありますよ。」


 意外にも、口を開いたのはその場に留まっていたシュウゴだった。


「オレ、特務隊配属前の集中訓練の時、エルナと一緒でした。ちょうど妹と歳も近くて話しやすかったので色々話したことがあります。」

「へぇ、じゃあ内容を教えてもらいたいな。」

「それはしません。」


 即拒否を示したため、リーンハルトもヒロタダもずっこけたい気分になった。その気持ちを察したらしく、シュウゴは何やらメモを書き、リーンハルトに渡した。


「全く教えない、って言ったわけではないです。夜8時くらいにここ行ってみてください。」

「バー、かな?」

「ええ、特にドレスコードはありません。」


 ヒロタダの問いに彼は頷く。

 シュウゴ曰く、どうやらここから少し距離はあるが決して遠くはない、雰囲気の良さそうなバーらしい。


「じゃあ帰り行ってみっか。」

「そうだね。」

「……お2人は、」


 シュウゴが俯き加減でぽつりと呟く。

 しかし、顔を上げた時の瞳はまっすぐ2人を捉えており、遠慮なく彼の思うところを言葉にする。


「リーンハルトさんは元から特務隊で、ヒロタダさんは裁判所職員で犯罪を目の当たりにしてきたんですよね。」

「そうだな、オレは戦場にも出たことあるからな。」

「僕も犯罪者は見てきたよ。」

「……ちなみに2人の能力は、リーンハルトさんはSランクで、ヒロタダさんは。」

「Cだよ。」


 そうですか、と彼は呟く。


「オレの能力は、ご存知かと思いますが、【文字を事象に変える】能力で、Bランク。つまり、制御訓練は受けていますが実戦訓練は受けていません。でも、オレは国立図書館の権利が欲しかったので今回の誘いはありがたく思いました。」


 ヒロタダは彼が何を言いたいのか予想がつかず正直なところはらはらしていた。

 しかし、リーンハルトは落ち着いた様子で彼の話に耳を傾ける。無表情なりに彼が何を伝えたいかは察していたからだ。

 シュウゴはそのことを知ってか知らずか続ける。


「ですが、エルナには全くのメリットがないんです。能力も戦闘向きでないしそもそも彼女は能力自体が嫌いだそうです。」

「……かもしれねぇな。」


 リーンハルトの言葉にシュウゴは僅かに目を細めた。


「……とても、残酷な誘いに思います。ただ、それを肯定的に捉えられるように声をかけられるなら、生意気ですがあなたの器量を認めたいです。」


 ヒロタダはやっとそこで彼が言いたいことを理解できた。

 シュウゴもまた、自身が選ばれたことに納得がいかないところがあり、身を賭してまでこのチームに参加する意義を図りかねているのだ。そして、リーダーであるリーンハルトという人物を警戒しているらしい。


 リーンハルトもまた、真っ直ぐと彼の言葉を受け止めると、シュウゴの頭をわしわしと雑に撫でる。

 流石に驚いたのか、初めて表情が崩れ、困惑を浮かべていた。


「ありがとな、シュウゴの考えが聞けてよかった。エルナのことは任せとけ。オレもこのままが是だとは思ってねーから。」

「……そうですか。」

「それに、確かにオレが理解しきれないことなんてたくさんあるけど、ヒロタダもいるし、そういう意見をくれるお前もいる。心強い限りだよ。」


 な、と言うと彼は壊れた人形のように首を一度縦に振った。


「今度は、こういうの関係なく、一緒に飲みに行こうな!」


 書き仕事あるから、と彼はメモをポケットに入れるとヒロタダに鍵を渡して、颯爽と部屋を出て行った。その場にはヒロタダとボサボサのシュウゴが立ち尽くす。


「……髪ボサボサだよ。」

「……はい。」


 彼は髪を縛りながら小さく人誑しだ、とぼやいていた。ヒロタダも薄々感づいていたが、リーンハルトには大いにその才能があるように感じていた。



 その日の夜、彼女がいるとシュウゴから聞いたバーを訪れる。レビューに記載されていた通り、落ち着いた雰囲気で、ヒロタダからすれば上司としっぽり飲む時くらいしか使わないようなお店だ。

 ヒロタダはまだいい。リーンハルトに至っては格好がかなりラフな上、桃色の頭髪をしているためかなり目立つ。無理やりジャケットを羽織らせたからいいものの。


「リーンは酒得意なのか?」

「うーん、苦手ではないと思うけど1人ではそんなに飲まねーかな。」


 その右手にウォッカの入ったコップがあるあたり弱くはないだろう。ヒロタダはチビチビとカクテルを飲みながら料理を楽しむ。


 しばらくするとフロアから拍手が湧く。ライトが強く照らす方を見ると美しいピアニストの女性とともに見覚えのある少女、いや、ここではピアニストに負けず劣らずの美しい女性がマイクの前に立っているのが見えた。

 真紅のドレスに身を包み、元よりはっきりとした顔立ちが嫌味にならない程度に彩られており、彼女の美しさを際立たせている。


 ヒロタダは、リーンハルトを一瞥してみるが、彼はどうやら彼女に釘付けらしく周りに合わせて拍手をしていた。


 彼女の歌が始まる。


 綺麗な旋律に合わせ、のびのびと、穏やかに歌声が響く。多少の拙さは残るが自然と耳に入ってくる、そんな声だ。

 目を閉じながら聞いていたヒロタダは、周りの拍手の音で曲が終わったことに気づく。隣の席のリーンハルトも楽しそうに拍手をしていた。


 数曲終わり、そろそろ帰ると声をかけようとした時だった。


「ちょっと、アンタ達。」


 先程までステージにいた彼女が鋭い瞳で座っている2人を見下ろしてくる。言外に、何でここに居るんだ、と問うてくる。

 どうするのかと、ヒロタダがリーンハルトを横目で見ると酒が回っているのかほんのりと赤い頰で彼女に話しかける。


「ステキな歌声だったぜ、お嬢さん。1杯貰ってくれませんか。」

「……喜んで。」


 彼女はヒロタダ達の席につく。

 リーンハルトがいつのまにか頼んだらしいノンアルコールのカクテルが届き、3人で乾杯する。

 穏やかなBGMに合った、上品な音がした。


「……どうだった、あたしの歌。」

「綺麗だったよ。」

「あーな。」


 2人の言葉に、エルナは嬉しさを隠し切れないのか口元をもごもごと動かす。


「ここに来たってことはシュウゴに聞いたんでしょ。意外と口軽いんだから、アイツ。」

「シュウゴとは訓練の時から?」


 ヒロタダが尋ねると彼女は頷いた。


「アイツとは歳も近かったしランクも近かったから。聞いたら同じチームに配属されるっていうし。でも、決定的に違うところもあったけど。」

「何か、聞いても大丈夫?」

「……能力よ。」


 リーンハルトとヒロタダは顔を見合わせる。

 エルナは苦しそうに、唸るようにしながら語った。


「あたしの能力は、【共感(エンパシー)】。

 触れたものであれば人や物問わずにその記憶や思考、経験を共感することができる上、頑張ればその対象の場所の把握やテレパシーもできる能力。

 一見便利だけどね、コントロールできなきゃただの迷惑な能力よ。」


 見たくもない、見せたくもない、記憶を共有してしまうのだから。


 俯きながらようやくカクテルを口にした彼女はどこか泣いているようで、3人はそれから誰か口を開くことなく、店内の音楽を耳に入れながら、ゆっくりと場を共にしたのだ。

【キャラクター紹介】

シュウゴ・ヒキ

170cm 21歳(大学4年生) O型

好きなもの:研究、味噌汁

嫌いなもの:賭事

サラサラの黒髪。面倒だったためストレートの長髪をくくっている。二重で睫毛はバシバシ女顔、隊の中では細身であるが脱ぐと印象が砕け散る(ヒロタダ談)

ホッカイから大学進学のためにターミナルへ上京した。普段が無表情であるが感情の起伏は意外と豊かで心優しい。物分かりもよく勤勉であるため、上司から気に入られるタイプ。


【こぼれ話】

リーンハルト隊のお酒の強さは、

ハーマン>リーンハルト>ヒロタダ、オリヴィア>シュウゴ

です。

でもオリヴィアは浴びるように飲むので1番潰れます。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこまで悪くないと思いますし、100万文字超えはすごいと思います。 ……の割に評価されてないのは、うん・・・流行ではないジャンルなので、元々読む人が少ないっていうのもありますけども・・・私…
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