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2.戦場から来た男 -後編-

「へぇ、ヒロタダ車乗ってんだ!」

「買い出しならこっちの方がいいでしょう? まぁ古い車種ですけど。」

「いいじゃん、オレもバイク乗るけど結構古い車種だし! つーかさ、」


 先ほどのちゃきちゃきしていた雰囲気とは打って変わってどこか幼い感じで彼は話す。


「ヒロタダ、年齢一緒だし、こういう場では敬語やめろって。オレあんまり好きじゃねーんだよ、堅苦しいの。」

「でも……。」

「それにリーンハルトって長いだろ? リーンでいいからさ。」


 はい、決定! とどこぞの踏ん反りがえった王様のように決めてしまう。


「分かりまし……、分かったよ。なら何を買う予定?」

「え? まぁ何もいらないといえば要らないけど、何もねーかな。冷蔵庫と洗濯機、パソコン、掃除機くらいかなぁ。」

「……炊飯器は? あと鍋とか、」

「炊飯器? ああ、米炊くやつか。オレ基本的に外食で済ませるから何も考えてなかったわ。それに電化製品あんまりわかんねぇ。」


 話を聞いていると、彼はどうやら生活力については皆無らしく、洗濯や掃除は家政婦にお願いしていたらしい。これからは自分でやるから困るなぁ、なんて呑気に笑っていたがそれどころではない。

 正直なところ呆れて物も言えなかった。


「今から暇か?」

「おう!」

「なら、簡単な料理や家事の方法を伝えるから勉強な!」

「……、はーい。」


 彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうににこにこと笑顔を見せた。




 近所のショッピングモールにて家電製品を買い、一度車に積む。それから料理に使う食料品を買いに一度戻り、昼食をフードコートで済ませる。

 若いとはいえど、特務隊ターミナル副部長をしていた男だ。こんなところで食事でいいのかと思いきや、嬉しそうに抹茶のアイスを食べているものだからいいのだろう。

 ちなみに特務隊とは、国際的な軍事組織であり、彼の地位はそう簡単に手放したりはたまた着任できるものではない。

 それなりに経験を重ねるか、実績を持つか、だ。


「どうした? 難しい顔して。」

「いや、どうしてリーンはジパングに、って。」


 彼は不思議そうにヒロタダを見つめると、少し考えるような様子を見せた。


「まぁ、別に地位は便利だと思うけど欲しいわけではないし、やりたいことに使える地位なら何でもいいからな。それよか、オレは『Dirty』潰すのが1番大事なことだしなぁ。」


 口調は呑気であるが、彼の言葉の裏には確固たる決意を感じる。


「尚更、メンバーの選抜も不思議だけど。」

「……まぁ、でもオレも一応それ以外のことは考えてっからおいおいな。」


 誤魔化したのは明白だ。もちろん、ここが施設の外という点も大きいのだろう。しかし、彼の不思議な自信はどこから来るのだろう。

 他の抹茶のデザートに目移りする上司の様子に呆れつつも、とりあえずは意外とまともそうなことに安堵しつつ、ヒロタダも茶をすする。

 そこでふと、疑問が浮かぶ。


「あれ、そういえばリーンの能力って……。」

「ああ、オレ? オレの能力はーーーー。」



 リーンハルトが口を開こうとするのと同時だった。



 ショッピングモールを揺らすほどの大きな爆音と、誰が発したか分からないほどの大きな悲鳴がモール中に響き渡った。


「あ、あの!」

「ひぃ!」


 慌てて逃げようとする店員を捕まえて、ヒロタダは特務隊証を見せる。これは警察手帳と同等もしくはそれ以上の効力があるらしい。

 まさかこんな早くに活躍の場が来るとは思わなかったが。


「何があったんですか?」

「テロです! 何人か覆面の男達が乗り込んできて店員や客を人質に奥の店舗に立て篭もったんです!」

「人数は?」

「分かりません!」

「……分かった。離してやれ。」


 背後からリーンハルトの落ち着いた声が聞こえて、ヒロタダは手を離す。足を縺れさせながら男は店外に逃げていく。


「他の人に話を聞かないと……、一度出て、」

「客なんかに聞いても現状が正しく把握できるもんか。それに一度出てから戻るなんて無理だろ。」

「……なら、」


 彼は指を立ててにやり、と笑った。




「ここかな。」


 彼が向かったのは、店舗の裏、搬入口である。

 リーンハルトは、静かに目を瞑る。ゆっくりと、彼の周りから仄かに冷気が漂う。彼の周りに水球がふわふわと浮かび始める。

 空気中の水蒸気を水へと変え、そしてそれを天井、床に這わせる。それを繰り返し、彼は犯人の姿を確認し、的確に死角に潜り込む。


「……犯人は3人、人質は1箇所に固められた5人。人質の見張り、出入口や窓の見張りあり、しかし金品を漁る様子はない。そもそもここ服屋だしな。」

「そうなると個人的な恨みによるものか。」


 リーンハルトは頷く。


「3人なら奇襲で叩き潰せるな。ヒロタダも同時に突入、人質見張りを抑え込むと同時に、人質を背に能力発動。あとは絶対動くな。」

「……僕も一応戦えるけど。」

「バカ、足手まといってわけじゃねーから。やってりゃわかる。」


 リーンハルトは耳打ちで自身の能力と作戦を告げる。立てこもりから10分も経たないうちで状況把握、完全な立案、もしこれが成功すれば、それに加えて確実な戦闘力が保証される。

 不謹慎ではあるが、ひどく興味を抱いたのも事実だった。


「了解しました、隊長。」

「おう。3カウントで突入な。」


 彼は腕時計を操作する。



「3」

「2」

「1」


「GO!」


 掛け声ともに、床に張っていた水が氷と化し、彼らの足を固める。

 気付いた時にはもう遅い、出入り口にいた男の首に瞬時に肘鉄を撃ち込み、慌てて人質に銃を向けた男にはいつのまにか持っていた氷槍を相手の肩に投げて刺す。

 男が悲鳴をあげている間に、回し蹴りで側頭部を揺らす。倒れ込んだ男を抑え込み、同時に出入口の男は氷漬けだった。


「テメェ、何もんだ!」

「キャアアア!!」


 銃声と悲鳴、同時に店内に広がる。

 しかし、銃弾は氷の壁に阻まれ氷の壁が粉々に砕けると同時に、ヒロタダの能力により、水へと戻る。

 人質とヒロタダには多少の水しぶきが跳ねるくらい、当の本人、リーンハルトは発砲した男の鳩尾に蹴りを入れ、あっさりと組み伏せてしまった。


「ひぃ! 助けてくれ!」

「お前は話せるようにしておいたんだからしっかり頼むぜ。外の仲間に失敗しちゃったよ〜ってな。ま、この国の警察は最近優秀らしいから、急発進する不審車両なんて一発で捕まるだろうけど。」


 彼がつけているイヤホンから音割れせんばかりの罵倒と悲鳴が聞こえる。案の定、不審車両として発見されたらしい。

 息一つ乱さぬ彼の姿を恐ろしく思うと同時に、周りの砕けた氷の粒が美しく、称賛を讃えることしかできなかった。




「いっやー、災難だったなぁ。早々に強盗もどきに巻き込まれるなんてよ。」


 警察から事情聴取を受けた帰り道で、助手席の彼が欠伸をしながら言う。


「というか、いつのまにアイパッチと能力発動許可を出したんだよ……。」


 新人類は、日常生活の中で容易に能力を発動しないよう制限されており、許可がなければ発動できない仕組みをもったアクセサリの装着が義務付けられている。

 その制限を解除することができるのは一部の者、それこそチームの部隊長などだ。


「オレの水、まぁ細かく言えば水蒸気から氷まで、全てを操る能力はかなり強力だから制限解除しねーと戦えないしな。人質いなけりゃ力づくでいってもいいけどあんまり店内壊しても怒られるしな。」


 意外と現金らしい。

 にしても、と彼は嬉しそうにヒロタダの方を見た。


「でも、ヒロタダも期待通りの判断力と【無効化】だったな。」


 そう、ヒロタダの能力は【無効化】。

 例えば念力で浮いている物を落とす、とか発生した炎を消す、とか、強化された身体を元のものに戻す、などそんな能力だ。正直なところ、ほとんど役に立ったことがないし、能力が見つかったこと自体、奇跡に近かった。


「正直なところ、オレは今までほとんど紛争地帯に派遣されてて能力を抑えるってあんまりしたことなくて……、人を傷つける可能性が高いからな。だから、ヒロタダの能力は守る力としてすげー魅力的。」


 何の抵抗もなく褒める彼の言葉に何となく気恥ずかしくなりヒロタダは視線をそらす。


「それに、歳近い奴あんまりいなかったから同い年の奴いてすげー嬉しかったんだ。」

「っ、そう。」

「これからよろしくな、ヒロタダ。頼りにしてるぜ。」


 信号待ちの時に彼が手を出す。

 ヒロタダがああ、と小さく頷き手を軽く叩くと、隣にいた彼は嬉しそうに微笑むのだった。

【キャラクター紹介】

ヒロタダ・マツモト

167cm 26歳 A型

好きなもの:読書、蕎麦、猫

嫌いなもの:ゴシップ記事、辛いもの

メガネを掛けており焦げ茶髪、センター分けボブ。一重で塩顔、日本人にしては鼻は高め。気弱そうな顔のくせして話すと騒がしいと他の隊員や気の知れた友人からは言われる。

AA付けの裁判所に勤める職員。新人類やAA関連訴訟に関する法律に強い。根は真面目でやや堅苦しすぎるところもあるが感情豊かなツッコミタイプで、苦手な戦闘についてもかなり努力しているがいかんせん才能が無い。



【こぼれ話:能力について】


 リーンハルトは【水】を操る能力で、形態については問わず、少しでも水分のあるところであれば発動が可能です。能力について制限が殆ど無く、特務隊でもかなり優秀な能力として知られています。

 ヒロタダは【無効化】です。とある事件がきっかけで判明したのですが殆ど使用する機会がなく、今回の特務隊召集をきっかけに磨くこととなりました。


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