26.リーンハルトの退屈でない1日
さて、非番である。
最近は単独任務、先のテレビ局襲撃事件などで忙殺されていたため忘れていたが、リーンハルトは休みを殆どとっていなかったらしい。
オリヴィア曰く、銃弾に込められた能力の影響で足の傷が治りにくいらしく1週間ほど療養を勧められた。しかし、趣味のツーリングもできないから遠出もできない。元よりこちらに特務隊外の知り合いなどいないし、他のメンバーは本業や任務やらで構ってはくれない。
とりあえず起床した。
今日受診をして許可を貰えれば訓練にも復帰できる。リーンハルトは大きく伸びをしながら家を出た。
「はい、これで完治ね。」
「お、良かった〜。」
「でも今日は訓練禁止よ。」
「え、なんでだよ。」
診察室でオリヴィアは満面の笑みで舌打ちをした。
表情と動作が合っていない。
「いい? 人には適度な休息が必要なの。能力の影響といえど、今回の貴方は回復が遅れているわ。つまり身体に疲労が蓄積しているの。この前も言ったけど、私の能力使ったら、疲れて気絶してしまうレベル。分かってる? いいえ、それくらい分かりなさい。」
「……う、はい。」
素直に怖いと思い、リーンハルトは必死に頷く。
彼女は宜しい、と言うとカルテに向き合った。
「……リーンハルトは、ヒロタダくん達に無事でいなきゃ泣く、って言ったらしいけど。貴方が無事でなかったら彼らは涙するわ。もちろん、私も。」
「……ありがとな。最近、分かってきた気がする。」
彼の中で何かが如実に変わっていることを感じ取ったオリヴィアは微笑んだ。
「この後予定あるんでしょ。いってらっしゃい。」
「そうだった。じゃ、またな。」
走ろうとしたが背後からオリヴィアの睨みを感じ、急ぎ足に切り替えると彼はのそのそと退室した。
それから彼が向かったのは、とある体育館。
ケイのバスケの予選があるらしい。
どうやらエリア大会への出場権を賭けた試合らしく、彼も気合が入っていた。
「あ、遅いよリーンハルト!」
会場で手を振っているのはルイホァだ。
暇だと言えば、ルイホァが意気揚々と試合観戦に誘ってきたのだ。どうやら彼女が訓練場にいない日は、エルナに連れまわされたり、ケイの試合を見に行ったりしているらしい。
会場は相変わらずの熱気で、前の地区大会で目立っていたケイのプレイは相変わらず目を惹くものがあった。
「この前の大会より強い試合らしいけど……やっぱりケイの方が上手そうだよね!」
「何かアイツ、特務隊に入って更に身体の使い方上手くなったよな……。」
前の試合の時に比べると明らかにフェイントや回避、なんならファウルのもらい方が上手くなっている。
彼については、物覚えがよく教えたものを次々と吸収するから教えがいもある。
「試合始まったよ! これに勝てばエリア大会出場! 今日はスターティングだね。フルで出場するのかな?」
ルイホァはすでにバスケのルールを熟知しているらしく隣で解説が始まる。
彼女は存外頭が良く、分析力もあるため聞いているだけで勉強になる。
「ルイホァは本当説明上手だよな。」
「それはケイやエルナと比べてる?
だって効果音まみれの人と、話題あっちこっちだよ? 比べないでほしいな。」
膨れる彼女に謝罪する。
確かに、同年代と比べるのは酷いか。
そんなことを考えている間に、ケイがシュートを決めた。
「「ナイッシュー!」」
その声に気づいたのか、ケイは一瞬だけ視線をこちらに向けた。
それからは点取り合戦、ケイのチームはパスワークに優れており、相手はランが強い印象だ。
しかし、身体の強いケイが走り込むためチームの弱い部分を上手く補っているように見える。特にキャプテンのリョウヘイとは優れたチームワークを発揮している。
試合は見事にケイ達のチームの勝ち。
優勝らしく、会場中が熱気と歓声に包まれる。リーンハルトとルイホァも喜び、足のことなどすっかり忘れていた。
フロアから出るところで声をかけて帰ろうということになり、2人は1階に降りたが、人に溢れている。
「人凄いね……。」
「ああ、肩車するから手を思い切り振るか?」
「……ありかも。」
「冗談だやめろ。」
そんなやりとりをしていると、ケイがこちらに気づき、インタビューのために残ったキャプテンを置き去りにしてこちらにやってきた。
にこにこと人懐っこい笑みを浮かべる彼に女性の黄色い悲鳴が響くが、彼は完全に無視だ。
「ルイホァ、リーンハルトさん来てくれたんすね! 足大丈夫っすか?」
「ああ、明日から許可降りたよ。」
彼は良かった〜、と試合に並んで嬉しそうに微笑む。
「また報告しますけど8月のエリア大会決まりました! 夕飯とかどっすか?」
「オレはこの後報告があるし、エルナとヒロタダと約束があるから無理だけど。」
「え、チームはいいの? それに私は訓練行かなきゃじゃ……?」
「オレの方はインタビューとかで今日は自由解散! 明日オフで打ち上げだよ。」
「今日は仕事休みなんだから気にすんな。」
「……うん!」
嬉しそうに頬を染めて喜ぶ彼女に2人も笑顔になる。しかし、ケイの背後から手が伸びてきた。
「うお、キャプテン!」
「おっまえはいなくなったと思ったら! 今日のMVPは間違いなくケイなんだからいなくなるな。インタビューだぞ!
リーンハルトさん、ルイホァさん、すみません。ケイを借ります。」
相変わらず礼儀正しく一礼すると彼は自分より大きい彼を引きずって連れて行く。
2人は賑やかなコンビに手を振った。
「楽しみだなー。いつかお酒飲めるようになったら私たちもリーンハルトと飲みたいなぁ。」
「嬉しいこと言うなぁ。でも、そんときゃオレら完全におっさんだな。」
「関係ないよ! これからもケイやエルナ、リーンハルトとも一緒にチームを組んでられたら嬉しいな!」
ずっと、そんな難しいことをさらりと言ってのける彼女にリーンハルトは嬉しくも複雑な想いを胸に秘めながらそうだな、と頷いた。
「あ、リーンハルトさん。」
「おお、シュウゴ。休みの日にいるの珍しいな。」
玄関口で自転車から降りたシュウゴと出会す。
「足大丈夫ですか? ……大丈夫そうですね。」
「お前、時々オレの扱い雑になるのなんなの。」
当の本人はそうですか、なんて言っている。
無自覚とは恐ろしいが気を許している、と勝手に解釈した。
「そういえば今回の任務大活躍だったらしいじゃねーか。人質助けたし、オレ達も地図貰って本当に助かったよ。」
「別にやることやっただけで……でも、ありがとうございます。」
正直なところ、エルナが凄い凄いと興奮していて要領を得なかったが、彼が兵法や能力の幅を広げようとした努力が実ったことはよく理解できた。
「今回はリーンハルトさんも怪我した、っていうくらいですから強かったんですね。」
「ああ……、たぶん『Dirty』が本格的に動いて今回みたいに幹部クラスが前線に出る可能性も高くなる。
今回みたいにみんなが自分にできることをしっかり成し遂げることが重要になるだろうな。期待してるぜ、シュウゴ。」
そのように告げると彼は黙り込んでしまう。
もしや余計なことを言っただろうかと、彼の顔を覗き込むと、シュウゴはどことなく嬉しそうな顔をしていた。
「もちろん、期待に応えられるように努めますが。
……オレももう少し戦えるように頑張りますね。オレだって仲間には怪我をしてほしくないですから。」
薄く微笑んだ彼はひどく綺麗だった。
しかし突如表情を落としたかのように消すと淡々と述べた。
「ただ、7月中旬からは期末テストがあるので欠席しますが。」
「アッ、はい。」
このドライさ、さすが発煙筒を怪我をしないからと言って躊躇いなく人に投げたり爆弾を作り出したりする程よい容赦の無さを持ち合わせた男だ、と頭の隅でのんびりと考えていた。
復帰の時期について、支部長と副支部長に報告へ行く。副支部長はどうやら出張らしく、まさかの支部長と直接謁見になってしまった。
「そうか……ついに紋付とね。でも撃退できたのはいい報告だ。それに生け捕り、素晴らしいよ。」
報告を聞いたジパング支部長のシノブは柔和に微笑んだ。
「そういえば、また指示として出すけどついにプラントが見つかったらしい。」
「プラントが?」
ああ、と彼はうなずく。
「フォースターくんにはもう報告したよ。今回はジパング初の発見だからまた隊を編成するつもりだ。よろしくね。」
「承知しました。」
リーンハルトは一礼をして退出する。
セキュリティゾーンの外には、ハーマンがいた。
どうやらリーンハルトを待っていたらしく、姿を認めると、よ、と声をかけた。
「元気そうだな。」
「おかげさまで。聞いたぜ。例の話。」
「ああ、なら話は速いな。今回の編成は、エルナとケイとシュウゴは不在、ルイホァはエリートコースの方の履修の件がある。」
「ああ、そんな時期か。」
彼女は所謂数年の実地訓練中、年に1回報告に行かねばならないらしい。彼女の出身はエリア:チャイナであるから、数日はかかるだろう。
「それで連携のとりやすいパウル班とモニカ班、ヤン班に交渉中だ。それで良かったな?」
「ああ、助かる。」
そうか、と彼は書類を渡す。
できる副隊長がいると、自分としても助かる。
「そういえば、全くの私用だが、暇な時にうちに遊びに来てくれ。長女の方がピンク頭ピンク頭ってうるさいらしい。」
「オレ?」
確かに、以前ハーマンの家族と会った時にひどく懐かれた記憶がある。
ハーマンも結構な頻度でねだられているらしく、今度呼ぶと適当なことを言ったらしい。
「でも可愛らしいよな。懐かれるのも悪い気はしないし。」
案外優しげな横顔を浮かべたもので、ハーマンはきょとんとしたが、まるで子どもを撫でるかのようにリーンハルトを撫でる。
彼を子ども扱いするのは、チーム内で唯一ハーマンだけであろう。
「なんだよ、急に。」
「いや、お前にもそういう感性があるんだなと感慨深かっただけさ。
いいぞ、結婚して子どもこさえるのは。お前もやりたいことが終わったら考えてみるといいさ。」
じゃあ業務に戻る、というと微笑んだ彼は下降するエレベーターに乗り込んでしまう。
「……むず痒。」
少し顔が熱くなるのを自覚する。
別にそんな相手いないし、と独り言をぶつぶつ呟きながらリーンハルトはデスクの方に向かった。
そして夜。
以前、エルナが歌っていたバーに、ヒロタダとやってきた。
何故かヒロタダは小さな花束をこさえていた。
リーンハルトはその意図が分からず素直に尋ねた。
「なんで花持ってんだ?」
「いやいや、だって今回新曲の披露だろ? それなら持って行った方がいいだろ。」
「そんなもんか?」
「これだからリーンは……。モテないぞ。」
「うっせ、同じ彼女なし独身に言われたくないわ。」
リーンハルトの的確なツッコミにうっ、と彼は悔しそうな顔を浮かべた。
独身男性2人が花束片手に言い合っていることが虚しく感じてきた。
「じゃあリーン、これ渡してくれよ。」
「はぁ、お前が買ったんだからお前が渡した方が……。」
「2人からってことで! リーンから渡した方が喜ぶからな!」
悪態つかれるのがオチであると思うが。
抗弁しても仕方ないと踏んだ彼は花束を受け取ると、そのままバーに向かった。
ピンクの髪が印象に残っていたのか、数回来たことのあるコンビをマスターがめざとく見つけ、特等席に招いてくれる。
「また来たね。いらっしゃい。今回は花束持ちかい?」
「2人からっすよ。」
「2人からなんだね。彼女も喜ぶよ。」
最初の注文を承ると、マスターは目を細めてそう言った。
飲んで2人とも顔が温かくなってきた頃、バーが暗くなりステージにライトが集まる。
今日はいつもと違うドレスを見に纏う彼女を視界に入れると自然と口元が綻ぶ。
「……リーンさ、」
「ん?」
「いや、何でもない。」
前奏に耳を傾ける。
聞いたことのあるような曲だ。
穏やかな、落ち着くような、懐かしい曲。
『リーンハルト。』
ふと、思い出した女性の声でリーンハルトは息を呑む。
そうだ、自分がジパングにきた理由を忘れてはならない。
自分は戦争の残り火を、自身の身内の後始末をしに、ここにきたのだ。
「……リーン、どうかしたか?」
「あ、いや、何でもない。……いい曲だな。」
リーンハルトの様子にヒロタダは違和感を感じる。
しかし、せっかく来たのだから隣の男より同僚の女の子を見るべきだろう。
ヒロタダはエルナの曲に意識を戻した。
アンコールが入り、今までの曲も合わせて歌う。
拍手喝采の中、次の歌手が登壇する。
そして歌い終えた彼女は上機嫌にリーンハルト達の元へやってきた。
「来てくれたんだ。ありがと。」
「おお、優しくていい曲だった。エルナらしいな。」
ん、とリーンハルトは花束を渡す。
エルナは目を瞬かせると、ヒロタダを横目で見た。
「……これ、アンタが用意したんでしょ。」
「あれ、バレた?」
「当然、リーンハルトがこんな気が利いたことするとは思えないもの。」
リーンハルトとヒロタダは顔を見合わせて苦笑する。女性は、さすがそういう細やかなところを見ている。
「まぁいいわよ。いつかはアンタが貢ぎたいって思うような歌を、演技を見せてあげるから。」
「ほ〜、そりゃ楽しみだ。」
エルナの挑戦的な言葉に、リーンハルトも戦闘訓練前のようににやりと口角をあげる。
ヒロタダはその横で大概2人とも負けず嫌いだなぁ、と思いながら追加の注文をした。
ちなみに数時間後、ヒロタダがベロベロに酔い潰れ、病み上がりのリーンハルトが引きずって帰ることになるのは、誰が予想したであろうか。
後日エルナにどっちもどっちと呆れられたのは記憶に新しいことだ。
【キャラクター紹介】
シノブ・コクラ (13話より)
⁇歳 168cm
好きなもの:スポーツ観戦、写真
嫌いなもの:ほっこり系の映画、動物
ジパングの特務隊支部長。基本的に大らかだが自他共に厳しい。サラサラのまんまる黒髪でたれ目、見た目は10代。
体術や武術に長け、身体能力はリーンハルトやケイも及ばないそう。
【こぼれ話】
エルナはすでに事務所に所属しており、その紹介でバーで歌を歌うようになりました。
最近は声優業でもモブとして出ているそうです。




