229.追憶 -開拓者-
戦闘描写があります。ご注意ください。
エメリッヒは格段に強くなっていた。
それこそ周りが誰も敵わないほどに。あのウルツさんやパウルさえここ数ヶ月の戦績は全戦全敗だそうだ。オレもはじめの手合わせでは驚いた。
何より訓練でさえ自分を蔑ろにするような戦術をとっている気がするのだ。
何度か繰り返してやっとオレが1勝した。その時の嬉しそうな、焼けつくような視線は今でも忘れられない。
「やっと骨のある訓練ができた! ありがとな!」
「……エメリッヒは強くなりすぎ。」
「そうか? でも、後輩は骨のありそうな奴と会えたんだ。変身小僧と重力使いのキメラ。」
「は? キメラ?!」
「そ、イチヨウさんっていう人造人間らしい人の前まで研究所にいたんだけど、今はウルツさんちで過ごしてるみたいだ。」
自分が知らぬ間に色んな施設を巡ったり人造人間やらキメラの少年やら奇妙な出会いをしているのだなと他人事ながらひどく驚いた。
「そういえば聞いたか? 今度いく前線、オレとリーンは同じ班って。」
「ああ、お前班再編されたって言ってたな。そんなに強かったのか?」
エメリッヒが所属していた班は一度解散し再編したという噂を聞いた。大概班が再編されるのは除籍された者が出た場合、または本部長や班長が班編成に問題を唱えた時、よりいいチームが組めると判断された時くらいである。
しかし、目の前の友人は表情を変えずに淡々と答えた。
「オレが敵を一掃するときに、仲間を巻き込んじゃったんだよ。」
「……え?」
「オレの能力【大地】で泥に飲み込もうとしたらその場にいた敵もろとも飲んじゃって……危なかった。」
「危なかったって、」
オレは言葉を失った。
エメリッヒはどこか寂しそうな、期待外れだと言わんばかりの声音でつぶやいた。
「本気で努力して、強くなった奴なら避けられると思ったんだよ。」
これは紛れもない彼の本音。
オレもトーキョー支部に行った直後であればそれには同意できたかもしれない。
だが、オレはあそこで知ってしまったのだ。
それぞれには考えがあって、その示し方もまた人それぞれで、オレに欠けていたものは『他人に対する敬意』で人の思考を受け入れることだと。
「……そうも、いかねぇだろ。」
「……変わったな、リーンも、オレも。」
果たして本当に変わってしまったのか。
オレはそれ以上答えることができないまま静かに汗を拭った。
それから数ヶ月後、オレ達は任務のために集められた。班長はフィリップ、オレは驚くことに副班長を任された。
「フィリップ! 何でオレを副班長に……正直、実力不足だろ!」
「そう言えるってことは大丈夫だろ。」
「でも……、」
「お前のトーキョー支部での働きは評価されているし、ここの奴らも認めてる。よく他人の意見を聞いて飲み込みも良くなったって。旧人類の指導員からも評価高いよ、お前。」
わしゃわしゃと彼は笑顔で撫でる。
オレとしては本気で自覚がなかったのだが、パウル同様人を見る目があるフィリップが言ってくれたことはオレの中で確実に自信になった。
エメリッヒ以外の班員もそれには納得してくれていたらしい。特に意見は出なかった。
「今回は、前回任務で負傷した班員の穴埋めに感染症センターからの助っ人、オリヴィア・メルシエさんに来てもらった。よろしく頼むな。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
険しい顔をする彼女は端的に名前と能力のみ告げた。相変わらずの綺麗な金髪を1本に括っており、見惚れていた班員の1人はその鋭い眼光に一瞬で現実に引き戻されていた。え、そんな話どうでもいい?
とにかく、オレ達は任務の内容や緊急時のツーマンセルなど細かい取り決めについて確認を行なった。
オレ達は二手に分かれた。
オレと、エメリッヒとオリヴィアともう1人。
任務はとある施設の制圧。
噂によるとキメラを製造しているらしく、戦闘になることは間違いなさそうだった。
オレが一通り配置や作戦を確認すると、エメリッヒは地質を確認すると言ってやや遠目で穴を掘り始め、もう1人はオリヴィアに見惚れている。
大丈夫かこの班、とオレが嘆息をついているとオリヴィアが話しかけてきた。
「噂には聞きました。改めてよろしくお願いします。」
「えーと、よろしくお願いします。オリヴィアさん。」
「敬語は結構です。」
「なら、そっちも。」
彼女は意外そうにそうですか、と目を丸くした。
「確か、あの妙な研究者の、なんだっけ、アドルフさんともう1人。」
「シモンさん?」
「そうそう。あの研究所って新人類専門の医学を学ぶ人が多いのにあの人だけは旧人類専門の医学を学んでからこっちに来たんだろ?」
「まぁ……奇特な人だからね。」
ふぅん、と当時シモンのことをあまり知らないオレは首を傾げた。ついでにこの時のオレは奇特という言葉を知らなかった。
「でも医師からすれば新人類も旧人類も関係ないわ。それはあなたも理解している内容なんでしょう?」
「何でそう思うんだ?」
「だってあなた、後方支援部からは結構人気よ。前までは生意気な子どもだったけどトーキョー支部から帰ってきてから頼りがいのある小僧になったって。」
「それって人気なのか?」
純粋にオレは疑問だったが、褒め言葉なのだろう。一応は素直に受け取った。
「でも、あっちの子はみんな怖がってるわ。だから、私があてがわれたのだけどね。」
「……ふぅん。」
オリヴィアの視線の先にしゃがみ込む友人を見ながら呟く。ちょうどそのタイミングでフィリップから連絡が入った。
『5分後突入予定。配置につけ。』
「了解。エメリッヒ、作戦通りに。」
「はいよー。」
オレ達は配置についた。
間もなく通信機の向こうからフィリップのカウントが聞こえてくる。
『突入!』
「【粘土楼】、【岩化】。」
出入り口を一気に狭め、それを岩石化してしまう。その速度は一般隊員とは比べ物にならない。初めて目の当たりにしたオリヴィアはさすがに驚いていた。
もう1人の班員は事前訓練で見ていたはずだが、慄いているほどだ。
「行けるぞ!」
一気にエメリッヒは突入し、オレも2人に合図を送ると突入した。オリヴィアの能力は知っての通り、もう1人の能力は【木】を操る力だ。
オレが泥状化した土に巻き込まれたキメラを氷で一気に固め、もう1人が植物に巻き込む。
「!」
「お、」
オレは広い実験室に入った瞬間に感じた異様な雰囲気とエメリッヒのほんの僅かの挙動に咄嗟にオリヴィアを抱えて後退した。
それと同時に背後で爆音がした。
「リーンハルト、追撃!」
「あんのバカ!」
オリヴィアの声に、エメリッヒが反撃したことを察する。こんな狭い場所で地震を発生させたらどうなるのか考えていないのか。
ふとひしゃげた隣の部屋を見ると血に塗れた白衣を着た研究員が1人横たわっていた。
「……ぃ、た、」
「……ッ、オリヴィア! 救助!」
「いいの?!」
「あっちはオレが行く。頼んでいいな?」
「もちろんよ。来たからには役に立つわ。」
この時から頼りになる奴だった。
オレはその場を後にして隣を見ると先ほどまで共に戦っていた仲間もまたエメリッヒか敵の攻撃に巻き込まれたらしく、命辛々逃げてきたようだった。
「すまん……、足を引っ張って。」
「バカ言えお前大丈夫か?! 状況は?」
「エメリッヒが、中で交戦。たぶん、幹部クラスだ。文字があった。」
「紋付かよ、わかった。お前は出てオリヴィアに合流。」
悔しげに下唇を噛みながらも彼は素直にオレの指示に従い外に出た。
決して彼は実力がないわけではない。一声かけてやれば避けられる速度は持っている。それにも関わらず巻き込まれたということは。
覗くと珍しくおされているエメリッヒの姿が映る。
相手取る男の手には小文字の『D』が刻まれており、事前の噂に聞いていた『Dirty』の幹部であろう。
能力は【爆発】、おそらく触れたものを爆弾に変えるものだろう。聞いていた情報にないということは新入り、知らぬ情報もあるだろう。
だが、間違いなく有利なのはオレの能力だ。
「エメリッヒ!」
「!」
「【総爆発】!」
「【水原氷化】!」
エメリッヒが広げた泥を一気に氷と化し、男さえも巻き込む。そして、爆発していた岩や研究所の一部はエメリッヒが土に変えたため、能力の上書きが叶ったのかそれ以上の爆発はしなかった。
敵の男は氷に巻き込まれたのか反応を見せなくなったため、オレは胸を撫で下ろすとエメリッヒに近づいた。
「リーン、助かった!」
「お前、怪我は……。」
「擦り傷程度だって。それより男の捕獲を、」
「エメリッヒ、味方を巻き込んだの気付いたか?」
オレの言葉に、エメリッヒは本気で気づかなかったらしく目を見開いた。
「お前が、一声かけてやればあの2人は自力で避けられる実力があった。お前はそれを知っていたか?」
「……。」
「エメリッヒは本気で修行してない奴が悪いって言うけどな、お前は自分の実力や考えを知ってもらおうと努力したか?」
オレはしてなかった、トーキョー支部でそれを実感した。
「人には向き不向きがあって、得意分野が違う。それを知らないのはオレ達こそ努力不足だ。それに、あの人たちだって傷つけば泣いてくれる、待ってる人もいる。仲間のオレ達が蔑ろにしていいもんじゃないだろ。お前が両親に誓った姿はそんな姿だったのか。」
「……、そ、だな。」
エメリッヒにオレの言葉は届いたのだろうか。
少しでも届いてくれればいい。珍しく落ち込んだ様子のエメリッヒを尻目にオレはさっさと作業を再開した。
だからオレはすぐに気づいた。
ほんの僅かな地面の揺れに。
「エメリッヒ!」
「え?」
オレが余計なことを言ったせいでエメリッヒの意識は敵から逸れていた。オレはエメリッヒを庇いながらおそらくその場を飛び退いた。彼のいた場所は見るも無惨に爆発しており、煙がもくもくと立ち昇っている。
「やったと思ったんだけどなァ。厄介なクソガキども。」
「リーン、お前大丈夫……。」
「……ぅ、」
オレはエメリッヒの耳は塞いだが自分のことはすっかり忘れていたらしく、直後はエメリッヒが口を動かしていることしかわからなかった。
飛び込んだ衝撃で頭も打ったのか脳震盪を起こしたように平衡感覚がとれず、エメリッヒの問いかけに一切答えることができなかった。
「さて、足手纏いが増えたわけだが? そんなもの気にせずさっきまでみたいにやろうぜ、命のやりとりをよォ?」
「……っざけんなよ。」
エメリッヒはオレの前に立つ。誰かの前に守るように立つ彼をオレはこの時初めて見た。そして、この世の出会った人間全てで感じたことのない『特別』を初めて感じた。
まさに目の前で細胞が進化しているのを見ているような。
「バカなオレの目を覚まさせてくれた親友が足手纏いなわけないだろ!」
「な、」
相手もエメリッヒの異常さを察したらしい。
なぜなら彼は能力を使いながら、今まで見せたことのない素早さで動き、気づいたときには男の顔面に拳を入れていた。
そして地面に手をつくと初めて見せる技を放った。
「【樹木化】!」
目の前では恐るべき光景が繰り広げられた。
敵の男は足下をエメリッヒが操る土に包まれたと思いきやみるみる全身が樹木のように変わってしまい、うめき声をあげている間に一瞬で姿を変えたのだ。
エメリッヒはその姿を認めると、ぐらりと身体のバランスを崩し、嘔吐した。
この時、彼は全身の倦怠感と頭痛という水中毒のような副作用を呈しており、また能力の代わりに身体強化の制御ができず下肢の筋肉はボロボロだった。
「リーンハルト?! エメリッヒくん?!」
「大丈夫か?!」
出入り口の方からオリヴィアとフィリップの声がした。
どうやら彼女が援護を呼んでくれたらしい。オレは床に臥しながら安堵の息を漏らした。
これが人類で初めて到達した『新人類の先』、能力の進化を果たした時の話である。
【こぼれ話】
エメリッヒとリーンハルトが相対した七賢人は決して弱くありません。触れたものを全て爆弾に変える能力でした。そのため彼らが入った部屋はすでに地雷原にされたトラップ部屋でした。
ただこの男は別の七賢人がやられたあくまでも穴埋め的な存在であり、それ以上に、エメリッヒの速さが上回ったのです。




