228.追憶 -離れた時間-
初期研修、オレは初めてエリア:ドイツを出た。それが、トーキョー支部だった。
エリア:ジパングはかつて根強い年功序列制度が残っていたと聞く。国、という制度が廃止された今、そんな概念はない、と言いたかったがそう易々と言い切れるものでもないらしい。
加えて、オレの年齢はかなり異質であった。成長期も来ていない子どもが悠々と特務隊本部に出入りする、妙なことであろう。
陰口や噂話はどこにでも存在するようだ。
パウルをはじめとした周りの大人が大らかだったのか、トーキョー支部がお堅いのかは不明だが、班長を名前で呼び捨てたことが気に食わなかったらしい。
本来班長は一般隊員と特段変わることはないため、オレは気にしていなかったが、所属した班はどうも合わなかったらしい。何となく邪険にされていることはすぐに分かった。
仕事が終われば訓練をその場の隊員と行い、さっさと帰る。どいつもこいつも骨のない相手ばかりだ。
「早く帰りてぇな……。」
そうやって不貞腐れる日々を過ごして3ヶ月。
オレは初めて警察との合同任務を経験することとなった。内容は、最近『Dirty』ではない新人類優位主義を掲げる人が時に能力を持つ子どもを誘拐しようとする事件が発生しているためその犯人を捕らえるといったことだった。
そこで初めてオレは今同じ班に所属するハーマンと出会った。それが彼を班に迎え入れたいと思ったきっかけでもあった。
「今回はよろしくな。ハーマンくん。」
「ああ、はい。こちらこそ。にしても。」
ハーマンは興味深げにオレを見つめた。班長の視線が痛くてオレはすぐに挨拶をした。
「初めましてリーンハルト・ワイアットです。よろしくお願いします。ハーマン……さん。」
「おう。」
その場では特に言及しなかったが、事件に移る前にハーマンがそっと寄ってきた。
「リーンハルト、班長から伝言で今回はオレとペア組むからな。よろしく頼む。」
「よろしく……お願いします。」
「敬語も敬称もいらない。話しにくいんだろ。」
さらりと言うハーマンが、当たり前だったのにどうも異質に見えてしまいオレはポカンと口を開いた。
ハーマンはその顔が愉快だったのか一言断るとタバコをふかして口角を上げた。
「ホームシックか?」
「ホームはもうねぇし。」
オレが唇を尖らせると急にタメ口になったオレに笑いつつ、小さく彼は謝った。
「お前、ずっとつまらなそうな顔をしてるだろ。無理してるのありありと分かる。無理してまで特務隊を選ぶ必要はあるのか?」
「オレがやると決めたことだから。つーか、ハーマンは。」
「オレはエリートコースを修了して警察になった。今回は特務隊員兼刑事としての参加だ。」
ハーマンはエリートコースを修了して自ら別の道を選んだらしい。オレはそういった道があることを知らずに生きている。
そんな彼が少しだけ羨ましかった。
「差し出がましいだろうが、居心地悪いだろ?」
「……うん。でも仕方ねぇのも分かってる。特にトーキョー支部は元々戦闘が得意な支部でもないしエリアの特色も強いからピリピリすんだろ。」
さっきから背中を叩いてくれる彼の温かさに絆されてしまったのだろうか。でもさぁ、と言葉を漏らす。
「オレだって好きで強くなって特務隊入ったわけじゃねーのに。」
久しぶりに聞いた、落ち着いた声のせいだ。
オレはつい本音をこぼした。それを聞いたハーマンは細い目を少しだけ見開き、オレを見つめると乱雑に、まるでパウルのように頭を容赦なく撫でてきた。
「お前まだ12歳とかそこらだろ。これから特務隊以外のことだってできる。ゆっくり見つければいいだろ。……この任務が終わってからな。」
「はは、それはもちろん!」
オレが笑ってそう言うとハーマンはタバコを簡易灰皿に入れ、歩き出す。
「もし暇だったらオレに連絡してくれ。オレもお前と戦ってみたいし、オレの同僚にも強い奴がいる。みんなお前の年齢なんか気にしないいい奴ばかりだ。」
「……いいのか?」
「悪かったら誘わない。頼むぞ相棒。」
こちらに来て初めて聞く響きにオレは感動しつつ必死に頷くとこれまた彼は面白そうに笑い、そのまま私用の連絡先を交換すると去って行った。
それから数日後、ハーマンと巡回をしている時に事件は発生した。この日は何となくハーマンの刑事の勘というやつが働き、オレが目立たないよう水溶性の髪染めをしてみた日だった。
たまたま巡回していた場所でたまたまオレがトイレに寄っただけの話。いわゆる、コンビニエンスストアだったのだが、そこでオレはトイレを待っている時に盗み聞きしてしまった。
「ここだな?」
「へい、あと別件で噂によると最近【共感】っつーの発現したガキがいるそうなんですが。」
「そんな弱そうな能力どうでもいい、こんな所で話すな。」
男はオレを一瞬だけ見たが、ただの子どもと判断したのか別の男を諌めるに留まった。
ハーマンはオレが幼いことを決して言及しなかったが、なかなかに腹の黒い奴だった。幼いということは確かに不利ではあるが敵を油断させる要因にもなる、とことん利用してやれと言った。
12歳相手に堂々とそんなことを言ってくる彼をどうかとも思ったが同時にオレを隊員として認めてくれていることを感じ、正直嬉しかった。
今思えばハーマンもそんなオレの心情を理解してくれてたんだな。何、そんなつもりはない?
ともかく、オレはすぐに2人組のことをこっそりと外で待つハーマンに報告した。
それからオレはとりあえず用を足すふりをしようと、別の少年とすれ違いにトイレに入ろうとした。だが、その男2人はその少年がターゲットだったのか無理やり手を引こうとした。
オレが止めに行こうとした瞬間、たまたま同じ通路にやってきた女性が飛びかかった。
「何してるんですか!」
「……ックソ!」
男が銃を取り出すとその女性の足部に発砲した。
店内が突然の銃声に騒めくと男は天井に向けて2発発砲した。
「お前らは全員人質だァ! 大人しくしろ!」
騒めく店内は一瞬で静寂を取り戻す。
オレと少年、助けようとした女性の人、中年の男性、店員3人が1箇所に集められた。
外には警察への通報もあったのか、間もなく人が集まってきたが、犯人達が何やら要求を突きつけたらしく突入してこなかった。
大人達の通信機は取り上げられたが、幸いオレと少年のものは取り上げられなかった。中の映像は自動送信されるため問題ないだろう。ハーマンに任せるべきだ。
それよりも問題は女性の処置。
「あの……。」
「何だクソガキ!」
「……女の人の足の怪我、包帯巻いてもいいですか。」
「勝手にしやがれ。」
オレがおどおどとして見せると男は商品棚から適当に包帯を投げ捨ててきた。やはり、この見かけは使えるらしい。
オレは女性のそばに行った。犯人達は店員をはじめとした男性側には銃を突きつけていたがオレ達女子どもにはさほど関心を向けてこなかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、意外と血は出ていないから。ありがとう。落ち着いてて偉いわね。」
「……まぁ。」
オレが曖昧に答えると女性は汗をかきながらも微笑み、小声であるが呑気に話し出す。
「私も息子がいるんだけどね。シュウゴっていうんだけど。歳の割に落ち着いている子なんだけどこんな風にはできないかも。」
「何歳ですか?」
「7歳。」
「……7歳にできるわけないじゃないですか。」
オレが呆れたように言うとその女性は少しばかり困った顔をした。
「ふふ、賢いのよウチの息子。でも、人に興味があまりないのよ。人付き合いしないわけではないんだけど、父親のようになりそうで将来が心配なのよねぇ。」
「……そっすか。」
応急手当てが終わると彼女はありがとうと礼を述べた。
人質なのにこんな風に話しているなんてこの女性も大概ではないかと思う。シュウゴ、自分の母親にそんなドン引いた顔すんな。
ちょうどそのタイミングだっただろうか。
人質の男の1人が口を開いた。
「あの……、僕、旧人類なんで、それにこの後大切な用があって、僕だけでも解放してもらえませんか?」
何て浅ましいことを言い出すのだ。
案の定、犯人側の琴線に触れたらしく男の1人はあからさまに眉を吊り上げた。
「オレらはよォ、お前みたいな自分勝手な旧人類をやるために能力を持つ優秀なガキを拐ってんだ! ここでお前は殺す!」
「ヒッ、」
「ハーマン!」
ここからは反射だった。何か綿密な考えがあったというわけでなく咄嗟にという言葉がまさにぴったりだった。
男が放った銃は人質を庇ったオレの脛を掠る。初めて当たった銃の焼けるような痛みにオレは下唇を噛み我慢し、地面に氷を這わせ銃を持つ男を凍らせた。
それと同時に天井裏から侵入していたらしいハーマンは板を蹴破り、【鋼鉄糸】で残り2人を縛り上げる。
「突入!」
ハーマンの号令で一気に警察がなだれ込んだ。
「あなた、大丈夫?!」
「君、大丈夫か?!」
被弾した女性と店員の1人がオレに駆け寄った。オレは大丈夫と言ったつもりだったが顔色が悪かったらしい。他の人質も心配そうにオレを見つめた。
しかし、オレが庇った男だけは化け物を見るような目でオレを見つめた。
「ぼ、僕は悪くない……。新人類同士のいざこざに巻き込まれただけで、僕は。」
「貴方、大の大人が子どもに守ってもらってそんなこと……!」
女性が青い顔でふらつきながらも男を睨みつけた。
しかし、その男の正面に立って胸ぐらを掴み上げたのは、当時オレが所属していた班の班長だった。
意外な人物の登場にオレは目を丸くした。
「みなさん、彼はまだ小さいですが、確かにエリートコースを修了した一特務隊員、心配は御無用です。」
「え……。」
人質全員が信じられないものを見るような目をした。
「そして、彼に庇われた貴方。我々は特務隊員です。たとえ貴方が認めずとも貴方のことは救います。それと同時に我々も人間です。
あなた達と同じように痛みを感じ、そして感情もある。ならば救う順番に多少の私見は入ってもおかしくはない。今後このような事件に巻き込まれないようご注意ください。」
まるで犯人側の人間のように己の無力に打ちひしがれ、男はへたり込んだ。それを警察官が連れて行く。
店員達はオレに礼を述べ、事情聴取のためにその場を後にした。そして女性と少年が最後にオレに近づいてきた。
「かっこよかったわ。小さなヒーローさん。」
「ありがとな! お前もちっちゃいくせに凄かった!」
「……おう。」
2人を見送っているとハーマンがやってきた。
「ありがとな、ハーマンも。助かった。」
「いや、お前の声が行動を起こす確信に繋がった。能力発動の速度も見事だった。ぜひお前が班長になった暁には召集してほしいくらいだ。」
「ハーマンが班長でなくて?」
オレが首を捻るとハーマンはからりと笑う。
「存外、お前に呼ばれるのはしっくりきた。」
「……。」
オレは思わぬ言葉に惚けた。
そんなオレをハーマンは「お大事に」の一言だけ告げると事件の後処理のためにさっさと去って行った。オレもまた店から出ると班長が待っていた。
「リーンハルト。」
「おっ、はい!」
完全に気を抜いていたオレは呼名され身を竦めた。
だが、班長の姿にさらに驚かされる。彼は深々とオレに向けて頭を下げていたのだ。
「今まですまなかった。我々は君が子どもだと思って侮っていた。」
「いや、実際子どもですし。」
「だが、君の咄嗟に一般市民の前に飛び出せる勇気、現場で発動できる能力の強さ、どれを鑑みても我々も学ぶべき点があり、頼れる仲間だと思った。今までの態度を謝らせてほしい。」
「……オレも、慣習とか、よく分かんなくて、不貞腐れてばっかで学ぼうとしなかったので。」
「こういう時こそ君を子ども扱いし、我々が教えてやらねばならなかったのだがな。」
班長はオレを認めてくれたらしい。熱くなる目頭から雫が溢れないようオレはぐっと堪えた。
それから改めてオレが所属する班はミーティングを行い、実践形式を通してコミュニケーションを取り直した。また、オレもエリア:ジパングの慣習を習った。
エリア:ドイツのことを伝えると、それはまた新鮮だったようで打ち解けるきっかけにもなり、オレは気づけば、トーキョー支部での研修を1年延長していた。
エリア:ジパング特有の武術や武器を学んだり、食べ物、特に抹茶と出会えたこと、何よりハーマンや班長との出会いはオレの今の戦闘スタイルを培う土台になったことは間違いなかった。
別れを惜しみつつ、オレは2年ぶりにベルリン支部に戻った。
ちょうどエメリッヒも戻ってきていたらしい。彼は確かパリ支部に1年だけ研修に行ってベルリン支部に戻ってきていたはずだ。手紙のやりとりはしていたものの会うのは実に久しぶりだ。
ターミナルにはエメリッヒが迎えに来てくれており、オレを見つけると以前と変わらない笑顔を見せた。
「リーン! 久しぶり!」
「エメリッヒも……身長伸びた?」
「成長期に入ったぜ! リーンとの差はますますひらくばかりだな!」
「オレも入ったらすぐ抜くから。」
ふふん、と俺が笑ってみせると、エメリッヒは瞬き上等、と呟いた。
オレは、正直この時浮かれていたのだと思う。エメリッヒが初期研修先でどんな境遇を味わっており、どんな変化を経たのか知らなかったのだから。
【こぼれ話】
ここで出会った女性はマイカ・ミノです。
既に離婚しており、現在はエリア:イタリアで自分のレストランを持っています。シュウゴの妹が栄養士を目指すきっかけとなったのは彼が面会の時に渡されたレシピ本を彼女に渡したからです。
ちなみにハーマンもまた入職して間もなかったため実はめちゃくちゃ緊張感していました。




