22.マスメディアは正義か? -突撃ジャーナリズム-
ヒロタダは慌てて特務隊の面会室にやって来た。
というのも、割合温厚なリーンハルトの低い声で呼び出されたからだ。
声音から推察するに、彼は非常に怒っているようだった。
後方からはケイが慌てる声とルイホァが怒鳴る声も聞こえたから何かトラブルがあったのだろうが、喧嘩であろうか。いや、それならリーンハルトが止められるはずだ。
アイパッチを装着して、会議室の扉をノックする。
「入れ。」
「失礼します。ただいま到着しまえぇぇ?!」
「やっほー、ヒロタダ久しぶりぃ!」
抱きついてきた女性はよく見覚えのある女性だった。
なぜなら実姉であるから。
名をユイ・ノガキという。既婚者にも関わらず、好奇心旺盛で落ち着きのないところのある姉だった。
それよりも気になるのはリーンハルトが明らかに怒っていることだ。目で早く座れと命じてくる。
「姉さん、とりあえず座って! 何があったんだよ。」
「えー、アンタが特務隊に入隊したってとある筋から聞いたからインタビューさせてもらえないかなって。」
大方察しがついた。
リーンハルトの地を這うような声に2人は黙った。
「数時間前、施設に入る隊員2名にお前の親戚ということを名乗り、施設に侵入した。そして、その2名が隊員ということを知ると、無断で彼らの素性を探るような問いかけを繰り返した。1名が感情を乱し、問題になると思われたため関係者との面談室に通した。素性がお前の実姉ということで呼び出したまでだ。」
恐らく揉めたのがルイホァ、もう1人はケイだろう。
姉は、雰囲気を一転、真面目な表情になる。
「先日のシンジュクテロ事件、ワープホールステーションテロ未遂、連続した事件が発生しています。市民が危険に晒されているにもかかわらず、AAによる報道規制が掛かり真実は伝えられません。加えて、未成年者の特務隊参加、これが公になれば問題になりますよ。」
「特務隊を運営するにあたって情報の機密性を確保しなければならない。隊員のプライバシーもだ。それをずけずけと無遠慮に尋ねてきた。罰せられないだけマシだと思っていただきたい。それに、本人たちに参加の意思は確認しているし、一般人としての生活の保証も行なっている。」
「道徳の問題です。私たちには知る権利がある。」
2人は睨み合い、場が凍る。
すると、我慢できなくなったらしいルイホァが珍しく静かに部屋に入ってきた。
「その知る権利ってさぁ、何で保証されてるの? 道徳、とか言わないでよね。私たちのプライバシーや事件の詳細を伏せることは法律で守られている。それをそんな曖昧なもので測らないでほしい。」
「でも、貴女たちの平和な生活が害されているのよ。」
「害してるのはアンタだよ。何も知らないくせに。」
「だから知ろうとしているんじゃない。」
あ、これはまずい。
先程まで怒っていたリーンハルトが彼女を止めようとした時だった。
黙っていたヒロタダが姉の肩を強く掴んだのだ。
「姉さん、これ以上はやめてほしい。班長、少し2人にしていただけませんか。」
「構わない。通信機はつけとけよ。」
リーンハルトは今にも飛びかかりそうなルイホァの首根っこを掴むとひょいと持ち上げて退室していった。
さて、とユイに向き合うと反省した様子もなく笑みを浮かべていた。
「ヒロタダが来てくれて助かったー。さて、特務隊の関わった事件とか、隊員について教えてくれる?」
「反省してないのか?!」
「だって私はジャーナリストよ? それに世間は今、特務隊の活動について強い関心を持ってる。イメージアップにも繋がるはずよ?」
会話のキャッチボールが先ほどから成り立っていないことに目眩をする。
「未成年者の参加はこの際目を瞑るわ。正直なところ、あの2人の口の固さには驚いたわ。お姉ちゃんを助けると思って……ね?」
その言葉でヒロタダの堪忍袋の尾が切れた。
彼は机を力の限り拳で殴りつける。
普段なら外れないリミッターが外れ、机にヒビが入る。
「僕たちをバカにするのも大概にしろ!」
「え? 別に、そんなバカにしてるわけじゃ……。」
「いや、してる! あの2人だって自分で選んで特務隊に所属してたくさんの人を救ってる!
特に女の子の方は、僕よりも強くて経験だって豊富だ! あの男の子も一般人を守るために傷ついた! なのに、何で大人のアンタが2人を追い詰めるような真似をするんだ!」
再び机に当たると彼女の肩が跳ねた。
ヒロタダは3人兄弟の末っ子である。兄と姉には可愛がられ兄弟喧嘩もヒロタダだけはしたことがなかった。
しかし、今回のお願いに関しては許せなかった。
ルイホァは常に強くあるため努力して前線で戦い抜いている。ケイも自分の夢を追いかけながらも人のために戦い、人を救えなかったことに涙していた。
それらを愚弄するような、特務隊員を守るための法を蔑ろにする姉が許せなかったのだ。
「ごめんね、追い詰めるつもりなんてないのよ。……考え直してみて。今日は帰るわ。」
「考え直すも何ももう面会もしない。上司やその子たちに会わせるのも嫌だな。」
ぷい、と顔を逸らし案内人を呼ぶ。
普段なら出口まで送るがとてもそんな気分にはなれなかった。
部屋から出ると同じくアイパッチをつけたケイが壁に寄りかかって待っていたらしい。2人の姿を認めると会釈した。
「ごめんなさいね、迷惑かけて。上司の方にもそうお伝えください。」
「分かりました。お気をつけて。」
ケイは怒っていないらしく、笑顔で会釈し返した。
姉が出て行ったことを確認すると2人はアイパッチを外した。
「ごめんな、うちの姉が迷惑かけて。」
「いーえ、オレも兄ちゃんいますけど、昔オレの能力バカにしたやつに向かって喧嘩振りに行ってましたし。心配してただけじゃないんすか?」
「いや、あのバカ姉は本当に好奇心の塊なだけだと思う。」
そっすか? なんて呑気なことを言いながら首を傾げる。
「まー、正直特務隊に入る時、作戦とかが漏れないようにとか機密のことについて口酸っぱく言われたから、困りましたけど。3人があそこまで怒るなんて思わなかったっすよ。」
特にヒロタダさん、と付け加える。
確かに呆れることはよくあるが、あそこまで怒鳴ったり物に当たったことは今まで無いかもしれない。
「そりゃ怒るさ。私欲のために特務隊に不利益を与えようとしたんだ。それに戦後だって色んなゴシップが飛び交ってAAは必要以上の被害を被ったんだからね。それを身内がするなんて……。」
そう、先のユーマニティ戦争終戦後は、様々な憶測を交えたゴシップが書かれた。それをきっかけにマスメディアに対する法整備が強化され、今日では誤った記事を書かれた場合の保証制度も整えられた。
戦争に参加していたリーンハルトはもちろん、エリートコースにより教育を受けたルイホァはその辺かなり敏感になっていることは容易に予想できた。
ケイは頭の後ろで腕を組みながら、思考を巡らせるようにうーんと唸る。
「オレもつい最近までは一般人だったから知りたいっていうのは分からなくないけど。ま、人とのコミュニケーションと一緒で伝え方っすよね。とりあえず仲直りできるといいっすね!」
「は? 口なんかきかん!」
「こっども〜。」
ケイは愉快そうにからから笑っていた。
「リーンハルト離して! あの人殴る!」
「いや腹立つのは分かるけどお前が殴ったらまずいから本当に!」
隊服のまま暴れるルイホァを事務所まで引っ張ってきたリーンハルトは肩で息をしていた。
ちょうど警察の方の仕事を終えたらしいハーマンは背広を椅子に掛けながらデスクの書類に目を通していた。
オリヴィアもちょうど出てきたところらしくコーヒーを混ぜていた。
「受付で聞いたぞ。ヒロタダの姉さんが来たんだってな。しかもジャーナリスト。」
「私もいたら怒ってたかもしれないわ。よく耐えたわね、リーンハルト。」
「あれだ、隣にブチ切れてる奴がいると逆に冷静になるやつ。」
2人は呑気にああ、と納得の声をあげた。
ルイホァはまだ気が収まらないらしく、勢いよくソファに腰を下ろした。
「別に天狗になってるわけじゃないけど! 特務隊の情報が漏れて一般の人に犠牲が出たらどーすんのさ! 何にもわかってない!」
「大人なんてそんなものよ、賢くなって力をつけるからこそ、自己中心的になる場合もある。」
「何それ、そんなんなら大人なんてなりたくないよ。
もう……子どもは子どもで今回やケイの勧誘の時みたいに舐められるしさ。」
オリヴィアの言葉に不貞腐れたようにそのまま彼女は机に突っ伏した。
それから数日後であった。
とあるテレビ局に『Dirty』からの災厄が降り注いだのは。
【キャラクター紹介】
ユイ・ノガキ
旧人類 28歳
地方局アナウンサー兼ジャーナリスト。
お喋り好き、既婚者であるがメンクイで若い男の子が好き。見た目は母親似で真っ直ぐな茶髪を胸くらいまで伸ばしており、目元は柔らかい感じ。黙っていれば真面目そう。既婚者で1歳の息子がいる。
【こぼれ話:マツモト家について】
ヒロタダの実家は農家であり兄が家を継いでいます。
ユイはトーキョーに憧れて上京、ヒロタダは家を手伝うために経済学部に進学しようとしましたが、とある理由で法学部に進学しました。
家族仲は良好で時々仕送りが来てリーンハルトにお裾分けしています。




