20.君たちへの感謝を胸に
『ヒロタダさん。』
『ん?』
先日のシンジュク駅攻防戦から数日後。
5月も終わりが近づき、気温も上がる中、大会準備に勤しむケイが夜遅くにヒロタダを訪ねた。
彼の手には1通の手紙が握られており、彼の目元は赤い。
『これ、今度シュウゴさんに会ったら渡しておいてもらえないすか? オレ、暫く鍛錬があの人と被りそうもないし私用の連絡先聞き忘れてたんで。』
『別に大丈夫だよ。』
彼は数言だけ告げ、少しばかり悲しげなしかしどこかすっきりした顔で礼を述べると、そのまま学校の寮へ帰ってしまった。
そこから数日。
『助けてください。』
「……。」
初めてシュウゴから届いた連絡は助けを求める淡々とした文面だった。
敵襲かと思えばそういう訳ではないらしく、彼は2人面倒な人が来たと宣った。
ヒロタダはとりあえず彼の自宅を聞き、車を走らせる。彼の大学の近くにある2LDKのマンションにやってきた。
学生にも関わらずいい家に住んでいるなぁ、と思いながら4階まで上がる。
上がったところでシュウゴが何に困っていたのかすぐに分かった。
「大体何で君が来てるのさ! オレは友だちとしてきてるけど、ヴィリはシュウゴと一切関係ないよね?!」
「僕だって、ちゃんとシュウゴさんに用事があるんだよ。セイみたいに暇だから来た訳じゃないし。」
「……。」
玄関先でやんややんやとどちらが先に部屋に入るかを言い争っているらしいのは、査定の時に一緒になったセイ・シバサトと、軽々しく謁見できないはずのジパング支部監査局長のヴィリ・ジノヴァツだ。
間に挟まれて、無表情ながら疲れ切った顔をしているシュウゴははたとヒロタダの存在に気付いた。
「2人とも、ヒロタダさんが来たから今日は帰っていただけませんか?」
「敬語やめてよ! オレはヒロタダいて大丈夫だから!」
「……僕も。」
「……ヒロタダさん。」
完全に絶望している。
「……とりあえず近所の目が不味いから3人とも家の中で、じゃダメですかね。」
「「「……。」」」
それぞれは腑に落ちないという顔をしていた。
「そっちは妹の部屋だから絶対入らないでください。」
「妹さんと住んでるんだ。」
「はい、よく似ていると言われます。」
リビングは几帳面に整えており、どう考えたって女性の色を落とすようなインテリアになっている。彼自身は恐らくこだわりがないのだろうことが窺えた。
広くセキュリティのしっかりした家に住んでいるのも納得だ。
「で、セイさん。」
「さんはいらない。一応ヒロタダと同じ階級だからねー。」
「じゃあ、セイ。何で君はシュウゴの家に?」
「えー、この前の任務で怪我したって聞いたからお見舞いに来たんだよ〜。ついでに遊んでもらおうと思って!」
「僕は、元々シュウゴに用があったんだけど中々彼に会えなくて。セイを尾けてきました。」
シュウゴは茶を出しながらも、呆れたような目を2人に向けていた。
さすがにヒロタダも年下とはいえ、上司であるヴィリと先輩にあたるセイに苦笑いせざるを得ない。ここははっきりと言わねばなるまい。
「……ごほん、失礼ですが、お2人にはジパング流のマナーが欠けているように思います。」
「「マナー?」」
2人はどうやら本当に知らないらしい。
ヒロタダは丁寧に説明し始める。
「例え友人としても、相手の私的なスペースに邪魔するのですから、事前に連絡が必要です。お2人は初めての来訪ですし、妹さんもいるんですから。」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ。特にヴィリさんはシュウゴからすれば上司です。急な来訪は、はっきり言うと迷惑です!」
「め゛っ!」
彼は見るからにしおしおと落ち込んでしまった。
心苦しいが、噂と話す印象の限り、監査局長殿はあまり同世代の触れ合いや個人的な付き合いをしていないらしい。
見かねたセイがしどろもどろではあるもフォローに入る。
「あ、あの、この人、エリートコースにいた頃から同世代とかと触れ合うことからっきしだったし、私生活でこうやって個人宅に来るの、初めてだから勘弁してやってくれないかなー、なんて。」
「それでも、今回は君たちに非があります。反省してください。」
「シュウゴさん……迷惑だった?」
ヴィリが気弱に尋ねると、先程までぽかんとしていた彼は慌てて首を横に振った。
「……め、迷惑というか、オレもあまり家に人を呼んだことないから妹も驚くし、仕事の話なんて以ての外です。せめて、連絡が欲しかったです。
セイも見舞いはありがたいけど、まだ遊ぶ気力はないから。」
「そう、ごめんなさい。」
「ごめんー。」
2人はしょんぼりと落ち込んでしまい、シュウゴも困ったようにしていた。
「……連絡してくれればいいから。」
「「ほんと?!」」
シュウゴが頷くと彼らは嬉しそうにしていた。
「僕にも敬語使わなくていいからね、シュウゴさん!」
「徐々に……。」
「ちょっと、ヴィリ! 先に仲良くなったのオレなんだけど!」
「何でこんなに。」
懐かれているんだろう、と続くのだろう。
渋々私用の連絡先を教えていた。
「じゃあ、これで終わりですね。お茶を飲んだら出ましょう。」
「あ、でもごめんなさい。仕事の話は絶対しないといけないんだ。だから、2人にしてほしい。」
ヴィリはあくまでも己の仕事を優先させるらしい。
ヒロタダとセイはベランダに追いやられ、4階からの眺めを楽しみながら雑談を交わしていた。
「2人は気心知れた仲なんだな。」
「あぁー、リーンハルトさんが参加してた戦争は知ってるよね。」
かつて大陸で行なわれていた“ユーマニティ戦争”のことを指す。
それは新人類優位主義の先駆け、つまり『Dirty』が生まれるきっかけとなった戦である。
「ヴィリとオレはそこで家族を喪って、孤児としてAAに保護された。親戚のないオレ達は自然と仲良くなって、エリートコースで育まれた。
そしてこの特務隊で世界を良くするために働いてるってわけよー。」
にこにこと、彼は微笑んでいた。
しかし、ヒロタダには釈然としないものがあった。
「セイは、今本当に笑っているのか?」
「……は?」
彼は言っている意味が分からないというように首を傾げた。
しかし、二の句を聞いて彼の瞳の奥に存在する激しい感情を初めて理解した。
「冗談はよしてよ。こんな世界で、家族を、平凡な幸せを奪われた世界で、笑える訳ないじゃん。」
「……。」
彼に、何と返すべきか、ヒロタダが迷っているときだった。
静かに背後のベランダが開いた。
「あの、話終わりました。」
「おっ、じゃあ次オレと遊んでー! せっかくゲーム持ってきたのに!」
「今日は無理だってば。オレも課題があるんだよ。」
何度目になるのか、シュウゴはため息をついた。
何だか彼もどうも普段と違うように思えた。どこか苛立っているような、人と触れ合うことを拒んでいるような。
「……シュウゴ、何か気になることでもあるのか? その、本当に嫌なら殴ってでも連れてくぞ?」
「ヒロタダ思ったよりバイオレンスじゃん……。」
セイが小さく怖いと呟く。
シュウゴの背後にいるヴィリも表情は乏しいながら青い顔をしていた。
「でもさ、ヒロタダの言うとおりだよ。本当に嫌ならオレもヴィリもすぐに帰る。ちゃんと言葉にしてくれないと分からないよ。」
セイの真剣味を帯びた言葉にはっと彼は顔を上げると首を横に振る。
「……ちょっと、聞いてほしいことがある。」
僅かに、彼の声が震えていた気がした。
さすがにベランダで立ち話はよろしくないと判断したのか、3人をリビングのテーブルのところに連れて行く。
ふう、と彼は一息をついて席に座る。
自身の指を弄りながら決心したように話し始める。
「この前の、駅地下の事件のことなんだけど。」
「……シンジュク駅のテロの話? あれだけ大規模だったにも関わらず、死者は犯人4名のうち3名、そして乗客1名と最小限に留めたって話だったよね?」
ヒロタダに確認するようにヴィリが尋ねる。
先日の事件。
ヴィリが言ったとおり、規模にも関わらず、被害は最小に済んだと言われている。重傷者は他シュウゴとケイが救った2名、他の乗客は無傷ないし軽傷で済んでいる。
「……その乗客1名は、オレとケイの目の前で亡くなったんだ。」
死者と重傷者は2人がジャッキーで瓦礫から救った3人だった。
「ケイは、あの人が弱っていくのを、背で感じていたんです。オレがもっと早く敵をどうにかできていれば、ケイにもあんな思いをさせずに済んだかもしれない。彼も、助かったかもしれないんです。」
そこで初めて、彼が抱えていたことを知った。
彼らは大きな事件を乗り越えるとともに、初めて目の前で人が亡くなるところを目の当たりにしたのだ。
ケイは、その報せを聞いて泣いていた。
人目も憚らず泣いて、エルナやルイホァももらい泣きをしていた。
その後、遺族が亡骸を運んでくれた特務隊員に礼を言いたいと訪ねてきた。リーンハルトは躊躇ったが、先日2人の様子を見て会わせたのだ。
『……オレがもっと強かったら、早く助けられたら、旦那さんは。ごめんなさい、ごめんなさい……。』
『でも、オレ、あの人を助けられてない……です。』
そのあと紡がれた言葉を聞いてケイは再び泣き始めた。
顔をアイパッチで隠しているのに、涙は止められなくて。
家族もその姿を見てやっと心が落ち着いたのか、涙を静かに流していた。
その時、シュウゴは一歩引いたところで立ち尽くしていたのを覚えている。
「あの時、どうして家族は礼を言ったのか、分からなくて。誰もオレのことを責めない。自分が何でこんなに苦しいのかも分からないんです。」
「……。」
彼は泣きそうな顔をしていた。
しかし、自分の中で整理がついておらず素直に泣けないのだろう。
ヒロタダは、ついシュウゴの頭をワシワシと撫でてしまう。彼は驚いたように顔を上げた。
「……シュウゴ、知ってるか? 近年のテロや戦争、事故で亡くなった人は滅多に家族の元に五体満足で帰ってこないんだ。下手したら遺留品さえも。」
「そうなんですね。でも何で今その話を?」
彼は驚いたように目を丸くする。
セイもヴィリも否定をしないためそれが嘘でないことは聡い彼からすればすぐにわかることだろう。
「必要なことなんだよ。で、その理由は何でか分かるか?」
シュウゴは少し考えると恐る恐るといった様子で答えた。
「生きている人と、自分の命を優先するから。人の想いよりも、目の前の命を。その方が効率よく人を救えるから。手に負うものが少ない方が、溢さなくて済むから。」
「その通り。」
聡い彼はこの時点で、理解しただろう。
しかし、ヒロタダは敢えて言葉で説明した。
自分の中で消化しないように。困ったときに、自分を頼ってくれるように、と。
「たぶん、家族は2人の若さに驚いただろうね。
責めたい気持ちもあったと思う。けれど、通常であれば見捨てられるであろう“想い”を救って、家族の元に届けたんだ。
あのまま残しておいたらおそらく遺体の損壊も酷かっただろう。人と、認識できないまであったかもしれない。
2人だから、そう判断して、できたことなんだよ。」
ヒロタダやエルナでは能力的にできなかった。
他の現場経験のある面子であれば、シュウゴが話したような判断をしただろう。
「……同い年のオレが言うのもなんだけど、シュウゴ達がやったことは無駄なことじゃないよ。下手したら、重傷者2人も見捨ててたかもしれない。」
「実際に僕もその現場にいたらそうすると思う。それにシュウゴさんのその手の傷、人を庇ったんでしょ?」
大方治りかけていたが、ヴィリが指した彼の腕には確かに火傷の跡が残っていた。
「シュウゴさんは特務隊にいる限りもっとつらい思いをするだろうね。でも、君なら大丈夫と、ここにいる2人と、リーンハルト班の人たちは思っていると思う。」
「そう……ですか。」
それにね、とヒロタダはケイから預かっていた手紙を渡した。シュウゴは視線で開いていいものかと尋ねてきたため、肯くと彼は震える手で手紙を開封した。
彼は文字を目で追うと、大きく目を見開いた。
「救われている人は間違いなくいるんだよ。」
セイの言葉に、シュウゴは顔を伏せてしまう。
手紙には、あの時瓦礫から引っ張り出した男性が笑顔で車椅子に乗る写真と、拙いが震える手で書いたであろう謝辞が入っていた。
『シュウゴさん、オレが足を止めるたびにずっと声をかけて、手を引いてくれたんです。たぶん1人だったら、あの人を地上まで連れて行けなかった。』
ケイはヒロタダに手紙を渡すときにそう告げたのだが、彼はそのやりとりなどあまり気に留めていないのだろう。
「ご迷惑をお掛けして。」
「いやいや、シュウゴの顔見られてよかったよ。」
「そーそー。それに連絡先もゲットしたし、な、ヴィリ!」
彼はホクホクした顔で頷いている。
「でもこれで僕たち友だちってことでいいんだよね?」
「また懲りずに言うねぇ。」
ちゃっかり自身のゲームをシュウゴ宅に置いていき入り浸る気らしいセイは、友だち認証には時間がかかるだろうことを予見し苦笑いしながら言うと、シュウゴは驚くべきことをポーカーフェイスを保ちながら言ってのけたのだ。
「仕事では無理ですけど、ここでなら友だちでいいんじゃないですか? ね、ヴィリ、セイ。」
初めて見た笑顔に、ヒロタダとセイはつい赤面する。ヴィリは無表情ながら嬉しそうに彼に抱きついた。
「……オレ、美人っていうの男に思ったの初めてだよ。」
「僕もだから安心して。」
2人の呟きはおそらく聞こえていないであろう。そして、シュウゴが小さく呟いた『ありがとう』も。
【キャラクター紹介】
ヴィリ・ジノヴァツ
163cm 20歳
好きなもの:魚や虫の鑑賞、お菓子作り(見学)
嫌いなもの:紙での事務処理、病院
ボブくらいの髪の長さでレイヤーの入った緑系の黒髪、毛先は少し内巻きになっている。うさぎ顔。
ジパング支部監査局長である。仕事では無表情で毒舌、合理主義者な面もあるが、親しい相手には幼い一面をみせ、堂々と贔屓をする。セイとは昔馴染みで気が合いすぎる故に喧嘩も多いらしい。
【こぼれ話】
セイはFPSやRPG、横スクロール系が得意です。
ちなみに今回持ち込んだのはパズルゲームで、シュウゴとヴィリの方が強いです。




