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14.リーンハルト隊 -大将戦-

査定編、決着です。

次回から次章に入ります。

 リーンハルトとウルツを除いたメンバーは、案内員に促され、観客席に移動する。


「ハーマンさん。」

「どうした?」

「……いや、やっぱり何でもないです。」


 ふぅん、と彼は気に留める様子はない。

 ヒロタダは先ほどから妙な視線を感じていた。それはケイとルイホァも同様でずっとそわそわしており、班員でないカジェタノに怒られていた。


「おう、お前ら。しっかり見とけよ。」


 パウルはなるべく身長の低い人を前に来るよう促していく。リーンハルトが絡まなければ本当にまともな人らしい。


「パウルさんらはリーンハルトさんと一緒に戦ったことあるんすよね?」

「まぁな。モニカとヤン、一応オリヴィアも前線でな。」


 ケイはどこか拗ねたような、ふてくされた様な顔でそのままリーンハルトのほうに視線を向けた。

 この感情の正体に気づくのはだいぶ先の話になるのであるが。




 リーンハルトとウルツは訓練場に移動した。

 ごくシンプルな、障害物のない訓練場である。


「久しいな。リーンとの訓練は。」

「容赦しないですからね。」


 2人きりになると、上司と部下という関係は取り払われ、師と弟子という関係が顔を出す。

 リーンハルトは敵と相対した時のように、静かに全体を見渡す。戦場で長らく生きてきた彼の癖であった。


『では、訓練を始めます。制限時間は30分。

 場所は訓練場No.10、『通常訓練場』です。』


 モニカの合図とともに、訓練場に広がっていた緊張の糸が一気に張り詰めた。

 同時にリーンハルトが踏み切る。


「速っ!」

「お前もすぐできるよ。瞬間的に脳のリミッターを解除して肉体強化と瞬発力を上げる。」


 ケイが食い気味で言うとカジェタノはあっさりと言った。

 ウルツはゆっくりと構え、リーンハルトに狙いを定めるが、彼は直前で前足部に力を入れて、急激な方向転換を行う。

 彼の蹴った後は地面が抉れている。


「相変わらずの踏切ね。」

「アイツの戦闘センスについては随一だからなぁ。」


 オリヴィアとパウルは懐かしむようにしみじみと言う。


「【蟻地獄(アントライオン)】!」

「!」


 パウルが地面に触れると足場は砂場へと一変する。

 リーンハルトは身を翻すと、手を上に掲げ、一気に雨を降らす。足場を沈まないように固めたらしく、そのまま着地するところを凍らせたようだ。

 リーンハルトはそのまま手に水球を作り出し、放り投げる。


「【乾燥(ドライ)】!」


 ウルツは素早い手捌きで次々と水を蒸発させる。

 しかし急に回避を行った。


「何で今のだけ避けたの?」

「……地面見てみろ。」


 ハーマンに言われてエルナは素直にウルツが避けた場所を確認する。

 何かキラキラしたものが落ちているように見えた。


「恐らく足元に滲んだ水を操って足元に氷柱でも生やしたんだろうな。それに投げてる水球には氷の礫が混ざっているように見えた。」


「それに、1発目であんな速い踏み込みを見せられたら接近戦にならないよう気を張るよね。だからこそ足元のトラップが生きるんだけど、そこはさすがウルツさん、ってところだよねー。」


 セイがシュウゴに、ね! と同意するように話しかけたが、シュウゴは集中して見ていた。

 ウルツは次々と地面を乾かし、リーンハルトは次々と水で潤し、訓練場は徐々に熱を帯びているように見えた。

 カメラ越しで見ていると、ゆらゆらと姿が朧げになることもあった。


「なるほどね。」

「ん? どうしたの?」


 エルナは傍らのルイホァに尋ねる。

 するとフェベが笑顔でゆっくりと告げる。


「ここからは、私たちは見えないかもしれませんね。」

「どういうこと?」

「蜃気楼、だよ。」


 ルイホァが解説をする。


「蜃気楼は、密度の違う空気の中で光が屈折して像を生み出す現象。今、リーンハルトとの攻防で生じた水蒸気があるから蜃気楼が生じる条件は整ってるよ。」

「……ルイホァ、賢いなお前。」


 感心したようにケイが呟く。

 彼女は照れたように頭を掻くと、こほんと咳払い1つで真剣な顔に戻る。


「でも、あんな足場のないところで展開できるパターンなんてたかが知れてるだろ?」

「それがリーンハルトさんほどの人なら造作もないんだよ。」


 パキンと何かが割れる音がする。

 カメラのレンズが温度差によりひび割れたようだ。


「もしかして、空中に氷の壁を張った?」

「……目がいいのね。」


 シュウゴの言葉にヤンがニヤリと笑う。

 シュウゴは目線を一瞬だけくれたがすぐにリーンハルトの戦いに視線を返した。


「ぐっ、」


 カメラの向こうからウルツの呻き声が聞こえた。

 リーンハルトの強力な蹴りが彼の頭部に入ったらしい。腕でガードしているように見えるが、オリヴィアが行なったように瞬間的な肉体強化を行います発火威力を上げたようだ。


「ウルツさん、終わりっすね。」


 はて、彼らの訓練が終わったことに気づいた者は何人いただろうか。

 確かに、ウルツが首から下げていたインク玉は潰れていた。


『訓練の終了を告げます。お2人はお戻りください。』

「……お前は、出立前よりさらに強くなったな。」


 ウルツが驚いたように漏らした。

 リーンハルトはきょとんと不思議そうな顔をしたがふと微笑んだ。


「……まだ、はっきりとは言えないけど、最近は漫然とじゃなくて、班員がただの班員でないような気がしてるんです。」

「ほう?」


 ゆっくりと、2人は言葉を交えながら、ワープホールへ向かう。


「何でしょうね。ハーマンやオリヴィアに色々支えてもらって、ルイホァやケイに鍛錬せがまれて、シュウゴやエルナが頑張ってるのを見守って、ヒロタダと話しながら酒飲んで。……時々妙な感覚になります。」

「それは……。」


 ウルツは口を閉ざす。

 きっと、これは己の口から伝えるべきものではないと、そう思ったからだ。


「いつか分かるだろう。それがお前の財産になるといい。そして、生きる理由にな。」

「……。」


 リーンハルトは暗い顔をして口を閉ざす。

 まだまだ彼はあのことを引きずっているのだろうか。




 ワープホールを抜けると、リーンハルト班の若手4人がわっと群がってきた。

 ヒロタダも後ろの方でそわそわとしていた。


「リーンハルトさんやばいっすね! 何であの環境下で能力制御できるんすか!」

「あの蹴り技の時の、肉体解放どうやってるの?!」


 若者2人が両端からリーンハルトを揺すりながら矢継ぎ早に尋ねる。


「ちょっと、アンタ怪我してないの?!」

「あの蜃気楼の作戦とか、像の位置も計算に入れてたんですか? あの時間でどうやって?」


 珍しくエルナとシュウゴもわさわさ集まってくるものだからリーンハルトはえ、え、と戸惑っていた。

 しかし、その騒然とした場に凛とした声が響く。


「お疲れ様。ワイアットくん。」


 は、とリーンハルトが息を呑み頭を下げる。

 他の面々もそうだ。ケイとエルナはそれぞれリーンハルト、シュウゴに服を引かれて同じ姿勢になった。

 柔和な表情を浮かべる垂れ目の青年の横には、刈り上げでメガネをかけた長身の男とボブくらいの髪の長さでレイヤーの入った緑系の黒髪を下げた青年が連れ立っていた。


「……誰っすか?」

「ジパング担当の特務隊支部長、つまりジパングの特務隊で1番偉い人だよ。……それにユーマニティ戦争の時の総司令官だ。まぁ、現在はウルツさんよりは立場は下だけど間違いなくオレたちの直属の司令官だ。」


 ケイはへぇ、と彼を見つめる。

 その場で挨拶をした人と向き合っているのはウルツのみだ。


「わざわざ挨拶に来てくれたのか。」

「勿論です。特務隊全体の副長殿がいらっしゃったんですから。君たちもお疲れ様。ワイアットくんは凄かったね。」

「恐縮です。」


 上げた顔を再び下げて一礼する。


「初めまして、の子も居るかな。

 僕はシノブ・コクラ。ジパングの特務隊支部長を勤めているよ。隣は副支部長のゴーシ・テルシマ。こっちは監査局のヴィリ・ジノヴァツだ。よろしくね。」

「よろしくお願いします。」


 声を揃えたのは誰か、それほどに緊張をしていた。


「ねぇ、君さ。僕と同じタイプかな?」

「……同じタイプ、ですか?」

「うん。訓練見てたよ。」


 突然、気配もなくヴィリがシュウゴに接近した。彼は引いてはいるものの退くことはなかった。


「いいね、面白そうだ。また個人的にお話ししよう。」

「ヴィリは何でそう初対面の人にぐいぐい行くわけ?」

「セイもでしょ。」


 シュウゴを間に挟んで2人は何やら火花を散らしている。

 シノブが呆れたように苦笑していた。


「にしてもリーンハルトはいい人材を集めたな。そこの青年もだが、黒い炎使い、共感能力、エリートコース出身の2人、そして戦争経験者。」

「……巡り合わせですよ。」


 ゴーシの言葉に笑顔で返す。


「ね、マツモトくん。」

「ひゃい!」


 ヒロタダの声が情けないことに裏返った。

 それもそうだ。

 シノブは元々AA専属の裁判官として働いていた経歴もあり、優秀さは法曹界でいえばかなり有名である。そんな憧れの人物が自分に笑顔を見せているのだ。


「君の【無効化】は珍しいね。どうやって気づいたの?」

「だ、大学の時に初めて発動したんです。はっきりしたのもその時で……。でも、他の班員に比べたら利便性も、強さもまだまだ。」

「そんなことを言ってはいけないよ。その能力を誰よりも求めている人だっているのだから。」


 慌てて横に振っていた手を彼が優しく包み込む。

 その表情はどこか悲しそうで、しかし暖かかった。


「つ、努めます。」

「よろしい。」


 彼はにっこりと笑う。

 どうも掴めない、不思議な人だ。


「シノブ様、あまりその男に近づかない方がいいかと。」

「大丈夫だよ。彼は、徒らに暴走させることはないさ。」


 何故かゴーシに鋭く睨まれるが、シノブが背にして庇ってくれる。

 ごめんね、と一言謝ると彼はセイに文句を言うヴィリを剥がして、ゴーシのもとへ向かう。


「ウルツさんはまた後ほど案内の者が参ります。皆さんは今後とも精進するように。では。」


 ウルツはおう、と答え、他は一礼する。

 嵐のような人たちだった。


「ヴィリってば目につくとすぐ絡むんだから! 面倒くさーい!」

「……似た者同士。」

「ちょっとやめてよ!」


 セイはわーわーと騒ぎながらシュウゴを揺する。


「ヒロタダは、またあの人に会う機会はたくさんあるだろーな。」

「えっ、そう?」

「ああ。」


 リーンハルトの、細めた目の意味を知らないまま、ヒロタダはその光景を共に見つめていた。


【キャラクター紹介】


ウルツ・ワイズ

56歳 189cm

好きなもの:建築物巡り、訓練

嫌いなもの:梅雨

ミディアムぐらいのうねった白髪と白髭を蓄えているため年寄りと勘違いされる。三白眼のため睨むとかなり鋭くなる。顔にいくらか傷がある。リーンハルトの元直属の上司であり師匠、現在はAA特務隊副長である。

新人類および旧人類の平等化を掲げる中立派であり、人望も厚い。性格は聡明である一方、気さくであり決して差別をしない人間。しかし実績主義な一面もある。


【こぼれ話:能力について】


 ウルツの能力は【蟻地獄】、土の状態を砂に変えたり乾燥させることが可能です。昔と比べると発動範囲や速度は落ちているため接近戦に弱い部分があります。

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