11.リーンハルト隊 -ヒロタダの機転-
※ここから戦闘が続きます。
「んだよ、これ!」
施設の天井から突如放り出されたケイは身を翻して床に着地した。これは訓練前にシュウゴが想定していたことだが、スタートから分断されるとは思ってもいなかった。
ふと気配を感じ、その場から飛び退くとそこには自身と違う色の火炎玉が叩きつけられており、焦げた跡が残っていた。
「……ほう、一学生のくせに急襲を避けるとはなァ。」
確か、カジェタノであったか。
細目をニタリと歪ませて微笑む。当の彼は楽しそうであったが、さすがにケイも警戒を解けなかった。
周囲に人の気配はない。つまり、味方も敵もいないということ。
残念なことに、ケイには部屋の形状を見て自身の位置を把握できるほどの頭も経験も生憎持ち合わせてはいなかった。
加えて頼りのエルナの【共感】による連絡もない。
「なら、サシでやるしかねーってことだな。」
「同じ炎使いとして、ちょうどいい。」
2人はじりじりとした空気の中睨み合った。
「シュウゴ!」
「おっ、早いね!」
シュウゴがセイから放たれた刃を、自身が作り出した短刀で受け止めたと同時。横からルイホァの風がセイを襲うが、彼は身軽に避けてしまう。
狭い通路では能力をあまり活かせないことが歯痒く、ルイホァは内心で舌打ちする。しかし、訓練開始前の質疑応答の様子の限りだと、おそらく彼は近接タイプ。風で距離を取らせる。
「向こうの能力はやっぱり近接?」
「……自分の身体を武器に変化させていた。」
すでに1発貰ったらしいシュウゴは口の中から血を吐き出す。よくよく見ると肩にインク玉と同じ塗料が付いている。
「インク玉潰れたの?」
「偽物、1つ作ったところで潰された。」
やはり、実戦経験に乏しい分、不意打ちへの反応は遅れたのだろう。よくよく見ると彼はインク玉を胸元にぶら下げており、色も本物より艶やかだ。
2人はそのまま通路の反対側に走る。
シュウゴもルイホァのことを理解して、大広間へ向かっているのだろう。
「とにかく、2対1だしあのセイって人やっちゃおう! 早めに広間に向かおう!」
「そうだ『ダメ!』
2人は顔を見合わせた。今の声はエルナだ。
『たぶん広間は2人いる! しかも交戦してないし、隊の人じゃないから敵!』
エルナの言うことが本当ならば広間に行くと自身達が不利になるということ。
地理的不利か、数的不利か。
2人は迷わず地理的不利を選ぶ。大広間の代わりはいくらでもあるが、数が増えると能力次第では明らかに不利になる。
「次に近い広間は?!」
「ここからーーー。」
あれ? とシュウゴは首を傾げる。
先ほどから、相手方の攻撃の手が緩んでいる気がする。ふと、足元に気配を感じ、視線を落とすとそこにはネズミがいる。
そう、訓練場にはいるはずのないネズミが。
「ルイホァ!」
「!」
「……ッ、みんな交戦してる。」
エルナは床に手をつきながらため息をつく。
彼女は訓練場に【共感】を使い、自身や仲間、加えて敵の位置を把握していた。リーンハルトに言われた通り、自分の能力は想像以上に索敵に向いているらしい。
自分が相手を倒せないことは痛いほど分かっていた。だから、逃げなければならない。自分が残っていれば他のメンバーのサポートができる。
だから時折地に手を触れて場所を確認し、敵からも、場合によっては味方からも離れる。
しかし、1つだけ彼女には不安があった。
先ほどからどんなに移動しても正確に己の位置に向かって進撃してくる人物がいるのだ。
「……お願い、みんな。早く!」
エルナは祈りながら逃げる。
恐らく相手も索敵に有利な能力をもつ者がいるのだろう。彼女はすぐに立ち上がると、袋小路には行かないよう、地図を片手に走り出した。
ある部屋では轟音が響く。
というのも、オリヴィアが床を叩き割り、パウルの足場を崩していたからだ。
「【音波】」
「【無効化】!」
オリヴィアの傍らにいたヒロタダが手を震うと、ドロシーの発した【音波】はさほど意味のない空気の揺れとなった。
「チッ、厄介だなアイツら。」
『仕方ないよ、【無効化】なんてイレギュラーすぎるもん。』
「良かったわ、近くに落ちたのがヒロタダくんで。」
「僕もです。オリヴィアさんの能力なら多少僕が範囲を大きくしすぎても影響がない。」
とはいえ、オリヴィアは能力自体が回復系と戦闘に向かず、基本的には強化した肉体で戦う近接型だ。シュウゴがいれば武器を調達できるのだがそうも行かない。
エルナからの連絡によると彼らは訓練場の対角におり、間ではケイが交戦しているようだ。幸いハーマンは敵と出くわしていないらしいが、それも時間の問題だ。
「なら、四方八方でどうだ?」
パウルの周囲に【針】が発動される。
彼の表皮から生み出され、その針は自由自在に動く。
ヒロタダは能力を放つが通路前面を全て覆うほどの効果が安定して発揮できるかというと自信がなかった。しかしやらねばなるまい。
しかし、その後ろで穏やかに似合わぬ轟音が聞こえた。
「あーもう、面倒ね。」
壁を叩き割ったらしいオリヴィアはその瓦礫を易々と持ち上げた。さすがにドロシーもギョッと目を見張っており、パウルは驚きと興奮からかおほっと妙な声をあげた。
恐ろしいことに彼女はそれを投擲した。
「……。」
「さて、少し逃げましょうか。」
「え?」
オリヴィアはにっこりと微笑んだ。
「経験者も強者も、向こうのほうが圧倒的にいるけれども、私たちの班にもその人が存在するのよ?」
飛んできた瓦礫を避けたパウルとドロシーは去った2人の気配を探る。
遠ざかった2人にドロシーは首を傾げながら尋ねた。
『逃げられた?』
「だが、容易に追いかけられる。オリヴィア単体ならそれなりに速ェが、あのヒロタダって奴のスピードに合わせてるだろ。」
『……そんな奴置いていけばいいのに。変な人。』
時に無垢な彼女は、残酷なことを告げる。
パウルは僅かに苛立ちを覚えつつも、針で瓦礫の弱いところを打ち抜き粉々に砕く。
そして、先んじて進む。
後方の彼女は肩から下げるPCに打ち込み、何か言葉を紡いでいるらしい。パウルが彼女と距離が離れた瞬間だった。
「ドロシー!」
え、と彼女は顔を上げる。
それと同時に背後から迫る殺気に気づいたらしい。その主は天井に蜘蛛のように張り付いていた。
「【鋼鉄糸】」
見事にドロシーの胸元についていたインク玉が潰れる。
『パウル班1名脱落。残り6名。』
「テメェ!」
その放送と同時にハーマンは無言で飛び出す。ドロシーはどうやら強制で元の場所に戻されたらしく身体が消えた。ハーマンは天井に粘着性の糸でくっついていたらしいが、すぐに裁ち切り、パウルに突っ込む。
パウルの針生成は遅れたが、ハーマンが振るう警棒を紙一重で避けた。そして、パウルによる針の猛攻を糸と警棒でうまく凌ぎつつ、後方に飛び、距離をとった。
「気配が小さかったからもっと遠いところにいると思ったんだがな。」
「……。」
ハーマンは何も言葉を発することはない。警棒を構え直す。
パウルは無数の短い針を自由自在に飛ばすが、ハーマンは新たに1本警棒を出しギリギリの所で凌ぐ、そして更に後方に飛び退く。
「距離をとってばかりでは勝てねーよ!」
「……そこまで無策でない。」
後方にいつの間にか張っていた糸をバネにして反動で猛進してくる。パウルは僅かに目を見開くが咄嗟に腕、身体に針を生やした
ーーーーはずだった。
「は、なんで?!」
パウルはすぐに勘付いた。
オリヴィアとヒロタダは逃げた。そう認識していた。
しかしこの訓練場は、古城の跡。地下改装もある複雑な建造物である。
「まさか、」
「さすがのパウルさんにも油断、があるんですね。」
ちょうど2人がいたのは、ハーマンとパウルが戦闘を繰り広げていた足元。つまりは地下だ。
「でもまさか、地下から【無効化】されてるなんて思わないわよねぇ。」
オリヴィアは悪魔のような笑顔で天井を見つめるばかりだ。
「逃げたと思った2人は、」
「遅い。」
パァンと胸元のインク玉が弾ける音がした。ハーマンは、そのまま警棒を収める。
「油断しすぎたな。ウチはルーキーばかりだが骨のある奴が多い。」
「……そうかお前見たことあるな。 元刑事課にいた、特務隊に勧誘しても動かなかった男だな。」
「そんなこともあったな。だが、時間が惜しい。また話そう。」
爽やかにそう言うと表情1つ変えぬまま彼は走り去って行った。
あぁ、油断したな。
観客席で恐らく勝ち誇った顔をしているであろう旧友の姿を思い返しながら、パウルは元の施設へと戻った。
【キャラクター紹介】
ドロシー・ウィットル
18歳 145cm
黒髪で長い前髪をセンター分けしているツインテ。腰くらいまでの長い髪で、毛先がうねっている。
基本的にはPCで打ち込んで話す。思考はやや幼い面もあるが、プログラミングに長けており音声プログラムも自分で作った。内向的であるが基本的に刺々しい。
【こぼれ話:能力について】
ハーマンの能力は【糸】で、硬度や粘度、長さを自在に変えることができます。しかし、指と口からしか生み出せないため、一度に出せる量に限界があるそうです。
パウルの能力は【針】、自身の体や触れた場所から針を生み出すことができます。自身の体から生み出した針は少なからずパウルの身体状況にも左右されるそうです。
今年最後の更新となります。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
来年もよろしくお願いします!