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Psychic Rulers 〜能力者たちの語りき話譚より〜  作者: ぼんばん
6章 別離のプロポーズ
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98. 感染症センター攻防戦 -アニバーサリーリング-

※戦闘描写および残酷な表現が多々含まれます。恐らく今までで1番です。ご注意ください。

『君と出会って今日で5年。僕は今までの人生の中ですごく幸せなんだ。これから君をもっともっと幸せにしたい。だからーー。』



 優しい君が私の指に嵌めてくれたもの。

 研究ばかりやってペンだこができた痛々しい手には似つかわない、でも嬉しかった。貴方の温かい手が私の手を取ってくれたことが何よりの幸せだった。


 だからこそ、もう一度手にとることも叶わず、命を奪われたあの時のことを許さない。

 だからこそ、私はどうしようもなく貴方の手をもう一度握ることを願ってしまうのだ。












 落下したがオリヴィアは持ち前の身体能力で易々と着地した。

 共に落下してきた敵については見覚えがあった。

 あれだけ真っ白になっていた頭が妙にクリアで、冷静さを保てていた。


「久しいなぁ、研究員。」

「それはこっちのセリフよ。化物(バーサーカー)。」

「オイオイ、オレにはヘサーム・シャルルという名前があるんだ。」

「それは人間だった時、の名前でしょう?」


 刈り上げをした傷だらけの男は外見に似合わぬ笑顔を浮かべている。

 その様相は先程リーンハルト達と交戦した怪物と瓜二つだ。それもそのはず、理由があった。



「さっきのキメラ達は貴方のコピーかしら?」

「そんな安っちいもんじゃねぇぜ。オレのDNAを分けてやった子分さ! 1匹は能無しだがもう1匹はそれなりに知能があってよ。使えるもんだぜ。」

「貴方がやったわけじゃないのにね、随分と自慢げに話すのね。能があってもたかが知れてるわ。」


 オリヴィアの挑発にヘサームは青筋を浮かべる。

 しかし、彼女は恐れることなく挑発を続ける。


「死にたいのかクソアマ!」

「それは今でなくて昔の話よ。貴方は覚えていないのかしら、私の世界で1番大切な人を目の前で食ったことを。」

「……あぁ、あのガリガリの研究者か。」


 昔のことを思い浮かべるように卑下た笑みを浮かべた。



「転がってた腕だけだったがな、クソマズかったぞ。銀も含んでたから腹を壊すかと思ったさ!」


 ヘサームは目を見開く。

 目の前にすでにオリヴィアがいたのだ。ただの女が放ってくるような生やさしいものではない。

 まるで修羅のようだ。


「よけ……、」


 鳩尾に一撃を喰らう。

 しかしそれだけではない、触れたところからとんでもない激痛が走り出したのだ。

 痛みに耐えきれず、オリヴィアの細腕を掴み、そのまま振り回して壁に投げ捨てた。思わず腹部を見るとそこは黒く、異臭がした。



「痛い? 貴方が他人に与えてきた痛みはそれ以上なのよ。覚えているかしら、この銀の味を。」


 彼女が首にかけていたネックレスに通されている指輪を見て、その意味を理解したのかヘサームはにやりと笑った。


「ならお前の手も食ってオレの腹の中で永遠にしてやるよォ!」



 オリヴィアに巨大が突撃してくる。

 しかし、その拳を避けるともう一度腕を掴む。するとヘサームはそれさえも囮にしたのか大きな手でオリヴィアの首をへし折ろうとしてくる。

 オリヴィアは避けると彼の手首目掛けてナイフを振るう。その刃は確実に動脈を削ぎ、一気に血が噴き出る。


「クッソがァ!」


 不意に己のもとに飛んできた蹴りに受け身を取りつつ甘んじてうける。ガードをしても重い一撃だ。折れた骨と裂傷に対して瞬時に【再生】を行う。

 ヘサームを見ると彼は苦しみながらも瓦礫を食べている。

 相変わらず胸糞悪い能力だ。


 彼の能力は【異食】。

 食べたものの能力や性質を一時的に身体に反映できる能力だ。


「これでテメェの拳はオレには通らねぇ。」

「相変わらず悪趣味な能力ね。」


 見たところ、全身の皮膚が岩と同じ無機物になっているようであったが、すでにオリヴィアが【細胞死滅】をした部分は再生していないようで膿んだようになっている。

 幸い急所に近い鳩尾の部分がそのようになっているためそこから攻めるしかないだろう。



「それになぁ、ここにくる前に沢山の人間やキメラを食ってきたんだ。」

「……は?」


 不意に耳に届く、この男が何を言っているか理解できなかった。

 何かを噛み締めるような気色の悪い、恍惚とした笑みを浮かべているのだ。



「何人も、何人も食ってきた。やっぱり若い女や子供がいい。特に能力を持たない旧人類のだ。能力が強い奴は筋肉質で肉が硬い。」

「自分が何を言っているのか、理解しているのかしら?」

「もちろんだ。旧人類はオレの餌、だからあの戦争にも参加したんだ。新人類も能力が強力なやつを喰うのは楽しいぞ。珍味を喰ってるようなもんさ。」


「堕ちたものね、化物。」


 嫌悪、それ以外の感情はない。


「いつまでそうやって調子に乗ってられるのかなァ? オレは珍味を喰ってきたって言ったろ?」


 気配は背後に移る。

 唐突な速度変化に、一瞬ヘサームを見失うが攻撃を避けた。しかも先ほどよりも一撃が重くなっている。



「ほぅら、手だ!」

「ッ!」


 気持ちの悪いヘサームの口がオリヴィアの左薬指と小指を加える。

 オリヴィアはその感覚が耐えられなかった。

 咄嗟に自身の指の付け根の細胞を死滅させ、引き千切る。ヘサームに己の細胞の一片が取り込まれると思っただけでも生理的に受け付けないがその感触を味わうくらいなら自ら捨てる方がマシだった。

 そしてその食事の隙を見逃さずにオリヴィアは腐った腹部に空いた手を突き刺し、何らかの臓物に触れる。


「きっしょくわるいことをするなァ!」


 お前が言うのか、オリヴィアは鼻で笑いたくなった。

 ヘサームの攻撃を避けつつ失った指を再生させる。基本的に欠損した部位の再生は素早く行わねば自らの身体といえど手に負えない。



「【異食:能力喰】!」



 ヘサームが手を振るうと天井に鈍く光るものが見えた。

 まるで槍のような鋭い形の岩石が浮いている。ヘサームが腕を振り下ろすとまるで流星の如く、オリヴィアに向かって降り注ぐ。

 身体強化により限界ギリギリまで脚力と視覚を上げて避けるが無数の岩の攻撃を避けることは難しい。


「正面がガラ空きだぜクソアマ!」

「しまっ……!」


 ヘサームの拳を正面から受けてしまう。

 幸い受身をとり、衝撃は最小限にしたが不意に飛んできた岩によりオリヴィアは容易に吹き飛ばされた。









「なんだァ? 口程にもねぇな? あの貧相研究員の二の舞だな。」


 ヘサームは下劣な笑いを披露する。

 さて、と歩を進める。新人類、成人といえど女であり【細胞再生】という傷ついた彼が今現在最も使えそうな能力を持っているオリヴィアを食べようと思い立ったのだ。


 だが、ヘサームは歩みを止めた。



「何だ? 何だ、この強烈な痛み……。」



 喉の奥が焼けるような、腹とは別に胸が引き裂かれるような痛みが走り出す。思わずヘサームが膝をつく。


「効いてきたかしら、私のあげたプレゼントが。」

「お前、何をした!」


 瓦礫の山から悠々と、血は出ているが大方の傷を塞いだらしいオリヴィアが愉快そうに笑いながらヘサームの方にやってきた。

 彼女の笑みはまるで悪魔のようだった。


「別に大したことしてないのよ? 貴方が勝手に私の腐っていく指を食べただけ。まぁ、胸の方には私の血を与えたから、そこから細胞が死滅して、いずれは心臓に達するのでしょうけど。」

「ん……だと、お前、オレを誰だと……。お前、医者だろ?! こんなこと、して。」


 哀れにも命乞いをし始める化物はひどく哀れでオリヴィアはつい鼻で笑ってしまった。


「私の指は貴方に食われてきた人たちの痛みを味わうにはいいオードブルだったでしょう? それに、シモンを失った時点で、私にはあの指の意味なんてないのよ。」

「くそ、くそ、こんな、雑魚に……。」



 ヘサームは胸を掻き毟りながら絶命していった。

 まず1人、彼の仇をとった。オリヴィアは冷たい目で化物の成れの果てを見下す。でも、心は満たされない。

 分かっていた、自分が命を賭して果した復讐は何も返してくれないことなんて。

 身体の痛みに顔を歪めつつ、オリヴィアは広間に出た。


 さすがに自力で上まで残る余力はなかった。

 明るいところにいれば誰か来るだろうと安直な考えをもって進んでいると遠くに人影が見えた。

 思わずオリヴィアは目を凝らす。


「リーンハルト、かしら?」



 いや、それにしては身体が細身だ。

 エルナやシュウゴ、ルイホァにしては背が高いし、髪型も違う印象だ。顔は残念ながら光の角度で見えない。


 オリヴィアは恐る恐る近づくと、驚くべきものを目にする。そして、懐かしい声が自分の名前を呼ぶのだ。






「おかえり、オリヴィア。」


「……シモン?」







 あの時の姿のままだ。

 なぜ? どうして?

 自分はいつの間にか死んでしまったのか?


 痛みだけではない理由で手が震える。

 昔と変わらない笑みを浮かべながらシモンがゆっくりと歩いてくる。妙な歩き方の癖も、声も、瞳も、表情も、間違いない、彼だ。


「シモン、なの?」

「そうだよ、オリヴィア。頑張っていたね。」

「……シモン、シモン、」


 ゆっくりと2人は近づいていく。

 オリヴィアは彼に釘付けだった。


 背後の気配に気づかないくらいに。



「久しぶり、オリヴィア。そしてーーー。」


 サヨナラ、だ。



 そこでやっとオリヴィアは我を取り戻して気づく。

 間違いなくシモンはあの時に亡くなっていて、ここにいるのは本物でない。そして自分の心臓は何者かに貫かれようとしていることに。



【こぼれ話】


 シモンが婚約指輪を銀にしたのは、世の不浄から彼女を守り汚れないでほしい、という意味があったからです。

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