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Psychic Rulers 〜能力者たちの語りき話譚より〜  作者: ぼんばん
6章 別離のプロポーズ
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97.感染症センター攻防戦 -目覚め-

※戦闘描写、流血表現があります。ご注意ください。

 イチヨウは、リーンハルトに怒られない程度の速度で走り、何とか彼女らの元に辿り着いた。



「ちょっと、何なのよ!」

「おお、無事か。」

「無事か、じゃないわよ! 私たちはどこ担当?!」

「聞いていたより特務隊らしいじゃないか。」


「イチヨウさん?」


 ルイホァがギロリと睨みつける。


「地下で君らの仲間、オリヴィアが交戦中だ。地上階でリーンハルトとシュウゴが交戦中だ。君らはオリヴィアの援護に向かうといい。」

「でもここにもキメラの群れが……!」


 そう、研究所中にドブネズミと虫を合わせたような小個体が群体となって襲いかかってきたのだ。

 ルイホァが風で一蹴するが次から次へと湧き上がって来る。



「大丈夫さ、数には数を、だ。」



 イチヨウは床に手をついた。


「【毒蛇】。」

「え?!」


 エルナとルイホァは目を丸くした。

 イチヨウが使った能力は、ハーマンの親友であるルークと同じ能力だった。床から次々と蛇が現れ、ネズミのキメラを食っていく。


「行きたまえ。君たちは君たちのやることを、な。」

「……ありがとう、行くわよルイホァ!」

「うん!」


 2人の少女の駆ける姿を見て彼は笑った。

 先日のニヨウと打ち解けた青年とあわせて興味深いとイチヨウは笑った。














「ちょっとリーンハルトさん、どうします?」

「珍しいな、お前が聞いてくるの。」



 2人は巨人の攻撃を容易に避けながら言葉を交える。巨人はいずれも真皮を剥いだような、筋やら軟部組織やらを晒したグロテスクな容姿であり、落武者のように毛をいたずらに生やしている。

 リーンハルトのイメージだと彼は言葉無しにでも勝手に効率のいい作戦を思案し実行するものとなっていた。


「イチヨウさんが言うみたいに生け捕りとかの方がいいのかなって。」

「確かにキメラだけど別に気にするな。あの人は事後でも問題ないからな。」

「……そうなんですか?」



 彼は手に持った銃を抜くと怪物の足を確実に狙う。

 思わず耳を塞ぎたくなるような不快な悲鳴をあげながら怪物は体を傾けた。

 だが、体勢が崩れかけた怪物を踏み台にもう一方が2人に拳を振るう。


「シュウゴ、スパイクは作れるか?」

「そりゃ文字に書けばできます、けどっ!」


 リーンハルトは身を翻して手から【氷柱】を生み出し、怪物の手を貫く。その間にシュウゴは文字をささっと書いてしまう。

 足を撃たれたはずの怪物は図体に似合わぬ甲高い声を上げながら2人に飛びかかってきた。シュウゴが撃った筈の傷は歪ながらすでに再生していた。



「見たところ、1発で仕留めなきゃどうしようもないらしい。ならオレが攻撃に転じた方がいいだろう。」

「……オレが足止め、ってことですね。」

「ああ、できるな?」


 加えて、リーンハルトが与える攻撃は氷の技らしい。

 シュウゴは、彼が要望を叶えることを疑わないらしいリーンハルトに苦笑しつつ頷いた。


「貴方達みたいな超人と訓練やってるんです。できるじゃなくてやるべきことなんでしょう?」

「頼んだぞ。」



 シュウゴが前に踏み切ると同時にリーンハルトは後方へ跳んだ。

 シュウゴは怪物の頭部を同時に撃ち抜いたが瞬く間に再生し、彼に拳で襲いかかる。あまり建物を損壊させるのも望ましくないだろう。

 敵の位置を確認し、ギリギリまで引き付けて攻撃を避け同士討ちさせるが、大したダメージにならないらしい。いずれも僅かに体を傾けるばかりであった。


 一方でリーンハルトはシュウゴ達から距離を取り、目一杯空気を肺に吸い込み息を止める。

 そこから頭の中で描く。

 戦場の色を、大切な者を喪った時を。


 リーンハルトはウルツに話す前から気づいていた。

 新人類の先に行く条件を。

 感情の昂りがキーとなっていたことを。

 フェベの能力変異のことをイチヨウに聞いて確信を持っていた。


 だが、問題は能力覚醒後だ。


 いつも記憶が飛ぶほどに感情が乱れてしまうのだ。

 だからこそ、リーンハルトはかつて所属していたベルリン支部の知人とウルツに頼んだのだ。

 制御の仕方が分かっていても使えなきゃどうしようもない。踏ん切りがついたと言っても行動をしなければどうしようもない。

 全力で、心と身体を痛めつけてきた。失う苦しみに比べたら、耐えられる。




 シュウゴは両手撃ちで怪物の頭を放つ。

 しかし、急所と思われる箇所を抜いても怪物はみるみる再生していく。恐らく心臓を止めるより他ないのだろう。

 だが、心臓らしき場所を撃ち抜いてもまるで効いていないようだ。


「っと!」


 身を捻り、怪物達を避けながらリーンハルトの方に注意が向かないように攻撃をする。

 不意に顔の高さに気配を感じ、避けるが何かが頰にかする。どうやら怪物は何らかの道具を扱うなどの知能も有しているらしい。

 シュウゴは避けて大きく跳び、拳しか使わない怪物の肩に乗る。そのまま頸部を撃ち抜くと動きが止まった。仕留めたわけではないが再生に多少の時間がかかるらしい。



「ちょこまかと鬱陶しい!」

「……!」


 この怪物、話すのか。

 シュウゴは目を丸くした。


 怪物はシュウゴの攻撃にうめく怪物に向けて拳を振るう。もちろん彼が避けたため頭部が抉れ血飛沫が飛ぶ。

 彼は血の臭いに目を細めたが、次の瞬間、怪物はシュウゴに撃たれた者を喰い始めたのだ。何をしているのか理解できなかった。


「アレ? 先生は食べれば再生して強くなるんじゃ? そうか、コイツは弱いから、」


 濃い真紅の瞳がギョロリとシュウゴを捉えた。



「お前を食えば強くなる?」



 シュウゴは殺気を全身で浴びる。しかし、それは怪物からではない。

 間違いなく背後からだ。

 シュウゴは瞬時にスパイクを作り出し、跳び退いた。



「……リーンハルト、さん?」

「おう、悪いな急に。」



 部屋中に冷気が充満する。

 恐らくあの時一緒にいたヒロタダとエルナがいたら顔を青ざめていただろう。だが、シュウゴにはただただ畏敬の念を抱きつつ見てしまう。

 その余裕があるのも、リーンハルトが理性を保っていたからだ。

 遠目で見て、皮膚が硬化しているようにも見えた。しかし、明らかに筋肉が活性化しており血色も良い。


「シュウゴ、大丈夫かと思うがしっかり避けろよ。」

「はい!」


 シュウゴが退がるのと同時に、リーンハルトは思い切り踏み込み突撃する。

 今まで見た誰よりも、七賢人の男よりも速かった。すでに崩れかかっている地面は踏み込みで砕ける。そしてリーンハルトがいたその場には氷が生まれていた。


「……凄い。」


 シュウゴは珍しく戦闘中に興奮しながらその様子を見つめるばかりだ。



 リーンハルトは一気に怪物に接近する。

 先程のシュウゴの銃撃音の種類を聞く限り、この怪物の骨格は紛いもない人間のものだろう。そして、彼は頭蓋を1発、筋肉ー恐らく足を2発、胸と肺を貫通する1発を喰らわせた。

 しかし、この怪物は生きており大して効いていないように見える。


「お前、リーンハルト! オレの餌だ!」

「それはごめんだなァ!」


 リーンハルトはあっさりと怪物の攻撃を避ける。

 怪物は完全に彼を見失った。シュウゴも辛うじて追いかけられるレベルだ。しかし、彼の攻撃までは見抜けなかった。

 怪物の四肢は巨大な氷柱で壁と地面に縫い付けられている。

 彼は怪物の巨大な体躯に細やかではあるが手数だけでいえば数十の傷をつけた。



「【凝固】。」

「ッ、」



 一瞬だった。

 冷気に包まれた空間にも関わらず。


 怪物の血はみるみる固まり、動きを止めた。そして恐ろしいのはリーンハルトがその間に首を落とし、間違いなく急所にとどめを指していたことだった。

 シュウゴは自身の息が止まっていることに気づき、肩の力を抜く。



「シュウゴ、怪我ないか?」

「あっ、はい。」

「……悪いな、びっくりさせて。」

「いや、その、驚きましたけど。今のが、新人類の先に到達したってことなんですか?」


 彼の純粋な質問にリーンハルトは困ったように笑いながら頷いた。


「後で報告するが、やっと制御できるようになったんだ。多少身体中の虚脱感はあるが、な。」

「……その、痛みとかは?」

「平気だぞ?」


 シュウゴはそうでなくて、と首を横に振った。

 そして真っ直ぐに、リーンハルトが逃げることを許さないと言わんばかりにジッと見つめながら告げた。

 己の胸を指差しながら。



「ここ、です。」

「……。」



 あまりにも聡い彼を恨めしく思ってしまう。

 優しい部下だ。


「……痛くねぇよ。うん。」

「そう、ですか……。」


 シュウゴは微笑む上司を見つめ、目を細めた。


「とりあえず、地下に落ちたオリヴィアのところに行くぞ。やな気配がする。」

「……分かりました。」


 痛くねぇ、と言う割にはあまりにも痛そうな顔をするではないか。

 シュウゴは決して口にすることなく、リーンハルトの背中を追った。

【こぼれ話】


 リーンハルトの能力覚醒のきっかけとなった感情は、『憎しみ』です。

 親友や仲間が手にかけられた時、そして何よりその光景は彼にとって何よりも感情を乱してしまうものでありました。

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