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9.宣戦布告の儀

「ヒロタダ落ち込むなよ。」

「そりゃ落ち込むに決まってるだろ……。」


 ヒロタダはため息が止まらなかった。

 昨日の演習、評価は散々だった。立案や味方の能力把握の甘さ、加えて能力誤作動による味方支援の妨害。その後の実戦演習ではケイはともかくシュウゴにまで負けてしまった。

 辛うじてエルナには勝ったが情けないことこの上ない。


「いやー、でも学生組は飲み込みが早いな!」


 リーンハルトも多少の痣をこさえていた。

 ケイとルイホァのコンビと組手を行い、最終的に一撃食らったのだ。最初は揉めていたが次第にコンビネーションがうまくいき役割が何となく決まったらしい。


 そして、目を見張る成長を遂げていたのは意外にもシュウゴだった。

 彼自身の力は、文字で創造するものの構造や素材を知らないと再現性に乏しいという欠点があるらしいのだが、ハーマンからさまざまな武器の素材や構成を聞き、理解することで自身が創造できるものの幅を大いに広げていた。加えて地頭もいいため、作戦もすぐに頭に入れていた。


 ヒロタダはエルナの能力発動速度を上げる練習に付き合っていたが、サシの状態ではすぐにエルナの方が速くなってしまい、途中からお役御免だった。

 それからオリヴィアに組手に付き合ってもらっていたが、まさかあんなに強いとは。シュウゴがリーンハルトに彼女をあてがった理由が身に染みて分かった。


「いや、僕足手まといすぎだろ……。」

「そこは訓練だよ。オレだって最初から強かったわけじゃねーし。能力だって過去に暴走させてっしよ! そういう意味ではケイは天才かもしれねーけど。」


 後から聞いたことで、これについてはリーンハルトも含めた全員が驚いたことなのだが、彼は能力を今まで制御できなかったことがないらしい。

 一般的には、何かしらの理由で暴走させていることはある。例えば、昨日のヒロタダの暴発がそれにあたる。


「アイツには、絶対にバスケに支障の出る怪我をしない、っていう前提が付き纏ってることもあるだろーけどなぁ。練習なら付き合うから頑張ろうな!」

「そう言ってくれると助かる……。」


 隣のピンク頭はがははと豪快に笑いながらヒロタダの背を叩く。痛いので是非やめてほしかった。




 それから数日。

 動画サイトに不穏なものがダウンロードされた。

 ライブらしく謎のカウントダウンが行われている。

 通報を受け、班長以上の人間は特務隊本部に隣接する警察本部に集められていた。


「よぉ、リーンハルト。」

「どうも。やっぱり奴らに動きがあったのか?」

「お前があの男から聞いた通りだ……、といってもあの男、あれから口を割らないがな。」


 ハーマンの言葉にリーンハルトは眉をひくつかせる。

 正直なところ、あの男は敵にしてはどちらかといえばおしゃべりな部類だろう。


「むしろ、問題はあのケイが対峙した男だ。開戦の儀がどうとか、これから社会が変わるだとか、そんな戯言ばかり呟いてやがる。」

「情報漏洩か、それとも薬キメてんのか?」

「恐ろしいことに素らしいぞ。」


 リーンハルトはうわぁ、と呟く。

 ただ、彼からすれば敵の新人類主義などどうでもいいところなのだ。おおよそ今回の開戦の儀、とやらもそのことについて述べるのだろう、と彼は想像する。


「まぁでも、動画でやる意味はあるだろうな。」

「カツヒコさん。」


 冷静に私見を述べるのは、ヒロタダの直属の上司であり特務隊関連議長であるカツヒコであった。


「実のところ、新人類は旧人類より優れているが、技術の未発達や数的不利により弱い立場とされてきた。『Dirty』が掲げるのは、新人類優位による社会の解放だ。現状に不満を持つ人間は、AAにも、教育の場にも、スポーツや娯楽の場、はたまた戦場にも存在している。

 だから、もし我々が予測していることが行なわれれば、ある程度の支持者が現れるだろう。そこから膨れ上がった不満を、どのように消化していくか、我々の手腕が問われるだろうな。」


「だからこその、リーンハルトはああいった班編成をしたんだろ?」


 リーンハルトはハーマンの言葉に、どこか居心地悪そうにしつつも頷く。

 元より、考えや意図を読まれて言葉にされる、というのはどこか気恥ずかしいように彼は感じるタイプだった。

 カツヒコは首をひねりながらも、余裕のある含み方で語り始める。


「ああ、経験者や能力の有用性を考えて君とオリヴィアさんを入れたのは容易にわかった。しかしなぜここまで若者、しかも現場に出たことがないような子たちを集めたか、やっと合点がいったよ。

 ……あの子達を各方面の、パイオニアとして育てたかったんだね。」


 そう、ケイはスポーツへ、シュウゴは研究分野へ、エルナは芸能方面へとこれから進んでいく子たちだ。

 恐らく彼の腹の奥にはまた別の意図があるのだろうが語る気は一切ないらしい。


「オレは案外この戦争ってすぐ終わると思ってんすよね。それで、新人類が特別でなくなったとき、ルイホァがどうやって道を選ぶのかが心配だったんですよ。」

「なら、ヒロタダくんはどうしてだい? 私はかねてから彼の選出は甚だ疑問だった。身体機能も新人類にしては特筆するものがなく能力自体も汎用性の低いものだ。」


「だからです。」


 彼が、ふと得意げに笑う。


「彼は恐らく新人類の中でも弱い、旧人類に近い人物です。しかし、新人類としての差別も受け理解している。アイツならどっちの苦しみも分かるから、オレには絶対にないものを持ってるんですよ。」


 それが羨ましい、とポツポツ語る。


「それに、アイツらは初めて会ったときから誰かを思って行動できる優しい奴らでしたから。」


 カツヒコは意外そうに彼の穏やかな表情を見つめていた。そして、どちらかともなく口を開こうとしたときだった。


 待機中の動画のライブが始まったのだ。


「長官、電波ジャックです!」

「早急にオフにしろ!」

「……!」


 一斉に担当者たちが動き出す。

 しかし、無情にも動画は流れ始めてしまう。


『世界各国、人類の皆さん初めまして。

 我らは世の汚れを一身に背負う者『Dirty』と申します。』


「何かしら、あれ。」


 友人とともにエルナは電光掲示板の前で足を止める。

 ある者はテレビで、ある者はラジオで、はたまた気づかない者もいるようで。

 しかしながら、全世界多くの人間が目にしていた。


『新人類の皆さん、今まで生活してきた中でこのように感じていませんか? なぜ、自分はこんなにも管理されなければならないのか、特殊な能力を持つばかりで迫害されなければならないのか、自分より劣る旧人類が上に立つのか。』


『それは簡単なこと。過去の制度や数的不利により、思考の進化をやめてしまうことなのです。』


『制度など、新人類が上に立てば変えられる。数的不利など、新人類の能力を以ってすれば圧倒できる。思考の停止など、今ここで変えてしまえばいい。』


『周りを見てみてください。優れた人物は大概新人類です。身体能力も、頭脳も。

 自分を見つめ直してください。あなたは優れたものを持っている。進化をやめた旧人類と違って。』


『今、立ち上がる時なのです。旧人類が持て余してきた支配者の席は、新人類に相応しい。変わらなければ、ヒトはここで終わりだ。』


『ヨゴレ役は “ Dirty ” の仕事。あなたたちが私たちを支持すればすぐに社会は変わる。この不変の、退屈な世界を我々新人類で救ってみないか?』


「えー、何これ新人類主義ってやつ?」

「……こんなこと、みんながみんな考えてるわけじゃないよ。」


 エルナは己の能力を知る旧人類の友人に対して述べる。彼女たちもだよねー! と特に真剣に捉えないまま、ショッピングへ向かう。

 この関心度の差は、エルナの中で懸念に変わるのだが。


 横目で見ると、多くの者は友人と同じように無関心だ。しかし、立ち止まる者も少なくはない。

 自分と同じ新人類なのか、はたまたただのゴシップ好きの人間なのか、もしくは新人類優位主義に激しく同意している者なのか、それは分からなかったけれども。直感的に社会が変わるかもしれないとも思ったのだ。


 一方で本部のリーンハルトは顔色一つ変えることなく画面を注視していた。ハーマンも同様だ。


「……なんというか、危険思想を煽るには良くできた演説で。」


 部屋の隅で腕組みをしながらリーンハルトは嘆息をつく。


「同意する者も少なくはないだろうし、事件件数も増えるだろうな。」

「……、まぁ特にエリートコースに参加したことのある人間は少なくとも、武力的に新人類の方が優れていることはよく理解しているしな。」


 実戦やコース履修でその事実をよく知っているリーンハルトは何を考えているのか、無感情にそのモニターに視線を送り続けていた。




 ここは、ジパングのとある施設の地下。

 まさか、ここに 『Dirty』の首脳陣がいるとは誰が思うであろうか。


『よくぞ集まってくれた、我が同胞よ。』


 しゃがれた声がモニター越しにその場にいる人間に声をかける。

 ステージの前には7人の老若男女問わず異様な威圧感を放つ人間たちが立っていた。それを憧憬、興味、対抗、様々な感情の視線が射抜いている。


『様々な分野から優れた人材が、我々に同意してくれている。我々新人類が抑圧される時代は終わったのだ!』


 男の呼びかけに群衆は雄叫びを上げる。中には冷静に見つめる者もいたが、新人類優位主義に盲目になっている者たちは一切気にかけない。


『優れた人材が集いしジパングより、新人類国家を建設し、世界を変えようぞ!』


 これを皮切りにジパングは大いなる変遷の時代へと突入する。

 しかしこの革命は然程長く続かない。


 なぜならとある特務隊員とその仲間たちの活躍があったことによる。

 そして、この物語は、その功績の一部を記したものに過ぎないのである。

【こぼれ話:特務隊について】


 AA直属の組織である。

 トップは特務隊局長、その下に副局長を構える。

 そこから各エリア毎に支部を置き、トップを支部長、副支部長と置く。

 さらにその下に隊をおく。

 また、組織内の不正を防ぐため、支部長直属の舞台として監査局を置く。


 リーンハルトは、エリア:ドイツのターミナルであるベルリンで副支部長をしていた。現在はその下の隊長である。



【キャラクター紹介】


カツヒコ・カネスエ

旧人類 46歳

ヒロタダの勤める裁判所の裁判官であると同時に、特務隊関連の議長も務める。

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