3回目のデビュー 開演30分前
ちょうど1年程前に起きたあの事件によって、私は思ってもみなかった3回目のデビューを迎えることになった。他のメンバーもヨーロッパ各地で、それぞれのグループデビューを同時に迎えている。12人でもう一度同じステージに立ちたいという想いは叶わなかったが、ヨーロッパというステージでメンバーの皆が同じ楽曲でのパフォーマンスを同時にそれぞれ小さな劇場のステージで今から開始する。最初のグループの時に被災地訪問のミニライブで同じ時間に5ケ所位に7,8人ごとのグループごとに分かれて会場を同時中継していたことを思い出した。
小さな劇場でのデビューではあったが、珍しいもの好きのマスコミ取材で、少ない客席の倍の数もありそうな数のテレビカメラが入っていた。半分以上は日本と韓国のマスコミだと劇場支配人が言っていた。私と一緒にこのステージにあがるメンバーたちは、前回の私たちと同じように約6ケ月続いた公開オーディションで選ばれた女の子たちで、ネット配信だけで地上波放送はないマイナーな番組ではあった。それでもネット投票で最終的に選ばれた6人が決まった時は、地元新聞はトップニュースにしていた。
ここまでくる間、1年前の事件より辛いことなんてないと思っていたのが、まったくそんなことはなかった。今回私はパフォマーであると同時にプロデューサーという立場もあってからなのだろうが、思ったことが伝わらないもどかしさ口惜しさは初めての体験だった。開演15分前にはバックステージの彼女たちに合流をするつもりだから、パフォーマーとしての私に今からリセットする。1回目、2回目と違って、今回は同じ立場の仲間は一緒にはいないけど、大丈夫と思えた。出前に最後のメールを見た。サッシーからだった。「大丈夫。サクラはできるから。」それだけの短い文だった。
円陣をいつものように組んでいる輪に最後に加わった。キャプテンがいつもの合言葉を言い始めた。
皆の顔に笑顔はなかったが、自信のある顔だった。彼女たち全員が頼もしかった。