五話
「それで何を探すんですか?」
「空き巣に盗まれたアルバムよ」
空気を変えようと真岡は尋ねた。
探偵でもない真岡の行動に、道祖土もモモネも八道も杉上もぎょっとした顔をする。
「なに?」
依頼人の女性は周りの反応を気味悪がった。
「い、いえなんでもありません。そいつはアルバイトみたいなものなんで!」
探偵でもない人間を関わらせたとあってはマズイと思ったのか、道祖土が真岡を身内扱いする。
「私の部屋が三階にあるんだけど、空き巣はベランダから侵入してサッシを壊して侵入したの。目撃者はいなくて、防犯カメラにも写ってないって八道さんが言ってた」
探偵見習いと思ったのか、依頼人は真岡に向かって話した。
真岡は素人探偵ながら知り得た情報をこねくりまわすも、はっきりいってなにも犯人を捜す手がかりがなかった。目的が犯人でなくアルバムであることもあり、どう探していいものか推理の筋道も立てられない。困って道祖土を見ると、依頼人の後ろで額を抑えて頭を振っていた。
「そのアルバムは大事なものですか?」
真岡が、あーとかうーとか言い出したのを見て、黙って様子を見ていたモモネが口を開く。
「え、ええ。そうよ。どうしても取り戻して欲しいの」
「なぜですか?」
「そのアルバムにはへそくりが隠してあったから。でも、できればアルバムも取り戻したい。だって自分の写真がばらまかれてたりしたら嫌でしょ?」
真岡はこれでもかと頷いた。
依頼人はプライバシーの保護を求めているのだと理解する。個人情報を探すようなものだと思った。
「アルバムにある写真はご自分で印刷したものですか? それとも近くの写真屋さんで?」
モモネの質問は真岡には思いつかないような細かいことだった。犯人逮捕にはほど遠い、探偵ならではの質問なのだ。
「自分で印刷したものよ」
「他にもあれば、見せて欲しいです。できればインクの種類やカメラも」
「え、ええ。持ってくるわ」
依頼人は慌ただしくマンションへ戻っていった。
真岡にもモモネの狙いがだんだんとわかる。
写真を手がかりに、聞き込みをするのだ。もし写真を持っている人がいたら、印刷方法や撮影したカメラの機種などで質問攻めにして、どこで手に入れたのか探るのだろうと予想できた。
「おい、犯人捜しはどうした? いつまでここにいるんだ?」
道祖土は依頼人がいなくなった隙に八道たちを追い払おうとした。
「わかりました。私たちも周辺の聞き込みに戻ります。もし何かあれば、この番号に連絡を下さい」
八道は感情を押し殺した顔で道祖土へ名刺を渡し、杉上にアイコンタクトして来た道を戻っていった。
「ほぉ~、あの若さで警部か。キャリア組だな。けっ!」
名刺で肩書きを確認した道祖土は、八道の背中に向かって唾を吐くマネをする。
入れ違いで依頼人も戻ってきた。
「はい、これが写真とインクの箱で、こっちがカメラよ」
「ありがとうございます」
モモネは写真とインクの箱を受け取り、真岡はカメラを受け取った。
道祖土は真岡からカメラを横取りして、メーカーやレンズを確認する。
モモネが、インクの箱を見終わると真岡に差し出した。
「見る?」
道祖土の意地悪を見かねたのか、それとも探偵仲間として認めてくれたのか。どちらにせよ、真岡はモモネの親切に心温まる気がした。
「あ、ありがとう」
渡されたインクは、純正インクで研究室ではめったにお目にかかれないものだった。インクに金を掛けるということは、プリンターの素人か印刷の玄人のどちらかだと思った。
「よく旅行へ出かけるんですか?」
モモネが、南国の島で水着姿の依頼人が写った写真を見て、尋ねる。
「ええ。それで写真を撮るのが趣味になって。ただ、空き巣にはその旅行中を狙われちゃったみたいだけど」
依頼人とモモネの会話を聞いていて、空き巣の犯人が依頼人の習慣を把握していたのではないかと思った。
「最後にお名前を聞かせてもらってもいいですか?」
「四十野香澄よ」
「アイノカスミさんですね。今日中にアルバムを見つけられると思います」
モモネは自信ありげに微笑んだ。
「え、本当に?」
真岡は思わず、四十野と同じ疑問を持った。
「はい。写真はお返ししますね」
「ええ、よろしくお願いします。あ、あと、アルバムを見つけても中を見ないでね?」
「はい、わかりました」
真岡と道祖土は、急いでインクの箱とカメラを四十野へ返す。モモネがどんどんと歩き出してしまったのだ。
「もうアルバムの場所がわかったの?」
「まぁね」
真岡が尋ねると、モモネからかったるそうな返答があった。
四十野の前で見せた余裕は、モモネからなくなっている。
道を歩く姿は門限を守るために足を速める少女のようだった。何回も通っただろう帰路を寄り道せずにまっすぐと歩いているようなのだ。推論を働かせて理詰めで歩いているようには見えなかった。真岡には見えないなにかを辿って歩いているとしか思えないのだ。
「ただ、アルバムは空き巣犯と一緒にある可能性が高い」
「お、そうか。じゃ、さっきの二人を呼ぶ必要があるかもな」
道祖土は名刺とスマートホンを取り出して、電話帳へ番号を登録する。
どうしてそんなことがわかるのかと疑問に思う場面でも、道祖土が気にしていない。それが真岡には気持ち悪かった。なにか真岡の知らないルールに則って二人が動いている。それもまともな思考ではない。思考を放棄した機械のような結論なのだ。
モモネは黙って歩き続け、四十野の住んでいるマンションから十分ほど離れた場所にある安いアパートへと導いた。
二階建てのアパートは、真岡の借りているアパートとあまり変わらない。
モモネはサビの浮かんだ階段をずんずんと登り、二階の一番奥の部屋の前で立ち止まった。
「ここ」
「わかった」
モモネが住人を確認することもなく言うと、道祖土が扉をノックした。
「すいませーん。少しよろしいでしょうか?」
道祖土の呼びかけに反応はない。
「留守ですか?」
「いいえ、ドアの後ろで聞き耳を立ててるわ」
真岡の疑念にモモネが答えた瞬間、なにかにつまずくけたたましい音が響いた。それからカラカラっと窓の開く音がして、ドサリと落ちる音がする。
「逃げた! アルバムも持ってる!」
モモネがどういう訳か空き巣の所持品まで断定し、階段を下りていく。
「おい、モモネを頼んだ! 俺はあの二人を呼ぶ!」
道祖土に背中を叩かれて、真岡は鞭の入った馬のように走り出した。
終始一貫、道祖土とモモネのやり方に納得できなかった。
壁越しの空き巣の行動がどうしてわかるのか。窓から逃走した空き巣が、アルバムをもっているとなぜわかるのか。はっきりとわかるのは、これが推理ではないということだった。むしろ知覚に近いものだと予想できた。モモネにはわかるのだ。目で見たり耳で聞いたりしたような確信のもとで空き巣を追っていた。
モモネはすらっとした脚を跳ね上げて軽々としたフットワークで空き巣を追っている。
真岡も多少の運動には自信があった。研修などで動物を追いかける日々を過ごし、生態を見聞するために自主的に野山へ出かけたりもしている。その真岡から見ても、モモネの動きには野生があった。近代日本人が忘れてしまった野良の姿だと思った。
モモネに追いかけられた空き巣は丁字路を全力で駆け上がり、左折と右折の二択を持っていた。まだまだ追いかけっこは続くと思われた。
「止まりなさい!」
空き巣の正面にちょうど八道が現れた。
空き巣は往生際が悪く、抱えていたアルバムを猫の通り道のような塀と塀の隙間へ放り込んで証拠の隠滅を計り、座り込んだ。
「なん、だよ、俺が、なにした、っていうんだよ?」
息を切らせたロングTシャツにジーンズ姿の空き巣は、モモネと八道を交互に睨みあげる。
「なにもしてないなら逃げる必要はないと思うけど?」
モモネは軽く息を荒くしていたが、平然と喋れるくらいには鍛えられていた。