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四話

「真岡さん、今日は研究室に来ますか?」

「いや、ごめん。採用通知が見つからなくて。今日も休むって教授に言っておいて」

「はぁ、せっかく教授が推薦してくれたんですから早く見つけてくださいね」

「はい、探すから、悪いね」


 後輩からの心臓に悪いモーニングコールで起こされて、真岡は朝の身支度をする。


 スマートホンの液晶に映る時間はもうすぐ十時になろうかというところだった。朝食代わりの菓子パンの封を切って、洗顔と歯磨きを済ませた身体に餌をやる。


 真岡は獣医科大学の大学院で病理学の研究室に所属していた。


 部屋に散らばる洋書などは論文を書くための参考文献だ。大学の図書館へいつまでに返却するかも忘れていた。


「やること多すぎ」


 優先順位を頭の中で整理する。一に採用通知、二に論文、三に図書の返却だった。


「あ、オカ研の集まりって今日だっけ?」


 スマートホンのカレンダーを見ると、そうなっていた。


 神獣学へ進路変更すると決めてから入った大学のサークルだ。一年ほど前の真岡は、神獣と未確認動物を混同していたのだ。


 四時までには大学へ行かなければならない。


 モモネに会ってから大学に行くと頭の中で行動をシミュレーションするが、サイド探偵事務所に行ってからがまったく想像できなかった。


 今日も道祖土に断られるだろうか。むしろ道祖土はどうでもよかった。モモネに会えるかが重要だった。モモネの推理力をもってすれば採用通知を挟んだ漫画など秒で見つかる気がした。それに、モモネは会うだけでも心躍る存在だった。思考や判断を信頼でき、もっとモモネの考えや行動を見たいと思ったのだ。野生動物の未知の生態を目の当たりにしたような気分だった。


「よし、それじゃ電話するか」


 履歴に残ったサイド探偵事務所の番号をリダイヤルする。


「はい、こちらサイド探偵事務所です」

「あ、真岡です。漫画を」

「本屋で買え」


 営業の声からドスの利いた声になって、通話が切れた。


「おっけ、それじゃ直接乗り込もうか」


 これは道祖土の所在確認であって、依頼を聞いてもらうためではないと割りきっていた。


 電車へ乗って最寄り駅で降り、サイド探偵事務所のあるレンタルオフィスがあるビルへ向かうと、スーツ姿の男女に道祖土が囲まれていた。


「どうかしたんですか?」

「げ、また来やがった」


 真岡が声を掛けると、道祖土はうんざりした顔をする。


「どちら様?」


 スーツ姿の女性が、真岡に尋ねた。


 真岡のことを異物かゴミでも見るような、人間を人間とも思わないような目をしたセミロングの女性だった。パンツスーツで動きやすそうな靴を履いている。ただ胸元は大変女性らしくて、真岡の視線を釘付けにした。


「道祖土さんに依頼をしたい者です」

「そう」


 女性が懐から手帳を出して、真岡のいやらしい視線を遮るように金色をした桜の印章を見せる。


 真岡は、不躾な視線を送ったことで逮捕されないかとヒヤヒヤした。


「第三課の八道と言います。今取り込み中ですので、申し訳ありませんが後にしてください」

「む、ムサカさんと?」


 真岡は初めて見る警察手帳に動揺と感動をしつつ、もう一人の男性を見た。メガネを掛けたひょろ長で、小動物の研究室にでもいそうなタイプだった。


「杉上です。同じ第三課ですね」


 杉上は、八道と同じように写真付きの警察手帳を開く。


「それで? 第三課のお二人がなんの用で俺の仕事の邪魔をしているわけですか?」


 道祖土がふてぶてしい態度で、八道に問いかけた。


「我々が担当している件で、なにか依頼を受けたそうですね?」


 手帳をしまった八道が道祖土を睨み付ける。


「守秘義務がありますので」


 道祖土は小馬鹿にした笑みを浮かべて答えるのを拒否した。


「捜査の邪魔になるのでやめてくれませんか? 元刑事の道祖土さん?」

「あっはっはっは、有名で困りますね。それより、探偵の仕事を妨害するよりも自分たちの仕事を優先した方が依頼人も喜ぶと思いませんか?」


 バチバチのやり合いだった。道祖土と八道は、ともに目で威圧しながら口で笑うという意地の張り合いをしていた。


「それより漫画を探してくださいよ」

「お前は黙って、いや待て、よし向こうで依頼の話をしようか?」


 道祖土は真岡と組みたくもない肩を組んで二人の警察官から離れる。

 茶々をいれるつもりで二人のメンチに割り込んだところ、道祖土に利用された。


「あ、待ちなさい! 道祖土さん!」

「すいません。なにか御用でしたら順番を待ってくださいね!」

「いいえ、そういうわけにはいきません!」


 道祖土に動かれるとよっぽど都合が悪いらしく、八道がつきまとって来た。


「ったくしつこいな! おい走るぞ!」


 道祖土が真岡を道連れに公権力から逃走する。


 真岡としてはモモネに会えればなんでもよかったので、道祖土の言うとおりに走った。


「杉上! 追いかけるよ!」

「は、はいいいい!」


 四人は通行人から奇異の目で見られながら駅へ向かい、電車に飛び乗った。


「はぁはぁ、なんて奴らだ。どこまで追いかけてくる気だ?」


 手すりに寄りかかり、息を切らせた道祖土が愚痴る。


 八道と杉上は、隣の車両からこちらへ睨みを利かせていた。


「それじゃ依頼の話なんですけど」

「ああ、あれは嘘。うちはもう来年の十月まで仕事が埋まってるから、新しく受けてないの」

「さすが業界ナンバーワンですね」

「だろ?」


 道祖土の嘘だか本当だかわからない言い訳におべんちゃらを言いつつ、いよいよモモネ個人に依頼を出さなければならないと真岡は考えた。


 道祖土にならって電車を降りてマンションへ到着する。都心から少し離れたベッドタウンといって差し支えがないほど人の気配がない場所だった。


 そのマンションの前で、パンツにブラウス姿のモモネが立って待っている。昨日と同じミニバッグを背負っていた。


 モモネが、道祖土と真岡に気づく。後ろにいる怖い目つきの二人組を見て、怪訝な顔をした。


「誰?」

「警官だ」

「なんで?」


 モモネは嫌そうな顔で至極まっとうな質問をする。


「依頼の邪魔をしにきたんだ」

「そちらが捜査の邪魔をしているんです」


 追いついた八道が道祖土へ同じ意見を繰り返した。


「あのね、そっちがもっと迅速に処理してくれればこっちに依頼なんてこないの。この事件、一体いつの事件よ?」


 道祖土が痺れを切らし、頬をぴくつかせながら八道へ尋ねる。


「今年の初めです」


 押し黙った八道に変わり、杉上が答えた。


「もう九ヶ月も経ってる! そりゃ、依頼人も待てなくなるだろ? 探偵に絡んでる暇があったら犯人を捕まえろって話だ」


 道祖土の苦言に返す言葉はないようで、八道はだまりこくった。


 道祖土は勝負あったと見て、それ以上の追い打ちを掛けずにマンションのインターホンを取る。依頼人に連絡を取り、御影石のエントランスへと入って依頼人を待っていた。


 真岡は、静かなモモネと警察官二人に挟まれて居心地の悪い時間を過ごしてから、癒しを求めてモモネに話しかけた。


「今日はなんの依頼なの?」

「守秘義務があるから」

「捜し物のコツを教えてくれない?」

「企業秘密」

「あー、学生?」

「ナンパはお断り」


 モモネから信頼を得なければならないのに、悪手だったと反省する。

 それにしてもと真岡は思う。


 モモネの態度は、ある種のネコに通じるようなちょっかいを出したくなる素っ気なさだった。構いたくてしかたがない。


 真岡がモモネにあしらわれたころ、道祖土が依頼人とエントランスから出てきた。


「八道さん、捜査は進んでますか?」

「え、ええ、捜査中です」

「探偵さんの邪魔をすることが捜査とは思えませんが?」


 依頼人の若い女性は、きつい口調で八道を責めた。

 依頼人の後ろで、道祖土が愉快そうに笑っている。


「探偵さんに盗まれたものの依頼を出します。これは違法ですか?」

「い、いいえ」

「では、邪魔をしないでください」

「はい」


 さきほどまで威勢の良かった八道が、年下の女性に言い含められる姿を見ていると、いたたまれなかった。

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