最終話
説教が終わった後、真岡は百稲と水源の森公園へとやってきていた。時刻は三時前。白玉日食の時間帯だった。これは真岡が独自につけた現象名で、世界ではミステリアス・イクリプスなどと言われている。
太陽が弱々しい光を降り注ぐも、公園はすっかり冬の寒さに覆われて、枯山水のような川が侘びしさを増していた。
「お話とはなんですか?」
「ああ、その、これが見つかる前から神獣学はやろうと決めていた。誰がなんと言おうと」
採用通知の挟んである漫画の入った鞄を叩いて答えた。
「そうですか。私はもう止めません」
「えーと、その、百稲はこれからどうするのかなって」
覚悟が固まらず、真岡は別の話題へ逃げた。
「私ですか? 私は地元へ帰って婚活でもします。白玉様を狙う輩がいなくなりましたし、東京での役目も終わりました」
石の川を眺める百稲の表情からは、感情らしきものを読み取れなかった。真岡との別れになにも感じていないような、乾いた顔をしているのだ。
もう百稲と会う機会はない。百稲が新たな出会いに恵まれたら手遅れになる。
婚活という言葉が、真岡の覚悟を決めさせた。
「百稲」
真岡は深呼吸して呼びかけた。
「はい?」
百稲は、真岡の緊張などどこ吹く風といった様子できょとんとしている。
「俺とキツネしてください」
同棲しているときに話した狐の語源を使った遠回しなプロポーズだった。
単なる求婚ではなく、一度同棲した者が関係を確たるものにするための言葉であり、真岡としては相応しい言葉だと思っていた。
百稲の表情は変わらない。
真岡の心臓は弾み、胃は緊張でスラグ弾で撃たれたように痛みを発していた。
「私はスの狐です」
百稲は少し目つきを険しくして答えた。
真岡は混乱する。
スの狐とはなんだ。新たな神獣か。
真岡の思考は告白の失敗と新たな難問に埋め尽くされた。
「あの、意味は通じましたか?」
「え、いや、待って、考えるから」
「通じてませんね」
認めるのは癪だったが、真岡は頷く。
百稲がおかしそうに笑っていた。
「私はもう巣を持っている狐です」
「え」
真岡は絶望の淵へ落とされた。百稲はすでに誰かの物だったのだ。
「あと、好きだから寝るという意味もあります」
「え?」
惑わされて突き落とされ、真岡は百稲が誰とのことを言っているのかわからなくなっていた。
「とりあえず帰りましょうか。私たちの巣へ」
「あ、はい」
とりあえず頷いて百稲と並んで歩く。
真岡の求愛は成功したのだ。
喜びがじわじわと真岡を満たした。
「そうそう、届けものがあるんです」
「え、なに?」
これから訪れる百稲との甘い生活を夢見て緩んでいた頬が一瞬で冷却された。
「GPS、拾ってきましたから」
「あ、ありがとう」
「浮気、できませんからね?」
「はい」
パワースポット山口との全国パワースポット巡りは、永久に中止となったのだ。




