7 蛇足 TS少女がコーヒーを淹れる話
作者の自己満足満載ですが、コーヒー回です。
朝、譲二はごそごそと、古いビデオカメラを持ち出してきた。
朝ごはんを作るミキを撮るためだ。紺ブルマ体操服に水色のエプロンという姿で、踏み台の上に乗るミキは愛らしかった。
ちなみに踏み台は長く大きなものに買い換えてある。前のものは、狭く危なげだったからだ。
今日の朝ごはんは、コーヒーにバタートースト、温野菜とサラミのチーズ焼き、作り置き惣菜たちだ。
ミキの作戦はこうだ。温野菜をオーブンで作りながら、コーヒーを淹れる。
そしてコーヒーカップとともに、惣菜と取り皿をテーブルに出した後、バタートーストにかかる。
バタートーストの食べごろは一瞬で過ぎてしまうので、このような組み立てなのだ。
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ミキの後姿は、白体操服の下からほっそりとした足が伸びていて、その間に紺色がちょっとだけ見えるという、チラリズムを大変刺激するものになっている。
体操服の上のエプロン姿で、愛らしさよりも背徳感が勝ってしまうのはなぜだろうか。
それはともかく、ミキは今ちょうどコーヒーに取り掛かったところだ。
「ミキさん、解説もお願いします」
「うう、ほんとうに撮っているのですね…。で、では、これからコーヒーを淹れはじめます」
「すでにポットで浄水器のお水を、900グラム沸騰させています」
「あ、ccではなくてグラムなのは、キッチンスケールで水の量を計ったからです。二人分の500ccのコーヒーを淹れていきます」
ちょうど、ドリップポットの蓋がカタカタと沸騰した合図を出し始める。
このドリップポットというのは、コーヒードリップをしやすいように、ポットの下から注ぎ口が白鳥の首のように細く伸びているものだ。
「ポットが沸騰したら、火を止めて冷ましていきます。今日の目標温度は85℃です。まだ温度計を入れません。ふたを取るとどんどん下がりますから。時間稼ぎをして、その間に豆を準備します」
「豆は冷凍してあるものを18グラム使います。このコーヒーミルに入れながらキッチンスケールで計ります」
「0にしてから入れていけばいいので、楽なのです」
「500ccのコーヒーには大体28グラムのコーヒー豆がいるのですが、破綻しないぎりぎりまで減らして18グラムにしました」
うふふと、ミキがうれしそうだ。どうやらギリギリを狙うことが好きなようだ。覚えておこう。
「コーヒーミルは、豆を粉にします。ぼくは手動式で分解清掃が楽な、このアウトドア用のものが好きです」
「本体が金属製なので、挽いた粉が静電気で残りにくいですし、セラミック製のミルもすべて水洗いできます」
ミキによると、コーヒーミルの清掃はとても大事で高い豆も、行き届かないミルで挽いてしまうと、味も香りも台無しになってしまうそうだ。ミルに堆積する古い粉はやっかいなものなのだ。
がりごりとミルで豆を挽いていくミキ。
細腕なこともあり、体全体を使ってハンドルを回している感じだ。これは大変そうだ。
「ミキさん、かわりましょう」
「あ、ありがとうございます。ちょっとうれしいです…」
ゆらりと寄ってきて、おでこを軽く擦り付けてくる。
ミキのこの仕草は、本当にあいらしくて困るほどだ。キ…い、いや、自重しなくては。
見上げた表情を笑顔で崩すと、ミキはポットの方に向き直った。
「そろそろ、ポットの温度を見るころです。ふたを開けて、温度計をお湯に差し込みます」
「もし火にかけたまま温度計を入れていると、危ないので気をつけないとです」
「温度はだんだん下がってきて…いま、ちょうど85℃ですね」
ミキはポットから温度計を取り出すと、大事そうに拭いてからキッチン用具立てに入れた。
ポットに蓋を戻すと、すでに紙フィルターをセットしてあるドリッパーにお湯を回しかける。
すると、ドリッパーからガラス製サーバーにお湯が落ちていくのが見えた。
「何も入れない紙フィルターに、お湯を入れるのですね」
「これ大事なんです。あ、下に落ちたお湯の匂いをみてくださいますか?」
「…! これは、ちょっと粉っぽいというか、においますね」
「紙の匂いだと思うのですが、これがコーヒーに入っちゃうのは困るので…」
そう言いながら落ちたお湯を捨ててから、もう一度サーバーにポットからお湯を入れて洗った。
これでもう大丈夫です、とミキが笑顔を見せた。表情も良く動いてかわいらしい。
紙フィルターとドリッパー、ガラス製サーバーとシリコン製の敷物がセットされた。
ミキはフィルターに挽いたコーヒーの粉を入れると、とんとんと軽くならしてからポットで少しお湯を入れる。
「さいしょにコーヒーを蒸らします。20秒ぐらいでしょうか」
「蒸らす意味ですか? 蒸らさないとお湯を入れ始めたときに、コーヒーからガスが出てあばれるから、でしょうか」
「コーヒーが暴れる?」
20秒が経って、ミキが中心からポットでお湯を注ぎ始める。
しゅーっとコーヒーがお湯を含んで、まるでハンバーグの色艶で膨らんでいった。
「はい。お湯をゆっくりと入れて、抽出といっしょにろ過をする層を作っていきます」
「ガスであばれさせたりお湯を乱暴に入れたりしますと、せっかく捕まっている不純物がサーバーに落ちてしまうと思っています」
「色々な意味があるのですね」
ミキの頭を撫でたくなるが、今は自重しないといけない。ちょっとつらい。
真剣な表情で、800ccほどはいったポットを操っているミキ。華奢な腕ではつらいだろう。
2分ほどで500ccを淹れると、まだお湯がたっぷりはいったドリッパーを外してしまう。
すぐに保温用のマグボトルとコーヒーカップを取り出すと、ポットに残ったお湯を入れて暖めた。
ここでぴったりお湯を使いきったようだ。
マグボトルのお湯を捨てて、サーバーに入った500ccのコーヒーを慎重に移していく。
マグボトルがいっぱいになると、ミキはここでふうっと息を継いだ。
◆
「譲二さん、どうでしたか? これでよかったですか?」
「はい。ミキさんがとても頑張っていることが良く分かりました。これから3分ほど、ミキさんの時間をいただけませんか?」
「え? あ、はい…」
ゆっくりと小さな顔を手のひらでつつんで、互いのくちびるが触れるとミキからも求めてきた。
ささやくように、あいしています、と伝えると、だいすき、と返ってくる。
充実感と使命感としあわせが、熱くなった胸の中でぐるぐると追いかけあっているようだ。
そういえば、職場の同僚に頼まれた、小さなパートナーのビデオ撮影は、途中からそっぽを向いたままだった。
まあ、いいかな。ミキともうちょっと、3分たつまでいちゃいちゃしよう。
そうしよう。
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お付き合いいただき、ありがとうございました。