6章:現場の調査
証言とはまた違った色々なヒントが隠されています。
「ふーん…成程ね。」
俺は現場を見ていた。銀行の窓口の奥、木で出来た矢鱈分厚い扉の向こうに現場は有った。
あの後、怒れるブラウン警部を周囲が抑えている間にカモヤ君を連れて手の空いていた警官から話を訊きつつ現場を見ていた。
さっきカモヤを警部から救うのに披露した推理。取り敢えず見えた光景から適当に組み上げたものだが、正直。ブラウン警部を勢いで騙せる程度の詭弁である。
正直、カモヤがやってないのは余程の事が無い限り、覆せはしないが、正直どうやって彼が中に入ったかも分からない。
最初は第三者がカギをこじ開けて中に放り込んだ可能性を考えたが、今まさに検分中の扉は蝶番が大破しているものの、カギ自体に不良は見られない。鍵穴も同様に綺麗なものだ。ピッキングの線は消えたな。
じゃぁ次は金庫の中に隠れてた可能性を探るかな?
変わっている。
それが僕の彼に対する印象だ。
僕を助けてくれたことは感謝している。
彼の観察力と推理力は僕には到底無いものである。
前の3人へのインタビューも慣れている感じがして、何かのプロだというのは分かる。
ただ、事件現場でドーナッツを食べながら捜査をする様は異様としか言いようがない。
彼の持っていた紙袋。最初は「買い物帰りにここに寄ったのだろう。」「大方生活用品だろう。」と考えていたのだが、
ドーナッツ
紙袋を覗いてみると中身はそれだけ。それを偶に食べつつ、壊れた扉を持ち上げたり、片手でドーナッツの紙袋を持ちながら何処からか取り出した虫眼鏡で鍵穴を器用に観察したかと思うと今度は、ドーナッツを咥えながら金庫の扉を確認すると、開け放ってある金庫に首を突っ込み始めた。
「んー…ムゴゴゴムゴォ?」
この中に潜んでおく。というのは無理っぽいな。
金庫の扉は重厚かつ頑丈そうで、1~36までの文字が書かれたダイヤルが三つ。鍵穴が1つ。
最新式の金庫であろう。
しかも、鍵穴にピッキングの形跡は一切無い。
中を覗くと人一人が余裕で入れそうな、一メートル四方の空間が有るだけで何も入っていない。いや、薄く埃が床に積もっているから埃は入っている。
それより問題なのは、中と外の扉の枠を見る限り、空気が通るほどの隙間が無い。という事だ。
店長室の扉が壊れていない事。金庫の鍵も無事な事。昨日の夜の時点ではバンクさんは無事だったことを考えると金庫に入るのは昨日の日中。
金庫内の酸素は一晩も持たないだろう。人が居た説も無いかな?
にしても、矢鱈大掛かりな金庫だな。
よし。次だ。
次に見たのは本棚である。扉と金庫のある場所以外は本棚ばかり。几帳面だと言われていたのは本当らしく、厚い本、薄い本、大きい本、小さい本。様々あるが、ジャンル毎に隙間なく本棚を埋め尽くしていた。
「成程。本が大好きっていうのは本当だったみたいだ。」
「本が大好き?そんなの誰が言ってたっけ?」
「最初の証言者のリリーさん。」
「あー……。言ってた………け?」
同じく本棚を物色していたカモヤは同意か疑問か解らない返事をしていた。
「にしても。中々面白い本が沢山あるね。」
「そういえばカモヤは字が読めるのか?」
「うーん…。読めるんだが、なんで読めるかが解らない。僕の使っていた字じゃないとは思う。それと、読めるんだが、正直タイトルの意味が解らない。エルランドという文字をちょくちょく目にするんだが、これは何だ?」
「エルランド。この国の名前さ。何の変哲もない。でも僕の仕事が成り立つくらいに退屈の無い国だよ。」
エルランド。聞いたことの無い国名だ。記憶喪失だが、何となく聞いたことの無い。馴染みのない響きだということは解った。
「カモヤ。君は何か気付いたことはあるかい?どれもこれも特に重要な資料には見えない
ん!ん!えい!全く、几帳面過ぎだ。ここまでギチギチに詰め込むことないだろう。」
文句を言いつつ探偵は本棚から本を引き抜く。確かに、どの本棚も異常なまでにキッチリ詰め込まれていて一冊抜き取るのに一苦労だ。これなら本棚をひっくり返しても本は出まい。
「特に無さそうだな……。」
本棚を片っ端から見ていた。特に変な所は無かっ…。あれ?
足を止めたのは丁度バンクさんが倒れていた直ぐ傍の本棚だった。血糊が未だ地面を濡らし、ここが現場であるという事を物語っている。
それよりも。だ。この本棚の地面と接する部分。他の部分と違う気がする。
他にも本棚の二段目の棚板。本が載っている部分の一部が少し凹んでいるのだ。
「ルイス。来てくれ。ここ。何かおかしくないか?」
「ん?何処だ?あぁ、少し削れて、いや、凹んでいる?」
僕の呼びかけに応じてきたルイスは食い入るように本棚の根元を見てブツブツ呟き始めた。
「それだけじゃない。見てくれ。ここ。本棚手前の絨毯。ここだけ毛が逆立っているんだ。」
丁度バンクさんが倒れていた辺り、そこだけ絨毯の毛が逆立って太い二つの平行なラインを作っていたのだ。何かを引きずったような跡である。
「……、揉み合って強打……、否、それなら一段目の底面に付く、誰かが引き摺った、介抱じゃないな、そもそも二ヶ所……防震用?違うな……。んー………。解らん。」
「そうか、済まない。何かの役に立つと思ったんだが…。」
張り切ってみたものの、空回ってしまっては世話は無い。
「そう落ち込むな。この血糊を直視して挙句他の本棚との違いを見つけるなんてそうそうできるもんじゃない。」
フォローが有難い。
「そうだ、これを見てくれ。そこに転がってた角材あったろ?アレを改めて見たんだが……。これ、どう思う?」
そう言って無造作に角材を放る。慌ててそれを受け止め、まじまじと見てみる。別に何処にでもありそうな、僕の腕位の太さの木材だ。
「これ……?えー…?」
僕が唸っているのを見てご満悦。といった表情で僕を見てくるルイス。
「ふふーん。解らなければ教えてしんぜよう。そんなものがこの部屋にあるという事がまず一つ。木材は銀行に要らない。ただ、もし凶器ならおかしくはない。外部から持ってきたものだからね。バンクさんの横に落ちてたことを考えると、ただそこにあったと考えるのは不自然。しかし、それには血がついていない。つまり凶器じゃない。なのになんでそんなものがあるか?というのが問題なのさ。」
「なんでだろう?凶器の予備?」
「凶器を2つもつ意味がない。」
「いや、用心深い犯人なら二つぐらい持ってても不思議じゃ…。」
「仮に持っていても、用心深い犯人が凶器をご丁寧に一個だけ置き忘れるなんて真似しないだろう。少なくとも君が犯人でないと仮定すれば犯人は銀行に簡単に入りこみ、金庫を開け、中身を空にして、挙句ここから堂々と出て行った事になる。しかも、ついでに店長を殴って。だ。」
確かに。しかもこんな角材を凶器として選ぶのは不自然だ。何より握りづらい。他にもっといいものがあった筈だ。
「凶器より問題は鍵だ。そして如何やって殴ったかだ。金庫と扉。二つとも鍵穴は綺麗でピッキングした形跡はない。じゃぁ店長から鍵を奪った。これも厳しい。リリーさんの発言からして朝の段階ではバンクさんの無事は確認されている。少なくともトイレに行くたびに鍵を掛ける人間が夜の間鍵を掛けない。なんてことは考えられないし、何より空いてたら警戒するだろう。例え中に潜んでいても、この部屋に遮蔽物は無い。扉を開けた段階で気付くだろう。」
「扉の後ろに隠れた。というのは如何だろうか?それなら扉を閉めた後で頭を殴って金庫を開けられる。金庫の鍵も手に入る。」
自分の首を絞めるような真似ではあったが、推理小説でよくあるパターンだ。これなら背後から一撃を喰らわせることが出来る。
「うーん…。中々推理としては良いんだが、試してみよう。君が犯人役だったとして、僕がバンクさん。だとすると…」
そういってルイスは壊れた扉を持ち上げて閉めるフリをする。僕はその間に扉の裏に隠れる。
「開けるよ。」
外から合図が来る。が、
「いや、その必要は無さそうだ。」
この時点でルイスが何を言いたいか分かった。
扉の裏。本来死角になる筈のそこが本棚で丁度埋まっているのだ。扉を目一杯開けてもこれでは90度しか開かないだろう。そして、
「こんな所に隠れられるのは一反木綿くらいのものだろう。」
人が扉を開けて普通に入ろうとすれば隠れている人間はまず間違いなく扉と本棚に潰される。開けた人間は絶対に気付く。その時点で他の行員を呼ぶなりなんなりする筈。そんな話を聞いてない。ということは…
「イッタンモメン?が何だかは知らないけど、こんな場所、隠れていても開けた瞬間気付く。事務仕事の為の机だって簡素だから向こう側が見える構造だ。隠れられる場所なんて無い。」
「手詰まり。って訳か。」
「あぁ、それに、カギがどうにかなったとしても、金庫のダイヤル番号は別だ。36の数字の書かれたダイヤルが3つ。あの手の奴はダイヤルを回したときの音の違いで番号を特定出来やしない。あー…手詰まりだ!」
ルイスはお手上げ!とばかりに万歳をする。やはり僕が犯人なのかとも思ったが、僕は持ち物検査をされ、盗品が見つかっていないのだ。僕が銀行に舞い戻って来た。という可能性もあったが、店長室に隠れられるスペースが無いという事が無いと解った以上、朝の段階で行員が部屋の外に居た以上。舞い戻った説は無効だ。つまり、盗品は何処に消えたか分かっていない。これでは僕が犯人説も正しく無かろう。
「そういえば…金庫の中身って。どれくらい入ってたんだろうな?」
何気なく僕が口にした言葉に万歳をしていたルイスの目の色が変わった。
「ん?それは…そういえば聞いてなかったな。金銀財宝か、はたまた紙幣か………気になるな。よし、聞いてみよう。」
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