第1話
まだ俺が小さい時、凄く仲の良い女の子の友達がいた。
俺より小さくて、俺より足が遅くて、俺よりも頭が良くて、俺よりも泣き虫な女の子だった。
そんな女の子に、昔こんな事を聞かれた。
「ねぇ……どんな子が好き?」
小学生の頃に聞かれた話だ。
なんて答えたかなんて覚えて居ない。
だけど、これだけは覚えている。
その女の子が可愛かったのは、その頃までの話しだと言うことだ。
*
『えぇ~本当ですか?』
テレビから流れてくる甘ったるい声に、俺は表情を曇らせる。
テレビに映っているのは、大人気アイドルの成瀬彩音。
ドラマやCMに引っ張りだこの売れっ子女子高生アイドルだ。
「また出てるよ……」
ハッキリ言って俺はこのアイドルが好きでは無い。
別にゴシップが多い訳でも、悪い噂が多い訳でもないが、俺は彼女の事が嫌いだった。
「はぁ……学校行くか」
俺こと緒方悠人は椅子から立ち上がり、鞄を持って玄関に向かう。
親父は地方に単身赴任中で、お袋も仕事で朝から居ない。
ドアを開けると丁度隣の家のドアも開き、家から誰かが出てくる。
まぁ、この時間に出てくるのはあいつしか居ないのだが……。
「ん……」
「あ……」
そこに居たのは隣の家に住んでいる幼馴染み、名瀬彩だった。
整った顔立ちに、綺麗な金髪の髪、瞳は大きくて青い。
そして、この名瀬彩はもう一つの名前を持っている。
「なんだよ、今日は仕事じゃねーの?」
「今日はオフ、なんで朝からアンタの顔見なきゃいけないのよ」
「うるせーよ、なら離れて歩け」
「アンタが離れなさいよ」
そう、この名瀬彩のもう一つの名前。
それは成瀬彩音と言う芸名なのだ。
高校に入学する時の事だ、彩は芸能事務所のスカウトの目に止まり、事務所にスカウトされた。
ロシア人とのハーフと言うこともあり、元々地元では美少女として少し有名だった。
家が隣と言うこともあり、幼い時は良く二人で遊んだのだが、今はそんなことは絶対に有り得ない。
「ねぇ、付いてこないで貰える、気持ち悪いから」
「学校に行くんだから仕方ないだろ」
「アンタの視線が気持ち悪いのよ」
「安心しろ、俺はお前に微塵も興味は無い」
現在はこんな感じで、顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。
ここ何年もの間、一緒に登下校なんてした事が無い。 今日はただ学校に行く時間が被っただけだ。
学校近くになると彩は皆からの視線を集めていた。
男はもちろん、女までもが彩の容姿に見とれる。
流石は芸能人と言うべきか、一般人には無いオーラのような物を持っている感じがする。
教室に入ると彩の周りには人が集まって来る。
俺はそんな彩を横目で見つつ、自分の席に座る。
「おはよ」
「おう、なんだ? 朝からやけに不機嫌だな」
「まぁな……今日はあいつが居るからな」
「おいおい、あんな可愛い幼馴染みに対してそれは無いだろ?」
「お前らは知らないだけだっての」
俺の席の斜め前に座る、北岡学が挨拶を返してくる。
こいつとは中学からの付き合いで、大抵一緒に居る。
「可愛いよなぁ~成瀬彩音ちゃん」
「はぁ? どこがだよ……」
「いや、そんな苦い物を食べた後みたいな顔で言わなくても……」
「可愛いって言うのはだな……生意気じゃなくて、優しくて、暴言を吐かない女の子に言うんだよ」
「いや、名瀬さんって全部当てはまるんじゃ……」
「当てはまらねーよ」
暴言は吐くし、生意気だし、優しくない。
それが俺の知っている彩の本性だ。
いつもはテレビのイメージを崩さないように、周りに猫を被っているので、皆はそれを知らない。
そりゃあ、俺だってあいつが好きだった時もある。
しかし、今はもうなんとも思っていない。
むしろ嫌いだ。
「お! SNSのニュースにも乗ってるぞ! すげーな!」
「あっそ……そんな事よりも放課後どっか行こうぜ」
「そんな事って……まぁ、良いけどよ」
彩がネットのニュースに乗るなんて、珍しい事では無い。
俺にとってはそんな事で済んでしまう。
もう彩とは何年も遊んでないし、あまり会話もしない。
会えば喧嘩をしてしまうから、極力会わないようにしていた。
いつの間にか住む世界までもがちがくなってしまい、俺は彩を幼馴染みとさえ、思わなくなっていた。
「で、どこ行く?」
放課後になり、俺は荷物をまとめて学と昇降口に向かっていた。
「カラオケ……ボウリングも良いな」
「ま、いつも通り二人だけどね」
「それを言うなよ……」
彼女も居ないし、仲の良い女友達も居ない。
そんな俺たちは今日も男同士で遊びに行く。
そういう予定だったのだが……。
「ん?」
「どうした?」
俺は下駄箱から靴を取り出そうとして、何か封筒のような物が入っている事に気がついた。
普通、こういう時は『も、もしかしてラブレター!?』なんて思うのかもしれないが、俺は違う。
「なんだよ……またか」
「あぁ……お気の毒様」
一応俺が彩の幼馴染みと言うことは、この学校の生徒ならほとんどの人間が知っている。
その為、ファンからの嫌がらせや不幸の手紙などが度々下駄箱に入っている。
「別に俺が何かしたわけじゃねーのに……」
「でも、前よりはマシでしょ?」
「まぁな……」
ネットの普及した今の時代、俺が大人気アイドルの彩の幼馴染みだと言うことは、学校以外の人間も知っている。
この学校の誰か馬鹿がSNSにでもそんな情報を流したのだろう、熱狂的なファンが俺の下駄箱に嫌がらせをしようとして逮捕された事件があった。
「あの時は大変だった、警察から色々聞かれるし……」
「今でも画鋲とか入れてくる奴が居るんだろ?」
「あぁ、たまにだけどな」
「で、今回は何? 不幸の手紙?」
「それならまだ優しくて良いんだが……」
俺は封筒を手に取り封を開ける。
「えっと……大切な話があります……校舎裏に来て下さい? ずっと待ってます? あぁ……こう言うタイプか……」
甘い言葉で俺を誘い出し、俺をボコボコにしてやろうという作戦だろう、しかし俺は騙されない。
既に何度もこの手のやり口は経験済みだ。
「くそっ! ムカつくなぁ……」
「行くのかい?」
「あぁ、一発殴ってやらないと気が済まねぇ……」
自分で言うのもなんだが、俺は喧嘩が強い。
彩と幼馴染みと言うことが気に入らない男子生徒から、度々喧嘩をふっかけられる事が多く、防犯の意味を込めて色々な武術や格闘技をやっていたのだ。
「まぁ……ほどほどにね、俺も行くけど」
「じゃあさっさと行こうぜ。俺は早く遊びに行きたいんだ」
迷惑な話しだ。
ただ幼馴染みと言うだけでこれだ。
あいつは俺にどれだけ迷惑を掛けるんだ……。
俺はそんな事を思いながら、校舎の裏に学と向かう。
「ん、誰か居るな……」
「本当だ、しかも女の子だよ?」
いつもなら誰も居なくて、少し待って物陰から男達が出てくるのだが……。
「えっと……これくれたのって君?」
「は、はい! そ、そうです……」
女の子は黒髪の普通に可愛い子だった。
髪型はポニーテールで、なんだか活発そうなイメージだ。
「なぁ……この感じ……まさかと思うが……」
こそっと学が俺に耳打ちをする。
学の言いたいことはわかる。
これは本当の告白なのではないだろうか?
恐らく学はそう言いたいのだろう。
だが、俺は騙されない。