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イルカの脳

作者: ムスコ

昨晩の話をしよう。

 僕は彼にある指摘をした、彼の人に対する思いやりのない行動についてだ。

案の定、図星だったらしく彼はいつものように声を荒げ僕に反論してきた。

声を荒げて必死に反論する様は無様としか言いようがない、冷静に話すことが出来ないようでは自らの非を認めているようなものだ。

 その後彼は何度も支離滅裂な言葉を繰り返し、自己肯定をし続ける。

哀れなものだ、彼の必死の弁明は、彼自身の遠回しな自己否定に他ならない。

彼のすべきことは自己否定だ、ただ純粋な自己否定だ。素直に自分が間違っていたことを認めてしまったほうが幾分か楽だろう。

彼の声が徐々に大きくなっている、これは酷い、全くもって不愉快だ。



 そんな中、僕は彼の戯言が続く理由の一つとしてこんなことが思い浮かんだ。

『もしかして彼は自分の非を認めていながら、全面的には自分に非がないと思っているのではないだろうか』

つまり彼は自分も悪いが周りも多少悪いなんてことを考えている。

冗談ではない。

全てだ、全てにおいてお前が悪い、何もかも、端から端までお前が悪い。

 僕はその場にあった彼の貧相な食事を床にぶちまけてしまいそうになる激情を抑えながら口を開いた。

「何が言いたいのかよく分かった。だが一つだけ言わせてくれ、僕は自分のことが

正しいと思っている、あなたよりも数倍。そして今回の件が全面的にあなたが悪いという僕の考えを100%正しいと思っている」

何とか声を荒げないよう言葉を紡いだ。

彼は血走った目で僕を睨みながらボソッと一言「知らねーよ」と呟いた。

その後彼は俯きながらしばらく床を睨んでいた、というより自己問答を繰り返しているのだろう。しばらくすれば答えが出てくる。

 時計の秒針の音だけがしばらく部屋に流れている。僕の耳が秒針の音を数え、僕の目はこの部屋の特徴の一つであるひび割れた窓ガラスをじっと見つめていた。

すると彼が突然何か重要なことを思い出したかのようにこちらを見つめてきた。

彼はゆっくりと自分の考えを噛み締め。僕の目を見ながら

「お前は100%正しくは無い」と確信めいた口調で話し出した。




 確かに・・・

激情にかられ勢いで言ってしまったが100%ではない。

いまだ話し続ける彼の得意げな声をBGMに、僕はいつもの癖で人差し指と親指を顎に当てながら考え始めた。

 確かに100%ではない、よくよく考えたら、僕の指摘が彼に全て当てはまるわけではなかった。よくて95%だ。

そうか、僕は5%間違っていたのか。ならば僕はこの5%の非を認めなければ。

いやしかし、残り95%の非を認めない彼に?

ありえない。

自分から折れる?

無理だ。「確かに僕の方にも悪い所があった」なんて口が裂けても言えない。否、言わない。

 彼は一通り話して満足したのか、確かめるように「なぁ?話聞いてる?」と言ってきた。

馬鹿が、黙っていろ。

僕の脳はお前のそのイルカより少し頭がいいだけの脳と違って、くだらん話を聞きながらでも別の作業ができるんだよ。

「大丈夫、聞いているよ」

危なかった、思わず本音が漏れてしまうところだった。これ以上僕の失態を増やすわけにはいかない。

くそっ、落ち着け、何とかして彼から先に95%の非を認めさせるんだ、口に出させるんだ。

“俺が悪かったすまん、以後気を付ける”と言わせるだけでいいんだ、たった17行だぞ、簡単だ、僕ならできる、よし考えがまとまってきた、完璧だ、よしいく「そういえば近くのコンビニでさ。」



 は?

 いや待て何だ?コンビニ?コンビニエンスストア?ん?

戸惑いながらも僕の耳は彼のつまらない世間話聞く準備をしていた。

「いや、あそこの店長すげぇいい人でさ、この前コーヒー奢って貰ってさぁ」

僕はまた激情にかられそうになりながらも、彼の顔に目を向けた。

するとそこには若干だが無理をしているような顔、いや笑顔があった。



 あぁそうか。彼は知っていたのか、僕が5%の非で迷っていたことも。

彼は気が付いていたのか自分に非があることを。知ったうえで、気が付いたうえで、つまらない世間話を始めたのか。

そういえば彼は最初から「お前は100%正しく()無い」と言っていたな、つまり「お前は正しいが、100%正しいわけではない」と言いたかったのか。

その時点で自分に非があると認めていたのか、僕が正しいと認めていたのか。

 自分が大きな勘違いをしていたことを認めた途端に、僕の哀れな激情は行き場を失い、あふれ出てた自己嫌悪でその熱を急速に冷やしてっいた。

思えば昔からそうだ、僕は一度自分が正しいと思うと自分の主張を曲げない部分がある。

何がイルカの脳だ、自分も大して変わらないじゃないか。



 そうだ、彼も昔からこういう人だった、僕と彼との関係上お互いはっきりと謝罪を口にするのは恥ずかしいから、だからいつも遠回しに・・・

「なぁ?話聞いてる?」

と、彼は無理に作ったガタガタの笑顔で心配そうに尋ねてきた

「大丈夫、()()()()()()



なら僕も遠回しに認めてみようか、5%の非を、彼ならば気が付いてくれるはずだ。












「それより知ってる?イルカって物凄く頭がいいらしいよ」

「・・・・ん?」

「話聞いてる?()()()?」

「あぁ、大丈夫、()()()()()()


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