きらきら星の少女
【キーワード】
・きらきら星
・河川敷
・一人の少女
「隣、いいですか?」
金髪を風に靡かせた一人の少女が、そっと俺の隣に腰掛けた。これでもう、二週間目の出来事だ。
「お兄さん、暇なんですか?」
俺は、彼女の問いかけには一切答えずに二本目のビール缶を開ける。大好きな発泡酒の泡立つ音が密かに鳴り、静まる夕日に溶けて消えた。
「いつも、呑んでるんですね」
どこか寂しげに語りかける彼女に、俺は一言も返さない。ただゆっくりとビールを喉に流し込み、深く溜息をついた。
「あはは、幸せ逃げちゃいますよ」
そういう彼女だって、寂しそうに眉を下げているじゃないか。
夜風の冷たい河川敷に、二人きりだ。
「ほら、もう帰る時間ですよ」
俺を気遣うように覗き込む少女。それを直視しないよう、川の中で泳ぐ魚に目を向けた。見つけられない。
「お兄さん、ビールはダメですよ、体に悪いです」
あぁ、そうだな。体に悪いだろう。きっとすぐ病気になるのさ。
とは答えずに、中身を一気に飲み干した。
「もう、ギターは弾かないんですか?」
あまり聞かれたくない事を、彼女は平然と問うて来る。俺はやはり、それには答えずコンビニのビニール袋を漁った。
「まだ呑むんですか?」
呆れた様子の少女に、俺はただただ苦笑いを浮かべることしか出来ない。そんな俺を見て、彼女は静かに歌う。
「Ah! vous dirai-je Maman,Ce qui cause mon tourment.Depuis que j'ai vu Sylvandre Me regarder d'un il tendre,Mon c ur dit chaque instant,Peut-on vivre sans amant」
フランス語の歌詞だが、それが何の曲か俺にはよく分かる。懐かしい曲だ。ドドソソララソ。その旋律に目を閉じた。
「泣いてるんですか?」
最後まで歌い終えた彼女は、俺を覗き込んだ。
「悪いかよ」
「やっと口を聞いてくれましたね!」
嬉しそうに笑う彼女だったが、俺は笑うことが出来ない。俺はずっと昔から彼女に惚れていたのだ。河川敷で毎日のように歌を練習する彼女に。その姿に憧れ、俺もギターを練習した。彼女の伴奏を務めたくて、その為だけに。
「どうして泣くんですか」
困ったように微笑む彼女を直視できないまま、俺はゆっくりと口を開く。
「好きだったからだよ。お前の事が。ずっとお前と歌を歌いたかったから。なのに、なのにお前は……」
「……はい、二週間前の雨の日、流されちゃいましたね」
日が登るにつれて、涙で視界がぼやけ、次第に彼女の姿も見えなくなり始めた。
彼女と会えるのは、丑三つ時から朝方にかけて、この河川敷のみ。だから俺は飽きることなく毎日通う。彼女に想いを伝えるために。
「ねぇ、お兄さん。知ってますか? 私がよく歌っているあの歌」
知らないはずがない。言葉の意味は分からなくとも、その旋律は有名だ。きらきら星、彼女が最も好きな曲。
「あの歌詞の意味、ちゃんと教えますね」
その日の彼女は、どこかいつもより本気に見えた。
「きらきら星の本当の歌詞はね、小さな女の子の物語なの。その子は仕事と犬の事しか頭にない真面目な子だったわ。でもある日、素敵な人に出会うの。シルヴァンドル。彼の目を見ると、彼の声を聞くと、何故か心が高ぶるの、どうしてか日々に色がつくの」
彼女は俺の顔をじっと見つめて続けた。
「初めての恋だったのよ。人は恋心無しに生きていられない。でもね、恋する気持ちがあれば生きていけるの。いつまでもね」
俺は彼女の言葉を理解した気で頷き、ゆっくりと口を開く。
「だが、恋する人が居なければ生きる意味さえ失うんだ。俺を見て分かるだろう」
すると、彼女は俺の手を取り自分の胸に当てた。そのまま、ハッキリと続ける。
「えぇ、だから私は死なないわ。私もあなたに恋してるから」
その日の彼女からは、人の温もりを感じることが出来た。
微笑む彼女に心奪われた俺は、看護師が彼女を探す声にすら気づけないほど幸福に満たされていた。
きらきら星の使いみが難しすぎました。