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健太くんのお使い

【キーワード】

・破壊

・怒り

・嘆き

 問題です。健太くんはお母さんにお使いを頼まれ、200円を持って近所のスーパーに行きました。そこで、20円のリンゴを一つ、13円のみかんを4つ籠に入れました。

 しかし、そこで健太くんは考えました。これからレジに行くが、その前にお釣りでお菓子を購入できるのではないだろうかと。


「いいや、ダメだダメだ。そんなことをしてはいけない」


 健太くんの心の声が語りかけてきます。


「ははは、何を抵抗しているんだ。素直になっちまえよ。お前はその金でお菓子を買うんだ。お使いをしてやってるんだから、お菓子を食べるのだって正当な対価だろう」


 健太くんの心がそう囁きます。


「どうしよう、僕はお菓子を買ってもいいのかな?」


 200円と、籠に入った果物を交互に見比べ、健太くんは初めて葛藤しました。しかし、200円もリンゴもみかんも、ただそれぞれがそれぞれを象徴するかのように、光沢を見せつけるだけでした。


「僕は、リンゴやみかんみたいに、自分らしく生きることは出来ないのかな」


 初めて抱く不思議な感情に、健太くんは天井を仰ぎ見ます。そこは、白い蛍光灯が打ち付けられた、いつもと代わり映えのないスーパーでした。


「やっぱりダメだ、ちゃんとお使いをこなそう」


 健太くんは自分にそう言い聞かせると、レジへと向かいます。その途中、見てしまったのです。みすぼらしい大人がオモチャを万引きしている瞬間を。


 健太くんの頭の中は怒りでいっぱいになりました。どうして僕はお菓子を我慢してしっかりお使いをしようとしたのに、僕よりもっと長生きしている大人が万引きなんて事をするんだ。僕の方がよっぽど大人じゃないか。

 その怒りに呼応するように、どこからともなく声がしました。


「健太……健太…………。俺ノ力ヲ使エ」


「誰、誰なの。僕に話しかけているのは」


「オレダ。健太、オレノ力ヲ使ウンダ」


 声は買い物籠の中から聞こえるようです。


「まさか、みかんさん?」


 そう、声の主はみかんでした。買い物籠に入れられた、ツルリと輝くみかんが彼に声をかけたのです。


「俺ノ力ヲ使エ。俺ノ力ハオ前ヲ強クスルコトガ出来ル」


 なんとも不思議な出来事に、健太くんは目を白黒させて驚きますが、それから程なくして決意しました。


「やっぱり、子供の僕がお菓子を我慢しているのに、大人が万引きをするなんて許せない。懲らしめてやる」


 その言葉を聞くと、みかんは満足そうに囁きます。


「ナラ、俺ヲ食ベルンダ。オ前ノ口ノ中ニ俺ヲ放リ込メ」


 健太くんに迷いはありません。即座にみかんを剥くと、それを口に放り込み、咀嚼しました。

 すると、なんということでしょう。突然健太くんの体に力が漲ったのです。全身が黒く染まり、背中からは翼が生え、目は赤く滾り、両手からは鉤爪が生えてきました。


「覚悟しろ万引き犯め。懲らしめてやる」


 健太くんの耳には、周囲の叫び声など聞こえてやいませんでした。


 健太くんはまず最初に万引き犯を片手で捕まえると、ふわふわと宙へ浮かび周囲に目をやります。

 親子連れ、カップル、ご老人、色んな人が健太くんを見上げ「化け物だ」と叫びます。それを見て健太くんは満足げに頷きました。


「その通り。万引きは犯罪、化け物のすることだ!」


 それからこうも続けました。


「これから僕は制裁を下す!」


 その先のことを、健太くんは覚えていません。ただ、高ぶる感情に身を任せ、破壊の限りを尽くしました。万引きをするなんて許せない。その一心で男を八つ裂きにし、見せしめのために陳列棚を突き倒して『万引きされた物』を飾りました。



 目が覚めたのは河原でした。遠くではパトカーのサイレンが鳴り響き、野次馬が嬉しそうに走っています。しかし、健太くんは何が起きたのかすっかり忘れてしまったようでした。

 その手にはしっかりと、リンゴが1個、みかんが3個入ったマイバックが握られていました。


「あれ、僕は何を……いや、帰らなきゃ!」


 健太くんは慌てて起き上がると、家に向かって駆け出します。その途中で、なんだか見てはいけないものを見てしまったようでした。

 女子高生と思しき女の子が、ガラの悪いお兄さんに手を引かれ裏路地に連れていかれる所を。


 健太くんは驚愕しました。


「僕は真面目に家に帰ろうとしているのに、家に真っ直ぐ帰りもせず親不孝ばかりして、他人にまで迷惑をかけるだなんて、許せない」


 その時また、誰かが健太くんに囁きます。


「俺ノ力ヲ使エヨ、健太クン」


 健太くんはこの時ハッキリと自覚しました。先程の万引き犯は夢じゃなかったのだと。案の定、健太くんの右手に持った枚バックの中から、みかんが語りかけてきます。


「アンナヤツ、オ前カラシタラ雑魚ダゼ」


 健太くんは頷きます。


「うん、その通りだ。僕が懲らしめてやる」


 あとは先ほどと変わりありませんでした。ただ内から湧き出す怒りを爆発させ、空へ羽ばたきます。


「おい不良、お前は親ばかりか周囲の人間まで不幸にする。化け物みたいな存在だ。ここで悔い改め罪を償え」


 無論それは、来世での話です。健太くんの選択肢は、彼をお仕置きすることしかありません。

 鋭い鉤爪で喉を引き裂き、剛腕で体を引きちぎって振り回しました。不良がどれだけ社会にとって不必要な存在かを見せしめるため、歩道橋や信号機を破壊して代わりに不良の体をそこに置きます。


「せめて誰かの役に立つことを覚えな」


 吐き捨てるようにそう呟く健太くんを、なぜだか助けられた女子高生は怯えた様子で見つめていました。

 健太くんは清々しい気分でいっぱいでした。今の彼はヒーローです。悪い奴らをやっつけるヒーローなのです。

 お母さんに自慢しようと、彼はスキップしながら家に向かいます。その途中、電器屋さんのテレビでニュースがやっていました。


「首相の決断に対し、日本国民はデモを起こし……」


 健太くんは驚愕しました。何故国民を苦しめる人間が国のトップなのかと。もう健太くんは迷いませんでした。みかんを口にすると、国会に向けて飛び立ちます。僕はみんなのために戦っているのに、国がこれではダメだろうと牙を向きます。

 怒りの向くまま、破壊を続けました。それから程なくして、彼の変身が解けました。

 偶然にもその一部始終がテレビ中継されていたようで、健太くんは一躍有名人になりました。しかし、思っていたものとは違いました。


「日本に現れた化け物だ!」


 誰かが叫びます。


「パパを返して!」


 誰かが泣きます。


 健太くんは驚愕しました。


僕は皆のために戦ったのに、何故そんな酷いことを言われなくてはならないんだ。僕は正義だ、ヒーローだ。健太くんは嘆きました。僕を理解しない人間など消えてなくなれと、嘆き、怒り、悲しみ、そして最後のみかんを口にしました。


「全員、懲らしめてやる!」


 健太くんの咆哮に、国は揺れました。


三日三晩争いは続き、日本は完全に破壊されました。何も無くなった荒野を、健太くんは歩きます。お母さんに自慢話をしなくてはと。しかし、家が見つかりません。いつの間にか、破壊してしまったようです。

 健太くんは後悔しました。あの時みかんを食べなければ、あの時自分の力を過信しなければ、あの時お菓子を買うか迷わなければ。

 その瞬間、ふと誰かが囁きました。


「私を食べて。私は一度だけあなたの願いを叶えてあげる」


 それは、最後に残されたリンゴの声でした。赤く艶やかで知性溢れるその果実は、健太くん語り続けます。


「一度だけ、たった一度だけの願いです」


健太くんは迷わずにリンゴを口にしました。全てを元に戻してくれと。時間を巻き戻してくれと。


 気がつくとそこは店の前でした。片手には200円が握られています。健太くんは迷うこと無くお使いを済ませました。


 さて、お釣りはいくらでしょうか。

 バカリズムさんの算数の問題のネタをリスペクトしました。

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