居酒屋『豚箱』
【キーワード】
・居酒屋
・友人
・思い
「へぃらっしやぁい」
大将の元気な掛け声に反応し、カウンター席に腰掛けていたオークがこちらを振り返った。
って、え? オーク?
「あ、あの、ここ居酒屋ですよね?」
俺がたじろぎ身構えると、おちょこに入った酒を一気に飲み干した豚面の男が大口開けて笑いだした。
「なんだァお前、この店初めてなのか! まぁいいやここ座れ!」
オークの身長は2メートルを明らかに超えており、逃げようものなら一溜りもないことがハッキリと理解出来る。
「あっ、失礼しますぅ」
俺は断る勇気が全く湧いてこず、流されるままに隣へ腰掛けた。
「ほんで、旦那は何飲むんだい?」
オークはまるで昔からの友人だとでもいいたげに馴れ馴れしく肩を組み、酒臭い息をむんわと漂わせた。
「と、とりあえず唐揚げとビールで」
いつもどこに行っても俺が頼む定番メニューだ。唐揚げとビールの組み合わせは止められない。
「へいよ!」
酒屋の主人が何食わぬ顔でビールを開け、俺の前にとんと置く。それから程なくして油の跳ねる音が聞こえてきた。
「お前分かってるねぇ、俺の隣で角煮とか食ってたらぶっ殺してたわァ!」
オークはそう言うとガハハと笑って見せた。いや、笑えない。
「あの、オークさんはここで何を?」
「あ? 派遣社員だよ。ったくいけ好かねぇ部長に無理難題押し付けられてからよォ。そのまま首。カァ! 腹が立つねぇ!」
なるほど、やけ酒らしい。
「部長殺して食っときゃよかったぜ。人間のくせに」
人間にこき使われていたのか。
「へいお待ち、ハーピーの唐揚げね」
「あ、ありがとうござい……え?」
今なんて?
「それ美味いよなぁ。あ、俺が食ってるバジリスクの膀胱も食べるか?」
なんでそんな変なもの食べてるんだ。
「にしても、お前も不運だよな」
オークは何本目かのビールに手を出しながら溜息をつく。
「ど、どうしてですか?」
ハーピーの肉に手をつけようか悩んでいる俺に、彼は続けた。
「ここはありとあらゆる世界で『搾取された者』だけが来れる居酒屋なんだよ」
彼の言葉が胸に刺さる。
俺の財布に閉ま割れている娘の写真が、急に俺を呼んだ気がした。
「……お前さんには、お前さんを思う人が居るんだな」
オークは大将にツマミを追加注文しながら頬杖をついた。
「俺はな、勇者に家族を殺されたんだ。そして今、酷い労働を受けて死にかけてる」
酒が回ったのか、どこか呂律の回らない中で彼は続ける。
「お前さんはまだ家族生きてるんだろ。お前さんが殺されるか、家族が殺されるか、どっちが先かは分かんねぇ。でもな、本当に大事なものを蔑ろにしたらいけねぇよ。そんなんじゃ、生きる屍になっちまう」
それを聞いて、隣の客が瓶を投げつけてきた。
「生きる屍の何が悪いんだコンニャロ!」
「あぁ? ゾンビの癖にいきがってんじゃねぇぞ!」
もう完全についていけない。
しかし、覚悟は決まった。
「大将、勘定」
そう口にすると、大将は「もう貰っているよ」と口にし微笑んだ。
「え?」
慌てて目が覚めた時、そこは病院のベッドだった。