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ディリア  作者: 花凛
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第3節 王のいない国の王

神話と伝説が交錯した世界(ウソ)の中に

切り取られた世界(ホントウ)があった


いつだって無関係に囁かれる言葉

その中に私はいるの?本当の私はいるの?


礎を守る者 光の中の光 魔力の柱

本当は?

魔法の国の姫 王のいない国の王

本当は?


いつだって無関係に囁かれる言葉


その中に私は居るの

本当の私は居るの



------ 第3節 王のいない国の王 --------------


窓から射し込む光を浴びて、アルクは目覚めた。

昨夜、長く使っていなかった部屋にベッドと家具が運ばれ、急ごしらえでアルクの部屋が作られた。

小さいが快適なその部屋はケイトの部屋と同じ造りだ。

アルクは起き上がり、服を着替える。ケイトから借りた服だった。

しばらく無言で座っていると、扉の向こうから明るい声が聞こえて来た。

「起きてるかアルク。朝飯持って来たぜ」

扉を開けると、ケイトが明るい笑顔で立っていた。

手には卵、ツナ、ハムとレタス、ソーセージときゅうりが入った山盛りのサンドイッチが盛られている皿と、温かい紅茶の入ったカップを二つ乗せたお盆を持って。

「はよっ」

「おはよう」

明るいケイトの声に、アルクが落ち着いた声で返す。

ケイトは部屋の中に入り、テーブルの上にお盆を載せ、椅子に座った。

アルクも扉を閉めケイトの横の椅子に座る。

「食べようぜ。うまいかどうかはわからないけど」

ケイトはそう言って、卵の入ったサンドイッチを手にした。

「ありがとう。すまないな…食事はいつもお前が作っているのか?」

アルクは紅茶を手に取って尋ねた。

昨日の夜も、ケイトがこうして部屋に食事を運んで来て二人で夕食を食べたのだ。

「朝食と昼食は基本的に自炊だ。各自で作って食べる。

でもまぁ、ディリア様とサアバ様はほっといたらすぐ何も食べないからな。

たまに俺が作ったり、オッツ様が作ったりしてる。

夕食は俺が週2回、オッツ様が5回の当番制。昨日はたまたま俺の番だった」

ケイトはサンドイッチを食べながら言った。

「…王が自炊するのか」

アルクが呆れたように言った。

「ああ、基本的にはそうだな。

月に一度オッツ様の新作料理の試食会があって、その時はみんなでテーブルを囲む。

オッツ様はどうにかしてみんなで食事しようと画策してるんだ」

ケイトは楽しそうに笑った。アルクは目を丸くした。

「何というか…ここは本当に不思議なところだな。それともこれが普通なのか?」

「いや、普通じゃないことは確かだ」

そう、普通ではない。自分も昔は驚いたんだったな。

「まぁ、徐々に慣れるさ」

自分がそうであったように、と笑うケイトの言葉にアルクは苦笑し、ハムとレタスのサンドイッチに手を伸ばした。

「…うまいな」

「そりゃ良かった」

ケイトが嬉しそうに笑う。

「ケイト、俺は一体何をすればいいんだ?」

サンドイッチを食べながらアルクが尋ねた。

「まずは色々なことを覚えるべきだな。実は…今日から俺がお前の先生役をすることになった。

俺が知ってることを全部教えろ、とサアバ様に言われた。

先生には向いていないかもしれないんだが…」

ケイトが自信なさげに言うと、アルクは笑みを浮かべた。

「そうか。それは助かる」

アルクが笑ったことに、ケイトはほっとした。

「まあ俺が知ってることは、この国の者ならみんな知ってることだ。

ここにいる分だけ、王についてはちょっと詳しく知ってるが。

食べたら厨房に行って皿を片付けて外に出よう。

地図が必要だな…図書室に寄らなくちゃな。城の中全部案内するのは時間がかかるからまた後でな」

ケイトは思い付くままに言い、アルクが頷く。

しばらく二人何も言わず、無言で朝食を食べた。しばらくして皿が空になると

「よし、行くか」

ケイトはお盆を持ち立ち上がった。アルクもその後に従った。

二人は部屋を出て、長い廊下を抜け、図書室に行った。

「すごいな」

見渡す限り続く本の列にアルクが驚きの声をあげた。

「ああ。奥に階段があって、一階と三階、地下にもある。幸い地図がある棚はすぐ側だ。こっち…あった。これでいいな」

ケイトはそう言って、古い図説を手にした。表紙には地図の一部が描かれていた。

アルクが手を出し、ケイトの代わりに食器を載せたお盆を持った。

二人はそれから長い廊下を抜け、階段を下りて一階にある厨房へ向かった。

厨房の横にある長い食卓にはたくさんの椅子が並んでいた。天井は高く、豪華なシャンデリアが付いている。

「広いな」

高い天井を見上げてアルクが言った。

「あぁ、無駄にな」

ケイトは苦笑した。たくさんの椅子がいっぱいになることなど、年に一度あるかないかだ。

ケイトはアルクからお盆を受け取り引き出しの中にしまい、皿とカップを手早く洗って棚に置いた。

「これでよし。外に出よう」

二人は広間を抜けて、巨大な門から外に出た。

目の前には青々とした緑が広がっていた。木の上からは眩しい青空が覗いている。

アルクの黒い瞳に青い空が映った。あたたかな春の空気が肌を撫でる。

綺麗だ、とアルクは思った。緑も空も、目に入るもの全てが心に溶けていくようだった。

ケイトはアルクの肩を叩き、親指を突き出して後ろを指した。

アルクは後ろを向き、そこにそびえ立つ巨大な城を見上げ

「…大きい」

今まで自分がそこにいたことが信じられない、というような声を出した。

「このでかい城に、他に何人くらいいるんだ」

「アルクが会ったので全員さ」

苦笑したケイトをアルクが少し驚いた顔で見た。

「他にリーネっていう、リンと双子の守護精霊もいるんだけど…リーネは住んでいるのとは違うからな」

ケイトは首をひねった。

「守護精霊?」

アルクにとっては初めて聞く言葉だった。

「うん。リンには会っただろう、あの赤い髪の。リンはディリア様の守護精霊なんだ。

うーん…どこから話せばいいのかな。とりあえず、ちょっとそこまで歩こう」

ケイトはアルクに記憶がないということを今更ながら実感したようだった。

二人は少し歩いた。木々の間をくぐると、開けた場所があった。

短い草の上に、木でできた小さなテーブルが一つと切り株の椅子が四つ。

ケイトはその一つに座り、向かいの椅子を手で指した。アルクはそこに座った。

「ここ、いいだろう。たまにここでサボるんだ」

ケイトは悪戯っぽく笑い、アルクの方に向き直った。

「人に物を教えるなんて初めてだからさ…わからなかったら何でも聞いてくれ。

あと、もし何か思い出すことがあったり、覚えているものがあったら教えてほしい」

真摯な響きにアルクが頷く。

「まずはこれ。世界地図だ。見覚えはあるか?」

ケイトは図説をめくって言った。古びた本に色褪せた地図が載っている。

「…ない」

アルクは一瞬考えるように目を細めたが、ため息まじりにそう言った。

「そうか…世界地図は普通こう表される。普通の地図では、俺たちのいる大陸が真ん中に来る」

これがエスティネバ大陸、ボルネイア大陸、アストニア大陸。そしてここ、テネバー大陸」

ケイトが海の囲まれた円形の大陸を指し示した。

「俺たちのいるテネバー大陸は六つの国に分けられる。ホクマ、バルゼル、シカバル、トゥホム、ヘカール、

そしてオール。俺たちの国だ」

「オール」

地図を見ながらアルクが繰り返した。

「アルク、王というものがどんなものか、イメージはあるか」

何を言うか考えてから、ケイトが聞いた。

「国を統べる者、か…?」

アルクは少し考えてから言った。

「うーん、そうだな…」

ケイトが少し眉を寄せながら言葉を探す。

「そうだな、国を統べ、治める。

他の大陸のどの国も、王というのはそういうものだな、多分。

でもこの大陸の六つの国は違う。特にこの国は」

考えながら、ゆっくりとケイトは言った。

「王は国を守る者だ。統治するわけでも支配するわけでもない、国を国として在らしめる存在。

他の国と同じく、世襲によって血を受け継ぐ。古からの契約を受け継ぐ。

王はそれにより力を得る。そしてその力で国を守る」

「守る?」

「そう、守る。国を、国に住む人の命を守る」

「国を治めることによって守る、というわけではないのか」

アルクが腑に落ちない、というように聞き返した。

「治めてはいない。政治的なことには一切関与しない。式典にはたまに出るけどな。

ここから60kmほど離れたところに王都がある。リザという都だ。そこには議事堂があって、

総領首という者が議会と協力して政治を行っている。総領首も議会員も国民から選挙で選ばれる。

まあ、俺は正直そういうことにはあまり詳しくないが…そんなももんだと覚えておいてくれ。

というか本当に曖昧な知識しか持ち合わせてないからな。ここら辺は質問されても困るんだが」

苦笑しながら言った後、ふと思い出したようにケイトが口を開いた。

「お前は守護精霊のことを知らないんだよな。じゃあ精霊界とか…天界、地界(ちかい)ってわかるか?」

アルクはしばし考えたが、首を振った。ケイトはそうか、と頷いた。

「この世界は地界、天界、精霊界から成っているとされている。俺たちがいるのは地界」

「なんだか、すごい話だな…」

困惑したようなアルクの顔をじっと見て、ケイトは言葉を続けた。

「この世界は約4000年前、神によって創られた。その時陸は一続きで、一つの大陸しかなかった。

しばらくして神は精霊も創った。人は精霊と協力してこの世界を築いた。

神はしばらくの間人間と共にいた。恋に落ちる者もいた。神と人の間に多くの子が産まれた。

しかし約2000年程前、どういうわけか地界は滅びかけた。世界を光が覆い、その光が世界を壊滅させた。

世界は裂け、四つの大陸に分かれた。そうして今の世界が出来た。

世界を破滅の光が襲う前、神は精霊界を創り、地界にいた精霊をそこに移していた。

そして神も地界を離れ天界に移っていた。神はそれきり、戻らなかった。滅びかけた地界には人間だけが残った。

しかし人は滅びなかった。神との間に産まれた者…神の血を引く者が中心となり、世界を再び築き始めた」

淀みなく、謳うようなケイトの声に

「それは…伝説か?」

アルクが怪訝そうに眉を寄せた。

「伝説であり、真実だ」

ケイトが真顔で言った。子供の頃読んだ絵本。先生に聞かされた言葉。

物心ついた時から当たり前に、当たり前のこととして覚えてきた話ー

「世界は再び歩み始めた。色々なことがあった。世界各地で戦争も起きて…色々な国が生まれて消えた。

それも徐々に落ち着いていって、大小様々な国は名前を変えながらもその存在を保つようになった。

エスティネバ大陸、ボルネイア大陸、アストニア大陸、それぞれがそうやって歴史を創っていった」

「ここは?」

自分が今いるはずの大陸の名が出なかったことにアルクは気付いた。

「おお、ちゃんと覚えてるな」

ケイトは一瞬笑みを浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻った。

「世界を破滅の光が襲ってから千年経っても、テネバー大陸には人一人いなかった。

どの大陸のどこの国も手を出さなかった…出せなかった。

その時この大陸は…足を踏み入れることさえもできない、恐ろしい魔力で溢れていた。

『その大陸、荒れ狂う魔力の根源にして魔獣の住処と化す』

有名な冒険家の手記にそう書かれていたという話がある。

主も船員もいない船だけが戻って来て、手記だけが残っていたという話だ。

この大陸は混沌とした魔力の塊だった。しかし千年前、そこに降り立った者達がいた」

ケイトはアルクの目から少し視線をそらし、何かを思い出すように上を見た。

「『開拓したのは伝説の大賢者。魔力をもって魔力を制した。入り組んだ魔力は分散され六つの力となり均衡を保った。

そこに六つの国が生まれた。賢者の血を引く巨大な魔力を持つ者。それこそが王であり国を国として在らしめる。

六つの国は本来一つであり、六人の王には血よりも深い絆がある』…これがこの地に伝わる伝説だ」

「…真実か?」

アルクは神妙な顔で聞いた。

「この国に…この大陸に生きる全ての者は、皆それを信じている」

ケイトは再びアルクの目を見た。

「俺は正直、伝説にはあまり興味はない。しかし俺はディリア様を信じている。

ディリア様を信じる限り、伝説も信じていることになるんだろうな」

ケイトは自嘲するかのように笑った。

「…不思議な話だ…」

アルクは俯きながら呟いた。

「信じがたいか?」

ケイトがそっと聞く。

「信じがたいな」

アルクは無愛想に言った。ケイトがははっ、と笑った。アルクの一言一言が、ケイトには不思議と嬉しかった。

(神は本当にいるのかもしれないな)

ケイトが心の中でそう呟いたことなど、アルクは知らなかった。

『アルク、あなたはディリアちゃんの近くにいるべきよ』

ケイトの頭の中に、あの時のレイチェの顔が浮かんだ。

(俺もそう思います、レイチェ様)

ケイトは心の中でそう言って青い空を見上げた。


空はディリアの瞳のように、近くて遠い青だった。

続く

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