神様の愛が重い
神様。
わたくしは、幼き頃より貴方の寵愛を一身に受けてきたはずですが、これはなんの悪ふざけでしょうか?
「お前がフェルリート子爵令嬢に酷い仕打ちをしているとの訴えがあったが、それはまことか?」
「そのような事実はございません」
わたくしが否定すると、次々と罵声が飛び出します。
「いくつも目撃情報が上がっているのですよ?観念してはどうです?」
「嫉妬とは見苦しい。殿下のお心を一番に考えるべきではないのか?」
一応、身分としては相手の方が上なので、黙っておきますが…。
しがない伯爵の令嬢など、彼らには取るに足らない存在なのでしょう。
「…わたし、ティアナ様が謝ってくれればそれでいいの…」
「貴女にその名を許していません!」
二度と口にするなという意味も込めて、強くいい放ちます。
「オーフィリア、彼女はまだ貴族のことがわかっていないんだ」
この言葉に、わたくしは怒りを抑えることができませんでした。
「言い訳なんて結構です、ヴォルムナト王太子殿下。彼女がフェルリート子爵様に引き取られてから半年も経っているのですよ。貴族の中ではもっとも重要とされている礼儀の一つも身につけられていない。お優しい殿下方は、見ず知らずの人から洗礼名で罵られても、笑ってお許しになるのですね?」
わたくしが言い返すとは思ってたいなかったのか、みなさん驚かれています。
しかし、殿下の側近の眼鏡だけは、ニヤリと笑いました。
「化けの皮が剥がれましたね。調査は貴女たけでなく、ライオネル伯爵家にもおよんでいるのですよ」
だからなんだと言うのです?
我が家には後ろめたいことなど一切ありません。
しかも、貴方たちの調査能力など、お粗末すぎて話にもなりませんわ。
「教会から、多額の賄賂を受け取っていた事実は覆せませんよ」
はぁとため息を一つ。
あれは賄賂ではなく、正当な予算を組まれた準備金です。
わたくしの身の周りを整えるためのもの。
…まさかとは思いますが、次世代を担う彼らが、わたくしのことを知らないということはないですよね?
「もう、このようなことはやめてください!」
この令嬢、わたくしの神経を逆なですることしか言いませんのね。
ある意味、凄い才能ですわ。
「事が露見すれば、ライオネル伯爵家の処罰は免れぬ。当然、君へも」
「ですから?」
あぁ、もう。
本当にイライラします。
「君との婚約はここで解消しよう」
あら。殿下は意外と冷静なのかしら?
「それはご命令として受けてよろしいのかしら?」
「あぁ。エイネル国第一王子、ヴォルムナト・ダーツェ・エイネルが命ずる」
「その命、承りました」
淑女として一礼すると、またもみなさんが驚かれています。
わたくしがごねるとでも思いまして?
「では、殿下の婚約者ではなくなりましたので、教会の最高神官長として申させていただきます」
「は!?」
「まずは、我がライオネル家が賄賂を受け取っていたという件ですが、あれは教会が神様の寵児へあてたものです。それにより、警備を強化したり、式典に出席する際のドレスなどの支度金となります」
「…君が神の寵児だとでも?」
どうやら、本当に知らなかったようです。
これには本当に驚きました。
「わたくしの洗礼名はティアナですわ。神様より授けられたものですの。まさか、ティアの意味をご存じないとは…」
ティアとは、寵児に共通してつけられる、神様の力を宿したものです。
百年ほど前に、この国の王家に嫁いだティアリ様。大陸戦争を終わらせた戦乙女のティアルエ様。他にも、歴史に名を刻んだ寵児は多いのですよ。
そして、教会では洗礼名にティアをつけることを禁じております。
たとえつけたとしても、神様の力が宿らないので、意味はないのですが。
「おわかりいただけまして?神様の寵児たるわたくしが、彼女に嫌がらせをしてなんになるのです?まぁ、洗礼名を呼ばれたことは、許せませんが」
「そんな…。だって、街の人にはそう呼ばれて…」
「それを言うなら、彼女の洗礼名もティアセラだ。彼女も寵児ということになるな」
一度に言わないでください。
それはそうと、それが本当でしたら、彼女を洗礼した神官を処罰しなければなりませんね。
「ディアマン、事実調査を」
「畏まりました」
どこからともなく現れた男は、一礼するとすぐに消えました。
彼は教会が育てた諜報員です。
教会には、親と死に別れた子供や親が捨てていった子供などを育てることもしています。
そんな弱い立場の子供たちが、大きくなって困らないよう、様々なことを教えて、今では様々な職業についています。
中には戦闘職やディアマンのような影といわれる職業についている者もいますが、それも彼ら自身が選んだ道です。
「ただの神官がつけたのでは、寵児にはなり得ません。神様からいただいた者でないと。この件はお調べいたしますので、少々お待ちください」
ディアマンは優秀ですから、さほど時間はかからないと思います。
「それと、街の者がわたくしの洗礼名を呼んでいるということですが、彼らは信仰心の厚い方たちです。わたくしを通して神様を見ていらっしゃるのです。そんな彼らに名を呼ばれることは誉れですのよ。貴女とは違います」
良い感情を持って洗礼名を口にすると、口にした者もされた者も、小さな幸せの種が妖精によってもたらされます。
逆に悪い感情を持って口にすると、双方の魂が穢れるのです。
ですから、良くないことを口にするときには、あの人など濁すか家名を述べるのが常識です。
「しかし、ティアセラ嬢が寵児ではないことにはなりませんね」
はぁ。何を言っているのかしら、この眼鏡は。
…あぁ。なるほど。
「わたくしが神様の寵児である証拠を示せとおっしゃりたいのですね」
「そういうことです。寵児であるならば簡単でしょう?」
「えぇ。そういうことですので、お姿を見せていただけませんか、リュニオン様」
わたくしがそう言い終わる前に、眩いばかりの光が溢れました。
「私の可愛いティアナ!呼ばれるのをずっと待っていたのよ!!」
黄金に輝く御髪と、まるで海の底のように暗く青い瞳。
言葉ではいい表せない美丈夫が、わたくしを力強く抱きしめています。
「顔をよく見せて?あぁ、怒った顔も素敵ね。食べちゃいたいわぁ」
この方の欠点は、おねぇ言葉です。
正直、中性的であれば違和感なかったかもしれませんが、たくましい体に凛々しいお顔付きにはちょっと。
「リュニオン様。わたくし以外にお名前を授けたことは?」
「ティアナの前はティアリでしょう?今はティアナ一筋よ!!」
やはり、洗礼名をつけた神官を処罰する方向になりましたね。
「ということですわ。今現在、わたくし以外に神様の寵児はおりません」
そう宣言すると、リュニオン様はようやく人がいることに気づいたようです。
「その小娘がおちびちゃんたちが言っていた子ね。とりあえず、名前を変えなさい。ティアが穢れるわ」
リュニオン様の言うおちびちゃんは妖精のことです。
妖精は生まれる前の魂で、新たな両親と巡り合うまで小さな幸せの種を運ぶのです。
そして、ティアとは神様のお力を示すのですが、この場合は歴代の寵児のことを言っているのでしょう。
「…酷い…」
フェルリート子爵令嬢がその目に涙を浮かべていますが、殿下にすがろうとする仕草を見て、リュニオン様が言いました。
「酷いねぇ。小娘の方がよっぽど酷いわよ。いったい何をすればそんなに魂が穢れるのかしら?」
リュニオン様に魂が穢れていると言われてしまったフェルリート子爵令嬢。
そのせいか、殿下と側近のお二人が、一歩後ずさりました。
「日頃から洗礼名を乗せて、恨みつらみを言いまくっているか、嫌がらせをしているか、他の人にめちゃくちゃ恨まれているか…。そのどれものようね」
リュニオン様がそうおっしゃるのなら、事実でしょう。
穢れが進んだ魂は、妖精になることなく消滅するのが運命です。
「あんたたちも。こんなのにかまけているから、魂が穢れているわよ。昔は本当に可愛くて、私のティアナと並ぶと眼福だったのに」
確かに、このお三方の幼少期は、天使と見紛うほど可愛らしかったです。
今でもその面影は残っていて、令嬢たちに大変人気の美青年に育っています。
「ティアリの孫のお願いだったから、ティアナを任せたけれど、もう駄目ね」
ティアリ様の孫、つまり現国王陛下です。
陛下からの打診だったとは、初めて聞きました。
「それでしたら、婚約は解消いたしました」
「あら、そうなの?じゃあいいわ。ティアナ、もう行きましょ。美味しいお茶をお供えしてもらったの」
リュニオン様の言う美味しいとは、お供えした信者の気持ちこもっているということ。
リュニオン様は信者を大切にしているし、わたくしもリュニオン様と信者を繋げるお手伝いができて嬉しいのです。
「それは楽しみですわ」
「じゃあね。あんたたちも頑張りなさいよ」
その後、フェルリート子爵令嬢に洗礼をした神官を教会から追放しました。
そして、別の神官に新たに洗礼名を授けるようにしたのですが、皆が嫌ってなかなか決まりませんでした。
リュニオン様に相談したところ、ティアを抜けばいいんじゃない?とおっしゃったので、彼女の洗礼名はセラになったのです。
そして、我がライオネル伯爵家を落とし入れようとした罪、最高神官長であり、神様の寵児であるわたくしに害をなしたという罪で、国外追放となりました。
また、フェルリート子爵家も連座で爵位剥奪となっています。
殿下と側近のお二人ですが、教会より抗議を申し立てられました。
正しく調査を行わず、高位でありながら寵児の知識も持たず、そして寵児を貶め、神の怒りを買ったと。
魂が穢れていると神がおっしゃったので、相応の教育を施した方がよいとの苦言つきで。
それにより、殿下は継承権を剥奪され、臣籍へと移されたのですが、領地は与えられず、王宮で針のむしろとなっているらしいです。
側近のお二人も、後継から下ろされ、決まっていた婚約も破棄され、田舎へ蟄居となったそうです。
「ほんと、まともな教育もできないのかしら?これなら、教会のおちびさんたちの方が断然お利口だわ」
「それはそうですよ。あの子たちは、リュニオン様のことが大好きですから。いつも、今日はこんないい事があったから、妖精さんが小さな幸せの種をくれたんだ。だから、神様にお礼をすると言っては、可愛いお花をお供えしているのですよ」
教会の子供たちはお世話をする神官たちに、その日あったいい事を嬉しそうに報告します。
そして、小さな幸せを与えてくださったお礼として、お花や残しておいたおやつなど、思い思いのものをお供えするのです。
リュニオン様はその思いを受け取ると、面映ゆそうな顔で微笑むのです。
「やだぁ!可愛すぎるわ!!」
やだぁと言いながら、体をくねくねさせるのはやめてください。
「でも、ティアナに何もなくてよかったわ。私も男を見る目がなかったのねぇ」
「婚約がなくなってよかったです。これで教会の仕事に専念できます」
「…そうね。まぁ、仮初めではあったのだけど」
どういうことでしょうか?
わからなくて、その意図を問おうとしたときでした。
「あんなんでも、虫除け代わりにはなったからな」
いつもと違う口調に、いつもより低い声音。
ちゅっとわざとらしく音を立て、触れ合う唇。
「なっ!?」
「ティアナ、お前だけが特別なんだ。他の子たちには感じなかった気持ち。愛おしくてしょうがない」
何を言われているのか、わたくしの頭が混乱していますが、わたくしと歴代の寵児たちと何が違うのでしょうか?
「あの子たちは妹のように可愛がりたい、甘やかしたいと思っていた。だが、ティアナはお前の全てを私に縛りつけ、食い尽くしてしまいたい」
いつもおっしゃっていた、食べちゃいたいわぁは本気だったってことですか!?
「…わたくし、食べられてしまうのですか?」
「あぁ、ティアナの身も心も全てな」
いつもとは違う男らしいお姿に、心臓が持ちそうにありません。
「…お手柔らかにお願いします」
「私のティアナ」
リュニオン様が再び口付けをしてくれましたが、わたくしの方が限界でした。
意識が遠のいていく中、リュニオン様は楽しそうに笑っていました。
目覚めてからが大変でした。
おねぇ言葉でも口説かれ、甘い言葉を囁かれて、わたくしが降参するのにそう時間はかかりませんでした。
今は正直、リュニオン様の愛が重いです。
唐突におねぇキャラが書きたくなった結果がこれでした(笑)
おねぇキャラが男に戻る瞬間が大好きです。
ただ、ちょっと設定を詰め込みすぎた感があるのは反省。