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3 プライマリー・ナイト 2

ラウンジデッキを包むELTの淡い光りの中で、明利は独り宙を見つめて考え込んでいた。



 「 【星龍の顕現】か・・・。星々の海を住処とする伝説の生命体【星龍】とは、重たい話だなぁ」



 内装モデリング再構成処置の為、自分のコンパートメントからさっさと追い出されていた明利は、ラウンジ・デッキの「もふもふ」ソファにごろりと横になりながら、複雑な表情をして語ったアルの寂しげな横顔を思い出していた。

 彼女を欺く事までしたくはないが、事態は彼の想像を超えて存在していたのである。



 「果たしてMID側の恣意的な情報操作か、SID側の欺瞞情報撹乱なのか。何れにしても、今のところは何ら確証が持てない。まだ情報量が絶対的に不足している。か・・・だが、サマーズ大佐は薄々気付いていたのかも知れないな」



 小さく呟いた明利の脳裏には、所属していたMIDを離脱した際の葛藤が過っていた。



 「よく聞け、明利・レイルズ特務准佐」



 そう告げて、明利の前に座っている浅黒い顔で引き締まった表情をした男性上官の語気が、この後から突如低くなり、明利の冷めた心にゆっくりと突き刺さっていた。


 

 「君にはこれから軍令復命違反、逃亡、破壊工作の嫌疑が掛けられる予定となっている。従って、現時点を以って君の全職務執行権を停止し、職責を解任。もってMID軍籍からの除籍を許可する」



 黄昏の薄明かりに包まれた司令本部の一室では、戦略宙域第Ⅳアルテア方面軍第Ⅱ機甲師団MID特殊調査分遣隊司令サマーズ大佐の発した低く威圧感を覚える声が、作戦を終え帰還したばかりの明利に衝撃的すぎる事実と、新たな指令を与えた。

 


 「・・・特命だ、レイルズ君。軍警イージスの手によって君が拘束される前に、【サマリンダ】へ飛んでもらうぞ」



 明利の表情は冷めた酷薄の表情を保ったまま、襲い来る落胆と眩暈から誘われる浮遊感に抗い、紅蓮に染まるサマーズ大佐の瞳を見つめ返す。



 「【サマリンダ】のSID本部テトラヘッズへ転籍のうえ潜行し、SCスペシャリティコマンド606分室の実態を探れ。知っての通りMIDカウンター・エスピオナージ中央総軍作戦局Ⅰ部第5課が以前より注視している案件だ。以後、不穏な動きあらば君の判断で処置して構わん。全ては事後了承済みだ」



 サマーズ司令の表情からは、明利に対して差し迫った危機の到来が見て取れる。

 希少なアルテア産紫檀様態樹脂でコーティングされ、鈍い漆黒の輝きを湛えた重厚なデスクの前で直立姿勢を取っていた明利は、微動だにせず黙したままその命令を受領するしかなかった。

 


 「アイ・サー。1つだけ質問よろしいでしょうか?」



 何時もと違って珍しく発せられた明利からの問い掛けに、サマーズ司令の口元で組んだ指が静かに解ける。



 「何だ」


 「処置とは?」



 唯一言、そう質問を発した明利の眼差しには、突如として我が身に振りかかった冤罪に関する幾つかの疑念を隠すかの様に、深い蔭りを帯びていた。



 「現在、ソル系中央政庁内での大規模なカウンターエスピオナージ・オペレーションが進行中だ。MID中央総軍作戦局Ⅱ部が絡んでいる。上品な《自浄作用》とでも、言えばよいかな?当然、君の父上もそのターゲットの一人だ」



 明利の抱くであろう疑念と困惑に対し、およそ的を得ない答えを返したサマーズ司令の口元が少し歪む。

 MID中央総軍作戦局Ⅱ部とは、防諜・特殊情報管制を主任務とするソル系連邦システム中央政庁国防議会統制軍監察局直轄の特殊組織であり、平たく言えば身内に潜むダブルスパイ狩り専門の軍警査察特務機関であった。

 明利が望んだ答えも、それで十分だった。



 「君の父上には私も、随分世話になったからな。もう直ぐ奴らの手が、君を巻き込むためここへと延びるだろう。何とも不条理で冷酷な事だ、狩る側が狩られるのも、仕事とは云え厭りするぞ」

 


 漆黒のデスクへ向けてチラリと視線を落としたサマーズ司令は、事態の深刻さに対し皮肉たっぷりに笑みを浮かべ言葉を続けた。



 「・・・「処置」か、既に軍律違反の犯罪者として見事に仕立て上げられた君の判断に委ねるのも考え物だがな、好きにしろ。本職が言えるのはそれだけだ、以上。行け」


  

 明利は歪んだ合理主義の餌食となる前に、救ってくれた寛大な上司に謝辞を述べる間もなく、第Ⅳアルテア星域を脱出する事になった。


 そして今、サマーズ司令の含みのある言葉に、膨れ上がる様々な想定が彼を苛んでいた。



 「そうか、作戦局Ⅱ部の防諜オペレーション本来の目的自体が、親父を失脚させる意図を持っているとしたら・・・いや、リスクが大きすぎるな。それに、わざわざ俺を転籍させる事もなかったろう。一体、今度の敵は誰なんだ?」



 彼を包み込むような、魅力的で柔らかなカーブを描く紋様に彩られたラウンジデッキの天井を、真っ直ぐに見つめ続ける明利の彼の心の奥底では、それは今でも消化できないもどかしさを残して燻り続けていた。



 「しかし今の処、この606分室の力量だけでも計り知れないと思った方がいいのかなぁ・・・ふぁぁぁ。その実態を探り出し・・・軍を追われてクビになった僕が?・・・犯罪者に仕立てられた者による「処置」ねぇ・・・」



 彼は緊張を解きながら纏まらない思考に翻弄されながら、漣の様に押し寄せる睡魔が彼を心地よい眠りの深淵へと誘い始める。

 やがて彼は誘われるがまま、しっとりと静かな深い眠りの底へと落ちて行った。

 暫く経った頃だろうか、静まり返ったラウンジデッキのソファで心地よい寝息を立てている明利の傍にゆっくりと小さな影が近づくと、その小さな影は彼の寝顔をそっと覗き込んでその耳元に囁くように語りかけた。



 「何を迷っている・・・おまえの心が・・・揺れ、震えているのが・・・視えたぞ」



 やがて小さなその影は明利の体へと視線を漂わせ、寝ている彼のソファの横へちょこんと座り込む。

 星々が照らす薄明りのスターライトの下で、鮮やかなピーチカラーの宇宙イルカに彩られたスリーパースーツを纏ったその小さな影の主、リトルは穏やかな表情のまま明利の枕元にそっと寄り添う。



 「案ずることは・・・ない。ようやく・・・逢えたのだ。・・・今度こそ・・・余が護ろうぞ」


 

 彼女は暫くの間、明利の無邪気な寝顔を覗き込んでいたかと思うと、何を感じ取ったのか仔猫のようにスルリと彼の隣りへと潜り込み、これまたスヤスヤと寝息を立てて一緒に眠り始める。

 優しく柔らかな時間だけが、ひっそりと寄り添う二人の上を音も無く静かに通り過ぎて行った。 


 どれ程の時が経ったのだろうか、突如リトルが何かに憑りつかれたようにムクッと起き上がり、傍に眠る明利の体をまるでディナーに出されたメインディッシュを舐め廻すかの様に眺め始めた。

 彼女のその無表情さながらに湛えた冷たい視線からは、明らかに無意識下に潜む何者かによる支配を受けているのが窺える。



 「美味うまそうだな」



 彼女はぽそりと呟き、おもむろに「かぷっ」と明利の臀部に己が牙を立てて噛み付いた。



 「!!へぇっ!うぅ!!っうぎゃあぁぁぁあああ~!!!!!!!」



 明利の発した絶叫が艦内中へと壮絶に響き渡る。

 そのエマージェンシー・コールさながらの喧騒に驚いたティア達が、程無くどやどやとリビングデッキへ向かって押し寄せて来ると、そこには奇異な光景が展開されていた。

 ラウンジデッキのソファの上では、臀部を押さえて悶絶しながらのた打ち回る明利と、その傍で呆然としてポカンと座り込むリトルの姿があった。



 「一体然態この騒ぎ、どお~しちゃったの明利?・・・あら、リトル?、何時もより随分と可愛いんじゃない、どうかして?」



 ティアは半開きの艶っぽい眼差しを二人に向け、肩に羽負ったナイティスーツの襟を豊満な胸元に片手でギュッと寄せながら尋ねる。



 「な、何が何だか!!僕も訳分かんないんですよ!!此処で寝ていた最中、いきなり激痛に襲われたかと思うと、臀部にリトルがぶら下がってて・・・ああ!一体何て事なんだ。い痛ってえなぁ!!」


 「だあっはははは!、やっぱ吸尻ケツ鬼ってか!どぁっはははは。こりゃあいい!!リトル、明利に一体何されたんだぁ?いや、お前何しやがったんだ?」



 寝癖で紅く燃える様なぼさぼさ頭をした伽罹那は、明利の説明を聞いた途端、お腹を抱えて大爆笑しながら辺りかまわず転げ回る。



 「・・・下品です」



 呆れた眼差しを向けたアルがポそっと零し、明利に向けた怒りなのだろうか、その胸元で組まれた彼女の腕は微かに震えていた。



 「にゃはははは。寄りにも因って、何故で明利のおケツじゃろのゥー」


 「でぁはははは。いよいよもって、ゾンビるのか?かぅわいいのゥー」



 今だ呆然とした様子のリトルを、両脇から挟む様にして座り込んだ双星神アシュヴィンの指先が、これまた十分なにやけ顔をしてツンツンと彼女の頬を突き回す。



 「いや・・・すまんな、明利。・・・謝るぞ。余は、意識はしていない。いや一体・・・何なのだろうな?お前は全く・・・悪くない。何もして、・・・いや、余は・・・何もされてはおらぬぞ」



 苦悶に歪んだ顔で臀部を擦り続ける明利を前にして、リトルは無意識下で展開された自身の行動を認識できないまま、全く済まなそうな表情を浮かべて座り込む。



「ふぁあああ~災難だったわねぇ、明利お大事にねぇ。・・・あたしゃ寝るわ。リトルも夜這いなんて大概にして措きなさいよぉ」



 大きな欠伸をしながら、ティアスはさっさと捨て台詞を残して帰って行った。



「「それにしてもぉ」」


「明利のケツは、大丈夫かのゥー。あきれるぞ、リトルゥー」


「余程に美味しそうだったか、生肉は危ないよ、リトルゥー」



 双星神の冷やかしと、そして尚も笑い転げる伽罹那の甲高い声が、リビング・デッキの中を響き渡る中、伽罹那に向けてアリュナールの制する言葉が冷たく放たれた。



 「ぎゃはははは、尻、吸尻、吸ケツ?・・・《吸ケツ》鬼だと!?だぁっははははは!!!いゃあちょっと!あんまりにもでないかい?吸ケツ・・・クっっっ、ぎゃはははは、だぁっハハハハハハ!!いや最~高!」


 「伽罹那それ・・・下品です」



 そんな騒ぎに包まれる中【ルーミィ】は、太古の昔に星々の間に張り巡らされた銀河亜空間航路ポータル・ゲートの一つを潜り抜け、目指す《六慾天》宙域の一つを構成する第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系へと進宙していた。


 第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系を含む、《六欲天》宙域が存在する此処は、銀河中心主回廊部に位置している。

 その広大な宙域は、人類銀河文明七大世界を分割する中立緩衝星域帯【ミドル・スターズ】と呼ばれ、人類既知宇宙領域の大半は、貿易星系国家群ラー・レラス共星群コミューンが統治する領域となっていた。

 恒星間貿易星系主権国家群ラー・レラス共星群コミューンは、その領域を5つに分割した各セクターテリトリー行政府によって構成され、其々(それぞれ)の宙域にて自由に独立した分割統治を敷いていたが、そこは人類にとって、なおまだ果てしなく広がる銀河未到達深淵領域に対しての探査拡大を続け行く、当にフロンティア・ブーストの最中にあった。


 また、5つの各テリトリー行政府の統治の他にも、ラー・レラス共星群中央政府による人類銀河文明統合へ向けた傀儡調整機関であり、穏健な保守政治的中立を掲げて汎銀河統合世界主義を唱える「GUOO=汎人類銀河世界統合機構」の本拠地が存在している。

 そして、このGUOOが直轄統治する|エクストラ=テリトリウム(信任委託統治領)を始めとして、【ヴィスパー・ティリオンズ】を筆頭とした数多の独立系星間貿易シンジケートの領有宙域や、大小様々な宙賊、独立財閥系の私有惑星等がひしめき合い、混迷を極めながらも自由闊達に発展を続ける一大自由貿易世界を創り出していた。


 中でも、表向きの非武装不干渉宙域となっている【クプリット=ライン】近傍には、先史第Ⅳ・第Ⅵ銀河文明の遺跡群が多く点在しており、過去には各世界による略奪とも言える非合法的な発掘調査も盛んに行われていた。

 時として、それら非合法的行為は不幸な結果を齎し、原因不明による調査船団の遭難・消滅や、各世界間での偶発的な局所的武力衝突を発生させている。


 かくして、これら遺産資源の散逸及び他人類世界からの本格侵攻という不測の事態を招きかねない、喫緊の脅威を危険視したラー・レラス共星群中央政府外交省拡大調査局は、他の人類世界からの過度の干渉を避けるため「GUOO=汎人類銀河世界統合機構」の調整力をフルに活用し、各人類世界との間で《特殊相互協約》や《散逸遺産保護条約規程》等と言った各種協定を次々と締結する。

 これらラー・レラス共星群拡大調査局の意図は果たせるかな見事に結実し、各人類世界のパワーバランスを巧妙に利用した上で互いに睨みを利かせる利益相反構図を成立させる事により、統治領域に対する高度な不可侵性と安全保障の永続的保持形成を得るに至ったのである。


 その巧みな外交交渉戦術の裏には、当時の拡大調査局グラーヴェ局長であった《フェリィシィア・コルディス》の暗躍が、大きく関わっていたと噂されていた。

 さて、【クプリット=ライン】近傍に点在している先史第Ⅳ・第Ⅵ銀河文明の遺跡群の中でも、近年新たに発見された遺跡群が《六慾天》と呼ばれる特殊な宙域に集中して存在することが判明し、各人類世界の注目を集めている。

 この《六慾天》宙域は実に特殊な構造を持っており、それぞれ隣り合った6つの恒星系が連続して重なり合う、特殊な階層状星団宙域を形成していた。

 

 まず最初に銀河黄道面垂直軸方向から銀河辺縁系に向かって、第一四天王天サティク・エルサン星系、順に第二忉利天シェンラ・オエカル星系が約4,000万由洵程離れて連なっている。

その遥辺縁系上方、約6,000万由洵に位置していたはずの第三夜摩天ヤー・マ星系の姿は既に無く、星一つ無い熱量的死を迎えた荒漠とした墟無宙域が広がっているのみである。

 それは、太古の昔に起こった大規模な破滅的星間戦争の末、第三夜摩天ヤー・マ恒星系を含む広大な宙域自体が破壊され、崩壊してしまった惨禍の残骸空間であると考えられていた。

 この崩壊した第三天ヤー・マ星系(夜摩天)の更に上方には、残りの3天宙域が階層を為して続いており、第四兜率天トゥー・スィタ星系、第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系、第六他化自在天パラニラーミタ・バザバルティーデ星系と呼ばれているそれらの各恒星系宙域が、ほぼ均等に約5,000万由洵程離れて重なり合うように連なっている。


 そして今【ルーミィ】の眼前には、第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系の第2惑星【香忰(かすい)】が、萌木色の美しい輝きを放って彼女らを待ち構えていた。

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